シャカシャカシャカ………
(あれ? 何の音だ?)
家庭科室の前を通りかかったときだ。中から奇妙な音が聞こえてきた。
(誰かいるのか?)
俺はそっと中を覗きこんだ。
「天野さん!」
「あ……」
天野さんはかき氷を食べていた。
見つかって「しまった!」という顔をする。
「それ……どうしたの?」
「家から持ってきたの」
「氷も?」
「ここ冷蔵庫あるよ」
「………」
どう反応していいのか分からず黙ってしまった俺に構わず天野さんが続ける。
「冷たくておいしいよぉ〜。早川くんも食べる?」
そう言ってスプーンを差し出す。
やれやれ、かなわないなぁ、天野さんには。
「じゃあ一口もらおうかな」
ぱくり
口の中に涼味が広がる。
「あっ! ほんとに冷たくておいしい!」
「ふふ〜ん、これで共犯だからね。みんなには内緒よ」
「えぇ〜! ……ま、いいか」
「わたしたちだけの秘密だからね」
そう言ってウインクする。
「それにしても暑いわよねぇ〜」
「いくら夏だからってこれは暑すぎだろ」
「なんでこの学校エアコン入ってないのよぉ〜〜」
不満を漏らしながら二人でかき氷をつつく。
異常気象ともいえる今年。そのおかげで俺は天野さんと秘密を共有した。
(考えたら俺たち、間接キスしてるんだよなぁ……)
ふとそんなことに気付く。
天野さんを見る。
イチゴのシロップに赤く染まった舌が妖艶な印象を与えている。
俺はスプーンを咥える天野さんの口元を無意識のうちに見つめていたようだ。
「ねぇ、何見てるの?」
「え?」
「わたしの口、ずっと見てたよ?」
「うそ?」
「ホントだって。……あっ! やらしいこと考えてたなぁ!」
「ち、違うよ。きれいだなぁとは思ったけど……」
「……え?」
天野さんが見る見る赤くなる。
「あっ! 天野さんじゃないよ、唇。……あっ違う、天野さんもきれいで…その……」
自分でも何を言っているのか分からなくなり、しどろもどろに答える。
「きれいな唇に何しようとしたの?」
「え?」
そのまま天野さんの顔が近付く。
見つめ合う。
どちらからともなく、自然に唇が触れ合った。
……俺のファーストキスはイチゴの味がした。
「やだっ! わたしったら何しちゃったのぉ〜!」
天野さんがあわてたように飛びのく。
そして唇を手の甲で拭おうとして動きを止めた。
「あ……。ごめん。こんなことしたら失礼だよね」
「俺こそごめん。天野さん見てたら、なんか変な気持ちになっちゃって……」
「……ううん」
二人の間に気まずい沈黙の時間が流れた。
「まっいっかぁ!」
突然あっけらかんとした天野さんの声。続けて
「しちゃったものは仕方ないよ。えっちじゃなくてキスなんだから、早川くんも気にしないで!」
「う、うん」
女の子は強いなぁ……。そんなことを思った。
「そういえばわたしたち、ときどき一緒に帰るじゃない?」
「うん」
「それでさ、噂になってるんだって。そんなこと全然ないのにねぇ」
「………」
「でもさぁ、キスしたこと分かったら、早川くんのこと好きだって子に怒られちゃうよ」
「え? 誰? そんな子いるの?」
「……ちょっとぉ〜、気が付いてないのぉ?」
「……うん」
「あ〜あ、ほんっとに鈍感なんだね」
「ま、まさか天野さん?」
「あははは、残念でした。わたしも早川くんのこと嫌いじゃないけどね」
「?」
「早川くんのこと、もっととっても好きって子がいるんだよ」
「ねぇ、誰なの?」
「わたしがそんなこと言えるわけないじゃーん。…ぁゃ……ゃん……そう」
(え? 今、『綾音ちゃんかわいそう』って聞こえた? そんなまさか桂木さんが?)
それっきり、俺が何を聞いても天野さんは答えてはくれなかった。