たとえばラジオ。AMとFMが簡単に切り替わる。  
 たとえばエアコン。冷房と暖房が簡単に切り替わる。  
 たとえば……  
 
 今日も布団の中で考える。  
 わたしはいやらしい。  
 わたしはいやらしい。  
 木地本先輩のことが好きだったはずなのに、もう一人好きな人が出来てしまった。  
 二人を天秤にかけて"どっちがいいか"なんて思っている。  
 友達同士の先輩なんて、好きにならなきゃ良かった。  
 ううん、これもいやらしい考え。自分のコトを先輩たちに押し付けてラクになろうなんて思っちゃいけない。  
 でも、本当は心のどこかで思っている。木地本先輩のことが自分の中で少しずつ小さくなっていることに気付いている。  
 あんなに好きだった気持ちが、少しずつ小さくなって、いつかあの気持ちがウソだったなんて思うのかもしれない。  
 でも、私が好きなあのひとは、"木地本先輩が好きな一生懸命なわたし"を応援してくれてそばにいてくれる。  
 だから"木地本先輩が好きだったのは本当はウソなわたし"には、失望しちゃうかもしれない。  
 考えはまとまらない。  
 夜は眠れない。  
 よく胸に手をあてて考えろなんていうけれど、それをしたら考えるのはあのひとのことばかり。  
 胸にあたったあのひとの手は大きくてごつごつしてて、そして優しくて……  
 気付けばあのひとのことばかり考えている。  
 そして、自分の胸にある手が自分の手なのか、あのひとの手なのかよくわからなくなったとき、やっと眠りに落ちる。  
 夢には、もう、あのひとしかでてこない。  
 
 放課後、先輩と二人きりだった時間。すこし前までバスケの練習をしてすごした時間。  
 体育館は部活の人たちも帰ってしまい、見回りの先生が来るまで誰もいない空白の空間。  
 球技大会も終わり、練習でもないのにここにいる。  
 制服のまま、一度、また一度ボールをつく。構えて、シュート。リングで弾んでから外れて床に落ちる。  
 やっぱりだめ。ゴールは決まらない。心も決まらない。  
 たとえばそう、スイッチでも入れるように心を切り替えてしまえれば…… たとえ、受け入れてもらえなくても、あのひとが好きと言い切れる自分に切り替えられたら、こんなに苦しくない。  
 拾い上げたボールをまた一つつく。  
『これが入ったら、本当のことを話す』  
 心のなかで決めた。けれど、どこかに外れればいいと思っている自分もいる。  
 構えて、シュート。  
「あれ? あゆみちゃん?」  
 聞きたかったけれと聞きたくなかった声に心がざわつく。  
 指先にこめた力のバランスが崩れ、ボールが力なくゴールに向かう。  
『入らないで』  
 そう思っているじぶんのいやらしさがいやになる。  
 リングに乗っかるように当たったボールが、ぽとりと中に落ちた。  
「ナイスシュート」  
 あのひとの笑顔が、まぶしかった。  
 入ったらやめるつもりでしたからといって、ボールを倉庫に運ぶ。  
 先輩はそう?とかそんなかんじの返事をして、倉庫の扉を開けてくれた。  
「あの、お話があります」  
 今をのがすと、このままずるずると、本当のことがいえないまま、木地本先輩に告白することになりそうな気がしていた。  
「本当のことを聞いて下さい」  
 …… …… ……  
 先輩はわたしの話をずっと聞いてくれた。まとまりもなくて、同じことを行ったり来たり繰り返す、自分でもわからない話をじっと聞いてくれた。  
 気付けば先輩は、泣いているわたしを、大丈夫だよと慰めてくれている。  
 悩んでいると言うことは本気で僕のことを思ってくれているってことだからと笑ってくれた。  
 でもまだ整理がついてない気持ちを押し付けてごめんなさいとあやまると、もっと甘えてくれてもいいよと頭をくしゃっと撫でてくれた。  
 
 不意に、バタンと、体育館のドアが開く音がした。  
「おい誰もいないな、かぎ閉めるぞ、いいな〜」  
 あわただしいセリフが聞こえた。たぶんリベラルなというか、適当なことで有名な化学の先生の声だったと思う。  
 立ち上がって出て行こうとする先輩の手におもわずしがみつく。  
 バランスを崩した先輩が私を押し倒すような姿勢で、二人の体が運動マットの上に落ちる。  
 先輩の顔を胸にぎゅっと抱き、足音が去っていくのを待った。  
 放課後の体育倉庫で泣いている女の子と男の先輩なんて、先生に見つかったら、先輩に迷惑がかかるんじゃないか、何故かそう思ってしまった。  
 そんなの気にしすぎだよと先輩は笑うかもしれないけれど、そのときはそう思ってしまった。  
 先輩が身を起こした。手が、胸に当たっていた。背中を電流のようなものが走る。  
 たとえば、スイッチを入れた機械に電気が走ると言うのはこれと近いのだろうかと頭のどこかで思っている。  
 混乱しているかもしれない。自分の頭のなかに何人もの自分がいて、自分が何をしているのかわからなくなる。  
「あゆみちゃん?」  
 怪訝そうな先輩の手を、胸に抱きしめる。  
「あまえてもいいですか? 心のスイッチをこの手が入れてくれたと思ってもいいですか?」  
 もう心の中には、先輩しかいなかった。たぶん、もうそのスイッチはほとんど入っていた。最後に必要だったわずか力は、その手のひらのぬくもりだった。  
 この手に触れてもらえるなら、なんでもできると思った。  
「キス、してくださぃ」  
 でも……としりごむ先輩の首に手をまきつけ、顔を寄せる。  
 すがすがしい気分だった。はっきりと好きといえることが、こんなにきもちいいことだなんて、もっと早くわかればいいのにと、都合のいいことを考えている自分に気付く。  
 唇をおしつける。痛いほどぐいぐいと押し付ける。  
 呼吸が苦しくなって顔をはなすと、先輩がとても情けない顔をしている。  
 
「先輩? 先輩がすごくいい人だから、苦しんでいるのわかります。でも、わたしわかったんです。わたしがいちばんすきなのは、あなたなんです」  
 先輩の顔が、ちょっとかわった。敵わないな、そんな言葉がこぼれた。  
「じつは僕も君の事が好きな気持ちと、きみの木地本への思いとを比べていた」  
 そして、いいんだねという先輩の言葉に、わたしは小さく頷いた。  
 
 先輩の唇が、やさしくわたしの唇をなぞる。息をつごうとあけた唇に、柔らかな舌がもぐりこんでくる。  
 息も出来ないまま、それをすう。先輩の背中がぴくぴくと震えるのがわかる。たぶん、わたしの背中も震えている。  
 先輩の右手が、制服の上からわたしの胸を擦っている。夢の中で想像していたよりもずっと大きかった。  
 あまりぎゅっと抱きしめると、先輩の手が動きづらそうだったので、すこし手の力を緩める。先輩が体の位置を変えようというのか身を起こして唇が離れた。あ…… と声を出してそれを残念に思っている自分に恥ずかしくなる。  
「真っ赤な顔で、かわいい」  
 先輩のそんな声にちいさくいじわるですとつぶやいてみる。  
「じゃぁ、もっといじわるなことしてあげるよ」  
 そう言って、また唇を求めてきた。口をすこし開けてそれを受け入れようとしている自分にまた恥ずかしくなる。  
『わたしはいやらしい』  
 心の中でそうつぶやく。でもそれは、すこし前までのそれと違って、妙に心地よかった。  
 先輩の手が制服の下から差し入れられる。  
 ブラウス越しの手は、夢の中で想像していたよりもごつごつしていた。  
 その手が不器用にボタンをはずしていく。ほんの少し開いた隙間からさらにもぐりこんできた手が、キャミの上で戸惑うように止まる。隙間を探すように左右に動く。  
 ちょっとだけいじわるをしたくなった。  
「直に、さわってもいいですよ」  
 唇をはずしてそう言ったあと、また先輩の唇に舌を伸ばす。  
 もう先輩の口の中は、だいぶ覚えてしまった。  
 
 先輩の手が、服を手繰る。  
 キャミソールだと気付いたのか、スカートからすそを引き出すように動き、おなかの素肌に直接手が触れる。夢の中で想像していたよりもずっと暖かかった。  
 少しずつ服をめくり上げ、ブラに手がかかる。  
 背中をちょっと浮かせると、先輩の手がすっとソコに入り、ちょっとだけ手間取ったけれどホックが外れる。  
 指が、直接触れる。自分で触れるよりもずっとざらざらしている。  
 
 しばらくソコを優しく触れていた先輩の手が離れた。それまで私の肩を抱きかかえるようにしていた先輩の左手が、少し下に位置を変え、腰を抱くぐらいになる。  
 必然的にそれまで向き合っていた顔が、私の胸に移動する。  
ひゃぁ  
 自分がどこから声を出したかわからなかった。柔らかく、熱く湿ったそれは、いままで夢の中ででも思い浮かべたことがなかった。  
「あ、ダ、ダメです」  
 わたしの声なんて届かないように、先輩の舌がソコをまさぐる。左から右から、そこにそれが這いずるたびに背中を電流が翔ける。  
 のけぞって逃れようとする私の体を先輩がぎゅっと抱きしめ、逃れられない。  
 腰の後ろからすこししびれたような感覚が上ってくる。先輩が先端を転がし、甘噛みし、吸うたびに、その感覚はゆっくりと背筋を這い上がってくる。それが首筋から脳に達したとき、自分が何かを叫んだような気がした。そして一瞬なにが起こったのかわからなかった。  
 ビックリした顔の先輩の体と、自分の体の触れているところが溶け合っているような感覚がして、それがたまらなく幸せだと思った。  
 先輩がわたしのどこかに触れるたび、喉の奥から自分のものとは思えない吐息があがってくる。  
 とてもいやらしい声だった。  
「先輩が、私のスイッチを入れてくれたんですよ。責任とってください」  
 くしゃくしゃになってしまった制服を思い切って脱いで上半身裸になる。  
 スカートのホックもいつのまにか外れていた。気付けばストッキングは所々デンセンしている。  
 スカートを脱いで、デンセンしたストッキングに手をかけたとき、先輩がその手を止める。  
 先輩の顔が、ストッキングの上から、わたしのふとももに押し付けられる。  
そして舌先でデンセンを広げるように舌が這い回る。  
 
 胸で感じていたような快感がそこからも生まれる。  
 さっき感じた不思議な感覚がまたそこから生まれ始めている。  
 それはとても怖いのだけれど、もういちど味わって見たいとも思った。  
 舌先がどんどんと体の中心に向かってきている。デンセンは音をたてて広がり、体の真中の縫い目で止まる。  
 ショーツが半分見えてしまっていた。けれど、さっきの不思議な感覚が忘れられなくて、そこを隠しちゃいけないような気がした。  
 先輩の指がショーツを押しのける。  
 ぬちゃというような音がしたような気がして、おもわずそこから顔をそむける。  
 先輩の舌がそこに行きつく。さっきよりも早いペースでその感覚が広がってきている。  
 また来る!  
 そう思った瞬間、そこから先輩の舌が離れる。  
 え? と声を出していた。ソコからこっちを見ている先輩と目があった。  
「いじわる……です」  
 ゾクゾクと背筋を襲う感覚に耐えながらそれだけつぶやく。  
 ごめんねと言いながら先輩が身を起こし、キスをした。  
 ちょっと変な味がした。  
 いくよ、と先輩が言った。例の不思議な感覚の中心より、ほんの少し下に、いままでの先輩とはまた違う、柔らかくて暖かくて、硬いものが押し当てられる。  
 それが何かわかって、顔中が熱くなる。  
 はい  
 ちゃんと言えたと思う。先輩の耳には確かにそれが届いたと思う。  
 先輩が小さく頷いて、それが体の中心に侵入してくる。  
 痛みと、あの不思議な感覚が、同時に脳に到達する。  
 意識を失う直前の最後に上げた声が、とってもえっちだった、とあとで先輩から聞かされた。  
 
 目がさめると、私はちゃんと制服を着ていた。  
 でもデンセンしたストッキングとマットに残る赤い染み、そしてジンジンするその"場所"がそれが夢ではなかったことを確認させる。  
「あの、最後まで?」  
 わたしの質問には、はははという笑い声しか帰ってこなかった。ちょっと残念な気持ちと、わたしのことを考えてくれたのかなといううれしい気持ちが入り混じっていた。  
「あの、ちゃんとできるまで、教えてください」  
 それと、あの不思議な感覚をこんどはもっとちゃんと味わってみたかった。  
 先輩は笑って立ち上がって私の手を取る。  
 その手につかまって、いじわるですと言おうとしたとき、膝の力が抜けた。  
 不恰好な形で先輩にぶら下がる。  
 先輩がわらった。  
「もう、いじわるです」  
 ほほを膨らませたわたしを、先輩が軽々と抱き上げる。  
 またあしたね  
 耳元で先輩がそう言った。  
「絶対ですよ?」  
 ゆっくりおろしてくれる先輩の首に腕を絡めながら、最後にもう一度、唇を交わした。  
-Fin-  
 

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