夏真っ盛りの8月。  
 
ここ長野は全国的にも避暑地として有名な軽井沢があるものの、暑いものは暑い。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ふぅ、と短く息を吐いて憎たらしいまでに爽やかに晴れ渡っている青空を見上げた。  
うっすらと汗が浮かんでは流れ落ちていく。  
 
 
 
何故、暑い思いをしてまで屋外にいるのかと言われれば、彼女の仕事が終わるのを待っているからだ。それだけである。  
仕事の邪魔をする訳にはいかないので、彼女の仕事場である別所温泉駅の駅舎近くにあるベンチに腰掛けている。  
 
本当は昨日……彼女の誕生日である8月8日に来る予定だったのだが、急遽、取材が入ってしまい彼女には申し訳ないが日をずらしてもらったのだ。  
 
 
ミンミンとうるさかった油蝉だかクマ蝉だかの合唱の中で、時折ひぐらしがカナカナと小さな合唱を始めている。  
 
俺はすぐ頭上で鳴っているはずのひぐらしの合唱がどこか遠くの方で聞こえるような感覚になった。  
その合唱に交じって、可愛らしい声で俺の名前を読んでいるのも聞こえた。  
 
 
ぼんやりと顔を上げ、声の主を確認する。  
手を上げて笑顔でこちらに小走りで向かってくる。あぁ……仕事、終わったのか。というかもうそんな時間なのか、と思いながら彼女を迎える為にベンチから立ち上がった瞬間、ぐらりと景色が歪んだ。  
 
――立ちくらみ、だ。  
そう理解したのも束の間、足から力が抜けてなんとか顔面強打を避ける為に腕を前に突き出すが、身体を支えるほどの力が入るわけもなく、俺は顔面の代わりに右肩を強打する形で地面に倒れた。  
 
 
――  
蒸し暑さに目が覚めると、懐かしいような見慣れたような少し古ぼけた天井が目に入った。  
 
「あ、大丈夫……ですか?」  
遠慮がちにそう尋ねてきたのは、横になっている俺のすぐ隣にいた彼女――まいさんだった。  
 
「……えっと……、俺……」  
まだ少し、ぼーっとしている俺は寝ていたソファー(別所温泉駅の駅務室にある来客用のやつだ)から上半身を起こす。  
 
 
 
 
 
 
「気分、悪くありませんか?もう……立った瞬間、倒れるからびっくりしました……。」  
「えっと……」  
「熱中症です。」  
怒ったような表情でキッパリと言い放つまいさんに頭を下げるしか出来なかった。  
「駅舎の中で待っててくだされば良かったのに……。」  
 
「いや、仕事の邪魔になるかなーって。」俺は頭をかいた。……もう癖みたいなものだ。  
 
 
「邪魔だなんて思うわけないじゃないですか。……どうぞ。」  
まいさんはぶつぶつと呟きながら小さな冷蔵庫からスポーツドリンクを取出し、渡してくれた。  
 
熱中症にはスポーツドリンクが良いんです、と言われた。そういえば、こっちに着いてからは何も飲んでなかったな……。  
「ありがとうございます。……それにしても、今日は蒸し暑いですね。」  
渡されたドリンクで喉を潤してから、羽織っていたシャツを脱いでTシャツ姿になる。  
あー……これ一枚脱ぐだけでも熱気のこもり方は変わるんだな。  
 
「えぇ。実は……クーラーが壊れちゃって。……明日のお昼には業者さんが直しに来てくれるんで今日1日の我慢なんですけどね。」  
よく見れば、まいさんの額にはうっすらと汗が見える。  
そりゃこの暑い中でも制服は変わらず袴なんだから、暑いよな……。  
 
 
「あ、あの……、そろそろ帰ります?」  
まいさんを気遣って俺がそう提案すると、まいさんは首を振った。  
 
「まだダメですよ。本調子でもないのに、この暑い中を歩いたらまた倒れちゃいます。」  
そう言われると反論できるわけもなく、俺はすいません、と小さく返した。  
 
 
「もう少し、日が暮れてから行きましょうか。」  
結局、彼女の提案に賛成することにした。  
 
 
 
退社時間はとうに過ぎているので電車が来ても駅長挨拶することはなく、窓口も閉めているので誰かが切符を求めることもなく……俺とまいさんは誰に邪魔されることもなく、互いの近況を報告しあった。  
東京で働く俺と、長野で働くまいさん。メールや電話は毎日のようにしているが、やはり目の前で直接聞く彼女の話は楽しいものだ。  
 
 
……ふと訪れた沈黙。  
まいさんも話題が尽きたのか、さっきから何度もお茶の入ったグラスを口へと運んでいる。  
 
そして、こんな沈黙を破るのはいつだってまいさんの方だった。  
 
「あ、あの……。わた、私も……脱いでいいですか?」  
 
「……はい?」  
 
急な申し出に俺は思考が追い付かずなんとも間抜けな返事しか出来なかった。  
 
 
 
 
 
 
男の人は暑かったらすぐ脱いだりできて羨ましいですね、女性というか和装だとそう簡単には脱いだり出来ないから……とかなんとか、まいさんは慌てながら話しているが、俺はさっきの言葉を理解するのに必死でまったく聞こえてなかった。  
 
もちろん、俺とまいさんは付き合ってそろそろ8ヶ月。そういう事をしてないわけではないが、年頃(?)の恋人にすれば少ない方だとは互いに分かっている。  
 
彼女の裸を見たことがないわけではないが……さすがにこんな明るい時間から見たことはなかった。  
そうこう思いながら、俺は条件反射というか、慌ててソファーの上であぐらになり回れ右をして彼女に背を向けた。  
 
彼女はそれを俺の了承と解釈したのか、向かい側のソファーから立ち上がった。  
 
シュル、シュルと衣擦れの音が駅務室に響く。  
俺の耳は無意識に背後の行為に集中している。  
 
ふぅ、と妙に色っぽいため息。  
俺の理性は崩壊寸前だ。一体まいさんはどうしたんだ!?  
 
 
「……ぬ、脱がないんですか?」  
「……っ」  
「……そのシャツも、脱いだ方が良いですよ。汗で濡れてますし……」  
 
俺は思わず振り返ってしまった。  
汗でしっとりと濡れた顔は、幼く見られる普段からは想像も出来ないほどに艶があり、俺は唾を飲み込んだ。  
胸元が少しはだけている着物。袴は簡単に畳まれ、ソファーの背もたれにかけられている。  
上は着物に下は下着という、アンバランスな格好。着物はまた着直すのがちょっとめんどくさくて……と、まいさんははにかんだ。  
 
その恥ずかしそうな笑顔で理性は完全に崩壊した。  
 
 
 
俺はソファーを挟んで置かれてる低いテーブルに膝を付いて、まいさんを抱き寄せた。お互い直立で抱き合えば、まいさんの顔が俺の胸元にくるんだけど、今は俺の方がまいさんの胸元に顔を埋めている。  
 
あまり回数を重ねていないので、やはり慣れない手つきながらも俺はまいさんの胸に手を這わせた。  
この窓口のシャッターの向こうに誰かいるかも知れないという背徳感がたまらない。  
 
手の平、指。すべてに感じる柔らかさと弾力。  
 
「ん……、あっ……ん……」  
声をあまり出せる状況ではないので、まいさんは下唇を噛んで声を抑える。  
赤くなる彼女の下唇を痛々しく思い、俺は声を抑える手助けにでもなれば……と思いキスをした。  
 
 
それでも右手の動きは止めない。この世のものとは思えない弾力を堪能するように強弱をつけて揉みしだいていく。  
胸が形を変える度にまいさんは唇と唇の間からも小さな声を漏らす。  
 
まいさんの唇から口を離して、そのまま胸の先端を舌でなぞると、まいさんの肩が跳ねた。  
必死に声を抑えるまいさんに俺自身はもう最高潮に膨れあがっていた。  
 
「まいさん……っ、俺……」  
 
俺の訴えに、まいさんはこくりと頷いてくれた。身体を離しまいさんが座っていた方のソファーに彼女をゆっくり押し倒す。  
 
 
 
 
 
 
 
胸への愛撫だけでまいさんは涙目になり、息は荒くなっている。濡れた頬に張りつく髪を払ってから、もう一度キスをした。  
 
俺も男だし、エロ漫画とかは読んだが……行為中に言葉責めなんて器用なことは出来ない気がする。性格が一番の原因なのは分かっている。  
お陰で俺とまいさんのこういった行為には意志確認ぐらいでしか会話しない。  
二人ともそういう経験が少ないから行為だけでいっぱいいっぱいなんだ。  
 
「まいさん、そろそろ……」  
最後までは言葉にせずまいさんに聞くと、彼女は顔を真っ赤にして「……はい」と呟いた。  
 
まいさんの頬を撫でてから、俺はベルトを外し自身を取り出した。  
次いで、グショグショに濡れたまいさんの薄い水色のショーツも脱がせる。ここまで濡れてるなら、慣らす必要もないだろうと判断し、俺は少しずつ挿入していった。  
 
「あっ……あ……」  
まいさんは着物の袖を口に当て、声を抑えようと必死だ。快楽に耐えるように、目を固く閉じ、右手は俺の左腕をぎゅっと掴んでいる。  
 
どうにかして彼女を気遣ってあげたいのだけど、正直そんな余裕はない。  
ぐちゃぐちゃ、と駅務室には相応しくない水音と微かに漏れ聞こえるまいさんの喘ぎ声。  
 
下腹部にこもっていた熱が次第に自身へと集まってくる。ヤバい、限界だ。  
 
いつもならば、このまま動きを早めて出すのだが、今日はそれは出来ない。ゴムをつけてない。  
彼女の中に出すまいと腰を引いて、自身をまいさんから取り出した。  
 
 
まいさんが息を切らしながらも一瞬だけ悲しそうな顔をしたように見えたが……それはまぁ、都合の良い自己解釈だと思っておく。  
 
 
俺は自身の中にくすぶってる熱を出そうと、右手を自身に添えた。もちろん、自分で処理をしているのをまいさんに見られるのは恥ずかしいので彼女に背中を向けてやるのだが……。  
本当は吸い出してもらったりしたいとも思うけど、息も絶え絶えのまいさんにそこまで頼むのもどうかと思うのも確かで……。  
 
――  
「……もし、今度こんな事があったら。」  
ちゃんと袴を着直して、いつも通りの姿で駅務室に鍵をかけながらまいさんは言った。  
 
ひぐらしの合唱も鳴り止み、辺りも暗くなり幾分かは涼しくなっている。  
 
まいさんの言葉に俺は顔を赤くしながら返事をした。  
「その……、え、遠慮しないで、なっ中に出してもらっても……平気ですからっ!」  
 
「……」  
同じく、顔を真っ赤にしながらまいさんはこちらに背を向けたまま言う。  
俺は呆然というか、何も答えられずに立ち尽くしつつ必死に言葉を理解しようとした。  
 
「あ、い、いやっ、その……へ、変な女だと、思います?」  
恐る恐るといった感じでこちらを見て尋ねてくるまいさん。  
あの艶っぽさは何処へやら……、その照れた表情にはいつもの幼さが見えた。  
 
「ま、まさか!大好きですよっ。」  
俺は慌てて首を振り、何を思ったのかそう続けていた。  
案の定、まいさんからは「……へ、変態です」と言われたのだけど。  
 

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