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「お昼の放送の時間です」  
 
昼休みの校内放送の時間、それはわたしにとって中学生活の象徴とも言える大事なものだった。1年生の時にこの役を引き受けてからほとんど毎日、こうやってマイクの前に座って全校生徒に向かっていろんな言葉を送り続けてきた。それが多くの人に喜ばれ、本来なら下級生に譲っているはずのこの役目を続けることを望まれるのは、他に代えがたい喜びであり、誇りでもあった。  
 
そして、机を挟んだ向こう側に緊張した面持ちで座っている人をこのスタジオに招くことは、わたしのささやかな夢だった。  
 
「今日のインタビューゲストは、先日の体育祭で大活躍をした、3年1組の関谷朋貴くんです」  
「ど、どうも…」  
 
関谷くんのことを知ったのは1年生も終わりに近い頃、友達の女の子に双児の弟がいると聞いて興味を持ったのがきっかけだった。最初はもの珍しさだけだったけれど、その人柄を知るにつれて、わたしはひとりの独立した人としての関谷くんに少しずつひかれていった。  
 
3年生になって、同じクラスになれた時にはすごく嬉しかった。席替えで隣になった時には夢でも見ているんじゃないかと思った。今でも、毎日関谷くんが隣にいると思うと、それだけで胸の高鳴りが止まらない。  
 
その関谷くんを、わたしの部屋にも等しいこのスタジオに招くことができたのは、天にも昇るような気持ちになれたはずだった…けれど今のわたしは、びくびくと目の前の人の顔をうかがいながら、平静を装うのに必死になっていた。  
 
わかるはずがない。こうして座って、両脚を固く閉じていれば、気付かれたりするわけがない。…わたしのスカートの中の下半身がどうなっているかなんてことは。  
 
スタジオと制御室を仕切る羽目殺しの大きなガラス窓の向こう側、放送部のいつものメンバーの間にまぎれて、今や見慣れてしまった、あの爬虫類を思わせる目があった。  
 
新聞部のクラブ紹介記事のために、放送中の写真を撮らせてほしいと申し入れがあったのは昨日のこと。そして、新聞部の人に紹介されたカメラマンは、こともあろうに彼だった。蒼月さんのファンクラブ会長なら蒼月さんを誰よりも綺麗に撮れるだろうし、蒼月さんも彼になら撮られ慣れてるだろうから、というのが新聞部員の説明だった。  
 
確かにわたしは彼に撮られることに慣れ始めていた…彼の前にいるだけで、絶望してしまうほどに。  
 
そして今日。本番直前にわたしは彼に呼び出され、いつものように下着を剥ぎ取られた。代わりに彼はわたしの股間に端からコードの延びた小さなプラスチックの球体を押し当て、数枚の絆創膏で外れないように貼り付け、コードの反対側に付いた小さな箱を細いベルトでわたしの右の腿に固定した。  
 
「このままで、今日の放送に出て下さい。終わったら、外してあげますよ」  
 
そうして今、敏感な部分を圧迫する違和感をこらえながら、わたしはスタジオの中で座っている。ガラスの向こうからわたしに突き刺さる彼のねっとりとした視線を恨めしく思いながら。  
 
この日が選ばれたのは偶然じゃないんだ。彼は、わたしが関谷くんに思いを寄せていることを知っている。知っていて、わたしを関谷くんの前で辱めているんだ。…もう、逃げ出してしまいたかった。  
 
時間が経つにつれて、異物を押し当てられた、わたしの…あの部分が固くなっていくのがわかった。もどかしいような気持ちが下腹から沸き上がる。無意識に腰をもじもじと動かすと、よけいに刺激が増してしまう。  
 
それでも、わたしはなんとかその場をしのいでいた。台本通りの当たり障りのない質問を関谷くんに投げかけながら、その実自分が何を言っているのかもうほとんどわからない。関谷くんが言葉を選びながら一生懸命に返してくれる答えも、頭の中を素通りしていく。  
 
高まる刺激に溺れながら、まるでテープレコーダーのようにすらすらと関谷くんとの会話を続ける自分が不思議だと、ひとごとのように感じていた。緊張で固くなっている関谷くんはわたしの状態に気付いていない。ううん、制御室にいる放送部のみんなも、わたしに何が起きているか知らない。それがわかるのは、わたしを知り尽くした彼だけ…  
 
「…それじゃあ、このへんで曲をお送りしま…ひっ!」  
「?…蒼月さん?」  
「あ、し、失礼しました。きょ・曲は『School Book』で…す」  
 
その時わたしが叫び出さずにいられたのは奇跡に近かったと思う。わたしの秘部に貼り付けられた球体が、突然震え始めたのだ。既に充分高まってしまっていたわたしにはひとたまりもなかった。最初の数秒で、わたしは軽い頂きに届いていた。  
 
喘ぎを押し殺しながら、横目でガラスの向こうを見やった先で、彼があのいやらしい微笑を浮かべていた。他の人たちは曲の流れる間はこちらに注意を払っていない。  
 
彼の仕掛けた凶器はわたしが達した後も止まることなくわたしを責め続けた。パイプ椅子の端を手が白くなるほど握りしめて、のたうちそうな体を必死で押さえつける。  
 
「蒼月さん、どうしたの?具合でも悪いの?だいじょうぶ?」  
「う、ううん、へっ、平気よ!心配いら、いらないから…」  
 
無理矢理笑顔を作って答える。潤んだ視界の向こうで、関谷くんが不安そうな顔でわたしを見ていた。心配してくれるのね。優しいんだね。そう思ったら、体が更に熱さを増していく。わたし、今きっとすごくばかみたいな顔をしている。頬を上気させ、だらしなく口を開いて…そう、彼に撮られた写真の中で見る、あの顔を。  
 
関谷くんが見ている。溺れていくわたしを。わたしの一番卑しい瞬間を。わたしが上り詰めるのを。椅子に座ったまま、わたしの意識は真っ白になっていった。  
 
我に返った時には、股間の玩具は動きを止めていた。曲はちょうど終わりに近付き、ちょうど制御室から合図が送られるところだった。慌ててマイクのボリュームレバーに飛びついて、反射的に喋り始める。  
 
「…っ、曲は、『School Book』でした。引き続き、インタビューをお送りします」  
 
普段通りに声が出てくれたことに胸をなで下ろす。余韻を引きずって重くけだるい体をテーブルに預け、怪訝そうな表情の関谷くんの顔を見つめながら、わたしは言葉で表せない複雑な気持ちに浸っていた。ガラス窓の向こうから投げ付けられる、彼のぎらついた怪しい視線を、半ばもうろうとした意識の片隅に感じていた。  
 
 
その翌日。重い気分を引きずりながらの登校中に、友達と一緒になった。  
 
「昨日の放送聞いたよ、たかねっち!」  
「ああ…うん、ありがとう」  
 
あの後は、放送が終わるまで何事も起きなかった。ただ、絶頂に押しやられてすっかり力尽きてしまった自分が、ちゃんと喋れていたかどうかは、あまり自信がなかった。  
 
「でもさー、たかねっちあれはダメだよ。バレバレだよ?」  
「えっ…!」  
 
一瞬血の気が引いた。そんな。どうして?みんなわたしのこと、気付いてるの?  
 
昨日の放送直後、密室であの玩具を取り外されている時の、彼の言葉が蘇ってくる。  
 
「…あいつの前だと、こんな玩具ひとつでもあれほど感じてしまうんですね」  
 
スカートを自分でめくり上げたわたしの前に跪いてわたしの顔を見上げた彼の目には、激しい嫉妬の色が浮かんでいた。…まさか、彼が何もかも明かしてしまったのだろうか?鼓動が一気に倍の早さになる。  
 
「なんだかもう甘ったるぅい声しちゃってさ、関谷くんラブラブ、って宣伝してるようなもんよ、あれ」  
「…え? あ、ああ、うん…」  
「うんじゃないわよー、少しは否定するのかと思ったらこの子はもう」  
 
彼女の冷やかしに少し照れながら、わたしは胸をなで下ろしていた。それでいて、胸の片隅に何か落胆のようなものが同時に残っていた。なぜそんな風に感じるのかよくわからないまま、わたしはそれについて考えを濁したままうやむやにした。  
 
学校に着いたら、ちょうど新聞部が昇降口のところで新しい新聞を張り出していた。それに目を止めた瞬間に、わたしは殴られたような衝撃を受けた。予定通りに掲載されたクラブ紹介の一連の写真の中に、ひときわ大きなサイズのわたしの写真があったのだ。  
 
「あ、これもしかして昨日の放送中に撮ったの?」  
 
そう、紙面に載せられている写真は、昨日のわたしだった。紅潮した頬。焦点の合っていない潤んだ瞳。だらしなく半開きになった口元。見た途端にはっきりわかった。それは、わたしが絶頂に達した瞬間に間違いなかった。  
 
「ふふっ、これもなんかいかにも恋してますーって感じよねえ」  
 
何も知らない友達が無邪気に冷やかす。登校して来た生徒たちが、時には通り過ぎながら、時には足を止め、わたしの写真に視線を送る。  
 
見られている。一番誰にも見られたくない瞬間のわたしが、全校生徒の目に触れている。わたしが、見られながら上り詰めているんだ。わたしは壁に張られた自分自身を呆然と見つめながら、まるで今ここにいる自分が丸裸になってみんなから注視されているような気分だった。体中がかっと熱くなり、わなわなと震えた。  
 
「…どうです、お気に入って頂けましたか」  
 
いつの間にか、彼が背後に立っていた。あの邪悪な笑みを浮かべて。  
 
「これ、あんたが撮ったの?ふーん」  
「ええ、いい写真を選ぶのに苦労しましたよ」  
「そうね、あんたちょっとキショいけど、写真の腕だけはほめてもいいわ。たかねFC会長なんて言ってるだけのことはあるわね。キショいけど!」  
「ははは、ひどいなあ」  
 
彼と友達の会話がまるではるか彼方のもののように遠く感じる。体の芯が強くしびれるような奇妙な感覚に酔いながら、どこか充足に似たものを感じている自分に、わたしは戸惑っていた…  
 

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