「んあ…首痛ぇ…」  
「なによ、これくらいで。だらしないわね」  
「…いいよ、もう二度とモデルなんて頼まれてやらねぇ」  
「はいはい」  
 
放課後の美術室から聞こえてくる会話。一言々々から長年の馴染みが滲む。  
俺は、その暖かさが憎い。暖かいそれが憎い。  
 
「一緒に帰らないか?」  
「んー…いい。もうちょっと、やってく。ごめんね」  
「そか。じゃな」  
「うん」  
 
美術室の扉を開けて、あいつが出てくる。  
その背中を見送る俺の手は、知らず知らず、固く握り拳をつくっている。  
俺は憎い。嫉ましい。  
生まれた時から彼女のそばに居続けたおまえが。  
生まれた時から彼女がそばに居続けたおまえが。  
なによりも、何も知らないおまえが。  
 
ともすれば腐臭を放つその澱を、かなぐり捨てるように頭を一振りする。  
そして俺はドアノブに手を掛ける。  
 
ショートに切りそろえた髪。薄い肩。まぶしいV字を描くうなじ。  
丸椅子に腰掛けて絵に向かう彼女は振り向かない。  
 
「大輔?」  
 
畜生。  
 
「…違うよ」  
「…柳沢くん?」  
「ああ」  
 
声で俺と分かってくれた。嬉しい。こんなことが。  
おまえには分からないだろう。求めずともそこに有ったおまえには。  
俺がこう言った時、おまえはどう言うだろう。  
『女のコが向こうから寄ってくるおまえが、なに言ってんだよ』  
俺は憎い。何も知らないお前が。何も知ろうとしないお前が。  
 
「…なに?」  
「…気持ちは、変わらないか」  
「うん…」  
「あいつは何も知らない。広瀬の気持ちも、俺の気持ちも。」  
「分かってる。」  
 
彼女は絵に向かったまま、話す。  
 
「いいのか?それで。」  
「このままでいいなんて、言ってない。その時が来たら言うわ。大輔に」  
「いつだよ、その時って。」  
「わかんない。でも、必ず。」  
 
畜生。  
 
「そんなにあいつが好きなのか」  
「うん」  
「…なんでだよ」  
「なんで、って。ふふ、わかんない。ずっと一緒だったからなぁ」  
 
畜生。  
 
「…クッ…あんなヤツのどこがいいんだよ…!」  
「…柳沢くん。それは、違うよ」  
 
畜生。  
畜生。  
俺は、俺がいつのまにか彼女のすぐ後ろに建っていることに気付いた  
 
ぎゅ…  
 
「え?…ちょ…痛いよ、柳沢くん?」  
「…ちむけよ…」  
「え?」  
「こっち向けよォ!」  
 
無理矢理立たせて正面から抱きすくめる。  
腕にあらん限りの力を込める。彼女の細い骨の軋みが聞こえた。  
それと、髪の、いい匂い。  
 
「…痛い…!」  
 
俺の左肩に頬を押されながらも彼女は言う。  
右腕の力を緩めることなく、俺は左手を彼女の後頭部に添える。  
なにをされるのか気付いた彼女が顔をそむけるよりも早く、俺の唇は彼女の唇を捕らえた。  
が、舌先に感じられるのは鼻の下の産毛。  
見下ろすと、彼女は目を堅く瞑り、唇を噛み締めていた。  
畜生。  
 
「ッ!」  
 
下腹に当たる堅い感触に驚いたのだろう、彼女は腰を引き、抵抗の力を強める。  
しかし、男と女だ。俺は鯖折りの姿勢のまま床に膝をつく。  
 
「…」  
 
何分が経ったろう。  
彼女の腰にまたがり、両の手首を冷たい床に押さえつける俺に、  
バンザイをした彼女は、窓を見つめたまま何も言わない。  
誰のことを考えている?  
あいつのことか?  
何も知らないあいつのことか?  
ここにいる俺ではなく?  
こんなにもお前を思っている俺では無く?  
誰よりもお前を必要としている俺では無く?  
 
「…畜生ッ!」  
 
どっ  
 
「げゥッ!…ッカ…ハ…!」  
 
みぞおちを突いた。胸を押さえて身をよじる彼女。  
俺は荒々しく彼女のスカートを捲り上げ、  
青のストライプの小さいパンティをずり下ろしながら、  
畳の上でもがく瀕死の金魚を連想し、嫌悪する。  
なにに?わからない。  
 
彼女の、かすかに小便の匂いのする秘部に顔を突っ込む。  
俺の顔を引き剥がそうと頑張る彼女の右手を気にも止めず、  
水気を無くして粘り気を増した唾をたっぷり絡めた舌を秘裂に挿し入れる。  
処女だ。  
薄く、柔らかい陰毛に鼻をくすぐられながら、尖らせた舌先で丹念にひだを撫でる。  
広瀬の匂いがする。  
広瀬の味がする。  
 
「ック…ヒック…ぅぅ…」  
 
広瀬のしゃくりあげる声が聞こえる。  
 
「ッうぅ…んね…ごめ…ね…大輔…」  
 
畜生。  
 
「黙れ…」  
「ぅ……大…輔ぇ…」  
「黙れッ…つッてンだろォ!!」  
 
ごきっ  
 
「あ"ぅッ!」  
「なんでだよ!なんでなんだよ!  
 俺はあいつより優れてるのに!  
 広瀬が好きなのに!  
 広瀬が必要なのに!  
 わかんねぇよ!」  
「…そうじゃ、ないでしょ?」  
「黙れェッ!」  
 
がきっ  
 
「…ッ!」  
 
長い睫毛を伏せ、涙を流し、唇に血を滲ませる彼女は、無表情だった。  
俺は、俺の中で広瀬を抱く時よりも、硬く、大きく、色濃く、痛々しいほどに怒張していた。  
俺の中で俺に抱かれる広瀬は、俺を好きだと、何度もささやいてくれるのに。  
俺の中で俺に抱かれる広瀬は、俺を求めて、俺の背中に腕を回すのに。  
俺の中で俺に抱かれる広瀬は。  
 
ばりっ、と、俺の肉牙が広瀬をえぐる。  
彼女は一瞬息を止めて体を反らせ、力を抜いた。  
目を閉じたまま。諦めたように。呆れたように。俺を赦すように。  
 
動いた。とにかく、動いた。目を瞑って。歯を食いしばって。  
それしかできなかった。  
いつものように優しい声を掛けることも出来ず。  
血まみれの、俺と彼女の下腹を想像することも出来ず。  
声も無くあいつの名を呼ぶ彼女の震える唇を正視することも出来ず。  
声も無くあいつに赦しを乞う彼女の震える唇を正視することも出来ず。  
 
長い射精だった。永遠とも思われた。  
俺の種が広瀬を満たしてゆくのが分かった。  
 
広瀬は帰った。  
びっこを引きながら。  
涙の痕の残る頬で。  
青のストライプのパンティを血と精液に濡らして。  
俺は泣いている。  
夕闇に冒された美術室で。  
油絵の具の匂いを嗅ぎながら。  
くしゃくしゃのレシートのようにうずくまって。  
俺は泣いている。  
何も出来なかった非力な自分に。  
しかし本当に広瀬が好きだった自分に。  
 

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