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かなめちゃんの唇を、私の唇が柔らかく塞いでいた。私はキスを続けながら化繊のセーターの胸に手を伸ばす。女の子のまだ未成熟なふくらみを円を描くような動きで優しく転がしてやる。右の腿をかなめちゃんの足の間に割り込ませるようにしてぐいぐいと押し付ける。  
「ん、んんーッ」  
何か言おうとしたけどその口は私が塞いでいる。逆に、緩んだ口の中に私は舌を挿し入れた。そして唾液で濡れた柔らかくて硬いかなめちゃんの舌に自分のを絡ませる。久しぶりの他人の舌の感触に、私は濡れた。  
「ん…んぅ…」  
「気持ちいい?」  
唇を離して、意地悪く訊いてみる。  
「笑ちゃん…」  
「私は、すっごく気持ちいいよ…」  
彼と同じ顔の女の子。彼女が私の下で喜悦の表情を見せているという事実は十分に私を興奮させた。無意識のうちに私は腰をくねらせてかなめちゃんの股間に擦りつけるように動いていた。スカートの中も、とろりとした感触が分かるほどに濡れていた。  
壊れた妄想が暴走する。  
「ねぇ…我慢できないの…お願い…」  
私の目の前にいるのは、双子の弟の彼。私は困惑した表情の彼に甘えるように懇願する。  
私はスカートの裾を腰までたくし上げた。そして躊躇せずにびちょびちょになった部分を、かなめちゃんの太腿に擦りつけた。  
「あ、うぁ…あッ!」  
胸の柔らかさがマシュマロのそれであるならば、太腿の柔らかさは柔らかくはあるが張りがあってプリンのそれに似ている。充血した肉芽や快感を求めてせり出した唇が限界まで粘液を吸った下着に擦りつけられておかしくなりそうな程気持ちよいい。バレー部で鍛えられたという張りのある太腿に、私はいやらしい声を上げながら熱い部分を必死に擦りつける。  
「気持ちい…あぅッ、イイよぉ、かなめちゃん…!」  
もう妄想はいらなかった。  
服の上から自分で胸を鷲づかみにするように揉む。服の中をまさぐるのももどかしい。  
充分に高ぶっていた私の欲望は異常な行為で簡単に高みに登りつめようとしていた。  
「もうちょっと…んん…!んん…う…あ、あ…う…ッ、く…ぁ!」  
ねちっこく太腿に腰を擦りつけながら私は悦楽に痺れた。意識が遠のき、眩暈がしてそのままかなめちゃんの上に倒れこんだ。  
 
「はぁ…はぁ…はぁ…」  
全身の火照りが引いていくのがわかる。肌が触れ合うかなめちゃんの体温の冷たさが気持ちよかった。  
「わかったでしょ?これが本当の私なのよ」  
かなめちゃんは何も言わなかった。  
「…こんな私、誰にも好かれる資格なんてないのよ…」  
涙が溢れてきた。  
「汚されて、汚されきって、自分で汚れる事を選んで、そんな自分に満足しようとして…!」  
急に悔しさが胸いっぱいに広がって、胸が締め付けられるように痛んだ。  
「悔しい…!悔しいよぉ…!」  
かなめちゃんの上で、私は隠すことなく泣いた。以前、人前でこんなに泣いたのはいつの事だったろう。  
「かなめちゃんは、どうして抵抗しなかったの?怖かったでしょ、急に私にあんな事されて…」  
かなめちゃんは視線を私から外そうとしなかった。  
「だって笑ちゃん、すごく…辛そうだったから」  
「…辛そう?」  
かなめちゃんは黙ってうなづいた。  
「笑ちゃんは気持ちいいって口で言ってたけど、表情はすごく辛そうだったよ。何だか、自分を責めるために無理矢理こんな事してるみたいだった…」  
「……くせに」  
私は黒い感情に任せるままに禁じられた言葉を口にした。  
「私の事何もわからないクセに知ったような口きかないでよ!」  
私は感情のまま絶叫した。  
「事故でお父さんお母さんが死んで、引き取られた先でさんざん弄ばれてきた私の気持ちなんか、かなめちゃんには分からないわよ!」  
それでも彼女は視線を外さなかった。  
「…うん、そうだね。私なんかには笑ちゃんの事なんかこれっぽっちも理解できないかも知れない」  
「じゃあ…!」  
「けどね、辛そうな事だけは、苦しんでる事だけは理解できるよ」  
「…!」  
「どれだけ辛かったか、どれだけ苦しいかなんていうのは結局本人じゃないと理解できないよ。だから私は、苦しんでる笑ちゃんが少しでも楽になってもらえるように…」  
「同情したっていうの!?こんな私を、哀れんだっていうんでしょ!?」  
「どう思われても仕方ないよ。私の気持ちは笑ちゃんには分からないから」  
私は黒い言葉を全て失った。  
 
「そうだよ。双子でだってお互いの気持ちは分からない方が多いんだから。他の人の気持ちを百パーセント理解するなんて不可能だし、そんな事できたら気持ち悪いよ」  
かなめちゃんの手が私の手にそっと触れた。  
「私、笑ちゃんの事もっと知りたいよ。いい所も悪い所も、きれいな所も汚い所も。だから仲良くなりたいんだもの」  
「じゃあ教えてよ!先週私が倒れたときに、保健室で何してたの!?キスしてたんでしょ!姉弟なのに、双子なのに…!」  
私は白くなる位力を込めて拳を握り締めた。  
「…そうだよ。二人で、キスしたよ」  
それでもかなめちゃんは私から視線を外さなかった。  
「笑ちゃんが私たちをどう思ってたか分からないけど、私たちだってこんな事してたんだよ。いけない事だって知ってるけど、止まらないの。惹かれあうみたいに求めちゃうんだから」  
「…!」  
「私も、あいつも、笑ちゃんだって、人間はきれいなモノだけでできてる訳じゃないんだよね…」  
ひんやりとした手が私から離れた。  
「去年の夏の事だけどね、私、失恋したんだ。ううん、失恋っていうにも程遠いんだけど。そしてあいつを『誘った』の。あいつも好きな女の子に振られた直後だって知ってたから」  
二人が何をしたか、私には簡単に想像できた。  
「ずるいよね。傷ついたあいつを利用するなんて。最低だよね」  
私は衝動のままに彼女の頬を打った。かなめちゃんの頬には赤く私の手の跡が、私の手にはじんじんとした感触が残った。  
「…そうだよ。笑ちゃんにはそうする資格があるよ」  
私を見つめたままのかなめちゃんの目から、ぽろりと涙がこぼれた。  
「…よかった。これで初めて、何分の一か償えた気がする…」  
かなめちゃんを打った手のひらが、いつまでもじんじんと、痛んだ。  
 
「どうしてそんな事話したの?こうなる事は分かってたのに」  
ようやく痛みが引いた手を擦りながら私はかなめちゃんの傍らでぼんやりと訊ねた。  
「笑ちゃんが、本当の笑ちゃんを見せてくれたから。…ううん、本当は誰かに話したかったのかも。『一人』で抱えるのが辛かったから…」  
かなめちゃんは濡れたハンカチで頬を冷やしている。  
「ずるいよね。喋ること喋って何だか私一人が楽になっちゃったみたいで」  
「…」  
私は何も答えられない。  
「笑ちゃん、けど大丈夫だよ。笑ちゃんの事だって受け止めてくれるよ」  
「え?」  
「あいつ、笑ちゃんの事ずっと心配してたんだよ。何かあったんだろうってずっと落ち着かなくて、学校で話し掛けようとしてたみたいだけどなかなか切り出すタイミングが、ね。難しい問題だから」  
「…」  
「さ、ここから先はあいつと笑ちゃんの問題」  
「…」  
「好きなんでしょ?」  
「…うん…」  
恥ずかしさで顔が熱くなっていく。  
「よかった」  
かなめちゃんに微笑みが戻った。雰囲気がぱぁっと明るくなる。  
「それじゃあ笑ちゃんも頑張る頑張る」  
私の手を取ってぶんぶんと上下に揺する。  
「あいつの事訊きたかったらいつでも相談してよ。双子の片割れなんだから、あいつの事は分かってるつもりだし」  
言葉が、表情が、どことなく痛々しい。  
「…訊いてもいい?かなめちゃんは、その…」  
自分から切り出しておいて、何て言葉を続けていいか分からない。  
「きっと、笑ちゃんが思ってる通りだよ」  
少し寂しそうにかなめちゃんが微笑んだ。  
 
「ねぇ笑ちゃん、キスっていいよね」  
「…よく、分かんない」  
偽りない感想だ。  
「好きな人とするキスって、すごくどきどきするね。どきどきするけどね、触れ合った瞬間に、何て言うのか…すーってとけちゃうの。さすがにレモンの味はしなかったけどね」  
「かなめちゃんのキスは何の味だった?」  
「あはは、夕飯のコロッケのソースの味。二人で笑ったっけ、随分色気のないキスだったって」  
「私は…いい思い出ないから」  
気がついた時には強引に唇を奪われていて、そして―。  
反射的に身体をぎゅっと抱いて小さくなる。  
そんな私の肩にかなめちゃんの腕が回される。  
「これからだよ。これから作っていくんだよ」  
「…」  
「大丈夫大丈夫、笑ちゃんならきっといい思い出いっぱい作れるよ」  
「…そう、だね」  
過去は変えられないけど、未来はいくらでも変えられる。そうあるべきだし、そう信じたい。  
「…ね、笑ちゃん」  
かなめちゃんの表情が少し硬くなる。  
「…キス、しよっか」  
私がどう答えていいのか詰まってしまって、何となく気まずい間が生まれてしまった。  
「あはは、何言ってるんだろ私。ごめんね。けどね、その…笑ちゃんには、笑っていてもらいたいから」  
「…いいよ」  
「笑ちゃんの明るいキスの思い出の、お手伝いしたいなーって自分勝手に思っただけだから。ごめんね、変な事言っちゃって」  
「いいよ」  
かなめちゃんのわざとらしく明るい声が消える。  
「…寂しいの。最初に言った事は嘘じゃないけど、それ以上に寂しくて仕方ないの」  
またつぶらな瞳が潤む。  
「本当は喜んであげたいのに…それ以上に寂しい。ね…私のこと、あいつだと思っていいから」  
視線を逸らしたかなめちゃんの横顔が近づく。  
「私は、かなめちゃんとキスしたい…」  
「え」  
濡らしたハンカチがパシャ、と濡れた音を立てて床に落ちた。  
 
「……ん…」  
柔らかく、触れ合うような、永いキスだった。  
舌を絡めあうのでもなく、奪い合うように荒々しくもない、ただ唇を重ねるだけの稚いキス。けど、今までの中で一番永く心地よいキス。  
目を閉じてするキスがこんなにどきどきするなんて知らなかった。敏感になった嗅覚をくすぐるかなめちゃんの匂いにどきどきした。重ねあう手のひんやりした感触が気持ちよかった。  
かなめちゃんが言いたかった事が、たった一回のキスで理解できた。  
「……ふ…」  
そして私たちは二人に戻る。  
「うふふ、元気になるおまじない。私でも効いた?」  
ちょっと悪戯っぽく訊いてみる。  
「うん。ありがとう笑ちゃん」  
「ほんと、かなめちゃんはお姉さんなのに甘えんぼさんね」  
二人でくすくす笑う。そしてそのまま私はまた唇を重ねる。柔らかい感触を求めて。  
「笑ちゃんだって…」  
「うふふ」  
三度目のキス。今度は座りながら抱き合うようにして身体も密着させる。  
「どきどきする?あいつとキスする時はもっとどきどきするんだよ」  
「…うん。ちょっとダブっちゃった」  
「あいつ意外と不器用だから、笑ちゃんが上手くリードしてあげてね」  
「うん」  
「あいつびっくりするかも知れないけど、絶対に笑ちゃんを受け止めるから。私が保証する」  
「…うん」  
「笑ちゃんにもあいつにもずっと笑っててもらいたいっていうのは、私の本当の気持ちだから」  
「…うん」  
「笑ちゃんの事も、嫌いじゃないから…」  
「…うん」  
四回目のキスは涙の味がした。  
 
 
時間は無情だ。悩む暇なんて与えてくれない。  
かなめちゃんの部屋での一件からそれ程の間を置かずに、私は志望校の試験を受けていた。ここの学校は青葉台の高校よりも一週間試験が早い。準備は万全とは言えないけど、やるしかない。  
私の事、彼の事、かなめちゃんの事。あれからずっと考えた。彼と一緒にいたいという気持ちもあった。けど、私にはそれ以上に重い問題がある。狂った関係を終わらせるという。  
彼に会える機会はずっと少なくなるだろう。けど、それで私の気持ちが傾いてしまうならこの想いはそれまでだろう。  
私はもう迷わない。今いるここで、自分で決断して、ベストを目指す。私は自分が目指した私になるんだから。  
「はい、それではペンを置いて解答用紙を裏返して下さい」  
今最後の教科の制限時間が来た。やれるだけの事はやった。あとは結果を待つだけ。  
「あー、えっと、本条笑さんはこの教室にいらっしゃいますか?」  
教室を出て行こうとした私は、入れ替わりに入ってきた若い女性教師の声で足を止めた。「あ、はい。私ですが」  
彼女の後ろから返事する。  
「ちょっといいですか?理事長がお話したいと…」  
「え、あ、はい…」  
突然の話に私は戸惑いを隠せなかった。理事長が私なんかに?  
「じゃあ、こちらになります」  
私は少し不慣れそうな教師の後ろを黙ってついていった。  
「失礼します」  
いかにも理事長室然としたドアをノックして私は中に導かれた。  
「本条笑さんをお連れしました」  
「はい、ありがとう」  
私の想像を裏切った、落ち着いた女性の声だった。  
椅子に座っていたのは見たところ四十代位の、理事長というには若い印象を受ける女性だった。  
「はじめましてかしら?それとも、私の事を覚えていて?」  
「…すみません」  
私は彼女のことを知らない。  
「私、あなたのお母さんに学生時代にお世話になったの。あなたに会ったのは…小学校に入学してすぐの頃だから覚えてないか」  
理事長はちょっと残念そうに小さくため息をついた。  
「話っていうのは簡単。本条笑さん、あなた特別奨学生としてウチに来る気はない?」  
その言葉を理解するのに、私は二呼吸分の時間を要した。  
 
家に帰る間、理事長とのやり取りがずっと頭の中で渦を巻いていた。  
理事長は母さんの同級生で、独り身の私の世話をしたいという。  
しかし理事長は正直に本音を言って下さった。私たちの事故は当時かなり大きく報じられて覚えている人も少なくはない。事故で両親を失った私を特別奨学生として受け入れれば世間の見る目も変わってくる。つまり、私をダシにして学校の名前を売り込みたいという事だ。  
「それでもあなたを可哀相に思う気持ちは偽りないわ。お母さんの事は本当に残念だったわ…」  
そう言って私を抱きしめた感触に母さんを思い出して、少し泣いた。  
私は理事長の申し出を呑んだ。ただし、試験に通常通り合格したらという条件で。  
「これでよかったのかな…」  
柄にもなく独り言を呟いた。  
「あれ、本条さん」  
聞きなれた懐かしい声。鼓動が早まる。  
「こ、こんにちは…」  
制服姿の彼は今学校から帰ってきたところだった。  
「試験どうだった?」  
「え、ええ…。難しかったわ」  
「合格できるよ、本条さん頑張ったから」  
あの笑顔で彼は笑った。  
「その、…あの時はごめんなさい。勝手に帰ったりして」  
「あ、うん。大丈夫、俺は大丈夫だから。その…女の子の事だから俺じゃあんまり力になれないかも知れないけどさ、それでも本条さんのために何か力になりたいんだ。それだけは、知っててもらいたいな…」  
顔を赤らめた彼を初めて見た。  
「うん、ありがとう」  
彼の想いが二月の寒空にとても暖かかった。  
「それじゃあ、明日また学校でね」  
玄関を開けた私から、さっきの暖かい感覚が全て消え失せた。見慣れた革靴が玄関にあったからだ。  
 

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