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「おはよう!」  
「おはよう…」  
 
いつも通りの登校風景。晴れ渡った空。眩しい夏の日射し。試験が終わり、夏休みを  
待つばかりになって浮かれている生徒たち。その中で、わたしひとりが屈辱と後悔と  
自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、重い足を引きずっている。  
 
「おはよう、蒼月さん!」  
 
階段をのろのろと昇るわたしの背を、快活なその声が打った。大好きな、けれど今は  
一番聞きたくないその人の声。  
 
「…せ、関谷くん…おはよう…」  
「どうしたの?何だか元気ないね」  
「え…そ、そうかな」  
「もうすぐ夏休みなんだしさ、明るく行こうよ」  
「う、うん…」  
 
明るく笑いかけるその顔は、今のわたしにはまぶしすぎる。逃げるように瞳を隠すわ  
たしに、関谷くんは気付いていない…気付かれていないことだけが、せめてもの救い  
だ。  
 
わたしに話しかけながら、関谷くんが自分の椅子を引いて腰を下ろしていく。知らな  
ければ、気づいたりすることはあり得ない。わかってはいるけれど、それでも、胸が  
あやしく高鳴るのは止められない。  
 
(あなたの座っているその椅子の上で、昨日、わたしは…!)  
 
生々しい記憶が、心と体をざわめかせる。  
 
 
昨日、温室の中で悦びに溺れるのを辻村先生に見られた後、わたしは黒革製の首輪を  
はめられ、無人の校内をあちこち引きずり回された。全裸に首輪だけという恥ずかし  
い姿で、犬のように鎖に引かれて。  
 
それだけじゃない。校内の至るところで、正気を疑うような淫らなポーズを取らさ  
れ、それを写真に収められた。ある時は這いつくばってお尻を高く掲げ、またある時  
は両足を大きく広げながら仰向けにのけぞって。  
 
今、たくさんの生徒たちで賑わうこの同じ場所で、そんなことがあったなんて、信じ  
られない。…何より、まったく抵抗することもなく、命じられるままに恥ずかしい姿  
を晒した自分自身が、一番信じられない。  
 
辻村先生の目の前で絶頂に達してしまった、あの瞬間から、わたしの理性はすっかり  
麻痺してしまった。裸で連れ回されるという異常な状況を驚くほど素直に受け入れ、  
求められるままにカメラの前で痴態を演じることに何の疑問も持たなかった。  
 
今でも信じられない…いや、信じたくない。この教室で、大好きなひとの椅子の上  
で、カメラに向かって自分の恥ずかしい部分を見せつけるように突き出して、激しく  
まさぐり、かき回していただなんて。  
 
その間の記憶はあっても、自分が一体何を考えていたのかは思い出せない。ただ、体  
中がとろけてしまいそうなほどに気持ちよかったことだけ、鮮明に記憶の中に刻み付  
けられている。  
 
気持ちよかった…そう感じてしまった自分が許せない。でも、それは事実なんだ。悲  
しいような、切ないような、言葉で表せない気分に心がかき回され、考えがまとまら  
ないまま、千々に乱れている。わたしはいったいどうなってしまったのだろう。  
 
昨日は夕暮れが近くなった頃にようやく服を着せられ、家に帰された。辻村先生は結  
局何も説明してくれなかった。どの道、説明されたとしてもその時の自分が理解でき  
たかどうかはあやしいのだけど。呆然としたまま家路につき、家の玄関までたどりつ  
いた頃には日がすっかり暮れていた。お兄ちゃんに「顔が真っ青だぞ、具合でも悪い  
のか」と言われて、やっと我に返れたような気がする。  
 
「みんな席に着け、ホームルームを始めるぞ」  
 
教壇に立つ辻村先生はいつも通りだ。明るく爽やかな物腰で、男女問わず生徒たちに  
慕われている、理想的な先生。昨日、裸のわたしを冷ややかに見下ろしていたのと同  
一人物とは思えない。もしかしたら、良く似た別人だったんじゃないだろうか、とさ  
え思いたくなる。…けれど、ホームルームの最後に、さりげなく投げかけられた一言  
が、その希望を打ち砕いた。  
 
「…それから蒼月、今日放課後に、進路指導室に来なさい」  
 
その言葉に顔を上げたわたしが見たのは、昨日と同じ、蔑むような冷たい視線だっ  
た。それは一瞬のぞいただけで消え去り、すぐにいつもの優しい先生の顔に戻ったけ  
れど、それだけで昨日のことが夢でも幻でもないことを再確認するには充分だった。  
 

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