ぎしっ……ぎしっ……  
勇太の愛撫にあわせて、緋菜は身もだえするように体を動かす。そしてベッドがかすかに軋みをあげる。  
「もり……さき、くん……」  
緋菜は腰に枕をあて、上半身を立てた姿勢で、両脚を広げて雄太を迎え入れる。  
勇太はうずくまるようにして、緋菜の秘所にそっと口を当てている。そして、その花弁にそって舌を這わせていた。  
「はぁっ……んぁっ……」  
あふれる愛液が舐め取られるたび、緋菜は切なげな声をあげ、もじもじと脚を動かす。  
勇太は花弁から、小さな肉豆へと舌を動かす。思わず緋菜は両脚をきゅっと閉じて勇太の頭を挟む。  
「痛いよ……楠瀬さん」  
そう言って緋菜に微笑む勇太。  
「あ……ごめんなさい、だって森崎くんがあんまり……」  
「気持ちよくしすぎる?」  
「……森崎くんのいじわる……」  
顔を真っ赤にしながらも、緋菜はおずおずと脚を開いて、再び勇太の愛撫を待ちわびる。  
それに応えて、勇太は緋菜の陰核を舌の上で転がしていく。  
割れ目はじくじくと緋菜の愛液に濡れて輝き、勇太が陰核を押すと、それはますます溢れ出す。  
わざと大きな音をたてて、勇太は緋菜の蜜を舐めてみせる。  
「楠瀬さんって、本当に濡れやすいんだね」  
その言葉に、思わず両手で顔を覆う緋菜。そんなしぐさに勇太の興奮も高まる。  
勇太は秘所から顔を離した。だが、そうしながらも、勇太の指はそっと緋菜の感じる部分をいじる。  
緋菜の顔を覗きながら勇太がささやく。  
「……いい、かな?」  
緋菜の視線が勇太のそれと絡まる。そっとうなづく緋菜。  
勇太の肉棒はすでにカチカチに固くなっている。  
勇太は枕元から避妊具を一つ取ると、素早くそれを装着した。  
二人はまだ若すぎる。緋菜に不安を与えるような事を勇太はしたくなかったし、緋菜はそんな勇太が大好きだった。  
無言で勇太は自らの竿を緋菜の入り口にあてがう。二人の視線が集まる。  
 
「じゃあ、いくよ」  
そんな勇太の言葉に、緋菜の体がこわばる。  
「……大丈夫、力抜いて……」  
勇太はささやきながら、そっと緋菜の中に進入を開始する。  
柔肉が少しめくれ、勇太の亀頭の先が半分ほど埋まる。そのまま勇太はゆっくりと腰を前進させる。  
亀頭の三分の二ほどが差し込まれたところで、勇太の先に弾力のある抵抗感が感じられた。  
ここだ。勇太は息を呑む。思わず表情が厳しくなる。そして緋菜の顔も。  
「いくよ……」  
「……うん……」  
おびえる緋菜の声に、勇太の心臓がどきりと跳ね上がる。いや、大丈夫なはずだ。あれだけ濡らしたのだから。  
そして、勇太はゆっくりと緋菜の中に押し入ろうとする。その瞬間。  
「いっ、痛っ!!」  
緋菜の叫び。思わず勇太の動きが止まる。  
まだ勇太の先はわずかに緋菜の真の内側に入ろうとしただけだというのに、それを拒むような声だった。  
「だ、大丈夫だから……きて」  
緋菜は苦痛をかみ殺すように口をつぐんで、そっとうなづく。  
勇太もうなづき、もう一度弾力のある緋菜の膜を破ろうとする。  
「い、あ、痛っ……!!」  
勇太は動きを止め、緋菜の顔を見る。緋菜の目にうっすらと涙が浮かんでいる。  
勇太の視線に気がつき、緋菜は大丈夫、と目で告げる。だが、勇太は静かに首を振った。  
ゆっくりと自分の分身を抜き、勇太はベッドの上にあぐらをかいて座る。  
勇太に続ける意思がもうないことに気づき、緋菜は勇太に向き合うようにして座りなおす。  
「森崎くん……」  
消え入りそうな声でつぶやく緋菜。勇太は微笑みながら、緋菜の目に浮かんだ涙をそっと指でぬぐう。  
「ごめんなさい……私、また……」  
「大丈夫だって。最初はなかなかうまくいかないって言うし」  
そんな慰めの言葉にも、緋菜は悲しげに首を振るだけだ。  
 
勇太と緋菜が付き合い始めて一ヶ月ほど経った。これまで何度もの試みがあったが、全てうまくいかなかった。  
何度試してみても、緋菜の体は勇太の侵入を拒み続けたからだ。  
「森崎くん……私が、してあげようか……?」  
緋菜がおずおずと申し出る。だが勇太はそれを手を振って断った。  
勇太自身はすでに力を失っている。勇太は黙ってそこからゴムを外し、ベッド脇のゴミ箱に投げ込む。  
最初のうちは、失敗のあと緋菜に手と口で「して」もらっていた勇太も、ここ最近はそんな欲望も消えてしまうようになっていた。  
黙って服を着始める勇太。緋菜はそんな勇太を泣き出しそうな顔で見ている。  
視線に気が付き、勇太は緋菜にそっと近づく。  
「怒ってる……?」  
「ううん。……まだ楠瀬さんの心の準備が出来てないだけだよ。僕は全然焦ってないから」  
そして彼女の頬にやさしくキスする。  
このところ、定番になった質問と、それに対する決まりきった答え。  
でも緋菜は勇太に心配をかけるのが嫌で、その答えに納得したように振舞う。  
「ありがとう」  
そう言ってベッドをおり、服を着始める。  
優しく緋菜を慰めた勇太は、彼女に背を向け、ふと思う。  
なぜこうなってしまったのか、と。  
(きっと、僕が悪いんだろうな)  
そして、勇太の意識は数年前のある一夜の事件へと飛ぶ。  
その夜、勇太は一つの過ちを犯してしまった。そしてその後、それは何度も繰り返された。  
過ちを過ちで塗りつぶそうとする、愚行。  
(僕は、るり姉が好きだった。いや……今でも好きなのかもしれない)  
あの夜のるりの顔、そして……。  
(僕は何をおびえているんだ?るり姉と楠瀬さんは何の関係もないじゃないか!!)  
勇太は、緋菜と体を重ねようとするたび、おびえている。最初からそうだった。  
雄太はとっくの昔にそれに気づいているし、その原因が緋菜でないことも分かっている。  
 
だが、自分にはどうしようも出来ない。  
(悪いのは、僕だ)  
ぎゅっ、とこぶしを握り締める勇太。その背後に緋菜がそっと立った。  
「どうしたの……?」  
緋菜はおびえたように勇太の顔を背後から盗み見る。  
「あ、ああ……なんでもないよ」  
自分が顔をしかめていた事に気づき、勇太は表情を緩める。  
「……お腹、すいたね。僕が何か作るよ。その間、楠瀬さんはシャワー浴びてきたら?」  
そう言って勇太は緋菜の手をとる。  
お腹なんて全然すいていなかったけれど、緋菜は黙ってうなづくしかなかった。  
 
 
次の日、勇太はひとり校舎の屋上で食事をしていた。  
緋菜と一緒に過ごしてもよさそうなものだが、昨日の失敗で顔をあわせ辛いのだ。  
失敗のあと数日は勇太も緋菜も何となく互いを避けてしまう。そして、再び体を重ねようとして失敗。また互いを避ける日々。  
ここ最近、勇太と緋菜の関係はそんな感じだった。  
今は夏休み。それなのに学校にきたのは、部活がある緋菜のために弁当を作って届けるためだ。  
もちろん、緋菜のために何かするのは嫌ではない。だが、勇太の心には、いまや弁当作りは負担になっていた。  
どちらかといえば二人を応援している曜子に心配をかけたくないから、表面上仲のいいカップルを演じていると言えた。  
アリバイ作りのようにテニス部員の前で緋菜に弁当を渡し、その後ひとりで自分の作った弁当をつつく。  
それが勇太の夏休みの日課になっていた。  
「……あら、森崎くん」  
屋上の入り口のドアが開いて、澄んだ女性の声が聞こえた。  
「……有森さん」  
「彼女を放り出して、ひとりでご飯食べてていいの?」  
微笑みながら有森瞳美が近づいてくる。その手にはサンドイッチとドリンクのパックが握られている。  
「有森さんこそ、ここで何を?」  
 
「今日は図書館で勉強してるの。でも私だって、お昼ぐらい気持のいいところで食べたいわ」  
そう言って、勇太のそばに腰を下ろした。そして静かにサンドイッチのパックを開け始める。  
「どう?彼女とはうまくいってる?」  
無邪気に聞いてくる瞳美に、勇太は返答に詰まる。仕方なく、まあまあです、と曖昧に相槌を打つ。  
それを聞いて瞳美はよかった、と感想を漏らす。勇太は少し気がとがめた。  
「そういえば私、森崎くんに謝らなきゃいけないわ」  
ふと食事の手を休め、瞳美は勇太にそっと視線を移した。  
「謝る?」  
「ええ、森崎くんと楠瀬さんのこと」  
そういうと、瞳美は勇太の視線を避けるように、自分の膝に視線を落とした。  
「森崎くんたちが付き合い始める前に、変な噂がたったでしょ?……二人は恋人同士だって」  
突然古い話が飛び出し、勇太はびっくりした。さすがに三年生までは広がっていないだろうと思っていたが、間違いだったらしい。  
「は、はあ……でも、すぐその後噂は本当になっちゃいましたけど」  
そう言って勇太は頭をかく。その事については、色々な人に散々からかわれていた。  
「実はね……」  
瞳美は勇太の言葉を遮って話し始める。  
「その噂を広めたのは、私かもしれないの」  
「え?」  
冗談でしょう、そう言い返そうとした勇太は、真剣な瞳美の表情に、思わず言葉を飲み込んだ。  
「私、るりちゃんから森崎くんと楠瀬さんの話を聞いたの。それで、てっきり森崎くんが告白をOKしたものだと勘違いしちゃって……  
何人かのクラスメイトに話しちゃったの。だから……たぶん噂の発端は、私だと思うの」  
ごめんなさい、そう言って瞳美は頭を下げた。  
「い、いや、もう済んだことですし……それに、本当に有森さんのせいかなんて分からないですよ」  
「いいえ、多分そう。私、森崎くんが二年生の……ええと、曜子さんと菜由さんに問い詰められてるとき、偶然居合わせたでしょ?  
彼女たちにあの後教えてもらったの。二人がすっごく噂になってて、森崎くんが迷惑してるって知って……」  
そこまで言って、瞳美は黙ってうつむいた。  
 
ロングヘアに隠れて見えないが、顔は苦悩でゆがんでいる、それが勇太には分かった。  
人一倍責任感の強い瞳美だからこそ、ここまで思いつめているのかもしれない。  
そう思った勇太はことさら明るく振舞うことにした。  
「気にしないでください。結果的に噂のおかげで付き合ったようなもんですし。人の秘密を言いふらす、るり姉が悪いんですから」  
そう言って笑ってみせる。瞳美は伺うように勇太の顔を盗み見ている。  
「本当?」  
勇太は何度も首を縦に振った。瞳美の表情が少し緩んだ。  
あと、一押し。勇太はわざとらしく胸を張って答える。  
「ええ、それに僕はかわいい彼女がゲットできて幸せですから」  
「あら、ごちそうさま」  
やっと瞳美が微笑む。  
それから二人は静かに語り合いながら食事を済ませた。  
先に食べ終わった勇太は、弁当箱を片付けるとぱっと立ち上がる。  
「有森さん、ちょっと用事を思い出したんで、先に失礼します」  
「彼女のところ?」  
瞳美がいたずらっぽく問う。  
「ええ、まあ。……受験勉強、頑張ってください」  
勇太は笑顔を返しつつ、足早に屋上を去る。しかし目指すは緋菜のいるテニスコートではない。  
るりがいる、体育館。  
 
「るり姉。ちょっといいか」  
勇太の想像通り、るりは体育館でハンドボール部の後輩の練習を手伝っていた。  
久夏は夏前にほとんどの三年生が部活を辞めるが、るりは受験勉強の気分転換と称して時々クラブに顔を出していた。  
「あら、珍しい。あんたがお姉さまに会いに来るなんて」  
突然現れた勇太に、るりも少し驚いている。  
後輩たちにちょっと抜けるね、と声をかけ、るりは勇太の方に歩み寄った。  
 
「何?」  
「話があるんだ」  
それだけ言うと、勇太はあごで体育館の外を指した。ここでは話したくないという意味だ。  
るりはそれを理解して、小さくうなづくと、勇太と並んで体育館を出た。  
二人は並んで歩きながら、部室棟の方へと歩いていく。  
夏休みで運動系クラブの人間は校内に大勢いるが、正午すぎの部室棟は静まり返っていた。  
黙って歩いていた勇太は、部室棟の前で足を止めた。  
「で?話って何」  
るりが勇太の背中にそう問いかける。  
「僕と楠瀬さんの噂、広めたのはるり姉だろ」  
勇太は静かにるりの方を向き直った。るりが怪訝な表情で勇太を見る。  
「はぁ?あんた、何言ってんのよ」  
「今日有森さんから聞いた。以前、るり姉から僕と楠瀬さんが付き合ってるって話を聞いたって。  
でも僕らがあの時はまだ付き合ってなかったってこと、るり姉は知ってたはずだ。  
それなのに有森さんは僕らが付き合ってると誤解したなんて、おかしい」  
るりの目が険しくなる。勇太の視線を真っ向から受け止め、睨み返す。  
「そんなの、瞳美が勘違いしただけかもしれないじゃないの。私がわざと誤解させたって証拠あんの」  
腕組みしながら勇太を睨みつけるるり。だが普段とは違い、勇太は全く怖気づいた様子はない。  
「僕が噂についてるり姉に愚痴った事があったよね。あのとき、るり姉はそんな噂、初めて知ったような顔してた。  
……自分が噂の出所なのを、悟られたくなかったからだろ」  
「そんなの、証拠にならないわ。大体、なんで私がそんな噂を広めなきゃいけないの?」  
るりはお話にならない、といった風に鼻を鳴らした。  
「……楠瀬さんに、アドバイスしたよね。僕のことや、色んなこと。なんでそんなことしたの?」  
「それは、緋菜ちゃんがかわいいから、恋の手助けをしてあげただけ。それにカワイイ弟に彼女が出来るチャンスだったしね?」  
ふざけたような声でるりが答える。だが、勇太は黙って首を振った。  
「違う。るり姉は誰でも良かったんだ。僕の興味が他の女の子に向かえば。僕らの関係を、終わらせるために」  
「……!!」  
 
るりの顔が強張る。そして、勇太に言い返そうとして、口が開き……何も言えないまま閉じた。  
「僕とるり姉は間違ってた。姉弟なのに……あんな……」  
「言わないで!!」  
るりが思わず叫んだ。  
次の言葉を続けられず、勇太は黙ってるりを見つめ続けた。  
「私が悪かったから……私があんな軽率なことしたから……」  
るりの口から絶え絶えにそんなつぶやきが漏れた。  
しっかりと閉ざされた箱をこじ開けるような、心のきしみ。そしてそこから漏れる、何かに懺悔するかのような言葉。  
勇太はゆっくりと首を振った。  
「僕がいけないんだ。僕が母さんの死を受け入れられないから、るり姉はずっと母さんの代わりになろうとしてきた。  
だから、僕が『壊れた』とき、るり姉は僕を受け入れてくれた。僕が現実を見つめられないから、だから……」  
勇太の言葉に、るりは何も言わなかった。じっと勇太の言うことを聞いている。  
るりの顔に苦悩の色が浮かぶのを見て、勇太は少し口調を緩めた。  
「僕はるり姉を責めに来たんじゃない。なんで楠瀬さんをけしかけるようなことをしたのか、それを聞きに来たんだ」  
「私は……」  
「どうして、楠瀬さんを選んだのさ?」  
そう言ってるりに答えを促す勇太。だがるりは何も言わずに勇太に背を向けた。  
「……そろそろ、練習にもどらなきゃ」  
「るり姉!」  
引きとめようとして、勇太の手が伸びる。だが、るりはそれを拒むようにきっぱりと告げた。  
「あんたは思い出してあげなきゃいけないのよ。母さん以外にも、もう一人の女の子のことを……」  
「え?一体何のこと……?」  
その問いには答えず、るりは黙って体育館へと歩き出した。勇太を振り払うように。  
やがて、るりは勇太の視界から消えた。去っていく間、るりは一度も振り返らなかった。  
「思い出してあげなきゃいけない……?」  
夏の太陽の下で、勇太はひとり取り残され、黙ってるりの言葉を反芻していた。  
 
そのとき。  
がたっ  
大きな物音に、勇太は思わず視線を音のした方に向けた。  
部室棟の二階、テニス部の部屋のドアが開いている。そして、そこには楠瀬緋菜の姿があった。  
「楠瀬さん?」  
緋菜は当惑しきった顔で立ちすくんでいる。  
「ご、ごめんなさい!あの……今日は、早く帰っていいって言われたから……その、私別に」  
聞くつもりはなかった、そう言いかけて緋菜は黙る。  
「聞いてたんだ」  
勇太の問いかけは、緋菜を責めるものではなかったけれど、いつもの勇太にはない冷たい響きがあった。  
じっと勇太の視線に射すくめられて、緋菜は続ける言葉が見つからない。  
「ごめんなさいっ」  
緋菜は駆け出した。勇太の視線から逃れるように。勇太は追わない。緋菜を見ることもない。  
緋菜は走った。ただひたすら、勇太から遠ざかりたかった。  
 
それ以来、勇太と緋菜はぱったりと口を利かなくなった。  
緋菜が盗み聞きした会話から勇太とるりの関係について何かを悟ったのは間違いのないことだし、それは邪推ではなく事実なのだ。  
だから、勇太は緋菜に弁解もしなかったし、弁解したところで今までの関係が戻ってくるとも思えなかった。  
緋菜のために学校に行くこともなくなった。  
緋菜が訪ねてきたり電話してくることが恐ろしくて、勇太は毎日夜遅くまで外をぶらついたり、市立図書館で勉強して過ごした。  
そんなある日、勇太が夕食の買出しに商店街を歩いている時だった。  
人ごみの中から、にぎやかな少女たちの声が聞こえてきた。  
その中の聞き覚えのある声に気づいて、勇太はそちらに目をやった。  
向井弥子だった。  
久夏の制服を着た数人の女子と楽しそうに話している。手には大きなスポーツバッグ。  
勇太がしばらく見つめていると、弥子も勇太に気がついた。そして友人たちに何かを話すと、彼らと別れて勇太の方に走ってくる。  
 
ショートカットの髪が元気よく揺れる。  
勇太の目の前まで来ると、弥子は晴れやかな笑顔を勇太の方に向けた。  
「ひさしぶりっ」  
「あ、ああ」  
突然大輪の花のような笑顔を向けられて、勇太も声が出ない。  
しかし弥子はそんなことは気にも留めず、笑顔のまま勇太に話しかけてくる。  
「買い物?」  
「あ、うん。今日はひさしぶりに父さんも早く帰ってくるから、ご馳走にしようと思って」  
「私も、お母さんにおつかい頼まれてるの。一緒に行こ?」  
「ああ、いいよ」  
そのまま二人は歩き出した。  
「部活?」  
ようやく落ち着きを取り戻した勇太が尋ねる。弥子はうん、とうなづいた。  
「学校のプール、今日は男子シンクロ同好会が使ってるの。もとは水球部だったはずなんだけど……」  
だから今日はスポーツクラブのプールで練習することになったの、と弥子は説明した。  
それからしばらく、二人は久夏で最近結成された男子シンクロ同好会の噂話で盛り上がった。  
「……ところでさ。彼女とはどうなってるの?」  
不意に弥子はそんなことを聞いてきた。驚いてむせる勇太。  
「何も、むせなくたっていいじゃない。そんなに驚くこと?」  
「いや、突然聞かれたから……」  
弥子はくすくす笑いながら、勇太の顔を下から覗き込んだ。じっと見つめられ、思わず勇太の顔が赤らむ。  
「ねえ、楠瀬さんだっけ?……どんな女の子なの?」  
弥子が不意に真剣な表情で聞いてきたので、勇太は答えを探してしばらく黙りこんだ。  
「そうだな……優しくって、我慢強くて。ちょっとおっちょこちょいだけど、元気な子だよ」  
それを聞いて、弥子が口をちょっと尖らす。  
「なーんか、無難な感想って感じ。顔のこととか全然言わないし……。ねえ、写真とか持ってないの?」  
 
プリクラならあるよ、と言って勇太は生徒手帳の裏表紙を開いて見せた。付き合い始めて、最初のデートにとったプリクラ。  
照れる勇太の腕にしがみつくように抱いて、緋菜が笑顔をこちらに向けている。  
手帳を受け取った弥子は、しばらくそれを見つめていた。  
「……かわいい子だね。それに、とっても女の子らしい」  
ため息交じりの感想。弥子はそっと手帳を閉じると、勇太に黙ってそれを返した。  
「わたしじゃ、勝ち目なかったかな」  
「ん?何か言ったか?」  
弥子のつぶやきに、勇太はそう尋ねる。  
なんでもない、そう言って弥子はまた小さなため息をついた。心なしか、肩を落としてうなだれているように見える。  
心配になった勇太が弥子に声をかけようとして、その雰囲気にちょっとためらう。  
だが次の瞬間、弥子はまた笑顔を取り戻して勇太の方を振り向いた。  
「ねえ。うまくやってるんでしょ?やっぱ……ラブラブ?」  
からかうように言う弥子に、今度は勇太がため息をつく番だった。  
「いま、ちょっとうまく行ってないんだ」  
「あ……そうなんだ。ごめんなさい」  
「いや、弥子が謝ることないよ。ほとんど僕のせいなんだし」  
その言葉に、弥子は不思議そうな顔で勇太を見上げた。  
「へー。勇太が原因なんだ。……まさか浮気?」  
「そんなわけないだろ。まあ……ちょっとね。僕が昔のことで色々落ち込んでてさ。彼女に迷惑かけてるって感じ」  
「昔のこと?」  
弥子が不思議そうに勇太の言葉を繰り返す。なぜ昔のことが今の恋愛の障害になるのか、分からないといった様子だ。  
「そう、僕の母さんが死んだ頃のこと」  
勇太はその台詞を口にしてから、「母さん」を切り札に使っていることに気がついた。  
今、弥子にこれ以上緋菜とのことを追及されたくない。だから「母さん」のことをあえて口にした。  
以前学校の屋上で尋ねられたとき以来、弥子が気を使って「母さん」の話を避けていることを勇太ははっきり自覚していた。  
(卑怯なやつだな。僕って)  
勇太はそんな卑しい自分を少し責めた。そう思って弥子の方をちらりと見る。  
 
だが、弥子は勇太の言葉にとまどうというより、何か引っかかるものを感じているようだった。  
片方の眉がぴくり、と上がり、何か手がかりを求めて視線を宙にさまよわせている。  
「ねえ、さっきのプリクラ、もう一度見せて」  
不意にそう言うと、弥子は勇太に手を差し出した。  
勇太は慌ててポケットから生徒手帳を取り出し、弥子に渡した。  
ひったくるようにそれを手に取り、弥子はその小さなプリクラをじっと見つめている。  
立ち止まる二人。弥子は黙ってプリクラを見ていたかと思うと、突然勇太の方に顔を向けた。  
「ねえ。この人の名前、楠瀬緋菜って言ったわよね」  
「あ、ああ。そうだよ」  
勇太を見つめる弥子の顔が一層真剣なものになる。  
「このおさげ髪……ひな……ひなちゃん……勇太のお母さんが亡くなった頃……」  
弥子は口の中で何度かその言葉を繰り返す。何かが弥子の脳裏に閃いた。  
「どうしたんだ、弥子?」  
だが、そんな勇太の疑問を無視して、弥子は勇太にはっきりと言った。まっすぐ彼の目を見ながら。  
「私、この子を知ってる」  
 
 
 
次の日、勇太は久夏の駅前で緋菜を待っていた。  
弥子の言葉で、おぼろげながら蘇った記憶。  
まだはっきりと形にはなっていないけれど、でもそれは確かに勇太の心の奥底に眠っていたもの。  
それを蘇らせるために、勇太はどうしても行かなければならないところがあった。  
緋菜と一緒に。  
弥子と商店街であった日の夜、勇太は緋菜に電話をした。  
そして、明日駅前で待っていること、一緒に行って欲しいところがあることを簡潔に告げて電話を切った。  
来るかこないか、勇太には分からない。  
ただ、漠然と緋菜は来るに違いないと思っていた。もし断るにしても、緋菜は直接あって言うはずだ。  
だから、緋菜は来る。  
そう信じて勇太は待っている。  
腕時計を見る。もうすぐ約束の時間。  
もし緋菜がこなくても、今日はずっと待っていよう、勇太はそう決心していた。その時。  
「勇太ー!!」  
聞きなれた声。勇太はそちらの方にぱっと顔を向ける。  
だが、振り返ってから気がついた。その呼び方は緋菜ではない。  
弥子だった。片手に大きな本のようなものを持ち、もう一方の手で、るりの腕をつかんで走ってくる。  
「弥子!?」  
必死の形相で走ってきた弥子は、勇太の目の前まで来ると、大きく体を曲げて息を整えた。  
額に玉の汗が浮かんでいる。  
しばらく息を整えていた弥子だったが、やがて手で汗を拭いながら、ゆっくりと体を起こした。  
「るり姉まで……どうしたんだ?」  
るりは弥子の後ろで、黙って勇太の方を見つめている。だが、口は開かない。  
その代わり弥子がしゃべり始めた。  
「勇太と行き違いになっちゃったけど、さっきまで勇太の家でるりちゃんと探し物してたの……はい、これ」  
そう言って弥子は持っていたものを勇太に差し出した。  
 
それは、古ぼけた大きなアルバム。表紙には何も書かれていない。  
「これは?」  
「押入れの中から探し出したの。勇太が……小さかったころのアルバム」  
弥子はそう言って、アルバムを勇太に押し付ける。  
慌てて受け取る勇太。  
「昔、勇太が見せてくれたのよ。もう忘れてるだろうけど。『遠いところに住んでいるお友達』だって」  
ただの写真なら忘れていただろう、でも弥子の幼心にも決して忘れられる写真ではなかった。  
(だって私の……最初の恋敵の写真だもの)  
だから私も知っていた、楠瀬緋菜さんのことをね。その言葉を弥子は口にしなかった。  
「私が隠してたの。母さんが死んだときから」  
るりが不意に口を開いた。  
勇太が驚いて姉に目を向ける。  
「あんたのために……ううん、それは言い訳ね。たぶん、私が傷つくのが恐ろしくて、ずっと隠しておいたの」  
るりはそっと勇太のかたわらに立った。そして、弟の手を軽く握る。  
「きっと、あんたの助けになる。電車の中で見なさい」  
そう言ってるりは微笑む。慈しむような目で、静かに笑っている。  
「やっこに言われなかったら、今日も持ってこなかったかもしれない。でもそんなこと、もう終わらせなきゃ」  
そう言ってるりは、弥子の方を向くと「ありがとう」と小さくつぶやいた。  
「それは僕もだ。弥子が、僕と楠瀬さんのこと……」  
そこまで言って、勇太は胸を締め付けられるような感覚を憶えた。  
口にしたい言葉は分かっている。だが、それを口にしようとすると、何かがそれを阻むのだ。  
決して思い出させまいとするように。  
「大丈夫?」  
不安げに弥子が尋ねる。勇太は胸を押さえながらも、ゆっくりと息を整える。  
「……大丈夫。……すぐ治まるよ……」  
ぱくぱくと口を開いて、必死に息をする勇太。弥子がそっとその背中をなでた。  
何度か深呼吸をして、勇太はようやく平静を取り戻す。そして改めて弥子の方を見つめた。  
「……とにかく、感謝するよ弥子。ありがとう」  
 
そんな言葉に、弥子はちょっと照れた表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻り、  
「……これだけ協力したんだから、スイカフラッペ一週間で勘弁してあげるわ」  
そう言った。思わず三人の顔に笑みがこぼれる。  
「……ありがとう、弥子。それに、るり姉も」  
ちょっと姿勢を正すと、勇太は頭を下げた。  
そのとき、勇太の背後に誰かが立ち止まる音がした。  
振り向く勇太。  
緋菜が立っていた。  
「森崎くん。来たよ」  
唇を引き結び、決意を秘めた顔で、勇太を見る。  
勇太の方から話し始めようとしたところで、それは緋菜の言葉に遮られた。  
「最後まで、勇太くんのこと信じてみる。だから今日はいっしょに行くわ」  
「……ありがとう。楠瀬さん」  
勇太も真剣な表情で緋菜の顔を見つめた。  
「さあ、電車に遅れるわ。行きなさい」  
るりが勇太と緋菜の背中をぽん、と押す。つられて二人は駅の改札へと歩いていく。  
黙ったまま勇太は二枚切符を買い、緋菜に手渡す。そして、そっと緋菜の手を取ると改札をくぐる。  
その切符で緋菜は全てを察したようだった。黙って勇太に従う。  
改札を通ったところで、二人はるりと弥子の方を振り向いた。  
「いってらっしゃい」とるり。  
「頑張ってね」と弥子。  
勇太はそんな二人に力強くうなづくと、緋菜の手をとったまま、ホームへの階段をゆっくりと歩いていった。  
 
 
「このアルバムは、何?」  
長距離の特急列車の中で、勇太のとなりに座った緋菜が不思議そうに尋ねる。  
勇太の手には例のアルバムが握られたままだった。  
勇太は黙ってアルバムを開く。  
古ぼけた写真。赤ん坊を抱く、優しそうな女性。その傍らには少し大きな子供を抱いた、男性の姿。  
勇太が生まれたときの写真だ。  
「これ、僕が生まれたときの写真」  
勇太が写真に目を落としながら答える。  
「思い出す決心をしたんだ。母さんが……死んじゃった日のこと」  
緋菜の目が驚きで大きく開かれる。勇太は自分自身に言い聞かせるように話し始めた。  
「僕は母さんが死んだ日から前のことをほとんど覚えてない。父さんもるり姉も、家では決して母さんが死ぬ前の話はしない。  
僕を傷つけないようにね。  
母さんのことを思い出そうとするたび、息が詰まって苦しくなる……だから、僕も出来るだけ考えないようにしてきた。  
やっと母さんが死んだことを受け入れられたのは、小学生の終わりごろだったと思う。  
初めて父さんとるり姉が、母さんのお墓参りに連れて行ってくれたんだ。  
で、父さんが言ったんだ。『お母さんに挨拶しなさい』って。  
僕は意味が分からなくて、母さんのお墓の前でずっと泣いてた。父さんが何度言っても、お墓に近づくのも嫌がった。  
そしたらるり姉が僕のほっぺたを思いっきりビンタして、言ったんだ。  
『勇太がそんなだから、何時までたっても母さんが天国に行けないの!もう母さんを安心させてあげて!』って。  
そうやって、僕はようやくお墓に手を合わせる事が出来た。  
『母さん、心配かけてごめん。安らかに天国に行ってください』ってね。  
でも、その晩、寝ているときに突然胸が苦しくなって、息が出来なくなって……。  
僕の叫び声で、隣の部屋のるり姉が助けに来てくれた。そして一晩中、隣にいてくれた。  
……それからだった。毎晩るり姉が僕と一緒に寝るようになったのは……」  
そこまで言ったとき、勇太は自分の手を緋菜がそっと握っていることに気がついた。  
勇太は何か声をかけようとしたが、緋菜は黙って首を振った。  
 
勇太は話を続けた。話ながらアルバムをめくっていく。  
小さな勇太がそこにいる。忘れていた記憶が蘇る。  
「るり姉が一緒に寝てくれるようになっても、何年もの間、僕は毎晩悪夢に襲われた。  
どんな夢だったかはもう忘れたけど、とにかく怖くて、苦しくて、毎晩のように僕はうなされた。  
……ある晩、すごく怖い夢にうなされて、ふと目を覚ますと僕はるり姉の胸にすがりついていた。  
るり姉はとっくに起きてて、僕の顔をそっと抱いてくれた。  
そして……そして、るり姉は僕に、僕の唇にそっと……」  
勇太はそこまで言って、息が詰まるような感覚に襲われた。  
その晩、姉弟以上の絆を持ってしまったるり姉と勇太。  
その事実を思い出すたび、勇太の頭はかあっと熱くなり、何も考えられなくなる。  
「僕は……怖かったんだ。僕が、僕があんなことしたからいけないのに、るり姉はずっと自分を責めて……」  
「森崎くん」  
勇太の言葉を遮って、緋菜が勇太の両手を自分の両手でそっと包んだ。  
大きな瞳が、勇太のそれをじっと覗き込んでいる。  
「……るりちゃん、森崎くんのことが大好きなんだね」  
「楠瀬さん」  
「だから、必死で守ろうとした。たとえ周りのみんなにどう言われたとしても」  
緋菜は勇太の目を見ながら、一言一言、含んで聞かせるように話した。  
「これからは、私が森崎くんを守る。だから、いっしょに行こう、『あの場所』に。」  
そう言って微笑む緋菜。勇太は、全身を包んでいた重たい空気がゆっくりと消えていくような気がした。  
「楠瀬さん……知ってたの?」  
「うん。私も、ずっと忘れてたけどね。でも、森崎くんと付き合う前に、るりちゃんが思い出させてくれた。私たち……」  
言いかけて、緋菜は何かに気がつく。  
緋菜が笑いながら窓の外を指差す。  
「ほら、もうすぐ着くよ」  
電車はいつの間にか深い緑に覆われた山々の中を走っている。  
 
勇太の脳裏に懐かしい光景が蘇る。  
渓谷をわたる高い鉄橋。一面のひまわり畑。田んぼにたっている古ぼけた看板。見覚えのある茅葺の家。  
それを見るたび、幼い頃の勇太は胸を高鳴らした。  
今年はどんな楽しいことが待っているのだろう?  
今年は「あの子」と何をして遊ぼう?  
最後に『あの場所』で聞いたのは、母が亡くなったという悲しい知らせだったけど……。  
でもそこは勇太の幼い日の思い出の詰まった夢の国だった。  
何も怖くない。『あの場所』は今もよき思い出と共にそこにあるはずだから。  
勇太が緋菜の手を強く握り返したとき、電車はついに終着駅、勇太の母の実家があり、緋菜の生まれ育った小さな村に到着した。  
 
緑の並木を通って、ゆったりと小道は丘を登っている。  
勇太と緋菜は無言でその道を小走りに駆けていく。幼いころそうしたように、手をつないで。  
並木道を抜け、小さな小川を渡り、丘を目指して走る。  
勇太の脳裏に次々と記憶が蘇っていく。  
かくれんぼをした茂み。飛び石を踏み外してずぶぬれになった川。雨宿りした御堂。  
全てあの日のままだ。  
勇太は何かに急かされるように丘を登る。緋菜も走る。日に照らされ白く輝く道を、頂上目指して。  
「もうすぐだよ」  
「うん」  
草に覆われた丘の頂上に、こんもりと葉を茂らした巨木が一本立っている。そこが、ゴール。  
その木を目の前にして、勇太は立ち止まった。緋菜もそれにならう。  
最後の数メートルを、勇太はゆっくりと歩いた。そして、そっと巨木の幹に触れた。  
ぱっと視界が開け、二人の目の前には小さな村が広がっていた。  
勇太の夢の国。緋菜と初めてあった場所。  
勇太は山に囲まれた村を黙って見ていた。  
 
ふと、自分の腕に柔らかい感触を覚え、隣に目をやった。緋菜が、勇太の腕にそっと自分の腕を絡ませていた。  
「……ひなちゃん」  
「ゆうたくん」  
見つめあい、昔のように呼び合う二人。  
次の言葉が見つからず、勇太は少し困った顔を見せたが、やがておずおずと口を開いた。  
「……ただいま」  
緋菜はとまどっている勇太に小さな声で、だがしっかりと答えた。  
「おかえりなさい」  
そう言ってから、ふふ、と緋菜が笑い声をもらした。勇太は不思議そうな顔をしている。  
「どうしたの?」  
そう問われても、緋菜の笑いは止まらない。手で口をおさえて、くすくすと笑っている。  
やがて、緋菜の笑いがおさまった。勇太は首をかしげたままだ。  
「……なんでもないよ。うん、なんでもない」  
そう言って緋菜は力いっぱい勇太の腕を抱きしめた。  
しばらく、二人はそうやって黙って目の前に広がる光景に見とれていた。  
「陳腐な言葉かもしれないけど」  
ふと勇太が口を開く。緋菜が勇太の方に顔を向けた。  
「緋菜ちゃんと出会うのは、運命だったのかもしれない」  
突然真顔でそんなことを言われ、緋菜は驚く。  
「緋菜ちゃんとの思い出がなかったら、僕はいつまでたっても母さんの記憶を悲しみの中でしか見つけられなかったかもしれない。  
でも、ここには緋菜ちゃんの思い出があって、母さんの思い出がある。  
緋菜ちゃんが告白してくれたから、僕は今ここにいる。  
……ありがとう。緋菜ちゃん」  
「……うん」  
うなづく緋菜。  
 
並んだ二人は、アルバムから取り出した一枚の写真を見る。  
この丘の上で、二人並んで笑う勇太と緋菜。大木が二人に優しい木陰を作っている。  
「変わってないね。木も、丘も、村も」  
緋菜がつぶやく。  
そこに写る二人だけが、変わった。  
いや、変わっていなかったから、思い出せなかったのかもしれないと勇太は思った。  
もし変わっていれば、母親の死から自分が一歩でも踏み出せていれば、こんな遠回りはせずに済んだのかもしれない。  
「でも、ここが変わってなくてよかった」  
勇太は誰に言うともなくつぶやいた。  
緋菜は黙って勇太に寄り添う。そして、そっと勇太の肩に自分の頭をあずけた。  
頬をなでる風と、それに乗ってただよう緑の香り。遠くで聞こえる鳥のさえずり。  
全てが二人を幼い日々の記憶へと連れて行く。恐れも不安もなかった頃に。  
でも、歩き出さなければならない。二人がもう子供でないように、いつまでも思い出の国にはいられないように。  
だからこそ、もうしばらくこうしていよう。  
もう二度と忘れないように。隣にいる人を忘れないように。  
そうやって、勇太と緋菜はいつまでも丘の上にたたずんでいた。  
プルルル。  
突然、緋菜の小さなポシェットから電話のコール音が聞こえた。  
慌てて体を離す二人。緋菜は携帯をあたふたと取り出す。  
「もしもし。……あ、お母さん?……うん、そう森崎くんといっしょ。いま実家のおばあちゃんの村に……。  
うん、遅くなるけど心配しないで。ちゃんと帰るから。じゃあね。バイバイ」  
電話を切る緋菜。  
「お母さんから?」  
ええ。うなづきながら緋菜は携帯を元に戻す。  
「今日どこに行くか言わずに来ちゃったから、心配してるみたい。携帯もしばらくつながらなかったって。  
勇太くんの家にも電話したんだって。るりちゃんがうまく説明してくれたみたいだけど」  
 
それから緋菜はまたおかしそうに微笑む。  
「お母さんたら、『なんでそんなとこにいるの?変わったデートね』だって。  
後で教えてあげなきゃ、勇太くんのこと。……幼馴染の『ゆうたくん』、お母さん覚えてるかな?」  
勇太もつられて笑う。  
緋菜の言葉に勇太は思い出していた。一日中遊んで、泥だらけになった勇太と緋菜を優しく迎えてくれた緋菜の母の事。  
一緒に入ったお風呂。緋菜の家で食べた晩御飯……。  
そしてあの日、一縁側で一緒に遊んでいた勇太と緋菜のところに勇太の祖母が走ってきて……。  
隣にはるり姉が泣きそうな顔で立っていて……。  
 
『お母さんが大変なの、すぐにおうちに帰りなさい』  
 
祖母に手を引かれて緋菜の家を後にした。それが緋菜との別れだった。  
勇太ははっきりと思い出した。勇太を見送る緋菜の不安そうな顔を。  
「また遊べるよね?」そう叫ぶ緋菜の声を。  
勇太は隣にたたずむ緋菜の手を、もう一度しっかり握った。勇太の表情にはわずかだが翳りがあった。  
「勇太くん、大丈夫?」  
緋菜の声が少し不安そうだ。  
だが、勇太は小さくうなづいて、言った。  
「平気さ。緋菜ちゃんがいるからね」  
勇太の心は自分でも驚くほど穏やかだった。  
小さな緋菜の手が、勇太をしっかりと繋ぎとめてくれている。だから大丈夫。  
緋菜の体から緊張が抜けるのが、勇太にも分かった。  
「帰ろう。勇太くん。いつまでもここには居られない」  
緋菜はそう言って勇太の手を引いて歩き出そうとする。  
「うん」  
そうつぶやいて勇太は村に背を向ける。  
その一瞬の間、勇太は思い出の村をしっかりと目に焼き付けた。  
(さようなら)  
そして二人は、村はずれの駅への道を下っていった。  
 
 
「お帰り」  
勇太の家に帰り着いた二人を、るりは玄関先で迎えた。  
平静を装っているものの、その声には不安げな響きがある。  
「ただいま。……るり姉、いままでありがとうな」  
勇太は淡々とそれだけ言った。それを聞いてるりの顔が緩む。  
「……その様子だと、うまくいったみたいね。よかった。安心したわ」  
そう言うとるりはさっさと居間の方へと歩いていく。勇太と緋菜もその後に従った。  
一足遅れて居間に入った二人が見たのは、大きなスポーツバッグを抱えているるりの姿だった。  
「何してるんだよ、るり姉?」  
勇太が思わず尋ねる。  
「うん?今日は瞳美の家にお泊り」  
「な、なんで?」  
そんな勇太の言葉は無視して、るりはさっさと玄関に向かう。  
「うーんと、まあ、たまには受験生同士、夜通し愚痴りあうのもいいかなーっと思って。そんだけよ」  
そこまで口にして、るりは黙って靴を履き、玄関のドアを開ける。  
出て行く瞬間、るりは勇太と緋菜の方を振り向く。るりの顔はにやけきっている。  
「今日は父さん出張だから、安心してね。じゃ、お邪魔虫は消えるわ。ごゆっくり、緋菜ちゃん」  
思わず赤面する二人。反論しようと二人そろって口を開きかけたその時、  
「ありがとう、緋菜ちゃん。これからも勇太をお願いね」  
一瞬真剣な顔をしてそう言うと、るりはさっさと出て行ってしまった。  
取り残される勇太と緋菜。  
赤面したまま見つめ合う。  
「えっと……」  
困ったようにつぶやく緋菜。それを見て、思わず視線をそらす勇太。  
「あの……緋菜ちゃん?」  
「なっ、何っ?」  
思わずどもる。勇太の言葉もぎこちない。  
 
「その……とりあえず……き、キスでも、する?」  
そっぽを向いて言う勇太に、緋菜も視線が落ち着かない。  
「や、やだ。突然そんなこと言わないで……」  
「じゃあ、しないの?」  
「そ、そういうことじゃないっ」  
そう言って緋菜は固まってしまう。  
それを見て勇太はゆっくりと緋菜の両肩を抱き、そっと抱きしめた。  
勇太の胸に顔をうずめながら、緋菜は自分の両腕を彼の背に回した。  
おずおずと顔を近づける勇太。緋菜も恥ずかしそうに勇太を見上げる。  
見詰め合ったまま、わずかな時が流れ、その次の瞬間、二人の唇は重なった。  
お互いの唇の感触を確かめ、そのぬくもりを感じあう。  
触れ合うだけのキスが何時までも続く。二人は彫像のように動かない。  
やがて、小さな吐息とともに二人の顔が離れた。  
互いの顔が、さきほどとは違う、ほんのりとした桜色に染まっている。  
「僕の部屋……行く?」  
その問いに、緋菜は静かにうなづいた。  
手を握り合ったまま、階段を上って勇太の部屋へと向かう二人。  
部屋に入ったとたん、今度は緋菜の方から勇太を強く抱きしめてきた。  
そして強引に勇太の顔を抱き寄せ、奪うようにその唇を吸った。  
「ひ、緋菜ちゃんっ?」  
「……好き。勇太くん、大好き」  
そう言って緋菜は再び唇を重ねてくる。小さな緋菜の舌が、勇太の唇をこじ開けて入ってきた。  
最初戸惑っていた勇太も、やがて優しく緋菜の舌を受け入れる。そして自分も舌を使って、緋菜の舌と絡み合う。  
生暖かい感触が、二人の口の中でうねうねと悶えるように動き、口元からは艶かしいうめきが漏れた。  
思う存分互いの口を味わった二人は、そっと唇を離す。  
名残惜しげに伸びた二人の舌の間に、細い唾液の糸が走っていた。  
 
息を整えながら、勇太は無言で緋菜の服の中に手を差し入れる。  
緋菜のお気に入りの赤いキャミソールの下から、勇太の手がもぞもぞと胸元をめがけて登っていく。  
「やっ……」  
小さな抗議の声が上がったが、勇太はそれを無視して緋菜の胸に手を当てる。  
そして緋菜の声を遮るように、緋菜の口を自分の口で覆った。  
勇太の指先に、ブラジャーと、その下にある大きな丸いものが感じられた。  
勇太はしばらく胸の頂上のあたりを指先でなぞってから、ゆっくりと緋菜の胸を揉みしだいた。  
「ふぅっ……」  
「……ごめん、痛い?」  
勇太の手の動きが止まる。緋菜は目をつぶったまま、小さく首を横に振った。  
それを確かめて、勇太は再び手を動かし始める。心地よい弾力が、ブラ越しにも勇太の手に感じられた。  
勇太は欲望のまま、次第に激しく緋菜の胸を揉む。  
勇太の手の動きにあわせて、緋菜から熱い息が漏れる。勇太の吐息もつられるように荒々しいものになっていく。  
激しい勇太の手の動きに押され、緋菜の乳房はブラジャーからはみ出しそうなほどだった。  
ずれたブラの脇から勇太の手が滑り込み、緋菜の胸を、そしてその頂上を直に刺激した。  
「ゆ、勇太くん……」  
「緋菜ちゃん……」  
互いの名を呼び合い、再び唇をむさぼる。  
無意識のうちに勇太と緋菜は互いの体を密着させ、こすり合わせるように腰を動かしていた。  
緋菜のキャミソールはいつの間にか胸の上まで捲り上げられ、ずれたブラジャーのカップからは淡い桜色の乳首が顔を覗かせている。  
だが、そんなことにはまるで無頓着に、緋菜は勇太の荒々しい手の動きに酔っていた。  
「勇太くん……脱がせて……」  
キスをしながら、緋菜は夢中でそうつぶやいた。  
勇太は無言で緋菜のキャミソールを剥ぎ取る。そして、そのまま押し倒すようにして緋菜の体を自分のベッドへ横たわらせた。  
唇を離すと、もどかしげにTシャツとジーパンを脱ぐ勇太。  
同じように、緋菜も自分のスカートを脱ぎ捨て、下着姿になった。  
 
既に緋菜の体はほんのりと上気している。勇太はいつもより張りを増している緋菜の乳房にしゃぶりついた。  
「や、やぁ……っ」  
荒々しい愛撫に悲鳴をあげる緋菜。だがそこに喜びの色があるのは明らかだった。  
勇太は一瞥して緋菜の喜びの表情を確かめると、激しく乳首を吸った。  
「は、はぁっ……もうっ……いっつも、おっぱいばっかり責めないで……」  
「だって、緋菜ちゃんのおっぱい、すごくきれいで……しゃぶらずにいられないよ……」  
緋菜の抗う声に、そうつぶやく勇太。  
「もう……私、おっぱいだけの女の子じゃないよ……?」  
ちょっとすねたような緋菜の言葉。勇太はほんの一瞬愛撫を止め、緋菜の顔を見つめた。  
「じゃあ、止める?」  
「ばか……」  
短い会話で、全てを理解しあう二人。緋菜は自らブラジャーを外して、その二つの丘を勇太の前にはっきりとさらした。  
「もっと……吸って」  
勇太は笑みを浮かべ、緋菜の胸を真ん中に寄せると交互にその先を舐めた。  
それから、片方の乳房を口で味わい、空いている方は手で優しく愛撫する。  
交互にそれを繰り返す。  
次第に緋菜の乳首はぴんと固くなり、勇太の唾液にべたべたに濡らされていった。  
それでも勇太は執拗に緋菜の乳房を交互に愛撫し続けた。  
「あは。なんだか、牛のお乳を搾ってるみたいだ」  
思わず勇太がそんな感想を漏らす。  
「……私、勇太くんの牛さんだもん……」  
「じゃあ、鳴いてみせて」  
勇太はわざと緋菜の胸をぎゅっとしごいてみる。  
「……『もおー』」  
緋菜はちょっと勇太を睨みつけながら、鳴き真似をしてみせる。いたずらっ子のように微笑み会う二人。  
「ねえ、今度は下の方を、気持ちよくして……?」  
そう言うと、緋菜は両脚をもじもじとすり合わせた。  
 
勇太の手がそっと緋菜の内股に伸びていく。  
ショーツの小さな布地に覆われた秘所に、勇太の手が滑り込んだ。  
勇太の指が叢をかきわけ、緋菜の割れ目に達する。  
その瞬間、ぴくり、と跳ねる緋菜の体。  
「すごいよ……いつもより、敏感になっちゃってる……」  
「じゃあ、今日は念入りにしてあげる」  
そういうと勇太の指は緋菜の陰唇をそっとなで始めた。  
最初、緋菜が言うほどにはいつもより湿り気が足りないと思われた秘所は、勇太が愛撫するなり驚くほどの愛液を滴らせ始めた。  
「ほんとだ。すごく濡れてるよ、緋菜ちゃん……」  
「うん……ふぁっ、いつもより……いつもより、気持いいよ……」  
緋菜は思わず腰を浮かせて勇太の手と自分の陰部を密着させる。  
勇太はあふれる愛液をすくって、陰核にすりこんだ。  
「はぁっ……!」  
その衝撃に、思わず体全体を震わせる緋菜。ぷるぷると両胸が揺れ、お下げ髪が踊った。  
「そんなに気持いい?」  
「うん……私だけ気持ちよくなって、ごめんね……?」  
勇太は首を振る。  
「いいよ。今日は緋菜ちゃんを徹底的に気持ちよくしてあげる」  
再び始まる勇太の愛撫。  
緋菜の小さな肉豆を中心に指で弄ぶ。  
それにつれ、緋菜の愛液は勇太の手をぐっしょりと濡らし、その滴りは白いショーツに染みを作っていく。  
勇太は十分に緋菜の秘所が濡れているのを確かめると、そっと割れ目を指先で割ってみた。  
「きゃっ」  
初めてのことで、思わず腰が逃げる緋菜。しかし、勇太の意図を理解すると、ゆったりと足を開き、力を抜いた。  
「大丈夫?」  
「……うん、大丈夫だと思う……」  
緋菜がおずおずとうなづくのを見て、勇太は次は人差し指の先をゆっくりと緋菜の陰唇の間へと侵入させた。  
 
柔肉の弾力感の隙間に指を差し入れると、驚くほどスムーズに勇太の第一関節の半分ほどが入った。  
「あっ。ま、待ってっ」  
緋菜の声に、勇太の動きが止まる。  
「や、やっぱり、最初は勇太くんの物……い、入れて欲しい……」  
さすがに恥ずかしかったのか、言ったとたん、緋菜は両手で自分の顔を覆った。  
「で、でも最初だからこそ……」  
そう言いかける勇太。だが。  
「いいの。最初だから……最初だから……」  
それ以上は口に出来ない。勇太はそっと緋菜の顔に自分の顔を近づけた。  
そして優しく緋菜の両手を取る。  
「本当に、いいんだね?」  
「うん……今日は……ううん、今日だから、大丈夫だと思うの……」  
そう言って緋菜は時折見せる、固い決意を秘めた目を勇太に向けた。  
勇太もそれを見てうなづく。  
「分かった。じゃあ、入れるね」  
そして、緋菜の唇に優しくキスをした。  
静かにベッドを降りると、勇太は机の引き出しからゴムを取り出し、トランクスを下ろすとそれを装着する。  
そして緋菜に寄り添うように再びベッドに身を横たえる。  
「じゃあ、足、開いて」  
こくり。緋菜は黙ってうなづく。脚を曲げて自らショーツを脱ぐと、手で下腹部を隠しながら、おずおずと両脚を開いた。  
「……手で隠しちゃ、出来ないよ」  
「だって、恥ずかしいもん……」  
そう言って緋菜は手をどけようとaしない。勇太は緋菜の脚の間に身をおくと、手をそっとどけた。  
言葉とは裏腹に、緋菜は逆らいもせず自分の秘所を勇太の目にさらした。  
緋菜の茂みがあらわになる。それは朝露に濡れた草原のように、緋菜自らの液でうっすらと輝いていた。  
太ももにも、あふれた愛液が光沢を放って滴っている。  
 
勇太は、そんな濡れそぼった緋菜の入り口に、自分の肉棒を持っていった。  
「じゃあ、行くよ」  
うん、緋菜はつぶやく。勇太は緋菜の腰を両手で抱き、緋菜はそんな勇太の両腕をそっと握った。  
二人の視線が一瞬絡まる。  
勇太はそっと自らの物を前進させた。  
いつもどうりの、柔らかな緋菜の割れ目の感触。その真ん中に自分の先をしっかりあてがい、勇太は腰に力を入れた。  
ずぶっ  
亀頭の先が緋菜の割れ目を裂いたとたん、緋菜の顔に苦痛の色が浮かんだ。  
だが、勇太はあえて何も言わず、そのまま前進を続けた。  
両側から堰きとめようとするような圧力を感じながら、勇太のペニスはゆっくりと挿入を続ける。  
やがて、亀頭の先に狭まりを感じた。  
もう一度緋菜の方に目を向ける。緋菜は口をきつく結んでいる。  
すでに目にはうっすら涙が浮かんでいる。だが、その表情にためらいはない。  
「来て」  
緋菜のささやきに、勇太は思い切って腰を突き入れた。  
「ふぁぁぁっ!!」  
緋菜の叫び。勇太の挿入を、緋菜の中が阻んだのは一瞬だった。  
その一瞬の抵抗の後、勇太の肉棒は半ばまで埋まっていた。そこで、勇太は動きを止める。  
緋菜は荒い息を吐きながら、必死で挿入の痛みに耐えているようだった。勇太は片手でそっと緋菜の頬をなでた。  
緋菜が勇太の方を見る。ぐっと下唇をかみ締め、苦痛の声が出ないように耐えている。  
そして、何度も頷いて見せた。  
勇太の胸に、言いようのない愛おしさが湧き上がる。  
緋菜の頬にそっと手を添えながら、勇太は再び腰を突き入れた。  
緋菜の中は驚くほど暖かく柔らかだった。  
勇太のものをきゅうきゅうと締め付け、それは侵入を阻むようでもあり、反対に二度と離さないようにしているようでもあった。  
ゆっくりゆっくり、勇太は自分の肉棒で緋菜の中に進入していく。  
 
挿入につれて、緋菜の手がぎゅっと勇太の腕をつかむ。  
つめを立てられ、勇太は痛みに顔をゆがめた。  
しかし、緋菜の感じている苦痛を、わずかでも分け合ってもらっているようで、その痛みすら勇太の胸を熱くした。  
やがて、勇太の先に固い感触が当たった。  
勇太は緋菜に出来るだけ苦痛を与えないように、少しだけ腰を前後させ、それ以上挿入できないことを確かめた。  
「全部入ったよ、緋菜ちゃん……」  
その言葉に、緋菜はゆっくりと口を開く。  
「ほ、ほんと……?」  
「うん、全部入った。……痛い?抜こうか?」  
だが、その言葉に緋菜は首を横に振って答えた。  
「勇太くんは?……き、気持いい?」  
「うん、緋菜ちゃんの中、とっても気持いいよ」  
それを聞いて、緋菜の顔にさっと喜びの色が浮かんだ。  
「じゃあ、勇太くんがいくまで、我慢する。……動いていいよ」  
緋菜の頬を銀色に光る涙が伝う。言葉とはうらはらに、緋菜の体ははっきりと苦痛を訴えていた。  
緋菜の言葉だけで、勇太は満足していた。勇太はそっと肉棒を抜こうとする。  
だが、それに気づいた緋菜は、自分の両脚を勇太の腰に絡みつけて抜けないようにする。  
「ひ、緋菜ちゃん?」  
「大丈夫だから……最後までして。お願い……」  
涙を浮かべながら微笑む緋菜に、勇太は決心した。再びゆっくりと肉棒を全て緋菜の中に埋める。  
「分かった……痛くないようにするからね」  
「ありがとう……ねえ、私を抱きしめて。そうしたら、きっと大丈夫だと思うの」  
勇太は黙って緋菜の体を抱きしめた。緋菜の手も勇太の背中をしっかりと抱く。  
「……いくよ」  
そう言うと、勇太は緋菜の返事もまたず、ゆっくりと前後運動を始めた。  
 
「ふうぅっ!」  
緋菜の口から苦痛の声が漏れ、勇太の背に回された手に力がこもる。  
だが、勇太はもうためらわなかった。出来るだけゆっくり、だが次第にストロークを大きくしながら、前後運動を続けた。  
ぬちゅっ……ぬちゅ……  
絡み合う肉のたてる音が響いた。緋菜の中は勇太のものをますます強く締め上げる。  
勇太が動くたび、緋菜の膣は熱く燃え、少しでも痛みを和らげようとするように、愛液をあふれさせた。  
「ゆ、う、た、くん……」  
動きにあわせるように緋菜が勇太を呼ぶ。  
「緋菜ちゃん……」  
緋菜の瞳からあふれた涙がほほを伝って流れていく。だが、緋菜は笑っていた。  
勇太の全てを受け入れようと、勇太が見たこともないような穏やかな微笑みを浮かべていた。  
「緋菜ちゃん……緋菜ちゃん……」  
「勇太くん……ずっと、ずっと……好きだよっ」  
緋菜がそうつぶやいたとき、勇太の体にしびれるような感覚が走った。  
緋菜の膣が今までにない強さで、きゅっと勇太の陰茎を包み、締め付けたのだ。  
「あっ……!」  
次の瞬間、勇太のものが一気にせき止められていた精をあふれさせた。  
そして、それを感じたのか、緋菜の手が勇太を力いっぱい抱きしめていた。  
意思とは関係なく、勇太の腰はびくびくと振るえ、緋菜の中に全てを吐き出そうとする。  
勇太の体は射精の快楽でしびれた。  
最後の一滴が吐き出されたとき、ようやく勇太はこわばらせていた体から力を抜いた。  
そして肩で荒々しい息をする。緋菜はそんな勇太をぼんやりと見ていた。  
「勇太くん……終わったの……?」  
勇太の様子を見て、緋菜がそう尋ねる。勇太はゆるゆるとうなづいた。  
「ごめん……すごく、気持ちよくて……」  
恥ずかしさで緋菜の顔を見る事が出来ない。  
 
緋菜の膣内で、肉茎が急速に力を失うのを感じ、勇太はゆっくりとそれを引き抜いた。  
無言で避妊具を外すと、口を縛って、それを枕元のゴミ箱に放り込む。  
「勇太くん……」  
呼ぶ声に、緋菜の方にそっと目をやる。  
緋菜が両手で顔を覆って泣いていた。  
「ど、どうしたの緋菜ちゃん?」  
慌てて勇太は緋菜を抱きおこす。だが、勇太に肩を抱かれながら、緋菜は涙をこぼしている。  
「痛かった?」  
そう尋ねる勇太に、緋菜は泣きながら首を振る。  
「私、怖かった……勇太くんが私じゃ気持ちよくならないんじゃないかって……だって、いつも……」  
そう言って緋菜は勇太の胸で泣きじゃくった。  
「勇太くん、私の中で最後まで出来たんだよね?気持ちよかったんだよね?」  
「うん、緋菜ちゃんの中でちゃんと『いった』よ」  
そう言って緋菜の頭をやさしくなでる。  
「うれしい……」  
ベッドに座ったまま、そうやって二人はずっと抱きしめあっていた。  
シーツには、二人の行為の証とでも言うべき、赤い染みが出来ていた。  
「……シャワー、浴びようか?」  
泣き止んだ緋菜に、そっと声をかける勇太。緋菜は手で涙を拭って、うん、とつぶやいた。  
勇太がまず立ち上がる。それから緋菜の手を静かに取った。  
「……立てる?」  
緋菜はちょっと腰を浮かそうとして、そのまま力が抜けてぺたりとベッドに座り込んだ。  
「ちょっと……痛い、かな」  
勇太はわかった、とつぶやいて、緋菜の腰と肩の下に手を回して、勢いよく緋菜を抱き上げた。  
「きゃっ」  
驚いて緋菜は勇太の首にすがりつく。緋菜がしっかりと自分をつかんだのを確かめると、勇太はそのままドアへと歩き始めた。  
 
「ちょっとつかまっててね」  
そういうと、勇太は素早く片手を放してドアを開け、また緋菜を抱きなおすと廊下に出た。  
「は、恥ずかしいよ、裸のままだっこなんて……」  
そういって頬を染める緋菜。だが勇太は笑ったままだ。  
「僕以外見てる人いないよ?」  
「で、でも……」  
「階段下りるよ。しっかり抱きついてないと危ないから」  
そう言われて緋菜は勇太をしっかりと抱きしめる。  
「緋菜ちゃんのおっぱい、僕の胸にあたってるよ」  
「ばっ、バカぁ……!」  
緋菜は片手を放して、勇太をぺちぺちと叩く。叩かれながらも嬉しそうな勇太。そして笑っている緋菜。  
すぐに緋菜は叩くのを止めて、勇太の首にしっかりとすがりついた。  
裸の二人は階段を下り、居間を横切り、脱衣場の入り口にたどり着いた。  
緋菜を抱いたまま風呂場に入り、ようやくそこで緋菜を降ろすと、勇太はシャワーのコックをひねった。  
たちまち熱いお湯が噴き出し、蒸気が二人を包む。  
それから二人は言葉少なに、互いの体を優しく洗い始めた。  
「勇太くん?」  
体を洗いながら、緋菜が勇太の方を向く。  
「何?」  
「キスして」  
黙って緋菜と唇を重ねる勇太。触れ合っただけの軽いキスをして、二人の顔が離れた。  
「今度は、もっといっぱいしようね」  
緋菜が恥ずかしそうにつぶやく。  
「うん」  
「今度は、私も勇太くんを気持ちよくしてあげるね」  
「うん」  
「……ずっと、いっしょにいようね」  
「うん、いよう」  
そこで言葉がとぎれ、二人は見つめあった。  
ふと、無言で緋菜が勇太に抱きついてきた。勇太もそれを受け止める。  
お互いの肌のぬくもりを感じながら、二人は静かに抱き合っていた。  
 
 
〜エピローグ〜  
私たちのお話は、これでおしまい。  
あれから勇太くんと私はずっとお付き合いしている。  
もちろん時々喧嘩もしたけれど、勇太くんと私はすぐ仲直りした。  
そして、そのたびにますます勇太くんを好きになった。  
 
あの夏の日から一年ほどたって、みんなそれぞれの道を歩いている。  
 
るりちゃんは第一志望の大学に見事に合格し、遠くの町で独り暮らしをはじめた。  
私が、勇太くんとるりちゃんの関係を全部理解して、全部許したと言えばうそになると思う。  
でも、人はみんな弱いものだから、間違いもするし、その間違いを正して前に進まなきゃいけない。  
正せない間違いなんてない、そう私は信じている。  
 
勇太くんのお父さんは相変わらず忙しいみたいだけど、今は出来るだけ家にいるようにしているみたい。  
いつだったか、「勇太を救ってくれてありがとう」と言われたのでとても驚いたけど、私はそんなつもり全然ない。  
ただ好きな人のために、出来る事をしただけだと思う。  
 
あの日、アルバムを持ってきてくれた向井弥子ちゃんとは、とてもいい友達になった。  
あとでこっそり「実は勇太が好きだった」と打ち明けてくれたときはびっくりしたけど、今では私のよき相談相手になってくれてる。  
 
相談相手といえば、曜子は相変わらず大学生の彼氏さんとの話をしてくれる。  
「私は緋菜の恋の先輩だから」だって。  
なんと言っても、曜子は私に告白する決心をさせてくれたんだから、どれだけ感謝してもしきれないな。  
 
私のお父さんとお母さんは「ゆうたくん」のことをちゃんと憶えていた。  
そして、私たちの素敵な再会を祝福してくれた。今では両家公認のカップルということかな?  
 
勇太くんと私は、いま同じ大学を目指して受験勉強に打ち込んでいる。  
二年生のときより会える時間は減ったけれど、勇太くんと同じ目標に向かっているというだけで勇気と力が沸いてくる。  
だから、きっとうまくいくと私は信じている。  
そうそう。  
勇太くんの小さい頃の写真が詰まった古ぼけたアルバムは、今は私たち共通の思い出のアルバムとして使っている。  
「もう二度と思い出の中に立ち止まらない。だから二人でこのアルバムに写真を足していこう。  
このアルバムが一杯になったら、次は僕と緋菜ちゃんだけのアルバムを作ろう。  
そうやって、ずっといっしょに歩いていこう」  
勇太くんがそう言ったから。  
私も同じ気持だよ。  
ずっといっしょにいようね、勇太くん。  
 
大好きだよ。  
 
                           −完−  
 

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