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『ミス・シュガーはお年頃』
夏、信じられないような奇跡がおきた季節は、あっとゆう間に過ぎ去り、
季節は、もう、秋のにおい。
高い空に浮かぶオレンジ色の雲を、河原で見上げるのも、
もう幾度目だろうか。
「吸い込まれるみたいだね。」
隣に寝転がる彼の台詞にうんとだけ答える。つないだ手が暖かい。
時折吹く強い風に流されるように、赤とんぼが視界をよぎる。
彼の手が、何かしようと思ったのか、ちょっと、震えている。
そして、あきらめたように元に戻る。
心の中でイクジナシとつぶやいて、体を起こす。
「そろそろ帰ろっか?」
あれから2ヶ月。
付き合いだしてから、いろんなところに遊びに行ったけど、フタリの関係は、
まだ、あのときのまま。
2年生の秋季補習は、通常の授業が終わったあとにある。
希望者だけだが受けるその授業のあと、遅い、いつもと違う風景の中を、彼と一緒に帰るのは、ちょっとどきどきする。
街灯のともる住宅街は真っ暗にはほど遠いが、所々に深い闇を抱えている。
そんな時、つないだ手を思わず強く握っていることに気づくときがある。
『ぼくがいるから大丈夫だよ。』という彼の台詞に、安心している自分がいる。
私の家まであと1ブロックになったところで彼の手を離し、かばんを持ち替える。
歩みをゆっくりにして、 自分の胸のどきどきをちょっとだけ抑える。
「じゃあ、また月曜日。」
わたしの家の前で彼に向き直って言う。そこは塀と庭木でちょっとだけ陰になったところ。
少し首をかしげて、少し上目遣いで、少し、彼に擦り寄るように言ってみた。
彼が、私の肩に手をまわそうとしたとき、玄関のドアがあく。
どうみてもがっかりしている様子の彼が、ちょっとかわいそう。
「うん、また月曜日。」
そういって立ち去る彼を見送って、家に入ると、とうさんが『せっかくだからあがってもらえばよかったのに』といっている。
一度彼を連れてきたとき、妙にはしゃいで晩酌をつき合わせようとしたことを思い出してげんなりする。
でも、もう遅いからねといって、部屋に上がる。とうさんが出てこなければ、少しだけ、『進展』したかもしれないんだけど……
お風呂から上がると、友達から借りたベッドの上でティーン誌を広げる。
ぱらぱらと開いたページに『彼にしてあげる100の秘密テクニック』などと衝撃的な文字が躍る。
もちろん、それが、商業的に作られたもので、ほとんどの人はそんなことしてないとわかっていても、ちょっと気になる。
『じらしすぎはダメ』読者投稿とされた記事の一文にドキッとする。
もちろん、それが、もっと直接的な意味だというのはわかっているんだけど、まるで今の自分を指しているような気がしてしまう。
たとえば、彼によく話し掛けている3年の先輩みたいに、もっと人をひきつけるものがあればもっと大胆になれるかもしれない。
でも、そんなものがない私が、次々と"許し"てしまったら、あきられてしまうかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えながら、見たかった別の記事にたどり着く。
せっかく借りては来たものの、たいしたことの無い内容で、なんとなく眺めていると、なぜか例の特集に引き寄せられる。
『普通のキスなんてもう飽きた?』『ホントに好きなら舐められる!!』
自分の口からため息が漏れる。
電気を消して、布団の中に潜って、自分の手を『そこ』に這わせる。
彼の指を想像する。すこし大きくて、ちょっとごつごつしていて。
指をバギナに少し差し入れる。こぼれそうになる吐息を、必死でこらえた。
『彼にしてあげること』さっきの記事が頭の中を埋め尽くしていく。
たとえば、『その』とき、舐められるだろうか? 彼の行為を、どこまで許せるだろうか?
小さな絶頂を迎え、眠りに落ちるまで、そればかり考えていた。
次の日の朝、唐突に、父さんが母さんと温泉に行くといった。
「もし、不安だったら、友達にとまりにきてもらってもいいぞ」
そういって、父がわたしに封筒をくれた。明日までの食費と言うことだった。
何年ぶりかしらという母と父が出かけ、その封筒をひらくとお金と一緒に出てきたのは、簡単な両親の寝室の見取り図。そこには丸がつけてある。
なんだろうと思いながら、その場所の引出しを開けると、そこには……
コンドーさんがありました。
妙に理解のある親、それも男親は、ちょっといやかもしれない。
いや、それがあるということは、両親も…… と考えそうになってもっと複雑な気分になる。
あまり深く考えないようにして、いちおう1シート3個を取ってスカートのポケットに入れる。せっかくだし、はじめてみるし、
…… 興味もあるし。
自分の部屋に戻ると、電話の子機を前にちょっと考える。
泊まりにきて …… 露骨過ぎる。
ちょっと出かけない? …… 彼の性格を考えると、ほんとに出かけて終わりだし……
御飯を食べにこない? …… これくらいが、無難かなぁ……
……
結構気合を入れて電話をした割には、いいよの一言で、彼がうちにくる事になった。お昼ご飯を食べに……
なれない手つきで料理を作る。まんがかゲームだと、とんでもないものを
作っちゃうか、逆にとてもおいしいのができるんだろうけど、なんていうか……
ふつー ごくふつー まぁ、肉じゃがとサラダ程度でそれほど差が出ることも
ないんだけど。
昼ご飯が終わった後、彼がどこか……と言い出すのを押しとどめて、DVDでも見ようと言う。
ちょっと前になつかしの映画セットとかいう十数本の映画のセットを父さんが買った。まだ未開封の映画が何本もある。
タイトルだけは聞いたことがある映画の中から一本を選ぶ。
主演の女優さんの代表作といわれるその映画に、少しはラブシーンがあるのを期待して。
そのシーンはあった。それも、けっこう、セクシーなのが。
彼がつばを飲み込むのが聞こえる。正直、とってもはずかしい。
彼のほうを見ることができないし、彼も身動きができなさそうだった。
テーブル上でアイスコーヒーの氷がカラリと音を放つ。
テレビの中にはキスをしながら少しずつ服を脱いでいく二人の男女。
思い切って、手をのばし、彼の手に重ねる。
たぶん、私の顔は真っ赤。テレビももう見れない。彼が戸惑ってるのがわかる。でも、わたしも、もう、動けない。
彼の手が、私の手を握り返す。そして、私を引き寄せる。
きゃっ
バランスを崩して、彼の胸にのしかかってしまう。
至近距離で、彼と目が合う。
テレビの中では愛を確かめあう台詞が交わされている。
「あの、あ、あいしてるよ」
彼がテレビの台詞を真似るように言う。
「わ、わたしもよ」
二人とも、絶対に役者にはなれない。まるで棒読み。
おもわず二人顔を見合わせ、笑った。
笑って、二人ともちょっとリラックスした。見てないDVDは消した。
ひとつ、咳払いをする。
まだ、彼の目はしっかり見えない。
でも、決心した。
「よくわかんないけど…… あなたと…… キス…… したい」
その場から逃げ出したい心を抑えて、彼の目をまっすぐ見る。
「うん、ぼくも、きみと、キスしたい」
彼もそう答えた。
目を閉じようかと思ったけど、それも、なんか違う気がした。
彼の顔が近づいてくる。顔がほてるのがわかる。
のどが渇いて、でも空気がほしい。
彼の唇が自分の唇に重なるのを確認してから目を閉じる。
これが、彼の感触。
口を離す。
一つ大きく息をする。
薄目を開けると、彼の顔がまた近づいてくる。
さっきのはただ、唇を重ねただけ。
わたしの脳裏には、昨日の本がちらついている。
また、唇が触れ合う。どれを試してみるか、考える時間はあまりない。
唇を少しずらし、彼の上唇をはさむようにしてみる。
小さく舌を出し、彼の唇を味わってみる。
しょっぱかった。
彼の舌が、おずおずとわたしの下唇に当てられる。
やわらかい感触が、いとおしかった。
口を少し開いて、彼の舌を唇でかるくくわえてみる。
そして、その舌先に自分の舌を重ねる。
彼の舌が彼の口の中に引っ込んでいくのを追いかけるように、口をもう少し開いて彼の口の中に舌を差し入れる。
彼の歯と舌の間に自分の舌先をもぐりこませる。
もっと、深く、彼とのかかわりがほしかった。
もっともっと奥に舌を伸ばそうと、顔を傾け、口を大きく開き、彼の顔に押し付ける。
私の舌の裏側を彼の舌がなでる。とろけるような感触だった。
口中から唾液があふれ、隙間からこぼれそうになるのを、彼が吸い、飲み込む。
彼の口からも唾液があふれ、私の中に流れ込む。
のどを鳴らして、それを飲む。
互いの舌を絡ませ、唾液を交換する。息が苦しいせいか、妙に頭がぽぉっとする。
ただ必死に、互いの舌をむさぼる。鼻で息をするなんてことに気が回らないくらいに夢中でお互いをむさぼる。
いつキスをやめたのか、わからない。気が付いたら、二人ともソファーに体を預けて、肩で大きく息をしていた。
「なんか、ぼくたちって、ドラマチックとかそんな言葉と縁遠いよね……」
彼の言葉にちょっと苦笑する。
「でも、やっぱり、あなたは、わたしのいちばん大切な人だよ。」
自分で言って赤面した。
彼も赤面した。
そして、もうひとつ、決心することにした。
立ち上がって、リビングのカーテンを閉める。
遮光カーテンが、明り取りの小窓を迂回してくるほのかな明かり以外を締め出す。
テーブルの上に、スカートから『あれ』を取り出し、置いた。
彼がそれと、私の顔を見比べる。かなりあせっているみたいだった。
「いちばん大切な人としかしないことを、したいの」
じぶんでもよくわかっていない台詞に、それでも彼が頷いてくれた。
「やだ、みないで」
シャツのボタンに手をかける私を、彼がじっと見ていた。ごめんといいながら、彼が自分の服に手をかける。
迷わず下着まで脱ぎ捨てると、服を脱いだ彼の背中にぴったりと抱きつく。
「はずかしいから、あんまり見ないでね」
背中越しに彼が何度もうなずいた。
お互いに首を回して、またキスをする。
体をむき合わせ、お互いの背中に手を回す。
お互いの体のこすれ合う感触がたまらなく心地よい。
なんというか、離したくなかった。
彼の手が、背中で何か探すように動く。わたしも彼の肩に首を載せると、
もっと彼にぴったりくっつける場所を探して手をまわす。
カウチに寝そべって体をひったりとくっつけると、おなかにあたるものがある。
私の体が動くたびにそれは存在をより強く主張し熱く、硬くなっていく。
思い切ってそれに手をのばしてみる。
彼が、何か言いたそうな顔になって、そして黙る。
「ホントに、あなたのこと好きだから。」
彼の耳元でそうささやいて、体を離す。彼の胸板にキスをする。そして、もっと下へ。
「御対面デス」
自分で茶化していないと、とてもその恥ずかしさには耐えられそうになかった。
先端を舌でつついてみる。それだけでそれはぴくぴくと反応した。
唇を寄せて、軽くついばむようなキスをした。
不意に、それが爆発した。白い奔流が顔面に向かって押し寄せる。
はじめてみる射精だった。尿道口から噴出するそれが自分の顔を、体を汚していくのを、
瞬きもせずに見ていた。
「ごめん」
彼の言葉が聞こえなかった振りをして、かれのペニスに舌を這わせる。
精を吐き出してなお硬さを失わないそれから精液を舐め取る。
苦く、生臭かった。だけど、とってもいとおしいと思った。
「ごめん、汚しちゃった。」
かれがもう一度謝る。わたしは顔をあげて首を振った。
「わたしで感じてくれたんでしょ。うれしいよ。」
また、自分で言って、赤面した。
彼の手が強く私を抱いた。
「きゃ、い、いたいよ」
私の言葉を彼の唇がふさぐ。
彼の舌が私の口腔に進入し、歯茎の裏まで侵略する。
「次は、ぼくの番だよ」
酸欠気味でぼぉっとする私にささやくと、彼が私の胸に顔を寄せる。
「だって、あの、そんなに自信ないから…… 恥ずかしい……」
抵抗する力もあまりないけれど、彼の肩を押そうとする。
「そんなことないよ、きれいだよ」
彼の右手が私の両手を一緒につかみ、ばんざいをするように抵抗できない姿にされる。
彼の左手と唇が私の体を這いまわり、羞恥心とそのやさしい感触に、自分の全身が真っ赤に染まっていることを確信する。
彼の手がら自分の両手が開放されていることに気づいたのは、彼の舌が太ももをくすぐっていたから。
両手を上にあげたまま、彼の愛撫に、その快楽に身をゆだねていることに妙な充足感を感じる。
恥ずかしさで頭がいっぱいなのに、股を開いて彼の顔に自分の『そこ』を突き出している自分の姿に興奮を覚える。
私の腰に左手を回して、ひきつけるように彼が口を寄せる。
彼の舌が、そこに進入していく。彼の指を想像しながら自分で慰めていたところに、熱く、柔らかな刺激が与えられる。
自分の口からこぼれるため息が、じぶんでもいやらしいと思う。
腰に回された彼の手を取り、自分の胸に導く。優しく乳首をなでてもらうと、脳が白く染まりそうになる。
体を起こし、その手にそっと口づけする。何度もつないだことがあるのに、今日はその指に、一段と力強さを感じる。
私の顔に向けられたその指をしゃぶる。関節の節くれだった感じがイトオシイ。
彼の舌がぎこちなくわたしの性器を往復する。
股間から這い上がってくる快楽に、何度も絶頂の直前まで押しやられる。
「き、きす…… して……」
彼の手を引いてさっきまで自分のそれをいじめていた唇を味わう。自分自身の味をはじめて知った。
快楽の衝動が落ち着いてきたところで、彼の手を自分のそこへいざなう。
昨日の夜、想像した彼の指より、ずっと太く感じた。
彼の手をあやつり、自分自身を高めていく。
キスの合間に吸う空気が、薄いように感じる。
「ん」
キスをしたまま小さく震える絶頂に耐える。
彼の手を股間でぎゅうぎゅうとはさんで、小刻みに襲ってくる快楽をむさぼる。
最後の波が走り去るまで、彼の唇をギョッと抑えていた。
「イったんだ」
股間から離された手で私のほほをなでながら彼が尋ねる。
小さくうなずいてその手にもう一度キスする。
さっきよりも彼の手はいやらしい味がした。
視界の隅で、彼がゴムを装着している。なれているはずもなく苦労している。
のそりと起き上がると、彼の後ろから手をまわし、一緒につけようとする。
「あ、爪を立てると……」
彼がその言葉を言い終わる前に、それが私の手の中で裂ける。
「ごめんなさい」
謝って、彼のそこをにぎってそれをはずそうとした。
ゴムの感触だった。
ゴムをはずしたペニスを握った。
彼の感触だった。
脳のどこかでイケナイといっている部分がある。
あとのことを考えれば、それがどれだけ危険なことがわかっている自分がいる。
だけど、その衝動を抑えられなかった。
「……いいよ」
彼がびっくりしている。
「つけなくていいよ。ゴムじゃなくて、あなたをかんじたい。」
自分が壊れているのがわかる。でもとめられない。
「そのまま、ホントのあなたで、私を、奪って」
恥ずかしさなんて、もうどうでもよかった。
私のはじめてをそのまま剥き出しの彼が奪ってくれる。
それがとてもとてもうれしかった。
ソファーの上で私の開いた足の間に彼がひざ立ちになる。
彼のごつごつした指が、『わたし』を開いている。
わたしも体を曲げて手をのばし、彼のそれを自分で導く。
合図なんていらなかった。目の前で彼のペニスが、私のバギナにねじ込まれていく。
入口すぐのところですこし引っかかるけれど、彼の腕を引くように一気に中まで突き通す。
ぶつんという音が、聞こえたような気がする。痛みの中で、彼を受け入れたことの喜びが心を支配していく。痛みさえ、快感だった。
「き、きす……」
痛みと充足感のなかで、それだけをやっと口にする。
のしかかるような彼の動きで局部がねじられ、痛みが強くなるが、それも彼を感じられてうれしかった。
キスをしながら接合部を指で探る。彼のものが私の中に入っていることがうれしかった。
破瓜の血にぬれた手を見ていたら、彼がそれを舐めてくれた。
彼が、腰をゆっくりと動かす。彼じゃなかったら絶対に耐えられない痛みが背中までしびれさせる。
どこまでが自分で、どこからが彼なのかわからない。腰から下は全部自分じゃないみたいで、でも確かに彼を受け入れてる。
彼が、わたしからはなれようとした。とっさに彼に足を絡め、全身でぎゅっと抱きついた。
だめだよ、もう…… そんな台詞が遠くから聞こえたような気がする。
次の瞬間、自分の中になにか熱いものが誕生した。
これまで味わったことの無い感触だった。
とてもとても気持ちいと思った。
思わず声をあげたような気がする。
必死で彼につかまったような気がする。
意識を手放したのはいつだったかは、まったく記憶に無い。
……さん ……さん
どこからか声が聞こえる。寝ぼけているみたいで、頭がはっきりしない。
とっても恥ずかしい夢を見たと思った。自分がなにかにしっかりつかまっているような感触が、まだしている。
腕や足がつりそうなほど力が入っているから、関節が痛い。
目をうっすらと開けると、目の前に彼の顔があった。
「よかった、目がさめたんだね。」
まだ、自分で状況が飲み込めていない。
「よかったら、解いてくれるといいんだけど。」
その言葉にうなずいて、腕を彼の体から離す。
「あの、その、足も……」
がくがくと大きくなずいて、足からも力を抜く。
小さくなったかれのペニスが私の中から抜かれると、破瓜の血と白い精液が混ざり合ってソファーにこぼれる。
突然襲い掛かってきた痛みに、いままでのものが夢じゃなかったことがわかる。
自分が何をしたかわかり、猛烈に恥ずかしく、そして、怖くなる。
「ど、どうしよう……」
わたわたと動こうとして、ソファからおちる。
「おちついて、ね?」
差し出す手にすがりつくようにどうしようと繰り返すと、とりあえずシャワーを浴びようと彼が言った。
ひざに力が入らなくて立ち上がれなかった私を彼がお姫様抱っこで抱き上げてくれる。
恥ずかしさでいっぱいになりながら、彼を浴室へ案内する。
浴槽に腰掛ける私を、彼が洗ってくれるが、その間ずっと、どうしようを繰り返していた。
「だれか、相談できそうなひといない?」
彼の台詞に、首を左右に振る。彼が少し考えた後、電話を貸してという。
落ち込む私を気遣うように、抱いた肩をたたきながら、彼がどこかに電話している。
女の人の怒声が聞こえた。彼はじっと耐えていた。それから少しして、ぼそぼそ何か話した後、彼が電話に向かってありがとうといった。
「姉さんに聞いてみた。なんとかなると思う。」
彼に言われるまま、服を着替え、キッチンの引出しから保険証を持ってくる。
「はずかしかもしれないけど、いっしょにがんばろう。」
体に力が入らない私を自転車の荷台に乗せ、彼が自転車をこぐ。
20分ほど走ると小さな産婦人科だった。
中に入ると、数人の若いお母さんたちが、ふたりの方を見た。
もっとじろじろ見られると思っていたけれど、意外にみんな気にしていない様子だった。
私をかばうように彼が窓口に近づくと、先ほど電話したと伝えている。
程なく、診察室に通される。30代半ばくらいの女医さんだった。
「欲望に耐えられず、彼女を押し倒して、そのまま、中で……」
棒読みだった。たぶん、ここにくるまでにずっと考えていた台詞。
「ちがう、わたしが……」
彼の手がわたしの手を握ると、何も言えなくなった。
「まぁ、状況はわかったわ。それについては、二人とも反省してるみたいだし、本題に入るわね。」
あっさりしたものだった。拍子抜けして、ふたりともぽかんと口を開ける。
先生が、前の生理日だとか、健康状態だとか、そんなことを尋ねてくる。
「じゃぁ、まずこれを飲んで。」
数錠の錠剤が渡される。
「あんまり、若い女の子には強い薬は使いたくないけど……」
びっくりすると、その先生がくすと笑った。
「そんなに怖くなるんだったら、二人ともちゃんと自分をおさえなきゃね。」
続けて、これを何時間後にといくつかのくすりを渡される。
事後避妊薬という薬だった。100%じゃないけれど、処置が早いから大丈夫だろうといった。
つづけて、別室に移り、洗浄してもらう。
後日、ちゃんと、両親と来ることと言われ、その日は開放された。
ふたり黙ったまま、夕焼けの河原を歩く。自転車を押す彼の顔を、なんとなく見つめていた。
「もう、大丈夫だよ。」
なんとなく言ってみる。彼がうんとだけ言った。
「なんか、すごい一日だったね……」
彼がまた、うんとだけ言った。
立ち止まってみる。かれが2歩ほど進んで、振り向いた。
「わたし、後悔なんてしてないから。」
彼の腕に飛び込む。自転車が草の上にたおれていく。
「今日のこと、絶対忘れない。」
何も言わず彼が私をぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、いたいよぉ」
そういいながら、私も負けないように彼をしっかり抱きしめた。
後日、私の両親の前で彼は謝って、私はかばって、母さんが怒って、父さんがなだめた。
ホームドラマに出てきそうな光景だった。
彼の家では、彼の姉さんが、ぐーで一発彼を殴った。
父親は静かに一言無責任な事はしないようにというと、私にあやまった。
そして、何事も無かったかのように、彼の家で一緒に食事をした。
今も、私たちは付き合っている。
同じ大学にいこうと勉強もがんばっている。
そして、みんなにはないしょだけど、わたしはゴムの感触も大丈夫になった。
-end-