【Mr.private eye】
彼はただ空を眺め、紫煙を燻らせる。
時刻はAM11:25。
昼も近いからか、近くのラーメン屋から良い匂いが漂ってきている。
「これは……イラクラーメンかな?」
小さく呟いた声に、女性の声が反応した。
「え?何か言いましたか、ボス?」
「いや、何でもないんだ」
男は小さく手を振り、忘れてくれと彼女に告げる。
そうですかと返した彼女は、それでもしばし考えるそぶりを見せた。
「ボス、最近なんだか変ですよ?」
「え?」
「ほら、脈拍数が上がった。何か心当たりがあるんでしょう?」
彼女はずい、と身を乗り出すような仕草を見せた。
物理的な距離は一切変わらないのに、それでも一瞬身体を引いて、男は言葉に詰まる。
「……そうかな。誰だっていきなり追及されたら、後ろめたいことがなくてもびっくりすると思うけど」
旧型の、分厚さがあるデスクトップパソコンの画面に軽く触れた。
そこに映る『彼女』の頬に指を滑らせる。
冷たい。
「……本当に、それだけですか?」
少しだけ頬を染めた彼女に、液晶越しのキスを。
「もう!そうやってごまかそうとする!」
彼女も慣れたもので、男に答える気がないと知った上で追求するような真似はしない。
「……出かけるよ、ジニー。
何かあったら、携帯を鳴らしてくれ」
そう言って、着古したジャケットを羽織った男に、極端に省略された顔文字に切り替わった彼女のアイコンは不満げな誤操作音を鳴らした。
それはある探偵事務所の日常。
ほんの、数日前までは。
「は、ぁ……あふっ、ぅん……」
甘い声が、少女の口から漏れ出している。
何時からこんなことになったのかわからない。気が付けば、少女は女になっていたということだろうか。
少女は外務大臣の娘。時代が時代なら、得体の知れない私立探偵との情事などゴシップ誌の格好の獲物だっただろう。
簡素だが質の良い椅子に座った男が、ぼんやりとした思考のまま、長くなった灰をアッシュトレイへ落とす。もう一度銜えようか一瞬だけ逡巡し、そのまま押し潰した。
それはいつもの合図。
チャックだけを開けたズボンの前に座り込み男のモノを咥えていた少女には、待ち焦がれていたサインだった。
すっかり屹立したモノから名残惜しげに唇を離すと、紅潮した頬を隠すでもなく潤んだ瞳で男の顔を見上げた。
いつから彼女は、こんな欲情を顕にするようになったのだろう。最初はもっと、恋する乙女の瞳だったと思う。
硬い質感の髪を撫で、リボンを外してその顔を引き寄せた。
温かい。
さっきまでの行為の余韻だろうか。少女は僅かな苦味がする舌を男のそれへと絡ませる。
必死にさえ感じられるその行為に唇への甘噛みで応えてやると、嬉しそうな呻きをあげた。