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同性だったら、親友になってたと思う。でも、あいつは男で、わたしは女だった。
「あおい〜 おまたせ〜」
かすみは、同性のわたしから見ても、かわいい。なんていうか、”女の子”だ。
わたしはどちらかというと快活で、というか、ありていにいえばがさつで、
かといって彼女のようになることはできなくて、そして、彼女やその幼馴染と一緒に
いるためには、そいつと”トモダチ”でいるしかなかった。
出会った当初から、二人は付き合ってると思っていたから、なおさらだった。
そんな二人の様子が、ここのところおかしい。
「おまえら二人、絶対、付き合ってるだろ〜」
心の隅に走る小さな痛みを無視してからかう。今までだったら、二人とも必死になって否定した。
その台詞にほっとして痛みを我慢できた。
「はは、何言ってんだよ」
あいつがさびしく笑う。目を合わせることも無い。建前だけの否定。無言で赤くなって彼のほうを見るかすみ。
そして、こころの奥を大きくえぐるその痛みは日に日に増してくる。
二人と別れて入ったゲーセンでも調子が出ない。いつもの格ゲーで、小学生にこてんぱんにされても、悔しくも無い。
今日の部活ではとちってばかりで、後輩にまで心配された。
「あ"〜、調子ワリ〜」
今日も朝から調子が悪かった。かあさんがご飯を炊き忘れててパンだったし、新聞も弟に先に読まれていた。
目覚めるときに見てたゆめは、なにか大事なことだったような気がするけれど、思い出せない。
「あれ?かすみ? いつもの時計どうしたんだ?」
親友の左手には大きな男物の腕時計。そして、それは間違いなくあいつの物だった。
「え? あ、うん。ちょっとね」
あいまいなままのかすみの台詞がわたしの心に突き刺さる。
「ふーん、でもいいなぁ、わたしもこうゆうのほしかったんだよね。ちょっと貸してくんない?」
半ば強引に時計を借りると、左手にはめてみる。
「ひょっとして、これ、あいつからのエンゲージリング?」
かすみをからかう台詞が、そのまま自分の胸をえぐる。
「でもいいなー こうゆうの」
自分で言ってドキッとする。わたしがほしがってるのは、”時計”じゃなく、あいつからの”しるし”だということに気づいてしまったから。
「あおい?」
動きをとめたわたしにかすみがきょとんとしている。
「ほら、かえすよ。大事な大事なエンゲージリングを」
真っ赤な顔のかすみを見ながら、自分の心があげる悲鳴が聞こえるような気がした。
「あおい〜 おまたせ〜」
校門でかすみを待つ。それは、つまり、あいつを待つことだから。
「あれ? あいつは?」
かすみの顔が瞬間に赤くなる。
「も〜 今日はあおいとかえりたいの」
ちょっと残念だと思っている自分がいる。だけど、二人のしぐさに心を傷つけずにすむとほっとしている自分もいる。
「ちょっとうちによってかない? 昨日ケーキを焼いたの。」
彼女の、オンナノコの部分が、こうしてわたしを傷つけていく。
「あんまり甘いのはな〜」
大丈夫だろうか、いつものように、振舞えているだろうか……
「大丈夫だよ〜 ちゃんと、甘くないお菓子も練習してるんだから……」
彼女の言葉の節々から、何かを感じ取ってしまうわたしは、考えすぎなのだろうか……
「つまり、あいつに食べさせる前の、イケニエってわけだ〜」
「も〜 しらない」
そして、ふたり、わけも無く笑い出す。いつもの、そういつものように。
かすみの家は、あいつの家のすぐそばだから、かすみが鍵を開けている間にそっとあいつの姿を探してみる。
かすみは、気づいていない、と思う。
部屋に入ると、ピンクの洪水が視界を襲う。黒いコンポにまでリボンがかけてあるのは、感動すら覚える。
紅茶からは甘いりんごの香り。生のりんごの皮をいっしょにティーポットに入れ、リーフから入れたダージリン。
お皿には狐色のアップルパイ。パイ生地の隙間からほんのり見えるりんごのコンポートがつややかに光っている。
ベッドサイドのクマからはシトラス系のかおり、小さな机の上のピンクのウサギはたぶんローズのポプリが詰めてある。
「あ、うまい」
紅茶を一口飲むと、鼻腔から軽やかな酸味が抜けていき、紅茶のかすかな渋みが舌で淡く消えていく。
小さなフォークでパイを一口分切り取り、ほおばる。かすみも自分の皿から一口切り取ったが、わたしの一口と比べるとかなり小さかった。
「あ、あまくない」
いや、甘くないわけではない。舌の上にはたしかな甘味が広がる。しかしすぐにりんごの酸味と風味が口中に、そして鼻へと抜けていき、最後にはかすかな甘味だけが舌の上に残る。
おもわず、2口目をほおばる。
カリ
奥歯のあたりで、なにかを噛み砕いた感触があった。すこし不思議に思ったが、そのまま飲み込む。口の中に、なにか苦味が残った。
「あれ?いまなんか入ってた。うわー、へんなにがみ〜 なんだこれ?」
紅茶をがぶがぶと行儀悪く飲み干す。
「かすみ〜 なんかいれたな〜」
冗談のつもりでかすみに言う
「うん、ハルシオンだよ」
正直、なんのことだかわからなかった。
「えっと、おかしの材料の名前か? それ?」
いや、知ってはいた。だけれども、”それ”と”かすみ”が、結びつくことを理解できなかった。
「ううん、睡眠誘導剤。眠れないって言って、病院でもらってきたの。」
あたまがパニックになった。なんでそんなことをするのか、かすみに詰め寄った。この薬のことを、あいつは知っているのかと叱責した。でもかすみはたった一言、ちょっと泣きそうな顔で言った。
「ごめんね……」
わたしの意識はそこで途絶えた。
「ほら、あおい、おきて」
「うーん、まぐろがまだ帰ってきて…… あれ?」
目を覚ますと、かすみが目の前にいた。全裸だった。
椅子に浅く座った状態で、わたしの両手両足は縛りつけられていた。そして、全裸だった。
「おはよう、あおい」
かすみが笑っていた。わたしは、まだゆめを見てるんだと思った。
「あおいも…… 彼のこと、好きなんでしょ?」
とてもとてもやさしい笑顔だった。おもわずうなずいた。
「そうだよ、だいすきだよ。だけどかすみも大好きで、どちらも裏切れなくて。ち、ちくしょー」
かすみが微笑む。
「うん。わたしもよ。だからね、あおいも、いっしょがいいとおもうの」
「いっしょ?」
かすみがテーブルから何かを取り上げる。フィルムに包まれたコの字型の器具だった。振り向いたかすみの股間に目が吸い寄せられる。そこには涙滴がたをした金色に光るものがぶら下がっていた。
「まず、消毒しなきゃね。」
かすみが、わたしの下半身に顔を近づけてくる。
「や、やめ」
逃げようとするわたしの腰をかすみの細い両腕がしっかりと抱きしめる。やわらかい指が腰骨のあたりをくすぐり、思わず局部を突き出した。
「はぁん」
かすみの舌がわたしの”それ”を迷うことなく探り当てる。聞こえた嬌声が自分の口からでたことに、やっと気づく。
自分の中で何かが溜まっているんだと思った。だからこんなゆめを見るんだと思った。目がさめたら、オナニーをしてしまうと思った。
ふいに、かすみの口が離れた。何かを求めるように腰を突き出している自分がいた。
「ごめんね……」
かすみの台詞とともにそこに激痛が走る。からだをゆみぞりにしてその感覚に耐える。視界の端でさっきの器具が自分のクリトリスを挟み込んでいるのが見える。
「わたしとおそろいだよ。いっしょにハズカシイ躰になろ、ね?」
脳が、やっと、現実に追いついた。
「……をよんだから、ふたりで、一生を、ささげよ、ね?」
かすみがピアサーを外し、金色に輝くピアスがはめられる。
どこか現実離れした光景と、自分の股間を走る紛れも無い痛みの中、麻痺しかけた脳の中でそれをたまらなく甘美なものだと思っている自分がいる。
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴る
「あ、きたみたい」
かすみが立ち上がり、ドアのノブに手をかける。出て行きかけたかすみに聞かなきゃいけないことがある事に気づき、声をかける。
「わ、わたしは、なんていったらいいの?」
かすみが小さくくすっと笑い、言った。
「わたしたちは、一生、あなたの……」
−END−