「じゃあお兄ちゃん行ってくるね。ちゃんとお昼ご飯食べなきゃだめだよ」
友達と映画を見るからと出かけた君子を見送ると、すぐに部屋に戻る。
もちろん昼飯なんか食べるつもりはない。
なにせ時間が惜しい。木地本から"押し付けられた資料"に目を通すのに与えられた時間はそれほど多くない。
部屋のカーテンを引き、ヘッドホンをつける。スポーツショップのビニール袋に無造作に突っ込まれた"それ"を押し入れから取り出す。
ラベルには手書き文字で『サバンナの生物/しまうま』だとか『はるかなる宇宙/金星編』などとうさんくさいタイトルが記されている。
"お勧め"といわれた『フライ級タイトルマッチ ボブvs志雄闘』は最後にすることにして順にデッキにセットしていく。
最初の数分にタイトル通りの映像が入れてあるのにちょっと感心するやらあきれるやら微妙な気分になる。
この手のモノはあまり見たことがなかったので少し期待していたのだが、間もなく始まった"本編"は思ったほど集中できない。
よくわからないが前後に差し込まれた小芝居の不自然さが"そういった"シーンでも感じられて、はっきりいえばダイコンすぎて萎えてしまう。
ほとんどのシーンを早送りし、1本あたり10分程度のペースで見ていく。
まだタイトル通りの映像のほうがおもしろそうだった気もする。
最後の1本をデッキに入れる。
それが今までのものとそれほど違っていたわけじゃない。役者はダイコンだし、場面も明らかにどこかのホテルだ。
クラスメイトのCDを割ってしまった女の子が、その代償をカラダで求められるというのがシナリオのようだけれど、
そのあまりに棒読みなところは早送りして飛ばすのが普通の感覚だろう。
『ごめんね。ホントにごめんね』
画面の中でセーラー服の少女が、学生服の男優に謝っている。
どうみても20過ぎのおっちゃんおねーちゃんの見るに耐えない小芝居だ。
『じゃあ壁に手をついて。絶対に手をはなしてはだめだよ』
男優の指示で女の子が壁に手をつく。男優の手がスカートの下に差し込まれる。
『やぁん』
ボブカットにされた髪が左右に振られる。
たくし上げられたセーラー服から、少し肉付きの良い素肌が見える。
『なんだ、濡れてんじゃん。期待してたんだろ』
男優の声にいやいやと髪を振る姿に嗜虐心をあおられる。
スカートとショーツを脱がされ、セーラー服をたくし上げられた女の子が壁に手をついてお尻を突き出し肩越しにこっちを見る。
もう台詞がダイコンだとかどうでも良かった。
ティッシュボックスを引き寄せると、ギンギンになった自分のそれを取り出す。
女の子の嬌声とともに高ぶっていく。
ガチャ
もうまさに達しようかというときに聞こえたその音に、慌てて振り返る。
弾みでヘッドホンの端子が抜け、テレビのスピーカーからその嬌声が響く
『あぁん、すごい、イっちゃう〜』
慌ててズボンを引き上げ、テレビ本体のスイッチを消す。
現実に引き戻され、画面を見ないで声だけを聞くと、改めてそのダイコンっぷりを感じさせるが、今はそんなことはどうでもいい。
「あ、あの、ごめんね」
開けたドアの向こうにかすみがいる。
「あ、あの、君ちゃんにお昼ご飯食べさせてねって頼まれて、その、チャイム鳴らしたんだけど返事がなくて、その、かぎ開いてたからまた寝ちゃってるんじゃないかって。
その、す、すぐごはんの用意をするね。」
手にしたスーパーの袋をぎゅっと握りなおすとキッチンへばたばたと走っていく。
『変態』とののしられて出ていかれても不思議じゃない状況で、料理をしていってくれるというのは、幼馴染だからの一言で片付けていいものかどうかもよくわからない。
とりあえず借りたもの一式を元通り仕舞う。このあとかすみと顔を合わせたらどうするか考えようとするが、放心状態とでもいえばよいのだろうか、上手く脳が働かない。
心の中で木地本を呪ってみるがそんなことで答えが出るはずもない。
「ね、ねぇ、ごはんできたよ」
ドアを10cm位だけあけ、その隙間からかすみが呼ぶ。かすみの手際がいいのかそれとも自分がくよくよと悩んでいたのか、ほんの数分前の出来事に思える。
「軽蔑したか?」
かすみがドアをもう少し開いて顔が見える。おもわずそこから顔をそむけ壁に向く。
「軽蔑したんだろ」
もういちど問い掛ける。もう今までの関係に戻れるとは思わない。
「ううん、そ、そんなこと、ないよ。」
ドアがきしむ音がして足音が一歩近づく。
「ご、ごめんね。見るつもりはなかったの。でも、き、気にしないで。だれだって……ね。」
「気休めなんか言うなよ、だったらおまえもしたことあるのかよ」
思わず振り返って叫ぶ。何で逆切れしてるんだと頭のどこかで思っている。
「え?」
かすみの顔がサーっと赤くなる。視線をそらし床を見るとスカートをぎゅっと握る。
小さくひとつうなづく。
かすみが譲歩してくれている今なら、まだもとの二人に戻れると脳のどこかがささやいている。冷静に落ち着け。
「じゃぁ、して見せろよ。俺だけ見られるなんて不公平だろ」
思っていることと、口から出る言葉が一致しない。もうこれで心地よい幼馴染の関係は失われた。
「こ、ここで?」
耳を疑った。泣きながら出て行くと思ったかすみが泣きそうな声でつぶやいた。
「ベッドでもいい?」
何を言ってるのか良くわからない。
かすみが後手にドアを閉める。
何も言えずにいることを肯定とでも受け取ったのか、俺のベッドに俺に背を向けて寝転がる。
スカートのホックを外すとそこから右手を差し入れ膝を曲げる。背中を丸めて体を縮こまらせる。
何がおこってるのか良くわからない。
んっ んぅ
部屋に小さなうめきが時折聞こえる。
「か、かすみ?」
やっとの思いでかけた言葉はひどくかすれている。
「え? あ、やっ」
かすみが肩をびくびくと震えさせる。
「……!!! ……!! ……!」
5分、いや、実際にはそんなにたってないのかもしれないけれど、かすみの脈動が収まっていくのを息を止めて見つめていた。
やっと落ち着いたかすみが肩越しにこっちをちらりと見る。
「ご、ごめんね。ふとん汚れちゃったかも」
呆けた目でかすみを見ているんだと思うんだけれど、何をしていいかわからない。
「か、かすみ。がまんできない。」
脳で考えるより先にコトバが出る。
「え、だ、だめ。だって、まだ……」
おれを押しのけるように突き出した手を握り、夢中で押さえつけるようにベッドに押し付ける。
かすみの右手がぬるりとあたたかい。
「好きだ、かすみ。かすみがほしい」
その瞬間、かすみの抵抗が消える。
「は、はじめてだね。好きって言ってくれたの」
かすみが真っ赤な顔で俺の目を見つめる。
「そんなに簡単に人の言うことを信じるなよ」
思わず目をそらす。
「でも、うそじゃないよね?」
かすみは押し倒されているということがよくわかってないんじゃないかと思う。
こんな状況で言った"好き"をどうしてそんなに信じられるのか。
「さ、さっきのアレもわ、わたしに似てたから、その、してたんだよね?」
脳の底がしびれた感じがする。そうか、あの1本だけが気になったのはそのせいだったのか。
「う、自惚れかな?」
押さえつけたはずの手からかすみの手が抜け、そっと俺の頭を抱える。
「すきだよ。かすみ」
抱きかかえられたまま、かすみの耳元でささやく。後頭部を優しくなでるかすみの手が心地よい。
「うん」
かすみの声が背骨にまで染み込んでいった。
〜END〜