少年は学校の帰り道、鉄橋を渡るロマンスカーを見る度に言っていた。  
「おれ、おっきくなったら、ロマンスカーのうんてんしになるんだ!」  
その横で、少女は言った。  
「あいこ、おっきくなったら、よーくんのうんてんするロマンスカーのしゃしょうさんになるよ!」  
 
 
そして、それから時は流れ……。  
「ごめん、気持ちはうれしいんだけど俺……君のこと、同僚以上には思ってないんだ……」  
「! そ、そう……ごめんなさい、変なこと言っちゃって……じゃあね!」  
走り去って行くロマンスカーアテンダントを、運転士は黙って見送るしかなかった。  
その翌日の、社員食堂。  
「ねえねえ、藤沢さんって知ってる?」  
「ああ、知ってる知ってる! VSEの運転士の藤沢さんでしょ」  
「結構人気あるもんね」  
女性社員たちが噂をしている横で、食べながらこっそり聞き耳を立てている女性社員が二人いた。  
車掌の船橋ちとせと、新宿駅駅員、石田あいこだ。  
「その藤沢さん、ロマンスカーアテンダントの渋沢さん振ったんだって」  
「えー!? どうして?」  
「よくわかんないけど……渋沢さん泣いてたって。勇気出して告ったのに」  
「なんかそれって、女の敵っぽくない?」  
「とかなんとか言って、自分が告られたらうれしいくせに」  
わっと笑う女性社員たちを尻目に、ちとせとあいこは黙々と食事を続けた。  
(バカみたい。女子高生みたいに告るだのなんだのって。藤沢くんは何も悪くないのに、いい迷惑だわ。あさぎの気持ちに正直に応えただけなのに)  
ちとせは心の中でクールに毒づいてみるが、それでもどこか安心している自分を否定できなかった。  
(仕方がないけど、あさぎ、かわいそう……でも、よーくん、誰が好きなのかな……? 私じゃないよね……ちとせ?)  
あいこはいろいろ考えながら、食べ続けた。  
噂の主、そして二人の気になる男。彼の名は、藤沢善行(ふじさわ・よしゆき)。  
二人の同僚にして、あいこの幼なじみ。  
小田急の看板列車、特急ロマンスカーVSE(Vault Super Express)の運転士だ。  
看板列車の運転士、そしてアテンダントといえば、超がつくほどの花形職である。  
まして、もう一人の噂の主で二人の友人、渋沢あさぎは、男性社員からの憧れの的だ。  
その二人が付き合い出したら、お似合いもお似合いの『ゴールデン・カップル』になる。  
しかし、そうはならなかった。  
恋愛は肩書きで決まるような、単純なものではない。  
 
仕事が終わって、深夜。  
あいこは、自分のアパートにあさぎを誘った。ちとせも一緒だ。  
「あさぎ、その……元気出してね」  
あいこは、他にかける言葉がない自分がもどかしい。  
「藤沢くんのこと……えっと……恨んじゃだめよ」  
ちとせも同じだった。  
「うん……わかってる。まだ……好きだけど……あきらめなくちゃ……」  
あさぎの目は赤い。一杯泣いたのが良くわかる。  
「……誰か、藤沢さんのことが好きな人がいれば、スッパリあきらめられるのに……」  
その言葉に、あいことちとせの胸がちくりと痛んだ。  
「ねえ、あいことちとせは、藤沢さんのこと、どう思ってるの?」  
善行のことをどう思っているのか……突然の質問に、二人は戸惑った。  
「ど、どうって……藤沢くんは……ねえ」  
「よーくんは、その……同僚……だよ」  
「じゃあどうして、『よーくん』って呼ぶの?」  
「え、それは……小さい頃からそう呼んでたから……よーくんは『勤務中は呼ぶな』って怒るけど」  
小さい頃……それを聞いたちとせの胸が、またちくりと痛んだ。  
あいこは、小さい頃からずっと藤沢くんと一緒にいる。  
私の知らない藤沢くんを、いっぱい知っているはず。  
「あれ? どうしたの、ちとせ? 泣いたりして」  
あさぎが声をかけた。  
「あら、どうしたのかな、私……」  
ちとせは、知らずのうちに自分の目から涙がこぼれているのに気がついた。  
それを見たあいこが慌てる。  
「何か私、ひどいこと言っちゃった?」  
「そ、そうじゃないの……」  
ちとせは無理して笑ってみせるが、涙は止まらない。  
「あ、ひょっとして……ちとせ……藤沢さんのこと……好きなんじゃ……」  
「え、あ、ああ、あの……」  
図星を突かれ、ちとせは戸惑った。  
「だ、だったら、私、ちとせのこと、応援するから! これであきらめられるし。私のことは気にしないで」  
「私も……私も応援するよ。私は……好きは好きでも、友達として好きっていうレベルだから」  
(二人とも……そんな笑顔で言わないで)  
あさぎとあいこの笑顔が、無理した作り笑顔だということはすぐ見抜けた。  
あいこも善行のことが好きだ。そんなことは本人が言わなくてもとっくにわかっていた。  
「じゃあ、早い方がいいね。メール、私からよーくんに打っておくからね。明日、話があるので、来て下さいって」  
「え!? ちょ、ちょっと待っ……」  
「私は……いない方がいいかな。後で話は聞くから、それでいいよね」  
「あ、あの、あ……」  
物のはずみで、話が決まってしまった。  
普段クールなちとせも、恋愛となるとまるでオロオロだ。  
こうして、ちとせは勢いで告白をすることになってしまった。  
 
 

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