2005年 富井高校テニス部の合宿が里山海岸にて行われた。  
1年生の青海ゆりかは、大会出場経験のある優秀な選手である。そんな彼女もやはり青春真っ盛りで、憧れる男性がいることは彼女も例外ではなかった。  
2年生の豊洲台であった。台は全国大会の常連であり、ゆりかも彼の足元には及ばないと考えていたが、初めてみたときから彼のさわやか端正なルックスに彼は惹かれてしまう。  
けれどもやはり告白しようにもライバルは多かった。イケメン選手ともなると彼女のほかの女子も当然台に目を付けている女もいた。  
ゆりかは台が他の女子と親しくしているのを見るとやはりコンプレックスと嫉妬を抱かずにはいられなかった。  
豊洲先輩…大好き…この想い…もう止められない…どうしよう…  
体育の直前の着替えの時でもそも事ばかりが脳裏に浮かぶ。周囲は、最近起きた大規模な電車の事故の話題で持ちきりだった。  
しかしそれすら耳に入らない。  
(豊洲先輩…私の…この胸を…)  
ゆりかは無意識のうちに水色のブラジャーのフックをはずそうとしていた。  
「ち…ちょっと!ゆりか!」  
後ろのほうで声がして我に返る。彼女の異変を察して声をかけたらしいゆのだった。ブラウスのボタンを留めている最中だったらしく、胸元からはピンクのブラがのぞいている。  
「ゆりか大丈夫?最近いつもなんかボーっとなってること多いけど…何かあるんなら私たち相談に乗るよ?」  
「う…ううん、ちょっと疲れてるだけ。気にしないで。」  
何事もなかったかのようにそう返した。すると今度は最近ブラをつけ始めたみらいが、ブラがずれて困っているようで戸惑っていたので、ゆりかとゆのがそれを助けに行った。  
みらいがどうやらサイズを間違って購入しているようなのでレシートを持って、購入した店に行って取り換えてもらうようゆのは言った。  
男子のいない女子だけの空間ならではの光景であった。  
 
3ヶ月後…  
家に帰っても相変わらず彼のことが頭から離れないゆりか。勉強すら捗らない。  
「先輩…私あなたのことが好きになっちゃったみたい…。」  
その時だった。彼女の机の中にしまっていた携帯が鳴った。メール着信。相手はあの豊洲先輩だ!  
ゆりかは心臓が高鳴っていることが自分でもわかった。  
(も…もしかして…私が先輩に惚れていることを知って…)  
ゆりかはその後の都合のよい想像をしながら携帯を開いた。だが実際はそっけないものだった。  
『23〜25日で合宿があるんだけどお前もくるか?』  
豊洲は男子テニス部の主将なので当然来るようだ。だったら彼女も行かないわけにはいかない。  
『参加します』  
そうメールを返信した。しばらくたって、  
『わかった。楽しみに待ってる。』  
そう返ってきた。それだけでも彼女は胸がますます高鳴っていた。  
それから合宿初日までの2週間が非常に長く感じられた。  
 
ゆりかにとっては恐ろしく長い14日が明け、合宿初日がやってきた。気分を高揚させながら富井駅へと向かった。  
彼女は先輩がもしかしたら急用で来なかったりしていないかと心配だったが先輩の姿が見えたので一安心している。  
全員がそろったのでいよいよ電車に乗り里山海岸へと向かう。  
最初に乗るのは201系の体質改善車で、中央本線のものは置換えが告知されたがこちらでは当分廃車される予定はなさそうである。  
ロングシートなのでゆりかは豊洲と隣り合わせに座れることを期待していたが、彼は同乗していた老人に席を譲って乗り換えるまでたっていた。  
 
二回目の乗車は223系新快速。近郊電車とは思えない快適さと速さを兼ね備えている。座席は転換クロスシートで、シートの向きを先輩の方向に合わせてゆりかは変える。  
「あの…先輩…前に座ってよいでしょうか…?」  
ゆりかは少し尻込みしながら先輩に聞いた。  
「別にかまわないよ。」  
その時彼女のハートはこれまでにない高鳴りを始めたのだった。  
私の目の前にこれまで手を伸ばしても届かなかった先輩がいる…これは夢じゃない…。  
もう何が何だか分からなかった。2回目の乗り換えまでがあっという間に感じられた。  
3度目の電車は105系で再びロングシートの車両。かつて千代田線で使用されていた車両で古ぼけた感じが否めない。  
でもそんな車両でも彼女は豊洲の横に座れたので、ゆりかの中では快適な空間に変化した。  
電車を降りて里山スポーツセンターまでの距離さえも短くしてしまった。  
 
合宿場につくとテニス部の顧問が部屋に荷物を置いたら早速テニスコートへの集合を命じた。いよいよ年に一度の合宿の幕開けである。  
 
初日は女子はランニング5kmから始まった。  
里山海岸の砂浜を走るも真夏の日照りが彼女たちを苦しめた。  
先輩の女子部員たちは次々と文句を言っているのが耳に入るが、  
ゆりかは辛くなれば豊洲のことを頭に浮かべると不思議と足取りが軽くなるのを感じられた。  
 
翌日のことだった。ゆりかは女子の先輩に呼ばれていた。  
「何か…?」  
「明日はあの…海水浴でしょう?それでね…」  
テニス部の合宿では最終日には海へ行くことになっていたが、そのあとにメインイベントとも呼べる行事がある。  
それはブランケットトスというもので、頑丈なシートに選び出した女子部員一人を立たせて、  
それを部員全員でシートを波打たせて飛ばすというもので、必ず新入生の女子部員が選ばれていた。  
「その飛ばされる役をね…青海さん、あなたにやってもらいたいの。お願いできるかしら?」  
「わ…私がですか??」  
「お願い!あなたしかいないの。あなた以外の女子部員みんな断っちゃったし。」  
「わ…わかりました。」  
そんなこんなでゆりかは合宿の最後を飾る重大な役割を担うことになったのだった。  
私なんかで…ほんとにいいのかな…  
そう思っていた時だった。自分の名前を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、豊洲が立っている。  
「明日のブランケットトス、お前が飛ぶってな。頑張れよ。」  
「えっ…はい!」  
ゆりかはがぜんやる気になった。  
 
次の日、里山海岸で水着に着替えた女子部員は遊んでいた。  
ゆりかも他の女子部員と海で水を掛け合うなりしてはしゃいでいる。  
華やいだ嬌声が砂浜中に響いた。  
一時間ほど海で遊んでいたら、男子部員が声をかけた。  
どうやら準備が完了したらしい。  
女子部員たちは浜から上がり男子部員たちが集合している方へ向かった。  
 
ゆりか以外の部員はシートを囲む形で立っている。  
ゆりかはシートの中央へ歩いてその上に立った。  
彼女が立つと豊洲が号令をかけると同時に、部員たちがシートを持ち上げた。  
シートの下は空洞となり、彼女はシートに支えられているだけ。  
「キャッ!」  
ゆりかは思わずバランスを崩してシートの上に転んでしまった。ビキニを着た15歳の少女はシートの上に思い切り沈んでいる。  
彼女の肌にシートが当たって感触が心地よい。  
ゆりかが起き上がる間もなく、さらにシートを上下に揺らされる。彼女の体が高く舞い上がり、シートの上に落ちた。思い切り脚を開いた状態で尻もちをついた。  
この役を断った女子部員たちは心の中では、  
「断ってよかった。」  
「青海さん、私あなたのこと一生尊敬します。」  
そう言っていた。  
ゆりかはシートの上でうつ伏せになって休んでいる。10回も飛ばされて少し疲れているようだ。  
その時、彼女の目には豊洲の姿が映った。ゆりかはあわててシートに顔をうずめた。  
ハンモック状になったシートの柔らかさがゆりかの気持ちを慰めていた。  
今こそ…伝えたい…  
そう思い彼女はシートを手繰り寄せて体を反転させ、仰向けになって改めて先輩のほうを見る。  
「と…豊…」  
そこまで言いかけた時、再び彼女の体は宙を舞っていた。  
 
 
「…あれ…夕日…?」  
すでにあたりは日が暮れかかっていた。  
「青海さん、いきなり寝ちゃうんだからびっくりしちゃうじゃない。」  
彼女は折りたたまれた先ほどのシートに寝かされていた。水着のまま…  
「あとで、豊洲先輩があなたに伝えたいことがあるようだから、そこで待ってて。」  
彼女の頭の中で嫌な予感がした。いきなり途中で寝ちゃってたから…まさか叱られちゃうんじゃ…嫌われちゃったかも…。  
すると後ろのほうで声がして振り返ると豊洲が立っている。あわててゆりかは振り返り、両手を合わせて謝った。  
「ごめんなさい!あんな重要な役割の途中で…寝ちゃって…!」  
「ちがうよ。そうじゃない。」  
ゆりかは驚いて顔を上げた。  
「実は俺…お前のことが…ずっと…気になってたんだ。」  
「え…」  
「ゆりか!俺と付き合ってくれないか?」  
「!!!」  
ゆりかは自分がまだ夢を見ているような気がした。私が伝えたかったことを…どうして豊洲先輩が…?  
「もし…だれか好きな人がいるなら俺はあきらめるぞ?」  
その言葉にゆりかは改めて、夢ではないことを実感した。  
「…いません。だから付き合っても…大丈夫です。」  
ゆりかの願いはついにかなったのだ。しかも相手も自分に好意を抱いていたのだ。  
「や…やった!ありがとう!ゆりか!」  
ゆりかは先輩に抱きしめられて、おそらくこんなに喜ぶことは一生ないような気がしてならなかった。  
 
fin  
 
 
 

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