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 忘れたくて、忘れたくて、忘れなきゃいけなくて……  
 どうしても、忘れなきゃいけなくて……  
 
「やぱり、たこやきはここじゃなきゃね」  
 夕方校門で見かけた……くんが、なんだか元気なさそうだったから、いっしょにいかない?と声をかけてみた。  
 彼はここのところ妙にげっそりしている。なんか悩み事でもあるのかと思う。  
「ほら、ぼんやりしてると…… いただき」  
 でも、やっぱりなんだか元気がない。  
「ほらほら、そんな暗い顔じゃ明日晴れないぞ」  
 やっと彼がちょっとだけ笑う。  
「じゃぁこれ、さっきのおかえし。あーん」  
 ピーポーピーポー……  
「あ、あつ」  
 彼の言葉でふとわれに返る。  
「ごめーん あ、あれ?」  
 やっぱり、まだ、だめだ。こんなわたしが、誰かに恋するなんて、できない。心の中のあの人が、許してくれない。  
 
 次の日の放課後、彼はいつにもまして、疲れているみたいだった。休み時間に波多野さんたちといっしょにどこかに行くのを見かけたときもちょっと顔色が悪かったけど。  
「えへへ、昨日は変なとこ見せてごめんね。」  
 うん、大丈夫。今日もちゃんと笑えてる。  
「おーい、なんか暗いぞー わっわっ」  
 急にしゃがみこんだ彼の顔色は本格的に悪かった。肩を貸して、公園のベンチに座らせる。  
「どうしたの? 真っ青よ。ちゃんと寝てる?」  
 どうかなとあいまいな返事をする彼をほおっておくわけにもいかず、ひざを貸す。  
「なんか話してよ」  
 彼の求めに応じて、取り留めのない話をする。ひざの上で、彼が小さくうなづく振動が妙に心地よい。  
 
 彼なら、話してもいいかなと思った。そう思っていたとき、彼がためらいながら、わたしに尋ねる。  
「あのさ、俺が、急にどっかへいっちゃうって言ったらどう思う。」  
 ドキっとした。あの日のことを話そうとしていたから、彼の顔色がひどく悪いことが、とてもとてもいやな感じがした。  
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ」  
 彼の顔に涙のしずくがぽたぽた落ちる。それが自分の目からこぼれた涙だということにやっと気づく。  
「あ、あのね」  
 あの日のこと、お兄ちゃんのこと、そしてまだ、忘れられないこと。  
 彼は、黙って、そして小さくうなづき、最後まで聞いてくれた。  
「もう、誰かを失うのは、いや……」  
 涙が、まだ止まらない。そして、わたしもかれも、じっと黙ったままだった。  
 小さな風が枯葉を舞い上げて通り過ぎる。  
「……くんは、いなくなったりしないよね」  
 彼は黙ったままだった。  
「どうしたら、いなくなったりしないのかな」  
 彼はそれでも黙ったままだった。  
 また、遠くから、救急車の音が聞こえる。そう、お兄ちゃんがいなくなった日のように。  
 
 なにかが、私の中で目覚めた。とても、とても古い記憶。あの事故と一緒に封じ込めていた記憶。  
「お、おくちでしたら、いなくなったりしない?」  
 あれ? わたし、何を言ってるんだろう?  
「おにいちゃんも、上手だねってほめてくれたの。お兄ちゃんがいっぱいしてほしいっていうから、おもちゃでがんばって練習したんだよ。だから何回だって大丈夫だよ」  
 そうだ、おにいちゃんと話してるんだ。まだわたし小学生だ。高校生になった夢みてたんだ。  
「あ、おしりのほうがよかった? まだちょっといたいけど、おにいちゃんこっちも好きだよね。でも、"前の初めて"も、いつかもらってね。わたし、いつでもいいから。いつでもぬれぬれで待ってるからね。」  
 頭のどこかで、なにかがひっかかる。わたし、小学生だっけ?高校生だっけ?  
 
「あれ、……、そんなとこにいたんだ。っと、森下さんも。あれ、かすみ?そんなとこで何してんだ?」  
 波多野さんが公園の入り口からこっちを見ていた。今は何年だった? 今、わたし、何を言ったの? はっとして振り返ると、すぐ後ろの木の下に七瀬さんがいて赤い顔でもじもじしている。  
「あ、あ、き、聞いて……」  
 彼女が小さくこくんとうなずく。  
 自分の顔から血の気が失せていくのがわかる。もうこれで、終わりだと思った。  
 今日まで必死で守ってきたおにいちゃんの名誉も、わたしの学校生活も終わりだと思った。彼女は、きっと私を蔑みの目で見るだろう。……も。  
 でも、なぜか、ほっとしている自分がいる。もう、隠さなくてもいいんだ。自分の中の黒い何かが、これから始まる生活に何かを期待している。  
「……くん、聞いちゃったよね? 軽蔑するよね?」  
 彼は何も言わなかった。眠っていた。  
 
 七瀬さんと波多野さんが、私の前に来る。何もわかっていないようで怪訝そうな表情の波多野さんのスカートを七瀬さんがいきなりめくりあげる。  
同時に彼女も自分のスカートをめくり上げる。二人がはいていたのは局部がむき出しになった黒い皮の下着だった。  
「わたしたちね、……に一生をささげたの」  
 七瀬さんが笑う。波多野さんは真っ赤になっているけど、七瀬さんのするがままに任せている。  
「あなたが望むなら、たぶん、まだ間に合うと思うわ」  
 思わず、頷いていた。  
 
「あー、もう、なんだかなぁ」  
 眠ったままの彼を背負った波多野さんが、そんなせりふをつぶやく。でも、その背中の重みに幸せそうな顔をしていた。  
 結局、彼は家まで眠ったままで、なぜか彼の家からは安藤さんが出てきた。  
「あら? えっと?」  
「よろしくね、せ・ん・ぱ・い」  
 わたしの、新しい生活が始まる。  
-END-  
 

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