※ネタバレ注意
†††
十五歳の時。
僕は――カルエル・アルバスは、空飛ぶ島「イスラ」に乗り込み、途方のない旅に出た。
今生の別れが訪れる最後の最後まで僕の行く末を案じてくれた、母との約束。
行く宛のない僕を拾って面倒を見てくれた、養父との約束。
―――「飛空士になる」という約束を叶えるため。
そして、「風の革命」を引き起こし、僕から身分、両親、名前…全てを奪い去った革命の旗印、
ニナ・ヴィエントに復讐するため。
いまだ誰も見たことのない「空の果て」を目指して、動かぬ星を目印に。
僕は、空飛ぶ島「イスラ」に乗り込み、途方のない旅に出た。
そこでは、沢山の人達との出会いがあった。
共に飛空士を目指す同級生。指導して下さる先生達。「イスラ」の航海を指揮する人達。
戦空機乗りとして、また人間として今も目標の一人となっている、異国の飛空士。
様々な人との出会い、そして別れが、僕という人間の在り方を少なからず変えてくれた。
そんな中、僕は一人の女の子と出会った。
彼女の名前は、クレア・クルス。
僕と同じ高校の飛空科に通う生徒で、肩で切りそろえた流れるような黒髪と、吸い込まれそうな野葡萄色の瞳を
持つ彼女に対する一番最初の第一印象は、「変な子だなぁ」だった気がする。
オドオドしてて、俯いていて、いかにも人馴れしていなさそうな、気の弱そうな女の子だった。
でも。
反面、彼女は何に対しても一生懸命で、誰に対しても真摯で、だから誰よりも真っ直ぐだった。
僕はそんな彼女と、飛空士の訓練や、他の仲間を交えた触れ合いを通じて、少なくない時間を共有した。
―出会ったばかりの頃、自転車に二人で乗って、雲の中を走り抜けた。
―訓練中のアクシデントで海に不時着した時、満点の星空を眺めながら互いの色んなことを語り合った。
―そして……。
今でも鮮明に思い出すことの出来る、かけがえのない思い出。
そんな中で、僕は一つ一つクレアの魅力を知り得て。
気づいたら、僕は四六時中彼女のことを考えるようになっていた。
僕は彼女に夢中になっていた。
クレアのことを考えるだけで、胸が締め付けられるように痛くなった。
クレアの笑顔を見るだけで、まるで自分のことのように幸せな気持ちになった。
クレアのそばにいるだけで、耳鳴りがするほど動悸が激しくなった。
その時は、彼女の正体も知らないまま。
僕は生まれて初めての感情、恋心をクレアに募らせていった。
でも、彼女は。クレアは。
僕がこの世界で最も憎しみを募らせていた相手でもあった。
知ってしまったのだ。
僕が彼女にもっと近づきたいと、自分の正体――カール王子だったことを明かした時に。
クレア・クルスはニナ・ヴィエントだった。
その時の僕の感情は、とても表現しきれない。
ただ、何もかもがどうでもよくなって、誰とも会わず部屋に篭っていたあの時の僕は、生きていなかった。
死んではいなかったけど、生きてもいなかった。
あのままでいたら、僕は今頃本当に死んでいたかも知れない。
でも、義妹のアリエルや、戦友のイグナシオ、何より、「きっかけ」を遺してくれた母上。
色んな人の支えがあって、僕は変わることが出来た。
ニナ・ヴィエントを…いや、ニナ・ヴィエントを憎んでいた僕自身を、許すことが出来た。
そして、たった一言だけど、それをクレアに伝えることが出来た。
やっと、彼女と向き合うことが出来るようになった矢先に。
彼女は連れ去られてしまった。
「イスラ」に何度となく攻撃を仕掛けてきた「空の一族」の持つ教典には「風呼びの少女」、
すなわちクレアの存在の出現を予見する件があったらしい。
風呼びの少女を伴い、自らを繁栄させようという目論見の奴らによって、
「イスラ」の航海の安全と引き換えに、クレアは「空の一族」に連れ去られてしまった。
僕は最初、彼女を連れて何もかもを捨てて二人だけで誰も知らない場所へ逃げることさえ考えた。
でも、クレアは進んでこの取引に応じたのだ。
度重なる戦闘で「イスラ」の戦力は底をつき、要求を断れば全てを蹂躙される。
彼女が、誰よりも人を気に掛けることの出来るクレアが、そんなことを望むはずがなかった。
仕方なかったという言葉は使いたくない。でも、その時の僕にはクレアを守る力はなかったのも確かだった。
だからこそ。
僕はクレアに約束した。
必ず戻ってくると。
どれだけかかるか分からないけど、全てが終わったら。
「空の果て」を見つけて、故郷に帰ることが出来たなら。
「きみを奪い返しに、必ず行くから!!」
僕の言葉に、クレアは満面の笑顔をたたえて、こう言ってくれた。
「待ってる!!」
そして、それから四年後。
僕は――いや、僕達は再び、動かぬ星「不動星エティカ」を指針に旅立った。
今度は「空の果て」を見つける旅じゃない。
ニナ・ヴィエントを。クレア・クルスを。
僕の最愛の人を、奪い返しに行くために。
†††
第二次イスラ艦隊旗艦「サン・アブリール」。その一室。
水素電池のライトが灯す淡いオレンジ色の光をたたえた部屋で。
カルエル・アルバスとクレア・クルスの二人はベッドに腰掛けて寄り添いながら、話に花を咲かせていた。
「――それにしても、ほんとに良かった…無事にクレアを取り戻せて」
「ふふ、カルったら、さっきから何度も同じこと言ってる」
柔らかな笑みを浮かべながらクレアがからかうような口調で指摘すると、カルエルは顔を赤らめて言葉を返した。
「だってさ! ほんとに心配だったんだよ、クレアのこと。もし交渉が決裂してクレアが人質とか、
危険な目に合わされたらとか、色々考えて――」
「うん。でも、良かったね。戦争にならなくて」
バレステロス、斉の国、ベナレス、そしてレヴァームの連合艦隊がニナ・ヴィエントを取り戻すために
「空の一族」の守る「聖泉」へと集結したのが四ヶ月前。
「イスラ」で航海していた時は壊滅的打撃を受けたが、今回の艦隊はその時を圧倒的に上回る戦力を有し、
更に今回は外務長アリシア・セルバンテス曰く「交渉における分厚い手札と何枚もの切り札」を用意していたらしく、
「空の一族」は分が悪いと分かるや、即時交渉の椅子に着くことを決めたのであった。
それからニナ・ヴィエントの引渡しや、「空の一族」に対する四国間との和平協定、
通商協定などの外交の取り決めに一ヶ月ほど掛かり、全てを成し遂げた第二次イスラ艦隊が
バレステロスに針路を向けたのが、ちょうど昨日のことだった。
ちなみに、今回の航海は「カール・ラ・イール王子とニナ・ヴィエントの運命的な恋愛劇を成就させるため」
という名分もあり、また二人のたっての希望もあり、彼らはこの「サン・アブリール」が出航してから今まで、
この部屋で二人きりで過ごし、今までの四年間を埋めるように、尽きぬ言葉を交わし続けているという訳である。
「今回もルイス提督や、アリシア外務長や他の外交役の人達が頑張ったおかげで、ここまでの好条件を
呑ませることが出来たんだよ。僕なんかは肝心な所で役に立てなくって、ちょっと立つ瀬がないって感じ」
「そんなことないよ。だってカルが自分の本当の身分を明かして、みんなに協力をお願いしたから、
『これだけの戦力で望むことが出来た。物理的にも情報的にもね。我々の勝利を不動のものにしたのは
彼の頑張りのおかげさ』って、ルイス提督も仰ってたもの。…それに」
「?」
少しだけ頬を赤らめながら視線をそらして、またカルエルに向き直る。
「カルは私の所に、誰よりも早く駆けつけてくれた、から。その…すごく、嬉しかった、よ?」
「あ、当たり前さ! だって、四年以上も顔を見てなかったんだもの! その、居ても立ってもいられなくて!」
「うん。だから、私はそれだけで充分。…ね?」
「…クレアがそう言ってくれるなら」
気恥ずかしそうに、今度はカルエルがクレアから視線をそらした。クレアはその様子に小さく笑うと、言葉を続ける。
「でも、カルの姿を見た時、驚いちゃった。凄く逞しくなってて、背も伸びて、それに前よりずっと、その…
…かっこよくなってたから」
「あ、ありがとう。クレアもその、昔もそうだったけど、今はもっと…き、綺麗になったよ」
真っ赤になりながらカルエルは同じようにクレアを褒め返すと、クレアはえ、と小さく呟き、
その白く美しい肌を耳まで赤く染めて、
「あ、ありがとう」
カルエルと同じようなイントネーションで、同じようなお礼を述べた。
カルエルの目に映る、クレアの姿。
肩口で切り揃えていた黒髪は腰まで届くまでに伸びて、光が当たるごとに艶やかで落ち着いた光沢を
輝かせている。
四年前はまだ幼さを残していた顔立ちは、ぱっちりとした野葡萄色の瞳はそのままに、大人びたものへと
変わっていた。
綺麗に揃った眉、すっと通った鼻筋、その下にふっくらと実る可憐な唇。
体つきも女性らしい丸みを帯びたものとなり、白のブラウスを押し上げる二つの膨らみ、抱き寄せたらすっぽり
収まってしまいそうなくびれた腰、形の整った下半身、スラっと伸びた脚部。
どれをとっても吸い込まれそうなほど魅力的だった。
レヴァーム皇国のファナ・レヴァーム執政長官も「光芒五里に及ぶ」と称されるほどの美しい女性であるが、
十九歳のクレア・クルスも、彼女に引けと取らないほどの美貌を備えていた。
少なくともカルエルには、そう思えた。
「…クレアと離れ離れになってから、もっと上手に飛べるように必死になって頑張ってきた、つもりだけど」
「うん」
「それでも、まだまだあの人には、全然及ばないんだ」
「あの人?」
「うん、聖泉での戦闘で、敵に襲われてもうダメだと思った時に助けてくれた――」
「ああ、『海猫』さん」
今までの会話の中で、『海猫』の話をしたのはこれが初めてではなかった。また繰り返し同じ話をしている気が
してはいたが、彼の話になると、中々言葉が止まらなくなってしまうカルエルだった。
「そう、僕の憧れの人なんだ。思わず見蕩れちゃうくらい綺麗な操縦で、実際に本人とも話したんだけど、
凄く優しくて、誠実な人で…僕の取り留めのない話も真面目に聞いてくれて…」
「………」
クレアが、「空の一族」に連れ去られてから、一年半ほどした後。
「イスラ」のシルクラール湖で『海猫』と偶然会い、話をしたカルエル。
彼から聞いた話は、彼自身のことも、彼の持つ空戦技術のことも。
今では全てがカルエルの力となり、彼の行動指針にも取り込まれていた。
そして、この話はクレアにさえ秘密であるが、カルエルは『海猫』にクレアの話を打ち明けていた。
クレアとの出会いや、彼女への想い、カール王子とニナ・ヴィエントの関係。そして別れ。
全てを聞いて、『海猫』は。
――君は、自分よりクレアのことが大切なんだね。
――だから憎しみを捨てられた。それは素晴らしいことだよ。
と。
言ってくれた。
気休めの同情ではないことは、一目瞭然だった。心の底から共感してくれたのだと分かった。
クレアが去ってから一時も心休まらなかったカルエルだったが、彼との会話はその重くなった心を
幾分かは軽くしてくれたような気がした。
そして今、助けだすことの出来たクレアを前にして、カルエルは思う。
――「聖泉」で助けてくれたことは勿論、彼と出会うことが出来たから、こうしてクレアを取り戻すことが出来た、
と考えるのは行き過ぎだろうか。もしそうだったとしても、彼を目標に追いつき、追い越そうとすることで、
彼が自分にしてくれた心遣いに、少しでも応えたい。例えそれが、独りよがりなものだとしても――
「とにかく、僕はあの人みたいな飛空士に――ううん、あの人みたいな大人になりたいと思ってるんだ」
「…すごい人なんだね、『海猫』さんって」
「うん!」
まるで憧れの英雄を夢中で語る子供のようなカルエルに、クレアは母性をくすぐられ、柔らかく微笑む。
同時にクレアに些細な疑問が浮かび、思わずカルエルに訪ねてみた。
「ねぇ、カル。その人って…女の人?」
「え? ううん、男の人だけど…」
「そう、よかった…」
「? どうして?」
「だって、カルがその人のことを話している時って、すごく楽しそうで、目がキラキラしてて…
もしその人が女の人だったら、カルのことを取られちゃうかも知れないって思ったら、恐くなっちゃって」
「そんな! そんなことはないよ! だって、僕は、その、クレアのことしか、考えられないから…」
「カル…」
「クレア…んっ」
気づけば、クレアの唇がカルエルのそれと重なっていた。
音も立たないような、静かな、添えるような口づけ。
数秒もしないうちに、クレアの方から顔を離し、瞼を開ける。
カルエルの瞳に、クレアの切なそうな表情が映る。
「カル…私、私は…カルのことが好き…」
「クレア…」
「一人じゃ何も出来なかった私に、あなたは声を掛けてくれた。
私の持っていないものを沢山持っていたあなたは、私に色んなものを与えてくれた」
仲間。思い出。そして――この想い。
カルエルにとって大切なもの。それは同時にクレアにとっても大切なもの。
「あなたの全てを奪った私なのに、あなたは私に『生きろ』と、そう言ってくれた」
王族という地位を。最愛の母親を。カール・ラ・イールの名前すらも革命によって奪い去った。
殺されても仕方ないとさえ思っていたクレア。自分のことを忘れて欲しいとすら思った。
でも、カルエルは許した。ニナ・ヴィエントを。彼自身を。憎しみを。
クレアが誰よりも大切な、自分よりも大切な人だから。
「私を奪い返しに来るって言ってくれた時、別れの後、涙が止まらなかった。嬉しくて嬉しくて、
いつまでも涙が止まらなかった」
でもカルエルは覚えている。自分の言葉に、笑顔で「待ってる」と言ってくれたことを。
「あなたは、私の全てを変えてくれた。でも、私はあなたに、何もしてあげられなかった」
そんなことはない。カルエルは思う。
彼女と過ごした「イスラ」での日々は、今も宝石のように輝いて、自分の中に眠っている。
「だから、私は…私の全てをあなたにあげたい」
クレアは、カルエルから視線を離さず、真っ直ぐに見つめる。
カルエルも顔を赤らめながら、目尻に涙をたたえた野葡萄色の瞳を見据えている。
「私の想い。私の身体。私の心。私の全てを」
クレアの瞳から零れた水が、涙となって頬を伝っていく。
「カル」
クレアは、精一杯の勇気を振り絞って、目の前の愛しい青年に告げた。
「私を…あなたのものに、してください」
「ん…ふ、ぅん…」
ベッドに腰掛けたまま、カルエルとクレアは口づけを交わす。
互いの唇を軽く擦り付けるようにして、相手の感触を確かめていく。
「…んっ、ぁ…ふ…はぁ…」
(クレア…クレアっ…)
唇を交わす度に、カルエルの中に点った火が激しく燃え上がる。
抱きしめたクレアの柔らかな身体。唇の感触。顔をくすぐる彼女の吐息。爽やかな髪の匂い。
その全てが、カルエルを狂わせていく。
「…ふぁっ、んっ、ちゅっ、はぁっ、ちゅ」
次第に擦り合わせるだけのキスから、互いの唇を吸い合うものに、そして舌を絡めたものに。
二人の気持ちが高ぶるのに合わせて、口づけは激しくなっていく。
「…はぁっ、はぁっ、んっ、ちゅば、カルっ、は、んちゅ、カルっ」
「…ちゅっ、ん、クレア…ふ、んっ…クレア…」
互いの名前を呼び合いながら。
二人は互いを求めていく。
「ちゅぶ、んっ、ふぁ、ん…ちゅっ、ちゅば、はっ…んっ、あっ」
クレアの頭の中を、電気が走ったかのような刺激が起こる。
カルエルが、クレアの胸のふくらみを、下からすくい上げるように触っていた。
「…んっ、やぁ、あ、カル、そこは…んっ」
「クレア…嫌だった?」
「う、ううん…嫌じゃない…んあっ、カルの手が…んんっ、私のを、触ってる…はっ、んあっ」
カルエルが自分に触れている。
その事実が、クレアに与える快感をより強く、より激しいものにしていく。
「…あ、んっ、ふぁ、ん! はぁ、ふぅ、ん…」
服越しにクレアの柔肉を愛撫していくカルエル。
そうしているうちに、クレアの快感に震える声をもっと聴きたい、
もっとクレアと触れ合いたいという気持ちから、彼女に告げた。
「クレア、服、脱がすよ」
「…うん」
返事を待ってから、一つ一つブラウスのボタンを外して、紺のロングスカートに手をかけると、
ゆっくりとそれを脱がせていく。
脱がせている間、恥ずかしさからかクレアはぎゅっと目をつぶっていた。
そんな姿も可愛らしく、カルエルはその様子にも心を踊らせた。
やがて、ブラウスとスカートを取り払われ、下着姿のクレアがあらわになった。
カルエルが再びクレアを抱き寄せようと両手を開くが、クレアに制止される。
「…待って」
するとクレアは、震える手でブラとショーツを脱ぎ、今まで座っていたベッドにゆっくり仰向けになった。
「クレア……すごく綺麗だ」
クレアの裸体はまるで、計算されて創られたかのような、芸術的な美しさだった。
自分が彼女を抱くことで、それを壊してしまうのではないか、そう考えてしまうほどに。
「ありがとう…でも、カル…そんなに見つめないで…」
「ご、ごめん!」
カルエルの視線に耐え切れなくなり、思わずそんなことを漏らしてしまうクレア。
「カルも…服、脱いでほしいな…」
「うん、わかった」
言われるままにカルエルも服を脱ぎ、クレアの上に覆いかぶさる。
「そ、それじゃ…触るね」
「うん…いいよ」
カルエルはクレアの身体に密着すると、両手でクレアの乳房をゆっくり、乱暴にならないように
円を描くようにして揉みあげていく。
「んんっ、はぁ、あっ、んっ、ふぁ」
「クレアの胸…すごく柔らかい」
触れると吸いつくように瑞々しくて、軽く力を入れるとゼリーのように形を変え、力を抜くとふるんっと
元の形に戻る、クレアの乳房。
服の上からさわった感触とは全く違うそれに、カルエルは夢中になっていく。
片方の胸に顔を寄せると、白く美しい肌に舌を這わせ、ピンク色の頂きに唇で吸い付いた。
「…あぁっ、んあっ、…んっ、んんっ! カル…あっ、赤ちゃんみたい…は、あんっ」
与えられる快感に震えながらも、夢中になって乳房にしゃぶり付くカルエルの髪を、
クレアは優しく手で梳いていく。
彼に対する愛しさがどんどんと込み上げてくる。
――いつか私も、こうやってこどもに自分のおっぱいを与える日が来るんだろうか。
――カルと私のこども。何人でも欲しい。
――それで家族みんなで仲良く暮らせたら、どれだけ幸せだろう。
――そうなれれば、っ、!?
今までより一段強い刺激に、クレアは意識を戻された。
いつの間にかカルエルがクレアの下半身まで移動して、彼女の秘処に舌を這わせていた。
「あんっ、ふ、ああっ、だめ、カルっ、んあっ、そんな、ところ、きたないっ、から、あっ!」
「大丈夫だよ、クレアにきたない所なんてどこにもない。ここだって」
「でもっ、あっ、んやっ、ふああ、そんな、んっああ!」
カルエルの舌が触れる度に、快感が秘処から頭へと一直線に駆け上がってくる。
身体が弛緩して、力が入らない。
やがて、体中が麻痺したかのような感覚と共に、身体がふわふわと浮き上がりそうな感覚も覚え始める。
「はぁ、はぁ、っ、クレア、もっと、気持ちよくなって…」
「ふああっ、んあっ、や、ああ! だめ、んっ、こん、な、は、あんっ!」
どれくらいそうされただろうか。
クレアは幾度となくやってくる刺激に晒されて、ついに。
「んあっ、な、なに、あっ! これ、ふあっ、なにか、なにかきちゃう、はあっ、んあっ」
「いやっ、カル、んああっ、こわい、カルっ、ああっ、んっ、ふあああっ!」
体中を痙攣させて、クレアはついに達してしまった。
「…うっ、ひっ、うう…」
「…ごめん、クレア」
カルエルは後悔していた。
自分の愛撫で彼女が敏感に反応してくれることが嬉しくて、つい歯止めが効かなくなってしまったからだ。
クレアの身体に夢中になって、彼女が恐がっているのを気づいてやれなかった。
女性の「達する」とは、カルエルには理解し得ないものではあったが、純真な彼女のことだ、
きっと今まで、自分を慰めるという行為すら知らなかったであろう。
恐らく、こんな生理現象は初めての経験だったに違いない。
そして、彼女を泣かせてしまった。
「ほんとにごめん。もう絶対、こんな勝手なことはしないから」
「…ひっく、ううん、違うの…」
「え?」
「その…さっきみたいなの、初めてだったから。ちょっとびっくりしちゃっただけ、だから」
「でも…」
「カル、心配してくれてありがとう。でも、もうほんとに大丈夫」
クレアは芯の強い女性だ。その彼女がそう言うのだから、ほんとに大丈夫…なんだろう。
そう考えを纏めると、念を押すかのようにクレアに言った。
「…そっか。でも、嫌なことだったら言ってね。僕はクレアに嫌な思いなんて、絶対させたくないから」
「うん、ありがとう」
いつも見せる穏やかな笑顔をカルエルに向けると、カルエルもようやく心配そうな表情を崩した。
一瞬の沈黙の後。
「クレア…その、いいかな」
「うん…きて」
軽く口づけを交わすと、カルエルは再び彼女に覆いかぶさった。
「クレアって、こういうこと、初めてだよね」
「う、うん」
「女の人の初めてって痛いって聞くから、なるべくゆっくりやるつもりだけど、クレアも出来るだけ、力抜いてね」
「うん」
「本当に痛かったら、我慢しないで言ってね」
「カル、お願い」
「? なに?」
「ぎゅって、抱きしめて」
「ん、わかった」
言われたとおり、カルエルはクレアの華奢な身体を抱きしめた。すぐにクレアもカルエルを抱きしめ返してきた。
カルエルは自身に手を添えて、クレアの入り口に先端を当てると、ゆっくりと先へ進んでいく。
「…ひ、うぐっ、んっ…くうっ…」
クレアの苦しそうな声が聞こえてくる。
「クレア、大丈夫?」
「…うん、平気。もっと力を入れてもいいよ…、っ」
「わかった」
それから時間をかけて、少しずつクレアの中に入っていった。そして。
「クレア。多分、最後の壁まで来たと思う」
「…はぁ、はぁ、う、うん…」
長時間、少しずつ痛みを感じてきたクレアは息も絶え絶え、見るからに疲労していた。
「それじゃ、クレア、行くよ…!」
「うん、きて、カル」
クレアの言葉を聞いて、カルエルは今まで少しずつ進めていた腰に力を入れて、一気にクレアの膜を貫いた。
プツッ
「くああっ! ひ、うぐっ…はぁ、はぁ…」
カルエルとクレアの繋がった場所から、一筋の血が流れ、シーツに模様を作った。
二人は荒い息を吐きながら、抱き合っていた身体を離し、お互いの顔を見つめた。
「クレア、繋がったよ。僕達…」
「…うんっ、私達、やっと一つになれたんだねっ…」
二人が離れ離れになってから実に四年半近く。
ずっと、夢見てた瞬間だった。
「クレア、まだ痛むだろうから、それが引くまで、こうしてようと思うけど――」
「ううん、大丈夫、カルの好きなようにして、いいよ」
「で、でも」
「…私ね、今感じてるこの痛みも、大切なものだと思ってる。だって、あなたを、私の初めての人として
受け入れることができた証だから」
「クレア…」
痛みは今も続いているはずなのに、クレアは笑顔を崩すことなく、カルエルに語り掛ける。
「痛いのがいいって言うわけじゃなくて、でも、それがあなたから与えられるものだったら、それは
私にとって、とてもかけがえのないものなんだって、そう思う」
その言葉ひとつひとつから、クレアのカルエルに対する健気な気持ちが、伝わってくる。
それを受けて、カルエルは。
「…わかった。それじゃ、動くね」
「うん」
「でも、なるべくクレアが痛みを感じないようにするから。やっぱり、好きな女の子が痛い思いをするなんて、
僕には受け入れられない」
「うん。…きて、カル」
一番奥まで突き入れた自分自身を、ゆっくりと前後に動かし始めた。
「…あっ、んあっ、ふ、ああっ、はあ、ん、あんっ!」
カルエルが動き始めて、少し経った頃。
クレアの声も、表情にも、甘いものが混じり始めていた。
「クレア、痛く、ないの?」
「うんっ、あんっ、ふあっ! ほんとに、んあぁ! きもち、いいっ、んっああぁ!」
二人の結合部から、止めどなく透明な液体が溢れ出てくる。
カルエルが腰を動かすたびに、ぐちょぐちょといやらしい音と、ギシギシとベッドが軋む音が部屋中に響いた。
「んあっ、あっ、んはぁ! あっ、あっ、ふああぁ!」
――クレアがだらしなく開けた口元から涎を垂らし、視線もどこか宙を泳いでいる。
違う角度で彼女の中を突くと、一段高い声を上げて自分の腕の中で艶めかしく躰が踊る。
普段は大人しくて、清楚なクレアが快感に煽られ、女の表情を見せている。この僕だけに――
そう思うと、カルエルは知らず知らずに独占欲と支配欲を刺激され、己の怒張をさらに膨らませる。
その変化にも敏感にクレアは反応した。
さらに、カルエルは色んな角度で腰を動かし、クレアの喜ぶ場所を探していった。
「んああぁ! そこ、いいっ、カルっ、きもち、いいよぉ、あ、はぁ!」
「クレア、ここ? ここがいいの?」
「うんっ、うんっ、そこいいっ、ふああっ、んっ、すごいぃ!」
やがて、クレアの弱点を見つけたカルエルはそこを集中的に攻め始めた。
感極まって、一突きされる度に達してしまいそうなクレアは堪らず、カルエルの身体を引き寄せ、唇を奪った。
「…んんっ、ちゅっ、んあっ! は、ぅむっ、ちゅぶぶ、カルっ、すきっ、あっ、すきぃ、ふああっ!」
「はぁ、はぁ、クレアっ、んっ、僕も、好きだ、クレアっ、ちゅ、好きだっ」
愛の言葉を紡ぎ合いながら、二人は行為に没頭していく。
互いの身体を強く抱き寄せ、片手は指を絡ませながら繋いで、上と下の粘膜を重ね合わせながら、
二人は一つになっていく。
何もかもが融け合って、自分と相手の境界が分からなくなっていく。
「クレアっ、僕、もう…」
「あんっ! ふあっ、カルっ、きて、このままっ、んあっ、いっしょに、ひあぁっ!」
カルエルのストロークがどんどん早くなっていく。
体中を密着させて、クレアの中をかき混ぜていく。
クレアの言葉を受けたカルエルは、彼女と一緒に果てることしか考えることが出来なくなった。
そして。
「…うっ、くっ! クレア!」
「んあぁっ、もう、だめっ、ふあぁ! カルっ、あっ、ああぁ! んっ、あああああああっ!」
カルエルは自身をクレアの一番奥に突き入れて。
クレアは脚をカルエルの腰に絡ませて。
二人は一緒に、果てた。
どれくらいまどろんでいたのか。
クレアは意識を取り戻すと、ゆっくりと瞼を開いた。
「おはよう、クレア」
すると、すぐ隣からカルエルが声を掛けた。
「カル…うん、おはよう」
クレアも返事を返しながら、体ごとカルエルの方に向き直る。と、
カルエルは全裸だった。そして、自分も。
「―――っ!!」
そのことに気づいた途端、先程までの睦事をはっきりと思い出したのか、クレアは体中を真っ赤に染めて
頭からシーツを被り、ベッドの中に潜ってしまった。
「〜〜〜〜〜っ」
「クレア、どうしたの?」
カルエルが不思議そうな顔で、シーツの上部を少し捲ると、クレアが鼻先より上を覗かせて、
目線だけをカルエルに向けた。
「カ、カル…私達」
「ん?」
天然なのかワザとなのか、カルエルはクレアが恥ずかしがる様子に、頭の上に疑問符を浮かべるばかりだった。
「その…さっきの」
「あぁ、エッチしたこ――」
「こ、言葉に出して言わないでっ!」
カルエルの言葉を遮ると、自分の胸が見えないように、クレアはシーツから顔を出した。
「その、カルは…私のこと、軽蔑してない?」
「え? なんで?」
「だって、私、あんなに乱れて、大きな声も出しちゃって…はしたない女だと思うでしょう?」
「全然?」
クレアの質問に、なぜそんなことを聞くのかと言いたげな表情でカルエルは返す。
「ほ、本当?」
「うん。むしろ、すごく可愛かった」
「〜〜〜っ! カル、からかわないでっ」
「からかってなんかないよ。ホントのことだもの」
「…カル、何か余裕が出来たみたいでちょっと、くやしい…」
「そうかな、自分ではよく分からないけど」
そんなカルエルの様子を見ながら、クレアの頭の中に一つの不安がよぎる。
――英雄色を好むと言うけれど。王族もその範疇に含まれるのだろうか。
女性を手玉に取るカルエル。自分だけではなく、他の女性とも――
クレアはすぐさま首を振って、おかしな考えを振り払った。
――カルエルは自分を取り戻すために、今まで全力を尽くしてくれた。
彼は私を選んでくれたのだ。そのことにもっと、自身を持たなくては――
「そうだ、クレア」
唐突に声をかけられて、クレアの意識はカルエルへの向けられた。
「なに? カル」
「実は、受け取って欲しいものがあるんだ」
「?」
心なしか、先程までの余裕のあるカルエルとは打って変わって、身体が固く、緊張しているように見える。
カルエルは一回大きく深呼吸すると、覚悟を決めたように小さく頷いて、ベッドに付いている小さな引き出しから、
こぶし大の真っ白な立方体型のケースを取り出して、クレアの前に差し出した。
そして、脇についているボタンを押すと、ケースが真ん中から横開きに開いた。
そこには――
「カル、これ…」
「うん、空軍のお給金で買ったんだ。新米だからまだ実入りも少なくて、大した物は買えなかったんだけど…」
そこには、よどみのない銀色をたたえた飾り気のない指輪が、ライトの光を受けて、まばゆく輝いていた。
「僕はまだ飛空士としては未熟で、男としてもまだまだ足りないものがいっぱいあると思う。
君に苦労をかけたり、辛い思いをさせてしまうこともあるかも知れない。でも、そうさせないために
僕は今以上にがんばる。飛空士としての腕も磨いて、人間としてももっと成長して、
いつかは養父さんや『海猫』さん以上の男になってみせる。絶対に君を幸せにしてみせる! だから」
練習してきた言葉とはちがうものが、クレアへの想いが、自然と口から流れ出てくる。
――自分の言葉に嘘は一つもない。クレアと約束して。必ず奪い返すと約束して。それを成し遂げたように。
いつか絶対、成し遂げてみせる。そして、もう二度と君を手放したりなんかしない。だから――
「クレア。僕と、結婚してほしい」
「…っ、…カルっ…」
クレアの瞳から、涙が一筋、二筋、いや、どんどんと溢れ出てくる。
「…うんっ…うんっ…!」
出てくる嗚咽を止められない。カルエルに対する感情を、止められない。
「私、もっ…ひっくっ…あなたが…あなたにっ…ひぐっ…」
伝えたいことが中々言葉に出てこない。カルエルは真剣な表情で返事を待っていた。
クレアはゆっくりと深呼吸をして、気持ちを何とか落ち着かせてから、再び口を開いた。
「私も、あなたとずっと一緒にいたい。十年経っても、二十年経っても、…おばあちゃんになっても、
あなたとずっと同じ道を歩いて、同じ空を飛んでいたい。いつも賑やかで、笑顔が耐えなくて、どんな
辛いことでもみんなで乗り切っていける、そんな家族を、カルと一緒に作りたい。だから」
――いつまでもあなたへ、私の歌を…恋の歌を、あなたへ歌い続けたい。だから――
「カル。私と、結婚してください」
†††
四ヶ月後。
バレステロスへと戻った私達は、沢山の人達に祝福されながら、結婚式を挙げた。
ウェディングドレスを着た私を見て、カルは、綺麗だと目を輝かせながら褒めてくれた。
教会で誓いを立て、リングを交換して、誓いの口づけを交わした。
そして、私達は『家族』になった。
そう。
私の中には、もう、新しい命が宿っている。
カルと初めてを共にした夜。
その時私は、彼の子供を授かっていた。
最初その事実を知った時、私もカルもとても驚いたけど、すぐに抱きしめ合って喜びをかみしめた。
――カル。
あなたがいたから、私は生きる喜びを感じることが出来た。
あなたがいたから、私は恋という、素敵な感情を知ることが出来た。
あなたがいたから、新しい命を授かることが出来た。
そして今、あなたが側にいるから、私はこの先も歩いていける。
今まで本当にありがとう。
そしてこれからもよろしくお願いします。
私は。
クレア・アルバスは。
心から、あなたのことを。
カルエル・アルバスのことを、愛しています――
Fin