『或る運転士の思惑』  
 
 
 
遥けき遠く、南部の威風が残る三陸で、新人の駅務員へと駆け寄る運転士の姿があった。  
駅構内のまばらな人影、笑顔のままで近づく二人に、行き交う人の頬も知らずに綻んでいる。  
 
「まなちゃん、まなちゃん、良い事思いついた」  
「あれ、今日は早いですね、ありす先輩」  
 
軽快な足音、腰まで流れる淡い色合いの髪が、たおやかな身体を追いかけて揺れる。  
待ち受ける駅務員は、少しばかり小柄な体躯で、浅く切りそろえた髪から首筋が覗く。  
 
三陸鉄道の女性運転士、久慈ありすとその後輩、駅務員の釜石まなであった。  
 
「時代は百合だよ!」  
「わかりました、全て忘却して運転席に戻ってください」  
 
拳を握り締めて力説した運転士へ、笑顔で列車への復帰を求める駅務係。  
しかし、ここで素直に復帰するようでは良い信頼関係を築いているとは言い難い。  
 
即ち、当然の如く聞く耳を持たない。  
 
「まず、私とまなちゃんが百合カップルになるの」  
「すいませーん、誰か人殴れそうな鈍器を持ってませんか?」  
 
通りすがりの親切な主婦の方の買い物袋から、手ごろな太さの大根を1本ばかり受け取る。  
何のためらいも無く弧を描くそれからは、良い按配の乾いた音がした。  
 
今日の夕食はぶり大根にしよう、まなは何となくそう思った。  
 
そんな事を考えている隙に、実力行使とばかりに抱き寄せた主は、ありす。  
 
「まなちゃんは、良い匂いがするね」  
「あ、ありす先輩こそ」  
 
湿り気のある抱擁から、背後に百合の花が咲き乱れた。  
指先が互いの頬をなぞり、熱く潤んだ瞳で見詰め合う。  
 
「……強いて言えば、わんこ蕎麦?」  
「無駄に生臭いんですけど、お昼は何だったんですか」  
 
あまり色気のある香りでは無い。  
 
「今日は運が良かったので、自分へのご褒美だよ」  
「スイーツ列車が走っているからって、無理に変な言葉を使わないでください」  
 
どうでもよい話だが、しゃもじというのは室町時代のギャル語である。  
なんかもじって可愛いじゃんとかいいながら、杓子をしゃもじと呼んだ事に起源がある。  
 
「えー、いいじゃん、百合カップル」  
「いや、どこが良いのか本気で理解できませんから」  
 
ち、ち、ち、と指を鳴らして指摘する企み者。  
理解の及んでいない相方に、懇切丁寧と説明を開始する。  
 
「なんというかほら、車内でイチャついておけば、男性の乗客は立つに立てずに終点まで」  
「やだなぁ、違うものが勃……って、何を言わせるんですかッ!」  
 
ぐーぱんちが顎に入った、打ち上げていた、アッパーだった、つまり昇竜拳であった。  
 
ダウンを奪われて暫く、ガイル3段まで入れられてしまえば相手の拒絶を受け入れざるを得ない。  
 
仕方なし、同業の知人友人へと電話をかけて企みを持ちかける事にする企画担当。  
 
「みゆきさん、みゆきさん、私と百合カップルになって売り上げを伸ばしましょう!」  
―― 広鉄は黒字路線なので、お断りさせていただきます  
 
「うわ、切られた」  
「良かった……常識人が居てくれた」  
 
めげずにかける、信州のあの人へ。  
 
「まいさん、まいさん、私と百合カップルになりましょう!」  
―― 親方さまあああああぁぁ!!  
 
「へ?……え」  
―― ……駄目ですね、今のを返せない相手とはお付き合いできません  
 
せめて、れっつぱーりぃぐらいは言えないと、などと謎の判断基準で断られる。  
それならば、赤字路線の代名詞たるあの人ならと、儚い望みをつないで見れば、  
 
「つくしさんつくしさん、以下略!」  
―― 良いですけど、銚子に来てくれますか?  
 
「……謹んで、ご遠慮させていただきます」  
 
致命的な欠陥が指摘される。  
 
「……もう私には、まなちゃんしか居ないんだね」  
「お願いですから、そこで私を思い出さないで下さい」  
 
ありすの目が光り、まなの背筋で肌があわ立った。  
 
少しばかり強引に、背後より抱きすくめる形で捕縛された駅務員の身体の上を、  
なんかやたらと丸いハンドパペットが、いやらしく這いずりまわる。  
 
小さいお子様から大人の女性にまで大人気のさんてつ君が、丸みを帯びた脇腹から、  
未発達の胸元へと向かって絞り上げるように、淫靡に蠕動しながら、出発して進行する。  
 
ありすの舌先が、まなの首筋へと唾液の痕をつけ、そのままに耳たぶを唇で含み、囁く。  
 
「ボクの秘密テクでメロメロにしてやるテツー」  
「違います、なんかそれ絶対百合じゃありません!」  
 
しいて言えば、さんてつ君の女体環状線鈍行記録であった、あまり百合ではない。  
 
「さんてつ君が、さんてつ君が何か酷い使われ方をしています!」  
 
「東武のしあちゃんなんか、とぶっちに付けられたスペーシアストラップがお気に入りだよ」  
「なんか今、しれっと怖い事言いませんでした!?」  
 
各駅停車の果てに、ついに、さんてつ君は太股の付け根へと車輪を進める。  
 
路線図となった駅務員は少しでも延着させようと、必死で足の隙間を閉めて抵抗するのだが、  
どれだけ頑張っても角度的に、下腹を通って進むさんてつ君を止める事ができない。  
 
「やれやれ、清純な顔してもう身体が火照ってるとは、あきれた淫乱だテツ」  
「おかあさあああああぁぁん!」  
 
どこまでも晴れすぎた空の上へと、少女の悲哀に満ちた叫びが吸い込まれていく。  
吹き抜ける晩夏の風が、少しばかり早く秋の訪れを告げていた。  
 
 
 
(余談)  
 
 
 
「親方さまあああああぁぁぁ!!」  
「幸村あああああぁぁぁ!!」  
 
和装制服の駅長さんの叫びに答えた制服は、鉄道警察隊。  
変なところで意気投合している二人であった。  
 
(終)  
 
 

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