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沢田璃未
中里佳織
波多野葵
学年でも貴重な、ルックスに関する話題に必ず出てくるような女の子が
三人も揃っていることがどうやら他クラス男子の羨望の的のようで
クラス替えも近い今頃になっても「一組だったら良かった」なんて声が上がる。
これに比肩しうるのは三組の
森下茜
安藤桃子
風間こだち
くらいだろう。
運動系美女クラスという趣の三組に比べ
文化系美少女クラスという印象を与える一組の三人
見事なまでの棲み分けだ。
クラス決めに、担任の何らかの意向が働いているのかもしれない。
麻生先生はともかく、三組の担任に関しては、そこそこ疑わしい。
もちろん、学年男子全体という枠で括れば、一番人気は三組の森下茜だ。
陽気でおしゃべり好きで、女性的な健康美の権化たる森下茜に比べると
波多野は日常の女らしさで、
中里さんはいまひとつ打ちとけにくい性格で水を開けられ
一組では(おそらく学年でも)沢田さんだけが
森下茜と対等に渡り合うことが出来ると噂されているらしい。
しかし、三組の三人と一組の三人には大きな違いがある。
一匹狼の安藤、剣道部と姉べったりの弟さんのことで
昼休みとかあまりクラスにいられないらしい風間さんと違い
一組の三人、かなりの頻度で一緒に行動している。
他に誰かいることも多々あるが、三人はいつもお昼を同じ島で食べてるし、
体育もバレーボールとかバスケなら、
大概三人と他のグループがくっついてチームは編成される。
中心になってるのはやはり波多野だ。
転入してきた沢田さんと一番初めに親しくなったのは俺と波多野だったし
中里さんが文化祭実行委員として奮戦してた時、
援護射撃をしたのも波多野と俺。
で、波多野を中心に仲良くなった沢田さんと中里さん、
(その二人と微妙な距離を置いて、波多野をつけ狙う安藤)
って図式が出来ているわけだ。
経緯からして当然といえば当然なんだが、
俺は波多野、中里さん、沢田さん(それに安藤)たちと
御一緒する機会にかなり多く恵まれているわけで、
時々他の奴の俺を見る視線がいやに冷たかったりする。
いや、そりゃ学年でも話題になるような
見た目だけでなく性格も良い(安藤はひとまず保留(笑) )女の子たちと
軽口を叩いたりお茶を飲んだりする時間は
楽しくないわけはないんだけどさ。
それに、君子はともかくとしても
木地本いわく「結構人気ある」かすみや
あまつさえ最近じゃ森下さんとも妙に接点があったりして
女性(それも可愛い子限定)を惹き付ける、
ある種のフェロモンを俺が出してるんじゃないか、
なんて言われてるらしい。
たしかに顔が良い奴なら、他にいくらでもいるしな。
俺だって、なんで今こんなに女の子ばかりが周りにいるのか
不思議に思ってるくらいだ。
教室からふと窓の向こうを覗けば、樹の上に丘野さんがいる、
階段を歩けば、早苗ちゃんが上から降ってくる。
クリーニング屋さんに行ったと思えば風間さんの家だし
神社に行けばあゆみちゃんがトレーニングに使えるか調べてる、という具合。
誰も信じてくれないかもしれないが、理科室で幽霊と出会ったら
幽霊までちょっととぼけた女の子だったし……。
絶対、どこかおかしい。
なんだか、この一学期間で、
最後の一年を青葉台で過ごせない無念を晴らせ、なんて
神様に因果律を操作されているみたいだ。
でも、こんなことばかりなら、未練がより募るよなぁ……。
日々の交遊関係をか、それともフェロモンとやらを見込まれたのか、
この間の修学旅行の時には
「一生のお願いだ、お前と同じ班にしてくれ」
って奴がいたりして。
で、そいつは最終日には肩を落として無口になっていた。
きっと沢田さんにコクったんだと思う。
最終日の沢田さんは久々に見るクールビューティーモードだったから。
沢田さんがクールビューティモードを発動させるのは
それなりに理由がある時だろうから
そんな時は、俺も波多野も中里さんも
敢えて必要最小限しか沢田さんには触れないようにしてる。
それはきっと「友達甲斐がない」ってことではないと思う。
例えば、沢田さんがクールビューティモードの時も、
俺たちは遊びに行くのをやめることはない。
俺たちに付いていくのが面白そうだと思えば、
沢田さんは沢田さんで付いてきてくれるんだし。
自分のせいで皆が遊びに行けない、って感じたとしたら
凄く嫌がりそうだから、沢田さんは。
俺だってそういうの、嫌だしな。
今の沢田さんは、普段すごく人懐っこい眼をしてて
いつもチャキチャキ動き回ってはあっちこっちでよく笑ってる。
俺は、それが沢田さんの地だと思うから
そういう沢田さんを見てた方がずっと気持ちよかったから
だからこそ、やっぱり時々は一学期と同じ
物思いに耽った陰りのある横顔が出てくることが
感情を押し殺して、誰に対しても無関心を装うその顔が
割合は減じたとはいえ
沢田さんには絶対に欠かせない一部分であることを
認識せざるを得ないのだ。
その陰りを生むものが何なのか
そこに踏み入るべきかどうか、迷ったことは何度かあった。
今は、転校することが決まったことで、
俺はそこに踏み入らないまま
日々を過ごすという結論で落ち着いている。
五人で下校っていうか寄り道だ。
ボーリング場は、駅よりさらに向こうにある。
最初はほぼ横一列に並んでいたのが
ガードレールを契機にして、前と後ろに分かれた。
前に中里さんと沢田さん、
後ろに波多野と安藤。
さて、俺はどっちの会話に入ろうかな……。
俺はちょっと足を速めて、前の二人に追いつくことにする。
後ろの二人は、和やかとはいかないまでも特段険悪な風でもないしな。
二人に追いついて、一番車道側に俺が並ぶ。
左から俺、沢田さん、中里さんとなった。
「あっ」
「えっ?」
俺を見ると中里さんの頬が瞬時に赤くなった。
そのまま俯いてしまう。
会話のもう一方の当事者たる沢田さんはどうやら傍観者を決め込む気らしく、
俺が横に来たことだけ横目でちらと確認すると
何食わぬ顔で歩く。
おいおい、何話してたんだよ。
中里さんの先ほどのリアクションが気になって仕方なかったが
俺は尋ねることが出来なかった。
(すごく気になる……)
無言のままひたすら歩く。
ただそれだけで時間が過ぎていく。
気まずい……。
中里さんは時々恐る恐るこっちに視線を向けては
俺が気づくとパッと下を向いてしまう。
じゃあ俺が中里さんを見てたら、
こっちを見ないであらぬ方向に視線を向けてばかりだし。
救いを探して、何気なさを装いながら沢田さんをすがるような目で見ても
どこ吹く風、って感じで……。
き、気まずすぎる……。
よ、よしっ、意を決してさっきまで何を話していたのか
中里さんに直接きいてみよう。
「あのさ……」
「あ、あのっ……」
俺と中里さんの声がハモった。
視線が絡み合う。
驚きを満面にたたえた中里さんの表情が、ゆっくりと緩む。
きっとそれは俺の顔にも張り付いた驚きやその弛緩を
鏡に映して見ているようなもの。
「ん?何見つめ合ってるの?」
沢田さんからしたら、鴨がネギ背負って飛び込んできた、そんなところだろう。
その言葉に互いの視線からパッと顔を逸らすのもほぼ同時で
そして多分、視線をそらしたことに
罪悪感めいたものを感じているのも一緒で
だから
「小笠原君、お先にどうぞ」
「中里さんから話してよ」
あ……また、ハモった。
「本当、仲が良いわね」
沢田さんの苦笑めいた微笑み。
うっ……そんなこと言われたら……ほら、中里さんはまた顔が真っ赤だし。
俺は自分の顔が何色してるかわからないけれど
中里さんと同じ赤をしてるのだったら
それも悪くない、かな。
「あ、あのね、小笠原君」
ようやく中里さんが話し始める。
「も、もうすぐね、クラス替えね、って言ってたのよ」
クラス替え……そうなんだよな。
あとほんの二週間と少しで、新しいクラスになるんだろう。
その時にはもう俺は、青葉台の生徒じゃなくなっているのだから
常に意識の一方にはありながらも
意図的にそのことは考えないようにしていたのだけど。
「波多野さんや沢田さんと、また一緒だったらいいな、
それに、波多野さんはどんな顔するかわからないけれど……」
中里さんはそこで小さく笑みを浮かべて
「今度は安藤さんとも一緒だったらいいな、って。」
「あぁ、そうだと良いね」
クラス替えの後、
女の子は泣いて前のクラスを惜しんだりするけど
でも新しいクラスに適応が早いのも女の子の方なんだよな。
いつも不思議に思う。
「私ね、毎年、クラス替えなんてなければ良いのに、って思ってたんだ」
うん、中里さんなら本当にそんな感じがする。
「わ、私、あんまり積極的な方じゃないから、
クラスにやっと馴れてきた頃にまたクラス替え、その繰り返しで」
中里さんは俺の方を向きながら恥ずかしそうに笑って、
そしてゆっくり前を向いた。
「でもね、今年は違うの。
今年のクラスは今までで一番離れたくないクラスだけど
はじめて、クラスが別々になっても
みんなお友達でいられるクラスだったと思えるの。」
中里さんは、彼女らしく静かに、でも力強く言い切った。
「だからね、バラバラになっても、良いんだ」
もう一回沢田さんと俺を順番に見て
中里さんは溢れんばかりの笑顔を湛えた。
「来年も、同じクラスだったら、良いね」
「えっ」
中里さんが漏らしたあまり小さくない驚きの声。
その声に俺が中里さんの方に顔を向けると
ほんの一瞬だけ目があったものの、
中里さんはすぐ視線を切って顔を伏せてしまった。
中里さんは、離れ離れになっても良い、と言った。
でもそれは覚悟であって
失望を未然に食い止めるための防波堤とでも言うべきものであって
クラスが離れてもずっと友達と言えるような人たちと
また一緒のクラスになれるなら、それに越したことはない。
それはやっぱり当たり前のことなのであって
だから俺は、中里さんが離れ離れになっても構わない、と言ったとしても
やっぱり自分の思ったことは伝えておきたかった。
俺は、来年も中里さんと一緒のクラスだったら
きっと楽しくなるだろうな、と思ってるから。
「来年も、同じクラスだったら、良いね」
そうは言いながらも、ちくちくしたものを俺は感じてる。
この言葉を言った気持ち自体には、何ら嘘偽りはないと思う。
けれど、これは結果的に嘘になってしまう言葉だって
俺は知っているのだから。
転校することなどつゆ知らない中里さんを
(たとえそう言ったら喜んでくれるとしても)
ぬか喜びさせるようなことを俺は言ってるのだから。
今、この一時喜んでもらうために、嘘をつくことは許されるだろうか。
ばれない嘘ならついてもよい、って人は俺の周りにもいるが
新学期に入れば、いや、終業式になれば、すべてわかってしまうことだ。
あまりに短期的な嘘であると言ってよい。
少なくとも、中里さんに比べて俺は不正直だし、卑怯だ。
俺たちは、また少しの間、無言だった。
靄のかかった西側の空は、朱色と橙を混ぜたような色をしてる。
夕方は海からの風が吹いて、俺たちの鼻を潮の匂いがくすぐる。
「ねぇ」
それまで傍観者に徹してた沢田さんが俺の方を向いて
「今、何考えてたの?」
その言葉には、真摯なものが何欠片か入っていて、
俺は少なくとも自分が落ち込んでることを
沢田さんに見抜かれてしまったとわかった。
いったい何処まで見抜かれてしまったのだろう。
沢田さんは、鋭い。
「鼻が利く」とでも形容すればいいのか、
沢田さんの洞察力は、俺の周りでは群を抜いていた。
きっと沢田さんの特殊な家庭事情がその洞察力を育てたのだと思うのだが
俺は沢田さんの家庭の事情を、具体的には殆ど知らないのだった。
「いや、何でもないよ」
俺は、沢田さんの負担にだけはなりたくなかった。
沢田さんは誰よりも早く「これは無理」「諦めなくちゃ」って言いながら
本当は誰よりも諦めが悪い人なのだから。
たとえば飼っていた鳥が逃げたとしたら
沢田さんは「残念。でも仕方ないわ」って言って
それから「今頃あの子も自由を満喫してるかな」と笑うだろう。
でも「仕方ない」なんて言ったところで
本当に沢田さんは吹っ切れてるわけはなくて
きっと他人の見えないところで自分を責めて、一人唇を噛んでる。
自分の責任じゃないことまで抱え込んでしまう、そんな人だから。
転校することを沢田さんに話していないことで
「どうして転校することを私に話してくれなかったのか」と
沢田さんはきっと自分を責めるだろう。
いっそ、転校が決まったときにすぐ話してしまえば……
そんな風に思うことすらこの頃ではある。
でも、俺はこれ以上沢田さんに何かを抱えさせたくなかったんだ。
青葉台でやっと本来の快活な女の子に戻れた沢田さんを
これ以上傷つかないために無関心を装い、本当の自分を眠らせていた
そんな臆病なところのある沢田さんが
俺と関わったために傷つく、そんなことがあっていいわけはない。
何も俺が転校することで沢田さんが傷つくとは限らない。
そんなことを思ったこともないではない。
だが、それはあまりに不用意な考え方で
そんな考え方をして誰かを傷つけた日には、
夢見が悪いったらありゃしない。
とにかく俺は、俺の目の届くところに
俺のせいで気落ちしてる沢田さんがいるなんて真っ平ごめんだったし
どんなに沢田さんが落ち込んでいたとしても、
きっと俺にはわからせないそのことも、とても嫌だったんだ。
だから、他のみんなにもまして、沢田さんには
俺が転校するなんて、そんなこと言えやしない。
「何かお困りなら、私で良ければ相談に乗るわよ」
たしかに沢田さんは、転校というこの事態に際して
一番役に立つアドバイスをくれる可能性が高い人だろうとも思う。
それがいいとばかりに中里さんも大きく頷く。
「あはは……は。なんか沢田さんにそう言われるとは…ねぇ」
沢田さんの言葉は、彼女が出会った頃とは大きく変わったことを示唆してて
だからやっぱり彼女には言えない、「転校」の二文字を。
もしかしたら俺は
「俺が転校することで沢田さんが傷つかない」ことも
それはそれで嫌なのかもしれない。
それなら辻褄が合う。
なぜ転校することを伝えられないのか
それは、沢田さんが気落ちしたのを見たくないからであり
また、沢田さんが全く気落ちしないとして、それもまた見たくないからなのだ。
中里さんは、きっとすごく残念がってくれるだろう。
俺はまた、中里さんがどんなに良い娘なのか、
きっと思い知らされることになる。
安藤は、きっと憎まれ口混じりに残念がってくれて
周りはその憎まれ口に「おいおい」って引くかもしれないけど
俺はそこに口調とは違う心情が入ってたら、きっとわかってやれるから。
波多野は、きっと何やかやと俺にしてくれようとして、
で、きっとかすみをけしかける。
かすみは……かすみはどうするんだろう。
そう、転校を直前まで告げないというのは
たしかに悪くない選択かもしれない。
転校を知らせることで強制的に移行する非日常の世界では、
みんなの善意にあまりに息が詰まるから。
来る日も来る日も「みんなが何かをしてくれようとしている」
そんな空間の中心で過ごしたくはなかったから。
それよりも、最後の最後まで、
いつもと同じ青葉台の空気を吸っていたかった。
出来ることなら、さも突然の転校だったように
みんなの前から消えてしまうのもいいかもしれない、とさえ思う。
これがとことん自分本位の考え方なのは頭ではわかってる。
わかってはいるんだ。だけど……
横断歩道が目の前で明滅する。
殆ど誰も何も喋らなくなった俺たちは
後ろからやってくる安藤と波多野を何とはなしに待った。
あの二人にこの状況を変えてもらいたかった。
期待に違わず、二人は周りを気にする素振りもなく
よく通る声をゴキゲンに響かせて喧々囂々とやり合っていた。
おいおい、また道行く人が振り返って見てるぞ。
しょうがない奴らだよなぁ。
話題はどうも「一時期のセレシュ」の「プレイ中の叫び」についてのようだ。
はぁ……俺は、ちょっとだけ波多野と安藤を羨ましく思った。
「……元気よね」
沢田さんが、ポツリと呟く。
「そうだね……」
俺にはとてもそんな元気は無い。
これからあの二人とボーリングをすると思うと
とてもじゃないが身体が持たない気がする……。
くいっ。
うん?俺は一瞬何が起こったのか把握できなかった。
くいっ。 もひとつくいっ。
中里さんが俺の袖を引いて、俺と目が合うと信号の向こうを指さした。
「ねぇ、あれ、君子ちゃんじゃない?」
県道を挟んだ信号の向こう側で、
駅に向かう道の信号待ちをしている後ろ向きのシルエットは、
たしかに君子に似過ぎていた。