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生きているというのはこんなに辛い事だったのだろうか。  
「汚れた」と自覚した時から、彼を直視できなくなってしまった。しかし心は彼を求めてやまない。今度は心がばらばらになってしまった。  
『彼』に抱かれるのがひどく苦痛になった。興奮することも、感じることも、濡れることもなくなった。しかしそれでも私は毎夜犯された。そしてその度に人生に絶望した。  
涙はもう、流れなくなっていった。  
 
「…!…うさん!…じょうさん!…本条さん!」  
…遠くから私を呼んでる声が聞こえる…。この声は…彼…?  
あれ、私は何をしてたんだっけ…?確か、教室で授業を受けてて…気が遠くなって…それから…?  
「先生、俺保険委員ですから本条さんを保健室に連れてきます!」  
「女子の委員は?」  
「休んでるから俺が行くんです!」  
何人かで私の身体を支えて、私は誰かの背中に背負われた。大きくて温かい…。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろう。  
「…君、女の子の…」  
「…、かなで慣れてます!」  
温かい背中に揺られながら、また意識が暗転していった。。  
再び意識を取り戻したとき、私は保健室のベッドに寝かされていた。額には冷たいタオルが乗せられている。  
まだ世界が揺れている。意識もはっきりしない。聴覚だけがやけにはっきりする。  
「…大丈夫か?」  
「…ちょっと貧血起こしただけだから、少し横になってれば大丈夫」  
カーテン越しの隣のベッドに誰かいる。男子と女子の聞きなれた声。  
「あんまり無理すんなよな。かなはいっつも突っ走って頑張りすぎて、最後に参ってしまうんだから」  
「うん…そうだね。けど…後悔したくないから…」  
「…そうだな。かなの夢だもんな」  
「…ね、おまじないしてよ。元気になるおまじない」  
「…じゃあ、目をつぶれよ…」  
「……ん…」  
カーテン越しに重なる二人の息遣いがしばらく続いた。  
 
「…ったく、どっちが姉か弟かわかんねーよこれじゃ」  
「あはは、ごめんね。ちょっと弱気になってたけど、もう大丈夫だから」  
「大人しく寝てろよ。男の俺と違ってかなはデリケートなんだから」  
「…うん…」  
カーテンが開いて彼が入ってくる。  
「あ、気がついた?よかった、授業中に倒れちゃったから保健室に連れてきたんだけど…」  
「あ、うん。だいぶ楽になったから…。ありがとう」  
「あ、笑ちゃん気がついたんだ」  
彼と同じ顔が隣にもう一つ。  
「かなめちゃん、どうしたの?」  
「あははは、体育の時間にちょっと貧血起こして…」  
確かに覗き込む顔色がよくない。  
「ほら、お前は休んでろ。本条さんのついでに面倒みてやるから」  
「あー、私、笑ちゃんのついでなのー!?ひどいー!…っと」  
「ほらッ、言ってるそばからよろめいてる!寝てろって!」  
「ふふっ、あはは…ご、ごめんなさい笑ったりして…」  
この二人を見ていると自然に笑いが出てくる。この二人は本当に太陽みたいだ。明るくて、周りの人を元気にしてくれる。  
けど、黒雲の様に胸の中に湧き上がってくる不安。二人は何をしていたの?もしも私の予想が正しければ―  
 
 
その日の夕方。  
「しばらく留守にする」  
「え?」  
帰ってきた『彼』は忌々しげに私に短く告げた。  
「年度末だっていうのに長期の出張を言い渡された。単身赴任だよ。明日から来月まで家を空けるから」  
忌々しそうに、吐き捨てるように『彼』は言った。  
「…はい」  
苦い表情の『彼』とは対照的に、私の心の中には一条の光明が差し込んできた思いだった。これでもう苦しい思いをしなくていい。汚されなくてすむんだ。  
神様に感謝したのは生まれて二度目だった。一回目はすぐに後悔する事になったけど。  
 
毒気が抜けたように体が軽かった。晴れ晴れとして開放的な気分だった。  
しかし、胸の中にしこりのように残る不安。晴れやかな気分の中に時々湧き上がる言い知れぬ不安。  
『……ん…』  
確かめたい。けど、それはとてもいけない事の様な気がする。訊いてしまえば、私の中の太陽が沈んでしまうような気がする。  
 
『彼』が出張に出てから三日目にして、私は我慢できなくなり勉強中に自慰をした。  
こちらに引っ越してきて毎日『彼』に犯されるのが日課になっていた為か、中心に何か入れられないと落ち着かなかった。初日は何て事はなかったが、二日目は湧き上がってくる欲望を何とか払いのけて眠りについた。しかし三日目にしてもう我慢の限界に達してしまった。  
空虚な部分を何かで満たしていないと不安になる自分に気づいてしまった。  
それからというもの、毎日自慰に耽った。自慰の回数は日ごとに増えた。  
彼の事を考えるだけで不安になる。そしてその不安を収めるように、熱く潤んだ部分に指を伸ばす。熱く濡れた部分が満たされている時に言いようのない安心感を覚える。  
今も私は自分自身を犯している。学校のトイレで、休み時間に。  
制服の前をはだけてブラをずらし、小さな胸を思うままに慰める。下着を脱いで潤んだ部分に激しく指を突き立てる。ぐちゅぐちゅと水音が耳元で響いている。  
恥ずかしい。けど、我慢できない。こうしていないと黒い不安に押しつぶされてしまいそうだ。  
友達がいるのに。彼が、いるのに。  
「ぁ…ッ!」  
声を殺したつもりでも少し聞こえたかも知れない。噛んだ指を見る。傷は日に日に深くなっていく。罪の証。汚れているという証。そして今は、彼を疑っている罪の証。  
『ワタシハドウスレバイイ?』  
繰り返し自分自身に問いかける言葉。けど答えなんか見つかるはずもない。  
 
「ああ、何か佐伯さんの家に行くとか言ってたけど…?」  
「けど、約束では10時にここって…」  
日曜の朝、私は約束通りかなめちゃんを迎えにいったが彼女は出かけてしまっていた。  
連絡が行き違ってしまったか、誰かが忘れてしまったのだろうか。  
私が困って黙してしまうと、私たちの間に言いようのない間が生まれてしまった。  
「あ、あのさ。もしよかったら、本当によかったらでいいんだけど…俺と勉強しない?」「え?」  
どくん。  
「丁度俺も留守番で暇してたところだから…。ホント、もしよかったらでいいんだけど」「…」  
「そっか、そうだもんね。ゴメン、調子にのって。俺は本条さんに嫌われてるんだっけ…」  
彼がバツ悪そうに自嘲する。  
「あ、ううん、違うの。…私…お邪魔しても…いいのかしら?」  
「…うん!大歓迎だよ!」  
しかし私はこの思い付きと勢いでしてしまった発言を後で最高に後悔することになる。  
 
落ち着かない。  
すぐ傍に、手を伸ばせば触れられるほどの距離に彼がいる。そう思うだけで落ち着かない。話し掛けられる度に彼の息がかすかにかかるみたいに思えてどきどきする。  
「疲れた?ちょっと休む?」  
「あ、ううん大丈夫」  
「丁度切りがいいからちょっと休もう」  
彼はシャープペンを置くと、気持ちよさそうに身体を伸ばした。そしてそのまま後ろにばたりと倒れる。青い大きなクッションが柔らかく彼を受け止める。  
「あー気持ちいい…」  
すごく幸せそうな彼の笑顔。  
「って、ゴメン!俺だけこんなくつろいじゃって」  
私の視線に気づいて慌てて起き上がる。  
「ううん、気にしないからいいよ」  
見ているだけでいい。見ているだけで幸せ。見ているだけで―。  
「本条さんは、どうしてあの私立受けるの?」  
「…えッ?」  
彼からの不意打ちに私はすぐには思考が回らなかった。  
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、ちょっと興味があるから」  
私は沈黙する。  
何を話せばいいのか。嘘か。真実か。  
「…高校に入ったら、一人暮らしをしようと思ってたから。これ以上、親戚の人たちのお世話になる訳にはいかないから…」  
これは本当。  
「そっか…本条さん大変なんだもんね」  
清んだ瞳、私の全てを見透かすよう。  
「…本当はもっと違う理由があるの」  
これも本当。  
「けど…ごめんなさい。それだけは言えないの」  
言えば彼は絶対に私を軽蔑する。太陽が沈んでしまう。  
「うん、それでいいよ。言いたくない事をわざわざ苦しい思いして言うことなんてないんだから」  
彼は寝転びながら天井を見つめた。  
「高校…か…」  
ぼんやりと呟く。  
「一緒の高校の奴もいれば、離れ離れになっちゃう奴もいる。ちょっと、寂しいよね」  
彼の「陰」を見た気がした。  
その言葉は誰の為の言葉?私?それとも…。  
「けど離れ離れになっても二度と会えなくなる訳じゃないし、友達である事には変わらないから…」  
「うん…」  
あいまいに相槌を打つ。  
 
「かなめちゃんは、公立女子だって言ってたけど…」  
まただ。彼の表情に「陰」が見えた気がした。  
「かなの成績だとちょっと頑張らないと厳しいみたいだけど、きっと大丈夫だよ」  
「どうして女子高を選んだの?他の皆は共学を選んだみたいだけど」  
「…夢なんだ。ほら、あそこってバレーが強いじゃない。かなはあそこでバレーをするのが夢なんだ。母さんからよく聞かされたからなぁ…バレー部の話」  
かなめちゃんの事を話す彼の表情は生き生きしていて嬉しそうだった。  
少し、嫉妬した。『姉弟なのに』。  
「あのね、その…」  
言葉が詰まる。聞きたい。聞きたくない。いろんな色がぐるぐると私の中で回る。  
「…おまじない」  
小さな声で呟く。声にしないと私の中で爆発してしまいそうな気持ち。  
「え?」  
「あ、ううん、勉強がよくできるおまじないとかあるのかなぁーって…」  
ばかだ。核心に片足を突っ込んでおきながら逃げようとしてる。  
「そうだね、そういうのあればいいんだけどね」  
「…元気の出る、おまじないとか…」  
「え?」  
場の空気が凍りつく瞬間、下からチャイムが聞こえてきた。  
「あ、ちょっと待っててね」  
勢いよく飛び起きて、部屋から出て行く。気まずい空気がさぁっと凪いでいく気がした。  
 
彼の部屋。いつも窓越しに見ていた部屋。遠い世界。私は今そこに居る。  
「何やってるんだろ…!」  
急に泣きたくなってきた。あのまま知らないふりをしていられればどれだけ良かったか。けど私は耐えられなかった。  
知りたかったから。彼の事を全部。光も闇も。  
どくん…。  
耳元で大きく鼓動が聞こえたような気がした。  
そして私は欲情する。不安の鼓動が欲情の動悸にすり替わる。  
部屋の中を一望する。目に付いたのは、さっきまで彼が握っていたシャープペン。  
手に取るとかすかに彼の温もりが残っている気がして、鼓動が早まった。  
「ん…」  
ペンのお尻の部分で私の胸を服の上から撫でていく。これは彼の指。混沌とした思考で想像する。その想像だけで私の欲望はたまらない程膨らむ。もう、我慢できない。  
上着の裾から手を入れて、ブラをずらして固くしこった乳首をくりくりと擦る。気持ちいい。  
「あ…はぁ…」  
思わず声が漏れたけど気にしない。彼は今ここに居ない。聞こえる心配もない。  
思うままに彼の『指』で私の体を愛撫する。気持ちいい。  
「う……ん…」  
いやらしい声。今まで出したことなかったのに、男の人を誘うような声なんて。それを今、確かに自分の意思で声にしている。けど、不思議と嫌悪感はなかった。  
しこった乳首の周囲をくるくると円を描く。ぞくぞくする。『指』の動き一つで私の体には壊れた機械みたいに愉悦の電流が走る。  
もう我慢できない。  
スカートの中に手を入れて、じんじん疼く牝の部分を下着の上から自分の指で擦ってやる。けど本当にいい部分は触らない。自分で自分を焦らす。胸の高鳴りが一層強くなる。  
夢想に閉じていた目を少し開くと、さっきまで彼が寝転んでいたクッションが目に付いた。  
どくん…と胸が一回高鳴った。  
 
「ん…ん…ふ…う…んん…ッ」  
ふかふかの大きなクッションを抱きかかえ、胸をそれにぐいぐいと押し付けるようにする。胸が滅茶苦茶に揉みしだかれてるみたいに気持ちいい。深く息を吸い込む度に彼の匂いが私を包み込む。彼に抱かれているみたい。  
彼のクッションを上半身で堪能している最中、私は牝の部分を彼の『指』で弄っていた。スカートを腰まで捲くり上げて脚を広げて膝で立ち、お尻をぐっと突き出した姿勢でどろどろに蕩けた部分を下着の上から彼の『指』で味わうように何度も何度もなぞった。固く熱くなった花芯をべたべたの下着の上からぐりぐりとシャープペンを乱暴に擦りつける。「ん…!んん…!んくぅ…!」  
その度に背中を何とも言えない快感が駆け上がり、私ははしたない声を出す。  
もう戻ってくるかもしれない。今すぐにでもドアが開けられるかもしれない。もう既に、ドアの隙間から覗かれてるのかもしれない。そんな考えでさ今の私には悦楽のスパイスになってしまう。  
「…ん…入れて…おねがい…!」  
ここにいない妄想の彼に哀願する。しかしまぶたの裏側の彼は優しく微笑んで私の熱くなった部分に手を伸ばす。  
「ん、ん…!」  
ショーツをずらして直に触ってみる。いつもより濡れている。せり出した部分が柔らかく私の指を包み込む。ぐちゅ…と粘液質な音が聞こえたような気がした。  
直に触るともう我慢できなくなる。蜜を吐き出す割れ目に指をずぶりと突き立てる。蜜が指を伝って手を汚す。そのとろりとした感触でまた私は興奮する。  
手はおろか、全身が性器になってしまったようだ。身じろぎした衣擦れだけで高ぶった神経は快感を生み出す。私の体は快楽を貪るためだけに存在していた。  
 
激しく指を出し入れしながら包皮の中で限界まで充血したクリトリスをペンでつついてやる。  
「きゃ…あン…!おねがい、もっとやさしく…!」  
思ったよりも刺激が強かった。口ではああ言ったが、もっと乱暴にして欲しかった。めちゃくちゃになる位辱めて欲しい。  
「すごい…すごい…!」  
埋没させる指を二本に増やして私は夢中になって粘膜を掻きえぐった。襞が指に絡み付いてくる。もっと触って欲しいという私の欲望を雄弁に語っているように。  
「きて…おねがい、がまん、…んくぅ…できないのぉ…!」  
クリトリスを啄ばんでいたシャープペンを、私は我慢できずに柔らかい胎内に入れた。えも言われぬ快感が全身に走り、私はクッションに見を任せるように上半身だけ倒した。お尻だけがくねくねと奇妙な軌跡で宙を泳いでいた。  
襞が固いプラスチックのペンに絡まる。その不自然な感触が私の肉欲をくすぐる。バイブやローターとも違う、本来はここに収まるべきではない道具。今までだってペンやマジックを入れた事はあったが、今内壁を刺激しているのは彼のペンだ。  
「はぁぁ…ッ…もっとぉ…んふ…ッ、もっとつよく…ぅ!」  
甘えるような声を出して妄想の彼に哀願する。そして私の指と彼の『指』は速度を増す。妄想の中で私は彼に犯されている。激しく出入りする熱い欲棒。暴走する妄想はその体温や鼓動まで補完する。  
 
むず痒いような衝動に駆られ、私は出し入れしていたペンを引き抜くと今度はそれを後ろの穴につき立てた。淫汁に汚れたペンは難なくひくつく穴に埋没していく。  
「あ…!そこは、おねがい、ゆるして、おねがい…んンッ!」  
あまり馴れない異物感に神経が快感を伝える。入り口のところでぐりぐりと動かすだけで息がとまる程の刺激が生まれる。  
「あン!うぅン!お尻、すごい、イイの、やッ、イイの、アツい、はあぁッ!」  
後ろの穴は最近使わなかったが、それでも十分すぎる位に感じることができた。彼が後ろを犯しているという妄想で私の異常な快感は更に高ぶっていく。  
片手でペンを自在に動かし、もう片方の手でたまらなく蕩けた部分を肉芽と一緒にめちゃくちゃに愛撫する。出入りする度にぐちゅぐちゅという音立つ。  
「はッ…はッ…あ…ん…はぁ…」  
あまりの刺激に舌まで痺れて言葉を失ってしまったみたいでもう声もでない。  
もう少し、もう少し、あと…ちょっと。  
「はぁッ、はぁッ、ああ…ッ、あ…ッ、ぅ‥‥‥ッ!」  
濁流に飲み込まれたみたいな衝撃が全身を襲う。目の前にいろんな色が飛び交い、最後には眩暈がするほどの真っ白い光に包まれる。脊髄から全身にじんわりと快感が波紋のように広がっていく。  
「はぁ…はぁ…はぁ…」  
全身を上下に揺らして大きく息をする。全身の細胞が酸素を欲しがっていた。  
よかった。こんなに感じたのは生まれて初めてだった。指を汚す欲望の名残をソフトフォーカスがかった視界で眺める。  
 
『ヨカッタ?』  
…すごくよかった。  
『コレガ、アナタノホントウノキモチ』  
…。  
『アナタハ、ジブンノイシデカレヲヨゴシタノヨ』  
…嘘よ。  
『ウソジャナイワ。アナタノテノソレハナニ?』  
…。  
『ココロトカラダガカサナッタノヨ。ココロデカレヲモトメタカラ、カラダガソレニコタエタノ』  
…違う。  
『ヒテイシテモ、メヲソムケテモダメ』  
…。  
『これが現実よ』  
「違う!こんなの、こんなの…違う…!」  
ぐっと手を握り締めて自分の中の自分を否定する。しかし、手を汚す粘液質の感触が現実であることを確かに認識させる。右手にはどろどろに汚れた彼のシャープペン。私はこれを使って…!  
汚してしまった。彼を。彼への想いを。  
「う…ッ!」  
気持ち悪い。吐き気がする。涙がとめどなくこぼれてくる。息ができないくらい胸が苦しい。抑えきれないくらいに体が震えてる。  
もうここには居られない。彼にあわせる顔がない。もう…。  
私は荷物もそのままに彼の部屋から逃げ出した。  
階段を駆け下りて玄関に出る。  
「あれ、本条さん…」  
「ごめんなさい、ごめんなさい…!」  
ごめんなさい、あなたを汚してしまった。  
私は振り向きもせずに彼の家を出て行き、隣の叔父の家に逃げ込んだ。玄関に鍵をかけて部屋に駆け込み、ベッドに突っ伏して、ひたすらに泣いた。今まで生きて流したのと同じくらい涙を流した。声がかれるまで叫んだ。  
私の中の太陽は、沈んでしまった。  
 
 
確かなものなんか何もない。自分自身さえもう信じる事はできない。ただ一つの希望は私が汚してしまった。  
私はどこで壊れてしまったんだろう。…ううん、そんな事はもうどうでもいい。もう、正常とか壊れてるとかそんな事は私には何の意味もないから。  
偽りの笑顔を浮かべながら、心の中は暗く空虚だった。  
迷っていた。私は本当に逃げ出していいのか、と。こんな私を誰が受け入れてくれるのだろう。彼さえももう微笑みかけてくれはしないだろう。こんな私を受け入れるとすればあの親戚たちだけだ。私が嫌い逃げ出そうとしていた所が私の本当の居場所なのだろう。  
私がおとなしく体を開きさえすればあの人たちは優しくしてくれる。ううん、私もそれを望んでいるのかも知れない。もう失うものなんか何もないんだから。彼の部屋での出来事はそんな私への踏絵だったのかも知れない。  
だからこそ私は、こんな事をしている―。  
「…本当に大丈夫、笑ちゃん?」  
「うん…」  
そうは言うものの、息が荒くなっているのは自分でも判っている。  
「顔も赤いし、風邪なんじゃないの?今流行ってるから気をつけなよ」  
「ええ、ありがとう」  
何も知らないクラスメイト達。知ってる?私はあなた達が考えもしない世界に私は居るの。  
私は我慢できなくなり席を立ち、早足でトイレへ向かう。個室のドアを閉め、震える汗ばんだ手で鍵を掛ける。  
「はぁ…ッ!」  
搾り出すように息を吐き出す。それが合図であったように太腿を一筋、液が流れる。汗でもおしっこでもない、特別な時に溢れてくる体液。それが下着の脇から流れ出している。  
 
洋式トイレの便座の蓋を閉めてそれに座る。下着を一気に膝まで引き下ろす。生理でもないのに下着にはナプキンが張り付いている。ナプキンは経血じゃない、半透明の粘液を限界まで吸ってその役目をかなり前に終えていたようだった。手早く処理して汚物入れに捨て、新しいナプキンを下着に付ける。  
「はぁ…ッ」  
またため息を圧搾する。反らした喉がくっと鳴る。愛液がまた溢れてきて、お尻を汚した。この前久々に使った後ろの穴にとろりとした感触を覚えて体の芯が期待で熱く溶けはじめた。  
しかし私は期待に応えなかった。理由は二つ、焦らしたで後で一気に自分を犯してやろうといういやらしい駆け引きと、もう蝋燭の芯みたいに中心を貫かれているから。  
少し気を緩めて下腹部の力を抜くと、私の胎内からにゅるにゅると長い棒が産み出された。ここを出入りするに相応しい器官を模った、人工の性器。それが胎内から途中まではみ出す。こぼれた愛液が便座カバーの上に水溜りを広げていく。  
「ん…んふぅ、ン…」  
張型で思い切り慰めてやりたい衝動をぎりぎりの所で抑え込んで、再び胎内に淫具を収めていく。動かしたい。けどだめ。最奥に当たる位深く沈めてから私は下着を上げた。  
綺麗に便座カバーをふき取ってから何気ない顔で個室を後にする。火照った顔を冷たい水道水で洗って引き締める。大丈夫、大丈夫―。  
一歩足を進める度に、セックスする為の粘膜はプラスチックの男を擦り上げて歓喜のあまり涎を流した。厚ぼったい生理用品は粗相を受け止める為の一線だった。  
 
ここ数日は胎内にこれを収めて学校生活を送っていた。私が動く度に、粘膜とプラスチックは私の想像を越えた快感を不規則に提供してくれた。  
しかし私を本当に痺れさせているのは羞恥と恥辱だった。いつ一線の容量を越えた愛液がスカートの中から流れ出すか、スパッツに染みをつくるか。それとも、私の中心から抜け落ちるか。それを想像するだけで全身の神経が燃え上がってしまう。男の下で自由にされるよりも何倍も感じていた。  
『学校にこんなもの入れて来るなんて』  
いいじゃない、私がそうしたいんだから。  
『変態だ』  
そう、私は変態よ。  
『サイテー』  
そうね、そう思う。  
『一発やらせろよ』  
嫌よ、童貞のヘタクソのくせに。  
『内密に済ませてあげるから、ちょっと私につきあいなさい』  
いいですよ、先生。  
『…恥ずかしいこと、してみせてよ。俺の部屋でやったみたいに』  
…いいよ。  
視線を少し動かすと熱心に授業を受ける彼の背中が見えた。私には全然気づいていない。少し脚を開くと張形が少し外に追いやられる感触がわかった。左手をスカートのポケットに入れる。ポケットには細工がしてあり、ポケットとしての機能を損なわずにスカートの中を触れるように穴が開いていた。穴に手を通して熱く蒸れる下着を直に触れる。下着越しのナプキンのがさがさした感触がやけに生々しかった。  
もう少し脚を開く。太腿の内側を空気が撫でていった気がして少し溢れた。スカートを少し捲り上げる。火照って色づいた太腿が直に教室の空気に晒される。  
「は…ぁ…っ」  
欲情を含んだ吐息をばれない様にゆっくり深く吐き出す。胸が高鳴り、手のひらがじっとりと汗ばんだ。  
 
腫れ物に触れるように恐る恐る欲望の中心に下着越しに触れてみる。サラサラした下着の感触の下に愛液を吸収し続けるナプキンの感触。しかし私の妄想は遮るそれらを消し去る。下着越しに触っているはずなのに、直に指で触れているような感覚を覚えた。  
どろどろの液体をだらしなく吐き出す水門。充血して愛撫を待つ紅の真珠。来訪者を待ち蠢くサーモンピンクのビロードの廊下。目を閉じればそれらの形や色さえ浮かんでくる。私の指は谷間を的確になぞっている。もどかしい感触に身をよじりたくなる。  
我慢できなくなって私は六角鉛筆をペンケースから取り出して、スカートの中へ入れてやった。指の代わりに今度はそれで谷間をなぞる。  
「ぅ…ン…」  
待っていた官能に思わず鼻にかかった声が出てしまう。しかし視線はあくまで黒板を向く。大丈夫、気づかれてない、気づかれてない…。  
気持ちいい。中途半端に柔らかさを感じるシャープペンよりも私は木の硬さが好きだ。とがった角を激しく下着に擦りつける。  
思い切り自分をじらしてやる。今すぐにでも六角形の木の棒で充血したクリトリスを突いてやりたかったが私の壊れた理性はそれを止める。じらすだけじらして、高ぶらせるだけ高ぶらせてから、後から一気に崖から飛び降りるように弄ってやるのだ。  
今日はいつもよりも全身の神経が高ぶっているのが判る。気を緩めれば鼻についた甘ったるい声を上げてしまいそうになる。だめ、今は駄目。あと二十分ちょっとでお昼休み、そうしたら…。  
「…ッ!」  
気泡のように現れて弾けた快感に太腿の筋肉がびくんと痙攣した。キュッ!とつま先が場違いなスリップ音を教室に響かせた。冷水を浴びせられたように高ぶった神経が急速に萎縮していく。  
気づいた何人かが私に視線を向けたので私は照れ隠しに曖昧に微笑んでその場を収めた。せっかくのご馳走を食べ損ねた気分だった。  
 
『ドウシテコンナコトスルノ?』  
…。  
『ドウシテジブンデススンデコンナコトスルノ?』  
…。  
『ダレカニメイレイサレタワケジャナイノニ』  
…。  
『ハズカシカッタラ、イヤダッタラスグニヤメテイイノニ』  
…。  
『ホントウハコウイウノガスキナンデショ?』  
…かも、しれない…。  
『ココニイレバ、ズットキモチヨクシテモラエルノヨ』  
…。  
『ニゲダシテイイノ?ジブンカラシアワセヲホウキシテイイノ?』  
…。  
『ニゲダスリユウナンテモウナイノヨ?』  
…。  
『あなたが彼を汚したんだから』  
「えーみちゃん!」  
「ひゃッ!」  
考え事に耽っていた私の背中をかなめちゃんがぽんと叩いた。びっくりして思わず変な声を上げてしまった。  
「どうしたの、職員室の前でぼーっとして。…あ、それって」  
「ええ、願書なんだけど…」  
本当に出してしまっていいのだろうかと直前になって迷っていた。本当に、私は全てを捨てて逃げ出してもいいのだろうか。甘く温かい場所で偽りの愛情と肉欲を満喫できればそれでいいのではないか。  
けど、私はどっちつかずで迷っていた。  
「ここで迷ってたってしょうがないよ〜。ほら笑ちゃん、先生に出す出す」  
かなめちゃんは職員室のドアを開けると、強引に私の手を引いて佐久間先生の所に連れてきてしまった。  
「先生、笑ちゃん願書持ってきたんですけど」  
「ああ、はいはい。それじゃあ確かに受け取りましたからね」  
先生はするりと私の手から願書の入った封筒を奪うように持っていってしまった。  
「試験頑張ってね。先生応援してるから」  
「は、はい…」  
運命というのは、結局は自分の計り知れないところで決まってしまうものなのかも知れない。何となく悟った気分だった。  
「私も応援してるからね、笑ちゃん」  
太陽みたいな笑顔。  
…彼と同じ、笑顔…。  
 
「ねぇ笑ちゃん、聞いてる?」  
「あ…うん…」  
「…本当に大丈夫?調子悪いんならやめようか?」  
「あ、ううん、そんなんじゃないけど…ちょっと休憩、いい?」  
彼の部屋での一件以来、空虚な気持ちに心身ともに乗っ取られてしまい勉強もろくに手が付けられない状態だった。それを見かねたかなめちゃんが急遽勉強会をやろうと私を誘ってくれたのだった。  
「あいつなら今日は出かけるって言ってたよ。あっちはあっちで勉強会するんだって」  
それならと強引に誘われるままに来てみたものの、やっぱり気が乗らない。すぐそこには私が痴態を演じた彼の部屋がある。それを思うと憂鬱になってくる。  
「私ももう少し頑張んないとなぁ。似たような遺伝子してんのに、あっちとは頭のデキが違うからなぁ…」  
確かに彼は学年トップクラスの成績で、かなめちゃんはそれよりは少し劣るけどそれでも平均を上回る成績は取っている。  
「笑ちゃんはどう?手ごたえっていうか、自信みたいなのはある?」  
「…まだ、よく分かんない。本当だったら死にもの狂いで勉強しないといけないんだけどね」  
一週間前の出来事以来、勉強はあまり進んでいなかった。私立女子を受験するか、それとも公立を受けてこのままの生活を甘受するかの狭間で葛藤していた。そして何よりも愛欲漬けの生活で勉強が手につかなかった事のほうが大きかった。  
「私は…やっぱよく分かんない。二階堂さんに空いた時間に教えてもらったりはしてるんだけど、人気あるからねぇ。かと言って、あいつは教えるの下手だし」  
あははと困ったように笑う。  
「そんな事ないと思うけどな。先週来た時だって、分かりやすく教えてもらったけど」  
言ってしまってからしまったと思った。空気が気まずさで質量を持った。  
「…ねぇ、先週何があったの?あれ以来笑ちゃんもあいつも様子が変だから」  
一番触れられたくない話題。言葉が詰まる。  
 
「変だよ二人とも。年明けに遊園地に行ってから、普通に話そうとしないんだもん。仲良くなるかなって思うとすぐにまた元通りで…。何だか、そんなのやだよ。見てる私もいやだもん」  
かなめちゃんの表情が暗くなる。  
「ねぇ、力になりたいの。みんなで仲良くやっていきたいの。あいつにも、笑ちゃんにも、笑っていてもらいたいの」  
申し訳なさに似た言いようのない感情が胸を締め付けた。全て私が悪いんだ。  
「ごめんなさい…」  
そして彼にするのと同じ答えを口にする。それが免罪符になるとは思わなかったが、私にはそれしか回答が見つからなかった。  
「うん…。言いたくないならそれでもいいよ。苦しい思いしてまで言う事ないよ。話したくなった時に話してくれればいいから」  
彼と同じ事を言う、彼と同じ顔の女の子。  
「けど私」  
かなめちゃんの言葉が止まった。視線が私から逃げる。  
「笑ちゃんの本当の気持ちが知りたいな…」  
どくん。  
「笑ちゃん、もう少し自分を出したほうがいいよ。何だか無理してるみたいに見えるよ、笑ちゃん」  
この言葉を聞くのも二度目で、両方とも同じ顔だ。  
私は机の上のシャープペンに視線を集中しながら耳の後ろでかなめちゃんと彼の声で何度もその言葉をリピートした。  
「…本当の私を知ったら、かなめちゃん、絶対に軽蔑するわ」  
「そんな事ない。笑ちゃんは、笑ちゃんだから」  
どくん。  
鼓膜の中で血流がごうごうと嵐のように唸り始めた。口の中が渇き始め、手のひらが汗ばんできた。  
「本当に、そう思う?」  
視線を合わせずにかなめちゃんに問いただした。鼓動が早くなっていくのが分かる。  
「え?」  
私は答えも聞かずにかなめちゃんに跳びかかった。フローリングの床に華奢なかなめちゃんが押し倒され、私はその上に覆い被さった。  
「そんなに見たいなら見せてあげる。本当の私を」  
かなめちゃんの口を私の唇が一方的に塞いだ。かなめちゃんの目が大きく見開いた。  
 

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