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 宿題に必要な英和辞書を借りようと思い、君子の部屋を訪ねたのは、夜10時を  
過ぎた辺りだった。  
 かすみの少女趣味が伝染したものか、「KIMIKO」と書かれたピンク色のハート型  
をしたネームプレートが掛けられているドアをノックする。  
「君子、ちょっといいか?」  
 以前、ノックをせずにドアを開け、着替え中でパンツ一枚のあられもない姿になった  
君子と目が合ったことがあり、しばらくの間気まずい思いをした記憶があった。それ以  
来、君子の部屋を訪れる時にはノックを忘れないように心がけている。  
「ふあっ……。キャッ! ちょ、ちょっと待って…」  
(ん? なにをゴソゴソやってんだ?)  
 甲高く甘い君子の声が途切れ、悲鳴と共に慌てた声が続く。  
 ティッシュを抜く音が複数回、かさかさと何かを拭く音。ベッドから転げ落ちたらしい  
音。「イタた……」という君子の声。  
「お待たせ。お兄ちゃん、なあに?」  
 ノックをしてから3分後、ようやくドアが開き、額にうっすらと汗をかいた君子が姿を  
見せた。まるで慌てて服を身につけたように、パジャマのシャツの裾が、おそろいの  
ズボンから入ったりはみ出たりしている。  
「なにをゴソゴソやってたんだ?」  
「えっ? ちょ、ちょっとね」  
 君子が不自然なほどに頬を赤らめる。室内にはかすかに汗の匂いとは別の、酸味に近く、  
それでいて決して不快ではない匂いがこもっていた。  
「そんなことより、なにか用なんでしょ?」  
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「まあ、やりすぎは体に毒だから、程々にな」  
 英和辞書を手渡されて自分の部屋に戻る直前、ぼそっと呟く。  
「な、な、な、なに、なにを……」  
 一瞬のうちに耳の先まで真っ赤に染まった君子が、声を裏がえらせてしどろもどろ  
になりながら、わたわたと両手を振る。  
「うんうん。君子もこうやって大人になっていくんだな」  
「あっ、ちょっ、まっ、そんな納得した顔で帰ろうとしないでぇ、お兄ちゃあん!!」  
 笑いながらうなずく俺の腕に必死でしがみつき、涙目になりながら「Hなことをしてた  
んじゃないよ……」とか「ちょっと太腿の内側が痒くて……」などと自爆をくり返す君子  
を引きずりながら、自分の部屋に戻った。  
 
 

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