向井弥子が一人で下校していると、目の前に見知らぬ若い男が現われ、弥子に話し掛けてきた。
シルクハットにタキシード。サーカス場ならともかく、閑静な住宅街の中では
切り取って貼り付けたように違和感のあるルックスだ。
「突然ですが、私は神様です。あなたの願いをひとつだけ叶えてあげましょう」
今時ドッキリ番組?
無視して通り過ぎようかとも思ったが、家に帰ってもゴハンを食べてオナニーして寝るくらいしかやることが無い。
からかい半分に相手してやることにした。
「本当に……神様なの?」
「はい」
「じゃあ、わたしが昔飼ってた犬を生き返らせてよ。神様ならできるわよね?」
「いいでしょう。……アェウクス!」
男が右腕を振りかざすと、突然天から光の球がアスファルトに降り立った。
その眩しさに弥子は思わず目を瞑る。
が、弥子が再び目を開けた時、光の球は黒っぽい雑種犬の姿になっていた。
「――クロベエ!!」
予想外の展開に、弥子は両手で口を押さえた。
信じられない。まさか、本当に神様だったの?
目の前でこちらを向いて尻尾を振っている犬は、紛れもなく二年前に寿命で死んだはずのクロベエだった。
しかし、弥子がクロベエのもとに駆け寄ろうとしたその時、
「えっ……?!」
天から無数の光の球が次々と雨のように弥子の周りに降り立った。
次の瞬間には、光の球はすべてクロベエの姿になっていた。
「どういうこと……?」
弥子は男の方にに向き直った。
男は口の端に笑みを浮かべ、シルクハットのつばを指で持ち上げながら“ゲーム”の説明に入る。
「この101匹の中に、本物のクロベエは1匹しかいません。残りは私が作ったダミーです。本物を無事当てることができたら、あなたにそれを渡しましょう」
「ばかばかっ! どうしてそういう意地悪なことするのっ?」
「それがどうかしましたか? ただで願い事が叶うほど、世の中は甘くないのです。それに、あなたのクロベエに対する愛が本物なら、これくらいは造作もないことだと思いますが」
「うっ……」
男の有無も言わさぬ口調の前には、弥子の“自分ルール”も通用しそうになかった。
仕方ない。何とか本物のクロベエを当てなくちゃ。
「クロベエ」
弥子が101匹の犬たちに呼び掛けると、彼らは示し合わせたようにピッタリ同時に
「わん」
とフルコーラスで返事した。
まだまだ。あきらめてたまるもんですか。
「おすわり!」
「ちんちん!」
「3回まわってワン!」
「死んだふり!」
「マトリックスの真似!」
辺りは徐々に夕闇に包まれ、弥子たちの影も長く伸び始める。
だめだ。どうしても見分けがつかない。
肩で息を整える弥子とは対照的な涼しい口調で、男は語りかけた。
「日が完全に沈んだらタイムリミットです」
ええっ!? と声を出す気力もなく、弥子は涙目でそれに応えた。
これを逃したら、もう二度とクロベエに会えない。
目の前で尻尾を降り続ける犬たちをながめながら、弥子は自問自答する。
どうしよう、どうしよう、どうしよう――
その時、弥子の中で何かが切れた。
彼女は肩に掛けていた学生鞄を開けると、その中から歯磨き粉のチューブのような物を取り出した。
次の瞬間、男は目を丸くする。
弥子は制服のスカートの中に両手を突っ込むと、まるでオシッコする時のように一気にパンツをずり下ろした。
脱ぎたての汗ばんだパンツを脇に置き、その場にへたりこむと、先ほどのチューブの中身を指で股間に目一杯塗りたくる。
チューブの正体は、クリーム状のバターだった。
作業を終えると、広げた大股を犬たちに見せ付けながら弥子が命令を下す。
「さぁ……1匹ずつ舐めに来なさい。本物のクロベエの舌の感触なら、今でもはっきり覚えてるわ」
犬たちは最初戸惑い、互いの顔を見合っていた。だが、
「時間が無いの! 早く!!」
という弥子の鋭い声と表情に気圧され、誰からともなく彼女に近づいていった。
日が沈もうとしている。
周りの家から夕食の匂いが漂い、街灯も灯り始めた。
「うーん、次!」
通算100匹目の犬が弥子の膣口から口を離し、仲間たちの方へ戻っていった。
弥子の股間はバターと唾液と愛液でぐちょぐちょに濡れ、地面のアスファルトにまで黒い染みが広がっている。
足りなくなるたびに補給するうち、バターのチューブ(5本目)はほとんど空になっている。
犬たちの表情にも、さすがに疲労の色が浮かんでいる。
男が見かねたように話し掛けた。
「もう、あきらめますか?」
図星だった。弥子は本物のクロベエをまだ見つけられずにいるのだ。
「まだまだぁ……、次ッ!」
口元の唾液を袖で拭うと、泣きそうになる気持ちを追い払うように、弥子は声を張り上げた。
最後の1匹が弥子の股間に舌を伸ばした。
(――ッ?!!)
その瞬間、弥子の背中に電流が走った。
(こ、この感触はッ……)
その犬は、これまでのどんな犬とも違っていた。
強すぎず弱すぎず、犬は弥子の感じるポイントを的確に攻め立てる。
その熟達したテクニックに、他の犬たちも思わず注目する。
弥子は両手を自分の胸に当てると、それをゆっくりと動かし、自分でもオナニーをし始めた。
膣口からとめどなく溢れる愛液が、犬の鼻先を濡らしていく。ぴちゃ、ぴちゃと響く湿った音。
自分の使命も忘れ、弥子は嬌声を上げ続けた。狂おしくて、でもどこか懐かしい快感。
「んあっ! イ、イキそ……」
絶頂が近いことを悟ったのか、犬は舌を動かすペースを一気に上げる。
弥子の息遣いと両手の動きも激しくなっていく。
犬はとどめとばかりに、充血した陰核を舌で思い切り舐め回した。
快感が飽和状態になり、弥子の理性の堰を決壊させる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
日は沈んだ。
「どの犬を選ぶか決まりましたか?」
弥子がパンツを穿き直して立ち上がると、何事もなかったように落ち着き払った口調で男は尋ねた。
「ええ」
弥子の声は自信に満ちていた。
先ほどのアレでかなり消耗しているはずだが、不思議と疲れは感じない。
弥子に対抗するように、男は不敵な笑みを浮かべる。
「では、答えていただきましょう。この101匹の犬の中から、クロベエだと思う犬を選んでください」
弥子は犬軍団をざっと見回すと、一番最後に自分をイカせた犬の前まで歩き、
「この子よ」
と、何のためらいもなく指差した。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
弥子が睨み付けると、男はシルクハットを目深に被り直した。その動作が何を意味するのか弥子には分からない。
一陣の風が吹いた。
弥子のスカートがはためき、彼女は反射的に両手で押さえる。
男は運命の審判を下したのは、風が収まった直後だった。
「残・念!!」
み〇もんた風の口調。
「本物のクロベエは、こっちの――」
と、別の犬を指差そうとした瞬間、男のシルクハットが宙に舞った。
「ぶべらッ!!?」
左頬に突き刺さるグーパンチ。
男は駒のように回転しながらアスファルトにうつぶせに倒れた。抜けた歯が何本かこぼれ落ちた。
弥子の足取りが男に近づく。
「う、うう……」
男は体を起こして四つんばいになり、犬のように頭を振った。
落ちたシルクハットに手を伸ばしかけた瞬間、男の前に弥子が仁王立ちした。指をポキポキと鳴らしている。
「か、か、神にケンカを売るとは……」
弥子の耳に念仏。
彼女は男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、女子高生とは思えぬ低い声でこう言った。
「わたしの正解よね?」
男の左頬には青あざができ、鼻血まで垂らしている。
その表情は怯え切っていて、もはやさっきまでの威厳は微塵も無かった。
「は、はひ。あなたの正解れす」
歯が抜けたせいで、口調までしどろもどろになっている。
「あの子はわたしが持ち帰っていいんだよね?」
「ど、どうぞどうぞ」
弥子は偽クロベエを抱いて鼻歌混じりで帰っていった。
すっかり闇に包まれたその場所には、男と1匹の犬だけが残っていた。
「ったく……、最近の女子高生は何であんなに乱暴なんでしょうね?」
街灯の備え付けられた電柱にもたれかかりながら、男は呟いた。殴られた傷はとうに治っている。
『チェーンソーでぶった切られなかっただけマシじゃろう』
男に話し掛けたのは、彼の足元にいる黒い犬だった。
「嫌なコト思い出させないでください……。元に戻るの大変だったんだから」
『ほっほっ』
「でも、分からないな。どうしてあんなゲームを私に提案したんです? 普通に彼女の元に帰ることもできたのに」
クロベエは少しうつむき、地面に落とすように言葉を発した。
『迷っていた。そりゃ、わしにだって弥子ともう一度暮らしたいという思いはある。だが、本当にそれでいいのか。それであの子は成長できるのか、という葛藤があった』
「なるほど。生きとし生けるものはいつか死ぬからね」
『だから、わしは運命を天に委ねることにした。天が決めたことならそれに従おう。そう決めたのじゃ』
「天って……、私は神ですよ」
『おほっ、そうじゃったな。まあ今回は、あの子の元気な姿が見られただけでも満足じゃよ』
「元気すぎるのもどうかとおもいますがね」
『ほっほっ』
数分後――
そして、誰もいなくなった。
〈See you again〉