「ほーら、泣かない泣かない、ママはもうすぐ来まちゅよ〜」  
丘野さんがあやし始めると、赤ん坊はすぐに泣き止んだ。…俺の時はあんなに大泣きしたくせに。  
「あ、お母さんが来たよ。じゃあね、赤ちゃん」  
丘野さんは母親らしき女の人に行儀よくお辞儀して、その場を離れた。  
 
「丘野さん、慣れてるね」  
「ふぇ? ああ、弟や妹で慣れてるからね。小笠原は君子ちゃんの子守、しなかった?」  
「一つしか違わないしなぁ。君子の赤ん坊時代なんて覚えてないよ」  
「ふーん、もったいないね。…ねぇ、知ってる? 赤ちゃんてさ、すっごい笑顔に囲まれて生まれてくるんだよ」  
「え?」  
「父さん母さん、兄弟みんなにおじいちゃんおばあちゃん、沢山の親戚、お医者さんに看護婦さん」  
にっぱりと丘野さんが笑う。まるで自分が生まれた時の事を語るように。  
「あ、でも、父さんはいつもおろおろしてるばっかりだったかな。何回やっても」  
…ああ、そうか。丘野さんの笑顔が、すとんと腑に落ちる。  
沢山の笑顔に囲まれて生まれ、沢山の笑顔に囲まれて育つ。そんな風に生きてきて、こんな風な  
丘野さんが出来上がったのか。  
遠く離れた自分の両親を思う。俺や君子が生まれた時も、彼らはそんなふうに笑い合ったのかな。  
「小笠原、ぜったい早く子供作るべきだよ。あたしなんかすぐにでも欲しいよ?」  
「こ、こら。往来でなんて事を。みんな見てるだろ」  
「何で? 変なの。 まあいいや、さ、アイスアイス!」  
 
丘野さんが走り出す。僕は少し振り返って、さっきの母子を見やる。  
母親らしき女性が赤ちゃんを抱き上げている。慈愛に満ちた笑顔。赤ちゃんの安らかな表情。  
「ほら、小笠原、早く早く!」  
太陽のような丘野さんの笑顔が呼んでいる。俺は走り出して、そして願った。  
きみを囲むその笑顔がどうか、ずっときみと共にありますように。  
 

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