その日、僕は取材のために銚子へ来ていた。  
勿論、取材の相手は銚子電鉄犬吠駅駅務係の外川つくしさんだ。  
これまでも何度か取材をしてきたが、今回は彼女の昔の思い出、してきたことや見てきたことを知りたいと思っていた。  
しかし、今回の取材の目的は銚子電鉄に新しく入ってくる新型車両の取材なので、仕事とは別に聞くことにした。  
 
時は5月、僕がつくしさんと知り合って丁度1年が経過していた。  
つくしさんは本当に銚子が大好きで、その地で生まれたこと、そこで働くことの幸せを感じ、そして自分の生まれ故郷が幼い頃は揺り籠で、最期は棺桶になることに何の疑問も感じていない。  
僕はそんな彼女に気付かないうちに惹かれていた。  
人はそれを恋と云うのだ。  
僕はふとそう思った。  
 
 
その日、僕は銚子駅からデハ1002系に乗って線路沿いに咲く菜の花や緑を見ながら、犬吠駅へやってきた。  
「ご乗車ありがとうございました〜、気をつけてお降りください」  
のんびりとした、おとなしい声が耳に入ってきた。  
ほんのり黒のかかった桃色の髪の毛を初夏の風に揺らし、自慢の笑顔と衣替えをしたばかりの夏服を纏った彼女  
「お久しぶりです〜、ようこそ銚子へ」  
外川つくしが、そこにいた。  
 
 
「遠い所ご苦労様でした〜、暑かったでしょう」  
「そうですね、もう半袖が必要ですからね」  
今僕は犬吠駅から少し離れた君ヶ浜公園につくしさんといる。  
彼女によると今日は仕事を早目に終わらせてくれたそうだ。  
犬吠駅を出て行く時、駅長さんが何だか意味深長な笑みを見せていたのが気になるのだが・・・・・。  
ひょっとしたら気をつかってくれたのだろうか?  
 
 
「やっぱりここに来ると落ち着きますね〜」  
僕の考えていることを知るはずも無いつくしさんはそう言って僕のすぐ隣にいた。  
海からやって来る潮風が彼女の髪を揺らし、水平線の彼方に沈む斜陽が彼女の目を細める。  
黄昏時に佇む彼女は全身を茜色に染めていた。  
その幻想的な姿は、漣の音と相まって一枚の写真か絵にしてしまいたい光景だった。  
その時の僕は頬を夕焼けと同じ色に染めていたのかもしれない。  
「あの〜、どうかしましたか?」  
彼女が突然こっちを向いて尋ねてきた。  
いけない、見とれてしまっていた。  
「今日は聞きたいことがあるんですよね?」  
だから彼女は気付かなかったんだろう。  
「ええ、そうなんですよ」  
僕が恋していることを。  
 
「私の想い出、ですか〜?」  
つくしさんはあまりしっくりこないお願いをされてキョトンとしていた。  
「ええ、つくしさんのことをもっとよく知りたくて」  
海岸近くのベンチに座って僕はつくしさんに今回の経緯を話していた。  
自分が今後つくしさんを取材するにあたって、もっとつくしさんのことを詳しく知りたいことを話した。  
「昔話とかでもいいんです、お願いしますっ!」  
そう強く言って僕は頭を下げた。  
「ま、待ってください〜、べっ別に話すのはいいんですが・・・・」  
「ですが?」  
「その〜・・・、は・・、恥ずかしくて・・・・」  
無理もない、そう思った。  
いきなり自分のことをもっと知りたいから、想い出や昔話を教えてくれなんていわれて動揺しない人はいない。  
つくしさんはそのまま黙り込んでしまった。  
どうしようかと思っていたその時、  
「お〜〜〜い、つくし〜〜!」  
そんな声が僕達の背後から聞こえてきた。  
誰かと後ろを振り返って見てみると、僕たちと同い年位の女性がこっちに向かって走ってきていた。  
誰だろう?つくしさんの名前を言っているってことは、つくしさんの知り合いかな?  
「澪ちゃん・・・・、澪ちゃんなの・・・・?」  
「お久しぶりね、つくし。元気にしていたかしら?」  
「澪ちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん!!」  
そう叫んだつくしさんは、その澪ちゃんの元へ駆け寄り、思いっきり抱きついた。  
「澪ちゃん、いつこっちに帰ってきていたの?」  
「昨日のことだよ。こっちに戻ったらつくしが駅員さんになってるって聞いてビックリしちゃった。でも昔からつくしはあの電車に乗るのが大好きだったもんね♪それにしても、立派になったわね〜、つくし」  
「澪ちゃん・・・・、ありがとう」  
そんな映画の感動のシーンをそのまま切り出したかのような光景に僕は見入ってしまった。  
「ん?あれ?つくし、この人は?」  
澪さんが僕に気付いたようだ。  
「あっ、澪ちゃん。この人は私のことを取材してくれている記者さんなの」  
「え!取材なんて受けてるの!?すごいじゃないつくし!」  
その後僕は澪さんに、これまでのつくしさんの取材や記事のことを教えた。  
僕も澪さんことをつくしさんから澪さん本人から色々聞いた。  
澪さんはつくしさんと幼稚園からの幼馴染で今も大親友なそうだ。  
でも、高校卒業の時に澪さんは北海道の大学へ通うこととなり、銚子を去ったのだという・・・。  
その後も2人はメールや電話で交流を続け、大学が休みに入ると澪さんは銚子へ戻ってつくしさんと会っていたけれど、お互い働き始めてからなかなか会う機会がなかったのだそうだ・・・・。  
だからこうして会うのは実に久しぶりだそうだ。  
 
「へ〜、それにしてもつくしが雑誌に載るなんてね〜〜、私もその記事読みたいな〜」  
「記念にとってあるのがあるから、後で見せてあげるよ」  
「ありがと〜、楽しみだな〜」  
「お2人は本当に仲が良いんですね」  
「ふふ、ありがと♪ ところで2人はここで何してたの?」  
「え・・・・、私は取材を・・・」  
「とてもそうは見えなかったな〜、遠くから見たらカップルにしか見えなかったし」  
「えっ!?そっ・・・、そんなことないよっ!」  
「え〜〜〜、説得力ないな〜。ねぇ記者さん、ホントの所はどうなのさ?」  
「いや・・・、自分はつくしさんにちょっと想い出を聞かせてもらおうと思っただけで・・・」  
「想い出って・・・・、どうしてそんなものを?」  
「実は・・・・」  
僕は澪さんに、つくしさんの事をもっと知りたくてつくしさんの想い出を知りたいことを話した。  
「なるほど〜、じゃあそういうことなら、私が教えてあげましょうか」  
「え?」「澪ちゃん!?」  
「つくしのハ・ズ・カ・シ・イ・オ・ハ・ナ・シを♪」  
「え・・・、や・・、やめてよ澪ちゃん!恥ずかしいよ!」  
「まーまー、ほら、記者さんも知りたがってるよー」  
「う〜〜〜、でもでも〜〜」  
「もう終わったことじゃない」  
「それでも恥ずかしいし、嫌われちゃうよ〜」  
「別にそれでつくしを嫌いになったりしないと思うわよ?彼、誠実そうだしさ」  
「そうですよ、嫌いになんてなりませんっ!」  
つくしさんはそのまま考え込んでしまった。  
「じゃ・・・、じゃあ・・・いい・・ですよ・・」  
蚊の鳴くような声でつくしさんはそう言った。  
「はい、是非お願いします!」  
「よっしゃあ、任せなさいっ!」  
「う〜〜〜〜、恥ずかしい・・・・」  
こうして澪さんからつくしさんの昔話を聞かせてもらうことになったのだが、つくしさは顔を真っ赤にして涙目になってしまった。  
そんな反応をされると何だか申し訳なくなってしまうのだが、そこまで聞かれると恥ずかしい想い出とは何なのかという興味も好奇心もどうしても湧いてくる。  
つくしさんには申し訳ないが、僕は心の底から聞きたいと思ったのだ。  
そして、この後澪さんが話したつくしさんの恥ずかしい想い出というのが、自分の予想の激しく斜め上をいく内容だとことをこの時の僕は知る由もなかった。  
 
 

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