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「はあ、はあっ、はあっ、あ・あっ…」  
 
夏の日射しに暖められた部屋の空気がねっとりと重たい。そよ風さえ吹かない真昼は、窓が開け放してあっても何の意味もなく、澱んだ空気の濃度がさらに増していく。  
 
「は、ひぃ、いやっ、いやあぁ」  
 
淫らに湿ったかすかな音が、わたしの体のどこかから絶えず聞こえてくる。汗や、唾液や、涙や、いろんなものを滴らせながら、わたしの体が今日何度目かの絶頂を迎える。  
 
「…ちょっと休みましょうか。疲れたでしょう」  
 
彼がふうふうと息を荒くしながら嬉しそうに言う。言いながら、後ろから回した手でわたしの胸の膨らみを弄ぶのはやめない。彼の汗まみれのたるんだ肌が、裸の背中にぴったりと張り付いていることに怖気をもよおしながら、けれどわたしはただぜいぜいと喘ぐだけで、抵抗する気力も体力もすっかり奪われていた。  
 
わたしの湿った素肌をひとしきり撫で回した後、彼はようやく身を離して、側に据え付けられたビデオカメラの方に向かった。わたしはぐったりと身を横たえ、彼がビデオカメラを細々と操作してテープを交換するのを眺めながら、今日のわたしは一体どんな風に写っているのだろう、とぼんやりと考える。  
 
いつもの3階の用具室、埃っぽい床の上に申し訳程度に敷かれたビニールシートの上に、わたしは裸の体を横たえていた。試験明けの日曜日。午前中からこの場所に呼び出され、もう2時間は過ぎただろうか。その間彼は飽きることを知らないかのように休みなくわたしを弄ぶことに熱中した。  
 
最初は着衣のまま、ねちねちといたぶられた。体育祭からもうひと月以上過ぎ、その間にわたし自身でさえ知らなかったわたしの体の秘密は、彼の手でことごとく暴かれてしまっている。彼の、鈍重な見かけにそぐわない器用な手は、わたしの感じる場所をひとつとして見逃すことなく、的確に責めてくる。たちまちに高みに昇らされて前後不覚に陥り、何度かは軽い失神状態にまで追い込まれた。衣服を剥ぎ取られ、全裸にされていることに気付いたのはついさっきだ。  
 
上昇する室温に耐えかねたのか、彼も今は全裸だった。不様にゆるんだ体をおしつけられ、醜怪な性器に触れさせられると思わず吐き気と目眩がしたけれど、どういうわけなのか、その嫌悪と屈辱がわたしを更に昂らせてしまうのだった。わたしにはもう自分のことがよくわからなくなりかけている。  
 
「喉が乾いたでしょう、さあ…」  
 
彼が飲み物のボトルを持って近寄ってくる。何度も達して身を起こす力もないわたしを抱きかかえると、ボトルの口をわたしの顔に近付けた。わたしは黙って口を開け、ボトルの中身が流し込まれるにまかせた。…きっとまた、この中に何か入れられているに違いない。わかっていたけれど、疲れ切った体は水分を求めずにはいられなかった。飲み込み切れない分が口の端からだらだらと溢れ、顎をつたって胸から腹へと流れ落ちていく。体の内側から水分が染み渡り、ほんの少し体に力が戻ってくるのがわかる。  
 
空になったボトルを満足そうに見ると、彼はわたしから離れてまた何かの準備を始めた。肘で支えた体をしどけなく投げ出したわたしを、ビデオカメラのレンズが見ている。窓の外の抜けるような青空を見るともなしに見上げていると、改めて自分が今置かれている状況の異常さに呆然とする。こんな真昼に、好きでもない男の前で裸になって、いいように弄ぶのを許しているばかりか、それをビデオにまで撮らせている。でも一番愕然としてしまうのは、そんな状況に違和感を感じなくなり始めている自分自身だ。  
 
いつも同じこの場所。それを行うのはいつも彼ひとり。彼はわたしの痴態を執拗に求め、保存することに執着したが、その一方でここで行われている行為が露見することは周到に避けていた。そして、行為自体においても、彼はわたしの体をその手、その唇、その舌でいいように嬲り、辱めたけれど、男なら当然求めて来るだろう最後の一線だけはなぜか越えようとしなかった。  
 
「あなたは高嶺の花でなくてはいけない。穢れてはいけないんです」  
 
いつだったか、彼は真剣な顔でわたしにそう言った…わたしの胸を激しく揉みしだきながら。自分自身の手で陵辱しておきながら、同時に清らかでいることを求める矛盾した心理はわたしには到底理解出来なかったけれど、最後の純潔を奪われる心配だけはどうやらしなくてもすむらしいことに、わたしは安心せずにはいられなかった。  
 
閉ざされ、隔離された空間の中だけで行われる、最後の一線を越えない陵辱劇。いつかわたしはそれに耐えること、慣れることを覚えていた。すべてはこの場だけのこと。この時間を我慢していれば、やり過ごしてしまえる。写真もビデオも、彼がわたしを所有するためだけの手段でしかない。そして行為のすべては彼自身の手で丁寧に覆い隠される。  
 
わたしはあくまでも彼の歪んだ欲望の犠牲者であり、被害者なのだ。そう思ったら、逆に自分が守られているような気にさえなっていた。そのことで、最初にあった恐怖や嫌悪が少しずつ薄れ始め、その代わりに、何と言い表わしていいのかわからない感情が胸の奥に感じられるようになっていた。強いて言えばそれは「不満」に似ていたような気がする。何に対しての不満なのかはよくわからない…けれど、確実にわたしの中には「満たされない」という思いが澱のように澱み始めていた。  
 
そうしてわたしはいつの間にか心に隙を作ってしまっていた。あるいは、そう仕向けられたのかも知れないけれど。すべてはまだ、始まったばかりでしかなかったのに。  
 
 
固く冷たい床の感触に我に返った。いつの間に眠ってしまったのだろう?寝覚めのぼんやりした意識のまま、体を起こした時、周囲の様子が変わっていることに気づいた。  
 
高い天井。板張りの床。バスケットのゴール。  
 
そこは、体育館の中だった。  
 
瞬間、思考が空白になった。  
 
(…これは何?どういうこと?)  
 
「…あっ!」  
 
自分が全裸のままなのに今さら気がついた。わたしは体育館のステージの上に裸で転がされていたのだ。慌てて体をちぢこめてうずくまり、周りを見渡す。体育館の中はがらんとして完全に無人だ。誰もいない、ということに一瞬は安心したけれど、彼もそばにいないことに気づいて逆に背筋が凍った。  
 
こんなところに、丸裸のままでひとりきり。わたしはあっさりとパニックに陥った。  
 
(どうしよう、どうしよう、どうしよう…!)  
 
誰もいないのだからその必要もないのに、必死で胸や下腹を隠しながら、わたしは壊れた玩具のようにぐるぐると首を巡らせて、人影を探した。誰かに見られたらという恐怖と、誰もいないところに裸で置き去りにされていることの不安、その相反する衝動がわたしの思考を完全に塞いでいた。冷たい汗が体中からどっと噴き出す。  
 
『お目覚めですか、蒼月さん』  
 
突然彼の声が降って来た。肉声じゃない、スピーカーからだ。  
 
『おやすみの間にちょっといつもと違う趣向を用意させてもらいました。服は3年1組の教室の蒼月さんの机の上にあります。取りに行って下さい。制限時間はありません。頑張って下さい』  
 
ぶつり、とマイクを切る音がして、再び沈黙が訪れた。ばくばくと早鐘のように打つ心臓の音が体中に響き渡る。  
 
「…行かなくちゃ…教室、教室に…!」  
 
冷静に考えれば、わたしが目覚めたことを知っているのだから彼はどこかで見ているはずだと気づいたはずなのに、既にまともな思考が出来なくなっていたわたしは、もはや言われた通りに行動することしか頭になかった。体育館の出入り口に駆け寄る自分のぺたぺたという裸足の足音がいやになるほど大きく響く。  
 
鉄製の重い扉を開けようとして、扉の向こうが野外だということを思い出す。校舎に入るまでの渡り廊下は距離も短いし屋根も付いてはいるけれど、「外」なんだ。試験明けの休日で、普段なら校庭にいる運動部も軒並み休んでいる。見る人は誰もいないはず。…でも、校門は閉まっていなかった。誰かが入って来ない保証はない。もし、見られたら…!  
 
胸の鼓動が一段と高く鳴り響く。頭の芯がかっと熱くなる。長い躊躇のあと、わたしはゆっくりと扉を押し開いて、強い日射しの降り注ぐ中へとふらふらと踏み出して行った。  
 
(わたし、裸なんだ…裸で外を歩いてるんだ…!)  
 
羞恥と、異常な行為をしているという気持ちとがないまぜになって、体中を蕩けさせていくみたいだった。脚に力が入らない。校舎までの渡り廊下が永遠に続くような気がする。…もし、今、誰かがこのわたしを見たら、どう思うんだろう?頭がおかしくなったと思うのかしら。変態だって言われるのかしら。それとも…  
 
そんな想像をしながら、校舎のドアの前に辿り着くまでに、わたしはすっかり息が荒くなっていた。ドアのノブにしがみつくようにしてそれを回す。だけど。  
 
「…!う、嘘…どうして…!」  
 
ドアはがちゃがちゃと音をたてるばかりでびくともしなかった。鍵がかかっている。わたしは狂ったようにあたりを見回した。近くには他にドアはない。入り口を求めて校舎にそって駆け出した時には、わたしはすっかり恐慌を来していた。体育館の方に一旦戻るという選択肢を思い付く余裕なんかなかった。  
 
目に付く入り口も窓も、すべて鍵がかかっていた。走り回ってとうとう校庭まで出てしまう。素肌に直接注がれる夏の太陽のせいなのか、体がみるみる熱く火照ってくる…誰もいない校庭、でも、誰かいたら、もしも見られたら、わたしはどうなってしまうんだろう?そればかりが頭の中でぐるぐると回る。その思考に、いつかわたしはうっとりと酔い始めていた。  
 
さまよい歩く先に、温室が目に入った。扉は開いていた。よろよろと脚をもつらせながら駆け込み、鉢の置かれた棚に寄り掛かる。外よりも更に熱い空気と、むせ返るような花たちの香りが、わたしのむき出しの体を包んだ。体の一番深いところから、初めて感じる強い衝動が沸き上がってくる。  
 
「はあ…はぁっ、はあっ、ああ…」  
 
押し流されるままに、わたしは自分の秘所に手をのばした。そこに触れて初めて、粗相をしたかのようにべっとりと濡れていることに気づく。たまらなくなって思いきりそこを擦り立てた。たちまちに指先から手の平までが溢れ出した粘液にまみれる。棚にすがりついたまま力なく膝を屈し、お尻を不様に突き出した格好で、わたしは生まれて初めての自慰に溺れていった。  
 
(見られちゃう、見られちゃう、見られちゃう…!)  
 
でも、やめられなかった。誰かの手で無理矢理与えられるのとは違う、自分から求めて与える快楽に、わたしは夢中になっていた。見られたら、と想像するだけでこんなにも高いところまで来てしまう。じゃあ、もし本当に誰かに見てもらったら、そしたらどんなになるんだろう。  
 
「何をやっている」  
 
その瞬間、わたしの淫らな想像は叶えられてしまった。  
 
「蒼月、お前は…!」  
 
よく知っている人が、温室の扉の前に立って見下ろしていた。辻村先生。わたしのクラスの担任。冷たい眼差しが素肌に突き刺さるのを感じた瞬間、わたしの中の何かが弾けて飛んだ。  
 
「い、ひぃっ、い・あ・あぁ…っ!!」  
 
がくがくと体を震わせながら、わたしは激しく失禁した。こらえきれない流れが、びしゃびしゃと汚い音を立ててほとばしる。今まで感じたこともない高みをやすやすと突き抜けて、わたしがどこまでも上り詰めていく。  
 
「あ…っ、はあっ、あ…あ…」  
 
やがて激しい波が通り過ぎて、わたしは自分で作った池の中にだらしなく尻餅をつき、目の前の人をぼんやりと見上げて喘いでいた。  
 
「…やれやれ、教室まで我慢出来なかったんですか。困った人だなあ」  
 
先生の背後から、彼の姿が現れた。その手にはいつものようにカメラが握られている。先生は驚いた風もなく、彼に話しかけた。  
 
「…やり過ぎるなよ。あまり調子に乗ると痛い目を見るぞ」  
「わかっていますよ。すべて先生のおかげです」  
 
…どういうことなの?目の前で交わされる会話の意味を朦朧とした意識の向こうでうつろに考えながら、わたしは絶頂の余韻を反芻し、不思議な満足感に浸っていた。  
 

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