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うううっ……。  
 
 
 
気がついたとき、俺は呻いていた。  
いや、自分の呻き声で、目が覚めたのかもしれない。  
 
首を左右に振る。  
 
何が起こったんだ?  
そうだ、俺は何かで殴られて……。  
 
 
「お目覚めかい?」  
男の声。  
聞き覚えはなかった。  
 
目は……開いたはずなのに、明るさこそ感じるものの、何も見えない。  
目隠しされていたことに、その時初めて気づいた。  
 
気がつけば、身体中が拘束されていた。  
腕は後ろ手に縛られ、両足首と腰は何やら椅子のようなものにくくりつけられているようだった。  
 
「何……するんだよ」  
それだけ、言葉を絞り出す。  
喉が痛い。  
さっきの煙のせいか、声を出す機能の半分以上は働いていない。  
……でも、猿ぐつわは、されてないんだな。  
 
「君がなかなか目覚めないからね、彼女たちも心配してたよ。」  
男はククッと楽しそうに喉を鳴らした。  
 
彼女たち?  
 
「何処へやった?」  
すごんだつもりだった。  
けれど、灼かれた喉は、ひどく情けないトーンしか発さなかった。  
 
 
「隣の部屋にいるよ。会いたいかい?」  
特に笑っているわけでもないのに  
男の声は、全てが皮肉に聞こえた。  
いや、こう言うべきか。  
全てを皮肉に感じさせる声質・喋り方をしていた。  
 
「当然だろ」  
俺は少しでも余裕があるかのように振る舞おうとしながら、  
痛む頭と戦って自分に様々な問い掛けを行う。  
 
 
ここは何処だ?  
 
わからない。  
視界が塞がれているからだ。  
それでも、黄色い明かりが上にあるのがわかる。  
おそらくどこかの室内なのだろう。  
「隣の部屋」という言い方を男もしていたし。  
 
 
今は何時だ?  
 
わからない。  
男の口振りでは俺は結構長く起きあがらなかったみたいだが  
ってことは今は夜だろうか。  
 
 
こいつは誰だ?  
 
わからない。  
やはり声に聞き覚えはない。  
それに、冗談でもこんなことをやられる心当たりもない。  
 
煙幕のようなものを焚き、俺を殴ったのは?  
 
こいつらの一味で間違いないだろう。  
 
一度意識に昇ったせいだろう。  
殴られた箇所は血が巡る度にガンガンと痛んだ。  
 
 
ゆっくり首を一周させてみる。  
こいつらの一味は何人いるんだ?  
 
 
わからない。  
だが、この部屋にいるのが俺と奴だけだとしたら  
相手の人数もそれほど多いというわけでもないかもしれない。  
十人もいないのではないか。  
 
 
四人は何処へ行った?  
 
男はさっき「彼女たち」と言った。  
彼女たち、と言うからには最低でも二人以上いることになる。  
 
ということは、少なくとも二人はこの男の一味に捕まって隣の部屋にいるらしい。  
今頃、ひどい目にあってるんじゃ……クソッ。  
 
 
「会いたいかい?」  
「当然だろ」  
さっきの会話。  
 
 
正直言うと、会いたい気持ちが全てではない。  
四人全員が捉えられているとしたら、  
「誰かが助けを呼びに行ってる」という淡い希望は消える。  
 
そして、もし四人が乱暴されていたとしたら、俺は…俺は……  
 
畜生。  
言葉が出てこない。  
言葉が、見つからない。  
 
俺に、何が出来るというんだ。  
せいぜい、また殴られて、気を失うのが関の山だ。  
今度は殺されるかもしれない。  
 
 
いや、それでもいい。  
いったい波多野に、沢田さんに、中里さんに、安藤に、  
俺はどの面下げて謝ればいいのか。  
それなら、彼女たちを助けようとして死んじまった方が、  
楽なのかもしれない。  
 
 
……駄目だ。弱気になっちゃいけない。  
まだ四人全員捕まったとも限らないし、乱暴されたとも限らない。  
俺は……俺は、自分に出来る限り、彼女たちを助けなくちゃいけない。  
彼女たちを助けるために俺に出来ることが、きっと、きっとある。  
 
 
そうだ。こんな状況とはいえ、  
いや、こんな状況だからこそ、やれるだけ、やってみなくちゃいけないんだ。  
 
 
 
 
「それじゃ、王子様をお連れしようか」  
初めて後ろに気配を感じた。  
今までの男とは違う、新しい気配。  
 
 
一息。  
 
その気配が椅子ごと俺を持ち上げる。  
 
「なっ……」  
暴れてみたが無駄だった。  
 
後ろにいた気配の主は驚くべき怪力だと言うほかない。  
縛られているとはいえ58キロの俺が体を四方に振って暴れるその椅子を持ちながら  
まるで小鳥が籠の中であがいてる、ぐらいにしか感じていないようなのだから。  
 
それにしても、「地に足が着いていない」というのは、  
こんなにまで恐ろしい気持ちにさせるものなのだろうか。  
 
その恐ろしさに俺は更に精一杯縛られた身をよじる。  
右の肘掛けに体を激しく押しつけ、  
次の瞬間左の肘掛けに体当たりをかますがごとく体重を乗せる。  
ちょうど胸と腹の境目あたりが椅子の背もたれに縛られているから  
体重の全部が乗るわけではないにしろ、それでも俺は精一杯動いた。  
 
体が持ち上がる。  
奴が無言のまま、俺の座らされている椅子をぐいっと高く掲げた。  
 
何をする気だ。  
地面に叩きつける……ってのか?  
 
縛られている上に目隠しをされてるから、  
いつ何時、どこが地面に当たるのかわからない。  
 
それは本当に、怖い。  
 
打ち所が悪ければ、そう、たとえば全体重が一点にかかるような落とされ方をしたら、  
この高さから落ちるだけで骨の一本や二本は簡単に折れる。  
それに加え、この膂力をもって叩きつけられたとしたら  
おおげさでなく体が粉々に砕かれかねない。  
 
畜生。  
慣れてるのかもしれない、こいつ。  
しかし、こういった事態に慣れている、ってのは  
いったいどういう人間なのだろう。  
ちょっと想像もつかない。  
 
観念したつもりはない。  
でも、俺はもう暴れられなかった。  
俺の生殺与奪は俺を持ち上げてる奴に握られている。  
そればかりを意識してしまう。  
 
もう3分も歩いているだろうか。  
隣の部屋、と言った割にはやけに長い道のりじゃないか?  
 
 
と、突然俺の体が左に動いた。  
いや、動かされたのだ。  
移動はすぐに回転、それも高速なものに変わる。  
 
怖い。  
 
きっと、俺の椅子を持ち上げた奴は、  
ハンマー投げのように自分の体を軸にして回りながら  
椅子をグルグルと高速で横にブン回しているのだ。  
 
怖い。  
 
奴の手がすっぽ抜けでもしたら、俺はすごい勢いで飛んでいく。  
床か、壁か、天井か、そのどれかにぶつかった時、骨の一本や二本で済んだらまだ運が良い。  
首から着地でもしようものなら、そこで俺の人生はおしまいなのかもしれないのだから。  
 
 
怖い。  
 
 
メリーゴーラウンド  
 
 
怖い。  
 
 
 
上がったり下がったりしながら軸の周りをぐるぐる回る一人乗りの宇宙船。  
 
 
 
怖い。  
 
 
 
 
コーヒーカップ。  
 
 
怖い。  
 
思い浮かんだ似てる運動はどれもこれも楽しげで  
それだけに余計自分の置かれた状況が身に沁みた。  
 
 
 
怖い。  
 
 
 
 
怖い。  
 
 
 
もうほかに何も考える余裕がない。  
 
 
 
ただひたすらに  
 
 
 
 
怖い。  
 
 
 
 
怖い。  
 
 
助けてよ。  
 
 
 
怖い。  
 
怖いんだ。  
 
 
俺は何か叫んでた。  
叫ぶ度に、涙が新しく湧くのがわかった。  
 
 
何分回り続けただろうか、回転は止まった。  
男は、さすがに息を乱していた。  
 
俺はボロボロ泣いてた。  
怖かった。  
そして、惨めだった。  
失禁してなかったのがせめてもの救いだった。  
 
 
 
四人とも、こんな目にあってるのだろうか?  
誰か一人でも、逃げのびたりしていないものか?  
 
 
また椅子が持ち上がる。  
男の呼吸は、早くも元通りに聞こえた。  
 
 
 
俺は椅子に縛られたまま、  
涙はようやく止まってきたものの、水っぽい鼻汁がぐちゃぐちゃしてて、  
それが涙と一緒に口の中に入りそうで、  
首をちょっと右に傾けたら  
唇の横を伝って流れてくれないかな、ってただそれだけを期待してた。  
 
 
ゴツッ。  
 
平らなところに置かれた!?  
 
少し身体を左右に振ってみても椅子はグラグラしたりしないから、  
ここは本当に平らな床なのだろう。  
 
 
不意に  
 
熱ッ  
 
もう少しで叫び声をあげていただろう。  
熱いもの……多分タオルが俺の顔にかぶせられる。  
 
熱いタオルは俺の涙や鼻水を手早くぬぐい取った。  
 
驚いたので凄く熱いものに感じたけれど  
実際はそれほどタオルが熱かった訳ではないのだろう。  
むしろ涙と鼻水にまみれた顔を拭いてもらうのは心地よいくらいだった。  
 
タオルが去ったのと同時に、スルッと目隠しがほどかれる。  
 
眩しい。  
蛍光灯の光が眼に飛び込んでくる。  
タオルで顔を拭かれたときに少し眼が圧迫されたせいもあって  
目の前に映る景色はどこかぼんやりとしている。  
 
頭を振る。  
 
もう一度。  
 
視界が徐々に回復してきた。  
 
目を閉じてもう一度。  
その間に、今視界に入った映像の意味を解釈する  
 
そして、頭をあげ、目を開けて、自分の目の前の光景に再び見入る。  
 
 
あまりのことに、何から言えばいいのかわからない。  
 
 
俺の目の前、およそ4メートルといったところに  
4人はそれぞれつま先立ちして、手錠をかけられた両手を上に延ばしている。  
その手錠から、鎖が天井まで延びていた。  
どうやら、つま先がぎりぎり地面に着くように、天井からつり下げられているようだった。  
 
 
4人の目には目隠しが、口には猿轡が施されている。  
それでも、この4人が沢田さん、中里さん、波多野、安藤だということは  
火をみるより明らかだ。  
 
 
目のやり場に、困る。  
 
波多野を除いた3人は、それぞれ異なった着衣の乱され方をしていた。  
 
沢田さんはスカートを脱がされたようで、清潔な白いショーツがもろに見えてしまってる。  
安藤の胸元は鋏か何かで縦に切り裂かれたようで、  
量感たっぷりの胸を包んだブラがむき出しだった。  
中里さんの制服とブラはめくりあげられ、捩られた制服は胸の上で固定されてる。  
当然のごとく、白い胸とお腹は丸だしにだった。  
 
 
「良い光景だろ」  
左耳のすぐ後ろで声がした。  
同時に、ひんやりとしたものが俺の首筋に当てられる。  
ナイフか何かだろうか。  
 
俺は迂闊に動けず、視線だけを動かして男を睨む。  
 
「ククッ……可愛いねぇ……」  
男は、俺の反応を面白そうに喉を鳴らして笑った。  
この声、この笑い方は、最初の男だ。  
 
「まぁそんなにカッカするなよな」  
なぜこの男はこんなことを言えるのだろう。  
俺の友人をひどい目にあわせておいて  
それで俺に怒るな、なんて、  
いったいどんな思考回路からそんな言葉が出てくるのだろう。  
 
男は、ナイフの刃の側面で俺の首をペシッと叩くと  
スッと後ろに下がった。  
 
入れ替わりというわけではないが、俺の右後ろで気配が動いた。  
そっちに目をやる。  
 
あぁ、こいつか。  
 
心の底から納得できた。  
俺の右後ろにいた男は、二メートルはゆうに越えている、  
しかも筋骨隆々の黒人の大男だった。  
腕周りなんて、その辺の女の子のウエストより太そうだ。  
 
しかもご丁寧に迷彩服なんか着てやがる。  
年齢的に、行ったはずもないのだが、俺の頭の中には  
「ベトナム戦争」という言葉ばかりが反芻されてる。  
 
腰のホルスターに刺さっている拳銃は、本物かそれともガス銃の類か  
残念ながら俺には判別する術もない。  
 
こいつが俺の椅子を運んだのだろう。  
俺は確信する。  
この巨躯にしてこの身の軽さは尋常ではない。  
 
奴は大股に、音も立てずに女の子4人が吊り下げられた横まで歩くと  
ドカッ、とやけに大きな音を立てて壁によりかかった。  
 
「あいつはね…」  
カツカツと音を立てながら、最初の男が左から俺の視界に入ってくる。  
口元には薄ら寒い親切さを感じさせる微笑をたたえていた。  
 
手入れされた長髪に、線の細い、整った顔立ち。  
だけど、目の前で微笑んでいても、奴の顔からは、  
皮肉と苦々しさと恨みばかりが何故か伝わってくるような気がした。  
 
「元海兵隊で、対人戦闘ではちょっとしたものだったそうなんだが、  
女癖が悪過ぎてね、クククッ……」  
囁くような小声の言葉は、途中から  
さもおかしそうに喉を鳴らす男の笑いに飲み込まれてしまう  
 
その笑いが、再び言葉としての輪郭を持つ。  
「夜な夜な基地を抜け出しては  
遅くまで出歩いてる中高生を捕まえてレイプ三昧だったそうだよ。」  
 
ピクッと女の子たちの体が揺れた。  
男はそれに気付いたのか気付いてないのか、  
彼女たちの方をちらとも気にしたそぶりを見せず  
むしろ俺の上方か後ろに向かって、遠くを見るような視線を投げた。  
 
「しかし素人、勿論処女もいたのだろうけど  
こいつのアメリカンサイズのペニスを入れられたりして  
気が狂ったりしなかったのかねぇ。  
 
少なくとも、こいつのに慣れちまったら  
もうそこらの日本の男のサイズのものじゃ  
満足出来ないんじゃないかねぇ。  
その辺、君、どう思う。」  
 
男は俺の上か後ろに向けていた視線を下にずらして、まっすぐ俺を射る  
ご丁寧に、ニコリと笑ってみせた。  
もしかしたら男自身は「人好きのする笑顔」だと思ってるかもしれないが  
俺はその笑顔に何やら鬱積したものを感じて  
余計に警戒心を募らせてしまう。  
 
しかし、そんなの、答えられるわけ、ない。  
このやりとりを聞かされている四人の表情に  
さっと緊張の色が走ったのを  
目隠し、猿轡越しでもわかったから。  
 
俺が答えないのをみると  
 
「なんなら、実験してみようかねぇ」  
男はくるりと俺から彼女たちに向き直り、  
波多野の横まで来ると、スカートの裾を持った。  
 
「ひっ…」と声をあげて波多野が身を強張らせる。  
あの波多野がここまで恐怖してる。  
そのことに軽い違和感を覚える。  
 
 
「やめろ!!」と言おうとしたけれど、ぱさついた喉は  
言葉を紡ぐ器官としての機能を完全に取り戻したわけではなかった。  
言葉が固まりとなって食道をせり上がってくるけれど  
喉はその固まりを音に分解することを躊躇うのだった。  
 
男の手が波多野のスカートの裾をゆっくり持ち上げる。  
波多野が、拘束された身を激しく捩り、震わせる。  
 
それにも関わらず、男の手は無慈悲に、  
一定の速度で裾を持ち上げ続ける。  
 
蛍光灯を跳ね返して、波多野の引き締まった腿が次第にその全貌を表す。  
 
「ゥンーン」  
首を捻きれるかというほどに捻って、  
一際悲しげな声を波多野があげた。  
 
 
俺は呆然としている。  
 
 
波多野のスカートの下には、  
予想していたもの、  
本来あるべきもの、  
履いているものが、なかったのだから。  
 
 
 
波多野のあそこの毛は、多分そう濃い方では無いだろう。  
その下にある性器は一片の肉ビラも露出させることはなく、  
貝のようにぴっちりと閉じられている。  
 
それが今、俺の目に晒されていた。  
 
「ほぅ、綺麗なもんだねぇ、まだ使ったこと、無いんだろ」  
長髪の男はからかうように、首を力一杯ねじったために後ろを向いた  
波多野の耳に息を吹きかける。  
 
「ひぃぐッ!」  
その刺激に波多野の身体が跳ねた。  
波多野は慌てて両耳を、上に伸ばした両腕でガードする。  
当然顔が正面を向く。  
 
「♪〜」  
長髪の男は半開きにした口からやけに長い舌を出すと、  
目をつぶり、鼻歌なんか混じえながら、  
まるでキスするような大胆な角度で波多野の鼻の頭を舐める。  
 
やめろ。  
やめろよ。  
畜生……。  
身体中に力を込めたけれど、僅かに椅子が動くだけで、  
縛られた手は、どんなに力を入れても疲ればかり増えるだけで自由になる気配もない。  
 
波多野は顎を引いて顔を舐める長い舌から逃げようとするが、  
耳に息は吹きかけられるのはどうしても嫌みたいで  
子供がいやいやをする時のように弱々しく首を振ることしか出来ない。  
 
その顎を、長髪の男がクイと持ち上げる。  
男の唇が、俺に見せつけるようにして波多野の唇と重ねられる。  
 
 
「ぅぅウーーッ」  
 
猿轡の奥で、言葉にならない叫びが響く。  
その叫びに含まれる成分が、ちりちりと俺の胸を焦がす。  
猿轡があるから、波多野の口の中に男の舌は入っていかないが、  
閉じることも出来ない波多野の唇を長髪の男は縦横無尽に舐め回す。  
 
 
「ぅン、ぅぅンーーッ」  
 
目隠しをされていても、波多野の眉が嫌悪に歪むのは隠せない。  
波多野が先ほどより強く顔を揺すると、長髪の男はニヤリと笑うと  
動じた様子もなく今度は波多野の後ろに回って、  
スカートの裾を掴んでいない方の手で、むき出しの白い太腿に手を這わせる。  
長くつま先立ちを強いられ、足に力が入らないのだろう。  
内腿を行ったり来たり、すりすりと撫で回す男の手に抵抗することも出来ずに、  
波多野はただ顎を引いて歯を食いしばり、嫌悪感に震えている。  
 
と、長髪の男は不意に屈むと、  
片手に持っていた波多野のスカートの裾の長さを調整すると  
波多野の両膝を抱えて持ち上げる。  
波多野は思い出したように体を振ってじたばたと抵抗した。  
いつもの波多野なら、男を振りほどけていたかもしれない。  
が、力の入らない今の波多野の足では、男の力に屈するしかないだろう。  
抵抗するその動きはどこか緩慢で、俺にはこの抵抗の未来が  
容易に想像ついた。  
 
そして、俺の目の前で、ぴっちり閉じられた波多野の膝が  
徐々に開かれていく。すると、その奥の何も履いていない部分が丸見えになって……。  
 
「や……」  
いやいやと力無く首を振る波多野。  
目隠しの、目の部分が濡れているんじゃないだろうか。  
だけど、青葉台の制服のままの波多野が目の前で白い足を開いて  
その秘部を露出している姿は、波多野が嫌がれば嫌がるほどに  
エロティックな光景でもある。  
 
「あーあ、恥ずかしい格好だな」  
男の言葉に波多野はビクッと体を震わせ、ひくっと一つしゃくりあげる。  
膝が少し内側に寄せられるが、またガバッと広げられる。  
「お前はちょっと色気不足だからな、これくらいが丁度いいんだよ」  
長髪の男が波多野に囁く。波多野がまた、弱々しく首を横に振った。  
 
 
波多野の左で沢田さん、中里さん、  
波多野の右、黒人の男がよりかかる壁の近くの安藤も、  
怯えているのがわかる。  
 
 
長髪の男は俺に視線を向けて  
「どうだい、これでこいつも、色気が少しは出ただろ」  
笑みを浮かべながらそんなこと言うあいつは、  
あいつだけは、許しちゃおかない、と思った。  
 
「なぁ、お前も言ってやれよ、王子…」  
「やめろよ」  
この部屋に入って、初めて声が出せた。  
喉はさっき泣いたせいかまだまだおかしくて、  
今の一言を言うために空気が喉を通るのさえ、不快で仕方なかった。  
 
 
部屋に新たな緊張が走る。  
こんな声でも、俺がいることが伝わった。  
 
 
あぁ、そうか。  
何で声が出ないのか、と思ったら  
俺が、誰か一人でも逃げてくれていないかと思っていたのと同じように  
俺だけは彼らから逃げていて、助けにきてくれるという彼女たちの希望を  
俺が声を出すことで打ち砕いてしまう、そのことに気付いていたからだ。  
 
 
驚いたことに、長髪の男は、その一言で本当にやめたのだった。  
波多野を地面に下ろし、捲り上げたスカートの裾を丁寧に戻して、波多野から離れる。  
「冗談、冗談なんだよ君ぃ。そんなピリピリするなよな。」  
男はぞっとするような猫なで声を出した。  
 
なんで俺の一言くらいで本当にやめたのか、俺が戸惑っていると  
「で、あいつの話、途中だったよな。どこまで話したんだっけ、あ、そうか。  
まぁ、当然、基地の近くでそんなことばかり続けば国際問題になる。  
特に、駐留基地はそれ自体デリケートな問題だ。」  
長髪の男は唐突に先ほどの話の続きをはじめた。  
 
もう波多野たちには何もしないのだろうか。  
なんで俺が「やめろ」と言ったぐらいで波多野を解放したのか、  
俺の方が意外なくらいで、だから余計に不安になる。  
同時に、自分の股間が熱を帯びていることを、俺は意識させられる。  
 
長髪の男は、本当に何事もなかったように喋る。  
「これ以上問題を大きくしたくなかった基地上層部は  
奴の喉を潰して余計なことを喋れなくしたうえ  
障害者として同情を買う、って手に出たわけさ。  
基地内の簡易裁判なら、裁くのは同じ国の人間だし  
証拠が少なければ本国強制送還くらいで済むだろう、って  
まぁ上層部もそう考えていたんだろうな。」  
 
そこで、ククッと、また喉を鳴らした。  
 
「ところが、奴はおとなしく捕まったままでいられるようなタマじゃなかった。  
警備もいたようだが一対一では海兵隊仕込みの奴にかなうわけがない。  
……ってわけで、脱走には成功したものの、  
今じゃ帰る場所も無いお尋ね者ってわけさ。」  
 
「どうして、そんな奴がお前と一緒にいるんだよ」  
そんなことよりもっと聞きたいことは沢山あったが  
それで何が起こるか考えるのは怖すぎたから、  
男の話を逸脱した質問は控えた。  
相変わらず自分の器官ではない気がする俺の喉では  
明瞭な日本語の音にはなっていなかったが  
長髪の男には伝わったようで、奴はククッ、と喉を鳴らして笑った。  
「俺が、こいつの声を聞き取れるからさ。  
おかげさまで、まぁ、役に立ってくれてるよ。」  
 
 
前触れもなく扉がガチャッと開いた  
俺は音が聞こえてくる真後ろに、体ごと首をひねる。  
 
 
「これはこれは御大」  
長髪の男がうやうやしく礼をする  
 
新しく入ってきた男が頷き一つ返す。  
「御大」と言われた老人は、肉の少ない身体と  
黄色く濁った瞳をしている。  
豊かな髪の毛はところどころまだ黒いものが混じっていたが  
髭は完全に真っ白で、ポロシャツにスラックス、という  
まるで飾り気の無い格好をしていた。  
 
「順調なようだな」  
老人はじろりと部屋内を見渡して、そう言った。  
 
「はい、寸分なく計画のとおりでございます」  
長髪の男の声が、柔らかかった。  
自然な敬意がその声から滲み出ているようだった。  
 
老人は彼女たちを見渡すと、口元をほころばせた。  
「ふむ、なかなか良い格好をしてる。楽しませてくれそうだな」  
 
老人が続ける。  
「男はこれか?」  
 
「はい。」  
長髪の男がかしこまって答える。  
 
老人は、俺に近寄って上から下まで見下ろすと  
「ふむ、まぁ健康そうだな」  
そして、何とも形容しがたい目つきで、俺を見た。  
 
 
老人は命じる。  
「それでは、目隠しを取ってやれ」  
 
「はっ」と一声返事をして、長髪の男と黒人の男が  
シュルシュルと四人の目隠しをほどいていく。  
 
 
照明に慣れない8つの目が、  
明るさに目を細めながら、  
焦点が合わさるのを待ちながら  
それでも精一杯俺を探しているのがわかる。  
 
その視線に捉えられる前に、逃げ出したかった。  
俺には何にも出来ない。  
そのくせ、俺がこうやって拘束されていたら、  
彼女たちの足手まといにさえなりかねないのだ。  
 
そして、まだ頭は痛むけど、俺は無傷だった。  
そのことが、恥ずかしかった。  
 
せめて、俺が血塗れで  
奴らに刃向かってボコボコにされた形跡でもあったなら  
俺はもう少し気が楽だったのかもしれない。  
やれるだけのことをやった、と言えたかもしれないから。  
 
しかし、彼女たちのために「やれるだけのことをやる」  
そんな機会すら取り上げられてしまってる。それが現状だった。  
 
 
 
猿轡をされた4人の目が、俺と交錯する。  
お互いの無事を喜べる状況では、なかった。  
 
「ごめん」  
口をついて出たのは、その言葉だった。  
 
捕まってしまってごめん。  
助けられないでごめん。  
ボーリングになんて誘ってごめん。  
嗚呼、いや、それ以上に  
 
俺の方を見ないでほしい。  
俺に、何かを期待されても、困るから。  
そういう意味の「ごめん」なのかもしれない。  
 
なるべく誰とも視線を合わさず、ただ4人の後ろの壁を見続ける。  
 
…いっそ、目を瞑ってしまおうか。  
でも、それは彼女たちには俺からの「拒絶」として  
伝わるんじゃなかろうか。  
 
それは……それはやっぱり、出来ない。だけど  
「ごめん」  
それだけもう一度、言った。  
 
その言葉を言ってしまった自分がただただ情けなくて  
俺の視界がぼやけて、滲む。  
 
 
いっそ俺なんか……。  
 
 
「ふふっ、いい格好してるだろ?」  
長髪の男の言葉が、感傷的な空気を切り裂いた。  
 
今更ながらのその言葉に  
彼女たちはピクッと大きく体を動かす。  
 
きっと今までは、俺を捜すことに一生懸命になっていたから  
自分がどんな格好をしているのか、吹っ飛んでいたのかもしれない。  
恥ずかしくて仕方ないのだろう。  
乳肌をもろに晒している中里さんの顔が、みるみる紅潮する。  
 
 
老人の背中が、俺の視線の隅で笑いを押し殺すように波打っていた。  
 
俺は、自分以外に怒りをぶつけられる相手が出てきてくれて  
彼女たちと怒りを共有できる相手が近くに姿を現してくれて  
心底ありがたいと思っていた。  
 
「まぁあまり落ち込むな、若者よ。これから幾らでも取り返しがつく。」  
老人が、意味ありげな笑みを浮かべた。  
 
「こういうピュアな反応がたまりませんよね」  
長髪の男の笑みは、快活なスポーツマンを思わせるものだった。  
 
「うむ、こうでなくては楽しめん。」  
老人の口ぶりも釣り人が大漁を告げる時のような  
満足感に満ちていた。  
 
 
 
話の流れがどうもおかしくなってきた、とその時俺は思った。  
 
 
 
「それでは座興をはじめるかな」  
老人が何かを長髪の男に耳打ちした。  
長髪の男は頷きながらそれを聞いて、にんまりと微笑むと  
 
「おい、お前」  
俺の方に、大股で歩み寄ってくる。  
あまりにも悪い予感がして、俺は咄嗟に視線をそらす。  
 
 
「お前だよ、小笠原まさと」  
長髪の男が、はじめて俺の名を呼んだ。  
 
俺は、自分の名が知られていたことにショックを隠しきれない。  
俺が失神している間に、生徒手帳でも見られたのだろうか。  
 
長髪の男は名前を呼んだときの俺の反応に満足したようで  
口元に嫌な笑みを張り付けて言葉を続けた。  
 
 
 
 
「そこの女のうち、二人選んでフェラチオさせろ」  
 
 
 
 
「そんなこと出来るかよ」  
気がついたときには叫んでいた。  
 
「おい」  
長髪の男が、からかうような口調で迷彩服の大男に声をかける。  
大男は音も立てず驚くほどの敏捷さで俺の前に立ち、  
 
無言で  
 
 
ノーモーションで  
 
 
正面から俺の顔にでかい手のひらで往復ビンタを叩き込む。  
 
 
 
 
昔、猫がネズミをなぶるのを、田舎のおばあちゃんちで見たことがある。  
 
俺は喜んだが君子は目を背けた。  
 
あの時の、ネズミの気持ちが今わかった気がする。  
顎骨や歯の一本くらい折れたか砕けたかしたと思った。  
身体に傷は残らなかったかもしれないけど、  
心の何かが挫けてしまう一撃。  
 
「出来るか、を聞いているわけじゃない。お前はやらなくちゃいけないんだよ」  
長髪の男は、やれやれという様子で俺に背を向け、今度は彼女たちの方へ歩く。  
 
「もう一度言う。二人選びな」  
長髪の男は安藤の横に来て、先ほどのナイフとは違う、  
小学生が工作で使うようなごついカッターナイフを握り  
カチャカチャと乾いた音を立てながら刃先を行ったり来たりさせる。  
 
「……ッ!」  
 
安藤が目を一瞬大きく見開いた。  
カッターの先端で安藤の頬をちくっと刺したのだ。  
 
 
「……わかった」  
 
ごめん……。  
 
俺はぼそぼそと、二人の名前を告げる。  
その二人の名前は……。  
 

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