: 160%">  
ボーリング場は、青葉台で数少ない、というか  
実質唯一のアミューズメントパークの4階と5階を使っている。  
たしか4階は一週間くらい前に改装されたんだ。  
 
で、波多野の持ってた券ってのは、改装を記念して  
ごくごく一部のお得意さまに配布した優待券って奴。  
もっとも、波多野の家が直接のお得意さまってわけじゃなくて  
波多野寿司のお得意さまが同時にボーリング場のお得意さまでもあった、ってこと。  
 
で、お得意さまは土日しかボーリングには行けないらしいし  
波多野の家の人も別にボーリング嗜むわけでもないしってことで  
こうやって、時間のある学生に2ゲーム無料券が巡ってきたってわけ。  
 
今日は改装された4階だと良いんだけど。  
誰にも踏まれた跡のない雪の上を滑りたがるスキーヤーの心境である。  
そりゃ誰にも触れられていない  
本当にまっさらなレーンってわけにはとてもいかないけどさ、  
それでも、気分的には違うだろ。  
 
ちなみに1、2階は帰り道にあるのよりも大きなゲーセンで  
たとえば俺の「バーチャ4」勝率は  
帰り道のゲーセンなら75%くらいにはなるのだが  
こっちに来ると6割を軽く切る。  
一度、段落ちの醜態を波多野の前で晒したことがあって  
あの時は真剣にもうバーチャ引退してやろうかと思いましたよ、ええ。  
 
6階と7階はカラオケで、俺は  
駅側に帰る森下さんや香坂先輩とも何回か行ったことがある。  
この界隈じゃ珍しくX2000なんて入れてる部屋があって  
やっぱりと言うか香坂さんはX2000一択、って感じだったけど  
森下さんも思いのほかX2000がお気に召してたみたいだった。  
 
俺も最初は見慣れないカタログの隅から隅まで見回して  
他のエンジンにはまず存在しない曲を探しては興奮してたけど  
今じゃJOYSOUNDの新曲の早さが少し懐かしい。  
 
 
「お、おい、ちょっと、小笠原」  
波多野の動転した声。  
エレベーターの扉には  
「『BigEcho青葉台店』は3/15をもって閉店しました。  
永らくのご愛顧、ありがとうございました」  
と毛筆で大書されたA4の紙が貼られてる。  
 
…………何?閉店?  
つい先週も森下さんと行ったばかりなのに。  
 
 
「……閉店しちゃったんだ……」  
何だかもの凄く寂しそうだったのは、沢田さんだった。  
 
 
沢田さんは、歌が旨い。  
「巧い」ではなく「上手い」でもなく  
「旨い」という漢字を使いたくなる種類のうまさを  
沢田さんの歌に、俺は感じる。  
 
「巧い」はつまり「技巧のこと」だと思うのだ。  
「上手い」は「誰かと比べて」だと思う。  
で、「旨い」ってのは、例えば鳥肌が立つってこと。  
ただ鼓膜を震わすんじゃなくて、心に直接響くってこと。  
聞いてるだけで、冷静ではいられなくなるってこと。  
 
沢田さんは、歌が旨い。  
なんでも、中学の頃転校した先の一つに合唱が全国レベルの学校があって  
そこでみっちり仕込まれたらしい。  
 
そう、最近の沢田さんは  
転校した先々でいろんなものを身につけてきたことを  
恥ずかしげに、でも少し誇らしげに語ってくれることがあって  
俺は、そういうの聞きながら、転校への漠然とした不安や懸念が  
少し薄らぐような気になったりする。  
 
「何処に行ってもそれほど大きな違いがあったわけじゃないわ」  
というのは転校歴17回を誇る沢田さんだから辿り着けた境地で  
沢田さんでも1回目の転校はさすがに戸惑ったんじゃないか、と思うけど  
その沢田さんの転校1回目は小学一年の4月だったという。  
 
「最初の小学校は、入学式と遠足くらいしか覚えてない。  
あ、でも転校した先の学校ではまだ遠足やってなくてね、  
2回行けて嬉しかった覚えがあるんだ」  
 
そこで沢田さんが、目を細めて小さく笑うから、  
その言葉以上のものなんて、俺には引き出しようもない。  
 
 
転校の連続だったから、沢田さんには絶対に得られないものもあったはずだ。  
たとえば、毎日でも会える親友。  
沢田さんに親友と呼べる存在がいたことは勿論あったのだろうけど  
転校しては目の前から消えていってしまう存在では  
年を重ねるごとに本来深まるはずの絆を、維持するだけで精一杯かもしれない。  
 
たとえば、幼馴染。  
小学校に入る前からずっと同じ道を近くで歩んできた存在。  
沢田さんにも幼馴染はいたかもしれないけど、  
それはきっと人生のほんの一瞬袖振り合っただけの存在。  
 
ピアノを習うにしても、絵を習うにしても、  
継続的な指導を受けることは沢田さんには困難だったはずだ。  
 
「……たしかにそうね。  
だからなのかな、ピアノはそのうち辞めちゃった。  
でも、絵は教室行ったり行かなかったりはしたけど、ずっと描いてるわ」  
 
 
中には、きっと別れがたいこともあったに違いない。  
たとえば、中学の頃とか前の高校とかで彼氏がいたとか  
そういうこともあったっておかしくないのだし。  
 
もう忘れてしまった奴も少なくないかもしれないが  
転校してきた当初、沢田さんが触れ合いを恐れていたのは  
別れの際に傷つくことを避けたかったからで  
嫌というほど傷つけられた別れ、というものも  
彼女にどの時点でか、確かにあったのだろう。  
 
それが今、昔の学校のことなんかも思い出として喋ってくれてるのは  
きっと今現在、沢田さんにとって楽しい日々が展開してて  
沢田さんを「心を開いて平気」だっていう安心感で包み込んでいるからだ。  
 
青葉台は本当に良いところみたいだ。  
沢田さんの心をこうやってほぐしてくれたのだから。  
 
「何て言うかな……。  
青葉台の海を、山を描いてると私、  
自然に歓迎されてるって気がするの  
人もあったかくて、何にも言われなくたって  
他人を助けてあげようって人ばかりだし  
ここに来れて、本当に良かった」  
 
そう言った時の沢田さんの笑顔は本当に晴れ晴れとしてて  
青葉台への絶賛が嬉しい一方  
その青葉台を離れざるをえない俺は  
やっぱりちょっと不安になる。  
 
じゃあ俺は青葉台以外のところに行っても  
ちゃんとやっていけるのか?って。  
 
もしかしたらスッと馴染めちゃうのかもしれない。  
案ずるより生むが易し、ってね。  
けれど、たとえこれから行く先がどんなに居心地が良いところであろうと、  
青葉台を懐かしく思う心は残ると思う。  
 
「ふるさと」と呼べる存在だから?  
いや……それだけじゃない、きっと。  
具体的にそれが何なのかは今はうまく口に出来ないけれど  
 
転校したら、  
 
もっと大きくなったら、  
 
きっと言葉に出来る時が来るんじゃないかと思ってる。  
 
 
 
全国レベル経験者がいたからだろうか、  
2年1組は合唱については有力クラスと目されていて  
実際、俺たちにはそれなりに自信があった。  
 
合唱コンクールの会場(青葉台市民ホール)もこの近くなのだが、  
あの時沢田さんが取ったソロのパートは鬼気迫るものがあって  
俺は勿論壇上にいたんだけど、  
会場に沢田さんの声だけが反響してるのを聞きながら  
背筋に人生最大級の震えが来ていたのを、今でもはっきり思い出すことが出来る。  
 
 
あの震えを忘れられないのは、沢田さんの歌を聞く機会が  
その後あんまり無かったからかもしれない。  
 
 
沢田さんと一緒にカラオケに行ったことは一度も無い。  
歩いて帰る道には、カラオケを置いてる飲み屋とかは何軒かあっても  
こういう普通のカラオケボックスは無かったし  
それに波多野や中里さんとカラオケに行ったのも  
クラスの打ち上げ以外では二回くらいだ。  
で、その時は沢田さんが部活だったりして、都合つかなかったんだ。  
 
聞きたかったな、沢田さんの歌……。  
沢田さんが、沢田さんの本当に好きな歌を歌ってるところを  
俺は一度たりとも見ていないんだ。  
そう思うと、何やらとても惜しいことをしてる気がする。  
ボーリングが終わって、余力があればカラオケを探そうかな。  
久しぶりに、X2000以外で。  
 
 
エレベーターが止まる。  
4階にある受付には『青葉台ボウル』と大書されている。  
 
メンバー表を書いて受付に持っていく。  
沢田さん、俺、安藤、中里さん、波多野。  
睨み合う波多野と安藤を尻目に、沢田さんは迷いなくスラスラと書いた。  
まるでこの順番しかありえない、とでもいうように。  
 
 
カウンターでは40代はじめだろうか、  
いかにも接客業で叩き上げました的な雰囲気の漂う  
受付で一番年上の責任者っぽい色黒の男が  
手元の画面を見ながらちょっと眉をひそめて  
「波多野様。5名様ですね。それでは……5階の20番レーンで」  
 
ちぇっ。  
4階じゃないのかよ。  
だいたい新装開店でお得意さまに配った招待券だろうが。  
なら、たとえお得意さま本人じゃないとしても、  
それを持ってる俺たちを4階で投げさせないなんて本末転倒だろうに。  
 
確かにこの時間にしては意外に混んではいるけど、  
右側の4レーン、空いてるじゃないか。  
俺の視線を感じたのか、店員は深々と頭を下げた。  
「申し訳ありません。あちらは予約済みでして……」  
 
申し訳ない、って言えば済むと思ってるその態度が、  
なんだか無性に癪にさわった。  
 
「ちなみに4階なら何分待ちですか?」  
波多野が失望を隠さない声で店員に食い下がる。  
「いやぁ……最低30分待ち。それにまだ殆どが1ゲーム目が  
始まったところだしねぇ」  
ニッと笑った店員の口に金歯が覗いた。  
 
たしかにモニタに映った画面では  
何処もかしこも1投目からせいぜい3投目が始まったばかり。  
唯一8投目まで行ってるのは、既に2ゲーム投げてる大学生っぽい二人組で  
145+ストライクと152+スペア……それなりに上手い連中だ。  
彼らが何ゲームくらい投げるつもりなのか、ちょっと想像つかない。  
 
青葉台ボウルでは  
「ほかのお客様がお待ちですので延長できません」  
ってことは俺の知る限りあったことがないから  
待っていてもいつ頃投げられるかはちょっとわからない。  
 
「仕方ない……よな」  
声にならない呟きを一つして、しぶしぶ階段を昇る。  
コンクリむき出しの壁についた染みが、いっそう陰気な気分にさせる。  
 
なんでこの階段あがらなきゃいけないんだよ。  
たかがそんなことで腹が立っている。  
小さなことで気持ちがささくれだってるのはわかってるんだけど、止められない。  
 
 
連れてきた責任を感じてるのだろうか。  
波多野は俺の横を俺以上に暗い顔をして黙々と歩く。  
その足取りは、俺に輪をかけて重い。  
 
 
目の前で、スカートがクルッと回った。  
「波多野ぉ」  
階段の踊り場で、先頭に立って上がってた安藤が身体ごと振り向いた。  
「言っとくけど、そんな顔してても手加減してやらないんだからね」  
 
「ふん、今のあたしは機嫌が悪いんだ。覚悟しなよ」  
波多野は本当に不機嫌そうな声で応える。  
……とはいえ、安藤と話してるときの波多野は  
大概ひどく不機嫌そうな顔や声をしているのだが。  
 
安藤がひどく挑発的な微笑を浮かべる。  
「ふふっ、覚悟を決めるのはどっちか、すぐにはっきりするわ」  
安藤は自信満々だ、いつものように過剰なくらいに。  
 
 
……しかし、どうしてこれくらいのことで  
「覚悟を決める」とかそういう物騒な言葉を  
交わさなきゃならんのだろう、この二人は。  
 
 
あれ?  
「沈んでた心が軽くなった」とまでは言わないまでも  
なんだか、ほんの少しマシになったかもしれない。  
 
波多野も、さっきまでの行き場のないイライラした感じじゃなくて  
勝負師の顔、してやがる。  
今じゃ壁の染みなんて目に入らなくって  
ただどうやって安藤を打ち負かすか、それだけを考えてるに違いない。  
 
 
もしかしたら……もしかしたらさっきのは、  
安藤流の「何やってるのよ」ってお叱り、  
ってかエールだったのかもしれない。  
 
敵に塩を送る、って奴だろうか。  
やっぱり、ライバルってのは良いものだよな。  
波多野がどう思ってるにせよ。  
 
 
「……安藤さんのペースかな」  
 
聞こえるか聞こえないかくらいの声で沢田さんがぼそっと呟いた。  
中里さんがかすかに頷いたように見えた。  
 
それが客観的な見方というものだろう。  
二人の争いを見るようになってから  
まだ一年にも満たない沢田さんや中里さんには  
そんな風に見えてしまっても仕方がない。  
 
だが、この二人の戦いについて観戦歴三年以上を誇る俺には、ちょっとばかし違って見える。  
 
そう、大概初めは安藤のペースなのだ。  
技術的・戦術的には傍目にも上の安藤を、  
本人にも思いもよらないラッキーパンチで鮮やかに波多野は逆転する。  
 
 
初めのあのテニスの対戦の印象が強いからだろうか、  
俺にはどうにもそういう展開が多い気がしてならない。  
 
 
実際は二人が対決するのは大概クラス単位で、  
つまりチームスポーツばかりだから  
二人の勝敗なんてはっきりしないことの方が多い。  
で、クラス単位になってしまうと、森下さんを要する分だけ三組の方が強い。  
バレーボールとか、森下さんと安藤のどちらかが前衛にいるのだから  
三組はひどく厄介な相手であるとしか言いようがない。  
 
極端に言えば、クラス対抗レベルのバレーボールなら  
二人、それなりのプレイヤーがいれば試合になる。  
 
要はビーチバレーの要領で  
その二人がレシーバー=アタッカーとセッターを交代で務めればいい。  
勝負どころではその二人に頼ることがわかっている。  
そして、わかっていても止められない、  
止めさせないだけの力がその二人にはある。  
 
対して、波多野がスパイクを受けても、セッターが波多野を生かし切れない。  
せめて2-1にもう一枚、そう、丘野さんみたいな子がいてくれたら。  
 
丘野さんはほかの三人より背は低いが跳躍力は折り紙付きだ。  
そしてあの底知らずのスタミナは  
現役運動部ではない波多野の負担を軽減することだろう。  
 
 
 << 2年女子ビーチバレー最強決定戦 >>  
 
安藤、森下さん VS 波多野、丘野さん  
 
順当に考えればこうなるだろうか。  
ううむ、しかしここはやはり  
 
 
 << 2年女子ビーチバレー最強決定戦 >>  
 
安藤、波多野 VS 森下さん、丘野さん  
 
こっちの方が自然な気がする。  
前者はチームワークに大きな問題を抱えているが  
そこは宿命のライバル同士、力を合わせればその力は2倍どころじゃないだろう。  
(それが宿命のライバルってものだよな)  
 
 
さっきまで俺の横を歩いていた波多野は今は俺より二歩前にいる。  
俺が右、こころもち後ろに目を向けると、  
そこには中里さんがいて、ちょっと首をかしげながら俺の視線を受け止めた。  
 
 
ふと、気付く。  
「波多野、お前、俺との勝負は?」  
 
これが最後になるかもしれないんだからな、という言葉が  
口から出そうになる前に飲み込む。  
 
「小笠原、お前とは2ゲーム目で勝負だ。肩温めて、待ってなよ。」  
波多野は俺の方を一切見ないまま、強い口調でそう言った。  
 
 
「ふーん」  
安藤が歩みを止めて振り返る。  
口元に張り付いた笑みが、何やら不吉な想像を俺にさせる。  
 
「じゃあさ、波多野。1ゲーム目で私と勝負して  
私とあなたの勝者が次のゲームで小笠原に挑戦する、それでどう?」  
 
「三人で勝負する、ってのじゃ駄目なのか?」  
口を挟んだ。  
 
「う〜ん、それも悪くないんだけどさ、  
やっぱり一対一で、何か賭けるってのが燃えるのよね」  
安藤の言葉に波多野が頷く。  
 
この辺の価値観は二人とも一緒なんだな……。  
じゃあ俺は引き下がるしか、ないか。  
 
 
「ん、なんか俺との対戦権なんかじゃ  
せっかくの勝者への景品がショボい気がするんだが」  
 
一瞬間を置いて波多野が  
「じゃあさ、あたしと安藤の勝者に小笠原が負けたら、  
小笠原がみんなに夕飯おごる、ってのはどうだ?」  
 
おいおい、今月かなりピンチなんだぞ。  
……出費がかさんでる理由はバスケットシューズをはじめ  
プレゼント代だったりするんだけどさ。  
 
「悪くないわね」  
後ろから沢田さん。  
 
「じゃあ俺が勝ったら?」  
「小笠原はラスボスだもん、却下。」  
間髪入れず安藤が切って捨てる。  
中里さんが俺を見て、気の毒そうに笑った。  
中里さん本人がどう思ってるかはともかく、覆すつもりは無いらしい。  
 
 
まぁ……仕方ない、よな。  
ここでケチって、せっかくほころんできた空気をお釈迦にしてしまう、  
俺は、その方が嫌だ。  
食費を切り詰めてプレゼント代を捻出していたものの  
予定より五日ほど早く、最後の福沢さんを出すことになりそうだった。  
 
それに、俺と波多野との(安藤にしても)最後になるかもしれない対決なんだから  
俺がもし賭に負けたとしても、そのことがお互いの印象に残るほど  
リスキーな方が良いのかもしれない。  
 
「……わかった。でも、あまり無茶は言わないでくれよ」  
波多野寿司で寿司おごり、足が出た分は労働奉仕とか、  
とんでもないことを言いだしそうだからなぁ。  
そんなことにでもなったら洒落にならん。  
 
「大丈夫大丈夫、そんなに無茶じゃないから」  
って波多野、店決めてるのかよ。  
早ッ!  
 
「えっ、何処?」  
中里さんにはちょっと見当がつかなかったらしいが  
「ほら、例のあそこ」  
波多野がトーンを低くして囁くともなしに語りかけると、  
中里さんの顔に納得が広まっていくのがわかった。  
波多野が視線を向けると、沢田さんも  
「ええ、わかってるわ」という感じで頷く。  
 
どうやら、女の子の間で話題の店があるみたいだなぁ。  
俺がおごらないで済むなら、多少の場違い感にも目をつぶるんだけど。  
 
思えば、昔の俺たちはいろんなものをボーリングに賭けた。  
ボーリング場の150円のジュースに始まり、部活後のジュースとか、  
月曜の昼飯とか、一週間かすみをからかえる権利とか、  
(負けた俺は一週間一切かすみをからかえなかった)  
数学の授業で「これ、わかる人」って言われたら  
大声で返事して黒板で解く義務を賭けたこともあったし  
テニスコートの水撒きも片づけ当番も賭けたことがあるな。  
 
修学旅行で何処に行くか、男子と女子で意見が割れた時も  
俺と木地本を含む班の男子が、波多野を含む女子とボーリングをやって決めた。  
ボーリングなんて、普通にやったら女子には不利なものだけれど  
あの時は女子のレーンのガーターにカバーをつけてもらったから、  
ほぼ互角の勝負になった。  
 
三人対三人で4点差勝利。最後の一投までわからない勝負に、  
女子レーンだけ覆いをつける紳士的態度を守っての勝利に俺たちは酔った。  
(波多野にはカバーいらないだろ、って言う奴はいたけど、押し切った。  
実際波多野にはカバーはいらなかっただろうけどな。)  
 
初めはボーリングって決着方法に不平を言ってた女子も、  
勝てそうだとわかると本気になって、投げるたびに一喜一憂してた。  
最初は女子がスペアをとる度に半ば冗談で拍手を送ってたんだが  
終盤にストライクを出したときに女子から拍手を送られたのは素直に嬉しかった。  
あの勝負で結束が深まったのだろうか、修学旅行は本当に楽しかったな。  
 
日々が勝ったり負けたりの繰り返しだった。  
波多野とは中学の一時期、土日のどっちかは一緒に  
ボーリングやってゲーセン行って、って遊んでたからな。  
かすみや君子や木地本もいたりしたけど、  
やっぱりあれは今思えば波多野と俺との対決だった。  
 
かすみや君子じゃ残念ながら相手にならない。  
カラオケのスコアで勝負する、って案が出たときは  
名案だと思ったが、実際には点数を取るための歌ってのは  
選曲も偏るし歌い方も不自然になるしで、俺たちはあまり燃えられなかった。  
 
君子は時折100点越えることもあるものの、  
基本的には俺や波多野の半分にいくかいかないか、というレベル。  
かすみに至ってはトリプルスコア以上の差が開くこともあったから  
君子とかすみのスコアを足して、という形もやったことがあるにはある。  
 
それでも俺や波多野と白熱した勝負をするには足りなかったから  
(というより、君子やかすみと何かを賭けるといじめっぽくてさ)  
次第に「勝負とは、波多野と俺とでやるもの」  
なんて意識が醸成されてきたのだろう。  
 
波多野と初めて話したのは、かすみに紹介された時だったろうか。  
なんでも、クラスでかすみにつまらないちょっかいをかける男子がいて  
かすみがいつものように困っていたところを  
波多野がスッと横から入って成敗してくれたという。  
 
かすみがすごく嬉しそうに、  
「葵ちゃんがね、やっつけてくれたんだよ」って言う横で  
 
「かすみ、あたしのことは葵でいいよ」って  
少し迷惑そうに言ったのをやけに覚えてる。  
たしかに「ちゃん」付けが似合わない奴だな、と思ったことも覚えてる。  
 
俺が「ありがとな、え〜と」  
名前を言おうとして、「さすがに、葵とは呼べないよな」と  
ちょっと困ったら、即座に  
「あたしは波多野だよ、波多野葵」  
って言ってくれて、だから俺は  
「ありがとう、波多野」  
ってその場で言うことができたんだ。  
 
それが中学一年の春。  
 
ってことは、もうすぐ知り合ってまるまる五年経つわけか。  
 
かすみと俺や君子の空間に波多野はすぐに入り込んだ。  
中一の頃なんかは、本当にこいつは今年知り合った奴かというくらい  
俺のやることなすことをわかってくれてて、  
すぐに俺はかすみや君子並に、  
いや、ある意味かすみや君子以上に、波多野に信頼を置くようになった。  
 
 
中学二年の時に波多野とクラスが一緒になって、何度か  
俺と波多野がつきあってる、みたいな噂が流れたらしい。  
聞かれたら、きっと俺は一笑に付しただろうが。  
 
木地本と知り合ったのもここで同じクラスになってからだ。  
木地本はかすみや波多野とはそれほど積極的に交わりはしなかったけど  
君子は木地本を面白がったし、木地本もそれを喜んでる風だった。  
勿論、俺とは最初からひどくウマが合った。  
 
中三の時も波多野、木地本と同じクラスで、  
最初から何かが起こる気がしてた。  
あの時はクラス全体が一丸となって結束して  
例えるなら打ち上げ花火のような一年だった。  
かすみには「私もあのクラスが良かった」って  
随分羨ましがられたっけ。  
 
中学のアルバムにはあのクラスの思い出が詰まってるから、  
俺はたまに開く。  
ひどく懐かしい表情をした俺が、波多野が、木地本がいる。  
 
その都度、思うのだ。  
波多野と木地本と知り合えたことが、俺の中学時代の最大の財産だと。  
 
 
 

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