とある普通の少年「上条当麻(かみじょうとうま)」が、夏休みのある日に一人、部屋でくつろいでいた。  
彼には、とある事情で同居する少女がいた。  
妹のようで妹でない、間違っても恋人でもありはしない、微妙に距離感のつかみにくい少女なのだが。  
さてその少女もただいま現在は、近隣に住まう彼の担任女教師の家に招かれ、焼肉をほおばっているころだろう。  
彼も一緒に招かれたが、丁重にお断りした。  
何せ外は猛暑で、無防備に外に出ようものならほんの数分で干からびてしまいそうな熱気だった。  
かといって部屋が涼しいのかといえばそうではなく、これまた風が通らないものだから熱気がこもって蒸し暑い。  
そんな暑い中出かけていって、熱々の焼き肉なんぞ食べに行こうという気力もなく。冷えたソーメンとかならともかく。  
彼が家にいるのは、単に動くのがだるいという理由であった。  
 
ぴんぽん。  
 
新聞の集金か、と、真っ先に考えた。  
たったいま部屋の玄関の呼び出しボタンが何者かによって押されたのだが、  
彼の「動きたくない」という怠惰の欲求は、来客の可能性の中からかったるい候補をあえて考えないようにしていた。  
 
彼は少し前まで一人暮らしをしていた。  
実は彼、こう見えても超能力者なのである。  
いや、その可能性があるとされていた、というか。  
と、あまりよくはわからないが、彼にはちょっとした能力があり、この超能力者たちがたくさん集められた街にすむことになった。  
まぁでも、この街は彼に無能の烙印を押したし、本格的にモルモットのような扱いをされるのもいやなので、ちょうど心地よい放置感覚であったのだが。  
この夏休みが始まる前までは。  
まぁ彼の超能力の話はひとまずあちらの棚へおいておくとしよう。本日の出来事において、彼の能力が発現する事は無いので。  
ようは、微妙に科学が進んだ都市の中、彼は親から離れて暮らし、いくつかのトラブルに巻き込まれた、ということがいいたかっただけで。  
 
脇にそれた。  
 
上条当麻が来客をスルーすることに決めた直後、もういちど「ぴんぽん」と音が鳴った。  
まだ帰らないらしい。  
しばらくするとまた「ぴんぽん」と鳴り、つぎの「ぴんぽん」までの間隔がだんだん短くなっていった。もはや連打。  
来訪者から根競べを挑まれた上条当麻は、全力でその挑戦を受けた。ようはスルーし続けたわけだ。  
 
勝った、と彼が思ったのは、「ぴんぽん」の連打が途切れたからであり、  
その直後に、負けた、と思ったのは、今度は携帯電話が鳴り始めたからである。  
 
玄関の来訪者とは別人でありますように、と、祈りを込めて携帯電話を取る。  
 
「来客を確認もしないで居留守を続けるのは、いったいどういった了見ですか、とミサカは大変憤慨して問い詰めます」  
 
電話に出た少女は御坂妹(みさかいもうと)、つまり御坂(みさか)の妹(いもうと)であった。  
御坂とは高校生の上条当麻によく絡んでくる女子中学生であり、その妹というからにはふつーに考えて妹なわけだが、  
これにも少々厄介な「とある事情」があり、上条当麻もつい先日その「とある事情」に大きくかかわることになった。  
かいつまんでいうと、玄関から電話をかけてきた少女は、微妙に進んだ科学によって、御坂という女子中学生から作られたクローンである。  
大雑把なたとえ話になるが、足元ばっかり見て歩いていた女の子が赤信号に突っ込んでいったのを、上条当麻が身を呈して助けた、ような出来事があり、  
御坂とその御坂妹たちに感謝されました、というような感じ。  
 
「まさかこの電話さえも無視するつもりですか、とミサカは憮然と抗議し、当方にもそれなりの対応とその準備があることを宣告します」  
 
この奇妙なしゃべり方は間違えようもない。上条当麻がその身を盾にして助けた少女だ。  
 
「おおっ! 御坂妹じゃねーか、元気だったか!? つか大丈夫なのか、その、こんなところまで出てきて・・・」  
 
上条当麻でなくても、男であれば自分が助けた少女が元気なのはうれしいものだ。  
嬉しさと心配がマーブル模様のように絡み合う気持ちを静めることもせずに相手に呼びかけるが、  
 
「玄関ドア1枚をはさんで電話で会話というのは、いろいろな面で無駄が多いですね、とミサカは遠まわしにドアを開けてもらえるよう促します」  
 
という至極もっともな指摘を受け、あわてて玄関に向かった。  
 
「んで、今日は何の用件だ?」  
 
部屋に招き入れられた御坂妹は、夏休みだというのにこの間と同じ制服を着ていた。  
そして上条当麻が差し出した、氷の浮かんだ麦茶のグラスを両手で持ち、まぶたを閉じて手のひらの冷たさを楽しんでいたようだったが、  
彼に質問されるとコップを卓袱台に置き直して、視線を彼に向けて答え始めた。  
 
「おめでとうございます。上条当麻さま、あなたは厳正な抽選の結果、プレゼントに当選しました、と、  
ミサカは華やかな笑顔と割れんばかりの拍手(はくしゅ)を以ってあなたを祝福します」  
 
あくまでも平坦な口調で、台詞とは裏腹にちぱ、ちぱ、ちぱ、とかわいい柏手(かしわで)の音。  
 
いやあなた、それけっこう無表情ですよ? まぁその表情の乏しいところもなんつーかマニアックな可愛らしさがあって俺はまんざらじゃないけど。  
あと柏手は神社やなんかにおまいりするときのアレで、割れんばかりの拍手というにはいささか潔すぎますよ?  
と、いろいろ突っ込もうとしたが、その前にアレだ、一番引っかかるポイントの確認。  
 
「プレゼント? 当選? 俺が?」  
 
疑問符を3っつ重ねてジェットストリームアタック。  
しかし連邦の白い御坂妹は相変わらずの無表情で上条当麻の質問をかわし、踏み台にして話を続ける。  
 
「はい、あなたは缶コーヒーのシールを集めて応募するキャンペーンに参加されましたよね?  
 とミサカは軽く首を傾げて確認を取ります。そして・・・・・・」  
 
と、傍らに置いたカバンの中から、一通のはがきを取り出す。  
キャンペーン専用応募はがき、と書かれたその紙には確かに上条当麻の名前、住所がしたためられ、  
規定枚数のシールが貼り付けられている。  
 
それを見た上条当麻は少し寂しそうな顔をして、  
「それは、ポストに投函してから切手の貼り忘れに気がついた応募はがき・・・  
っつーか、何でそれをお前が持ってんだ!?」  
今度は疑問に顔をしかめた。  
 
その質問には答えず、御坂妹は、ずい、とそのはがきを彼に差し出し、小さな文面を指で指し示した。  
はがきを受け取った上条当麻は、その指されていた部分を読んでみる。  
 
「特賞、ミュージックーマmp3プレーヤー、残念賞、クーマオリジナルマウスパッド・・・  
・・・Wチャンス、かわいい女の子1ダース・・・・・・・って、お、女の子!?」  
印刷された商品の写真の下に小さく、いかにもさっき自分で書きましたといわんばかりのかわいい手書き文字で、  
勝手にWチャンスなるプレゼントが追加されている。はがきと交互に御坂妹をみると、  
そのさっきまではがきを指していた指先で、今度は自分の顔を指している。  
「女の子、ね」と上条当麻が御坂妹を指差していうと、こくこくとうなずいて肯定する。  
「当選、ってまた自分を『モノ』みたいに言うのはやめろってば。  
しかも一人じゃなくて1ダースなんて、エンピツ数えてるんじゃないんだから・・・・・・って、い、1ダース!?」  
驚く上条当麻の声と同時に「ぴんぽん」とベルがなり、鍵をかけていない部屋へぞろぞろと押しかけてきた。  
残りの11人の御坂妹が。  
 
重ねて言うが、御坂妹は御坂のクローンだ。  
御坂と御坂妹は姿形声肌の色など、ディティールこそ似ているものの、オリジナルとコピーという、はっきりとわかる個性の違いがある。  
しかし御坂妹と御坂妹はくどいようだが完全な同一のクローンコピーである。少なくとも今、上条当麻には目の前の12人はまったく見分けがつかない。  
 
上条当麻は、真夏の熱気で蒸せ返る狭い部屋と玄関が同じ顔をした少女たちで埋め尽くされた現状から、逃げ出したい衝動に激しく駆られた。  
 
・  
・  
・  
 
「衣食住の快適化?」  
卓袱台ごと部屋の隅に追いやられた上条当麻が恐る恐るたずねると、  
「はい。とミサカは即答します。」  
「先日あなたに助けていただいた件のお礼です、とミサカは素直な感謝の意を込めてそのように告げます」  
「本日一日だけ外出許可をいただいてきました、とミサカはさりげなく時間制限を申告してみます」  
「私たち12人は、生き残ったすべての妹達(シスターズ)の代表です。と、すこし誇らしげにミサカは胸を張ります」  
「今日一日、あなたの生活が快適になるよう、サポートさせていただきます。  
 とミサカはここまで来て拒否をされないよう、強気で押してみます」  
と、卓袱台を挟んで正座する12人の御坂妹に、流れるように回答されてしまった。  
 
「それにしても・・・」  
かなりがた脱力しながら、上条当麻が感想を述べようとすると、  
「いっておきますが、とミサカは先の先(せんのせん)を制します」  
「12人の妹達(シスターズ)だからといって、お兄ちゃんとか兄くんとかアニキとか以下略とか、  
一人一人呼び方を変えるつもりはありません。とあらかじめ釘を差しておきます」  
御坂妹の一人が、上条当麻の本棚の中からめざとく見つけた、高校生にしては恥ずかしすぎる書物(妹姫)を指さして宣告した。  
「そ、そーなんだ。・・・呼んでくれないんだ・・・」  
ちょっぴりがっかりしながらも、いったいどこまで自分の行動パターンと趣味を読まれているのかが不安になり、目を覆う。  
そして上条当麻は、彼女たち御坂妹と、オリジナルである御坂を護るための闘いを思い起こす。  
(こっちはお礼がして欲しくてやった訳じゃないってのは言ったつもりだけどさ、せっかく来てくれたのをムゲに返すのもかわいそうか・・・  
ま、家政婦さんが来たと思えば、掃除とかが飯の支度とかが楽になるからお得とも言える。この狭い部屋に12人は多い気もするが。)  
少し考えて、  
「・・・ま、そういうことなら、お願いしますか」  
 
12人の御坂妹が一斉に、表情を少しだけ変え、ホッとしたようなはにかんだような、  
よくよく見てみないと変化に気が付かないような笑みを浮かべたように、上条当麻は感じた。  
(なんだかんだいって、あのころの無表情、無感情はずいぶんとマシになったみたいだ。  
それだけでもがんばった甲斐があるってもんだ。)  
上条当麻は、笑みを浮かべて彼女らを見渡した。こういうのもまんざら悪くはない。  
 
「「「「「「「「「「「「それではさっそく、準備に入ります。とミサカは宣言しつつも、  
           言葉を紡ぐのももどかしく服を脱ぎ捨てていきます」」」」」」」」」」」」  
12人全員が一斉にそのように宣言して制服、次いで下着を脱ぎ始めた。  
 
「ふぎっ!!」  
部屋の蒸し暑さも手伝ってのぼせ気味だった上条は、目の前の光景に、反射的に鼻血を噴きだした。  
そして情けない話であるが、上条当麻の魂は現実逃避のために、幽体離脱して散歩に出かけてしまった。  
 
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「・・・・・・はっ、俺はいったい?!」  
現実逃避していた上条当麻の生霊が彼の体に帰ってきたとき、彼は自分がなにやら心地よい安堵感に包まれているととに気が付いた。  
誰かが詰めてくれていたのであろう、鼻血を押さえていた丸めたティッシュペーパーは、先程の鼻息で勢いよく飛んでいった。  
そして彼の両脇に一人ずつ、かしずくように全裸の御坂妹がうちわで彼にそよそよと風を送っていた。  
ご丁寧に、吊るしたアイスノンを扇いで冷風を作り出している。  
つーか、そんな擬似クーラーの仕組みはどうでもいい、裸だよ、裸、全裸。  
「んなっ!!」  
そして慌しく左右を交互に見ないように顔を振り回すと、後頭部がなにやらプニプニしたものを擦りあげるので、振り返ろうとする。  
「そんなに頭を胸に擦りつけられると、上手く肩を揉むことが出来ません、とミサカは抗議します」  
白地の浴衣に身を包んだ御坂妹が、背中から肩を揉んでくれていた。  
「ふえっ!」  
慌てて正面を見ると、メイド服を着て、ハタキを持った御坂妹と、ゾウキンを持った御坂妹が、部屋を掃除してくれていた。  
「きゃん!」  
足に冷たい感触があったので、足元を見てみる。  
 
「ひんやりとして気持ちいいですか?と学校指定の水着を着たミサカが氷で足をマッサージしながら上目遣いで伺います」  
 
状況説明を本人にやられてしまっているのでくどくなるが、上条当麻は用意された椅子に(しかもパンツ一丁の半裸姿で)座らされ、  
その足を冷水の入っている幼児用のビニールプールに差し出していた。  
そしてそれを捧げ持ったスク水姿の御坂妹によって氷マッサージを受けていた。  
脛や踝、さらに流れて足の裏まで、指先でつまんだ角氷で、つーーーーー・・・と、なぞっていく。  
マッサージというか、なんと言うか。  
 
「ちょっ」  
・・・とまて、いったいこれはどーゆーことなの、なんか俺、生霊が帰ってくる肉体間違えた?!   
つーかそのスク水に縫い付けてあるゼッケン、5桁の数字は別にいいとして、『ミサカ』ってカタカナで書くな!   
ニホン人なら漢字使おうよ漢字!! んで浴衣の下には下着をつけないって、そんなところだけ由緒正しい日本の情緒を守ってますか!  
あと横の二人、そのアイスノンは蒸し暑い夜用に冷やしておいた奴だ、もし今晩が史上最高気温の熱帯夜だったらどうしてくれるんだ!!   
つか裸はまずいだろ、裸は!!  
のようなツッコミをしようとした上条当麻だったが、  
「「お昼ご飯にソーメンはいかがでしょうか、とミサカは裸エプロンに菜箸という、新婚若妻装備で報告にきました」」  
といって台所からハモりながら現れた二人の御坂妹のおかげで、吐き出そうとした言葉が頭のてっぺんから抜けていってしまった。  
ちなみに一人は電気を発する黄色いネズミ、もう一人は耳のない青色猫型ロボットのイラストが入ったエプロンを着用している。  
 
 
(・・・これって、どーよ。いったい何の不思議イベント?・・・つか羞恥プレイ?!)  
先程の裸エプロンがゆがいたソーメンを持って見守る中。  
裸の御坂妹の一人が上流、もう一人が下流で。  
上条当麻の前に置かれた簡易な装置を使って。  
流しソーメン。  
「それでは参ります、とミサカは真剣な面持ちで、箸を構えることを促します」  
「お、おう」  
彼は、10度ほどの傾斜がついたコースの上流から、御坂妹が満を持して投下するソーメンを待った。  
流れる水に一把のソーメンが放たれ、つーーーーと流れ、するっと上条当麻の箸をすり抜けた。  
下流の御坂妹が構えていたザルの上に、次々ととらえ損ねたソーメンが流されてくる。  
「・・・・・・・・・と、ミサカは無言でプレッシャーを与えてみます」  
上流の御坂妹が言う。  
「その右手は、ぶち壊す以外は役立たずなんですか、とミサカは冷たい視線を送ってみます」  
下流の御坂妹が言う。  
「ううぅ・・・」  
上条当麻が唸る。  
 
「それでは、もう一度行きますね、とミサカは今度こそ食べてもらいたいという期待を込めてソーメンを投下します」  
上条当麻は、上流の御坂妹の、菜箸に集中する。  
一把のソーメンを菜箸で持ち上げたその細い指先と細い腕の白い肌のなだらかな肩から僅かに膨らんだ胸の先端にあるピンク色の乳首。  
下流の御坂妹の構えたザルに、また一把。  
「「「「なにをボーっとしてるんですか。とミサカはややうんざりした口調で問い質します」」」」  
「集中できるかーーーーっ!!」  
上条当麻は叫んだ。  
「この純情可憐な青少年の上条当麻さんが、オッパイをほおり出したかわいい女の子が周りにいる状況で、  
ソーメンごときに集中できるかーーーーーーーーーっ!!!!!」  
上条当麻がもう一度叫んだ。  
その叫びを聞いた御坂妹たちは、同時にため息を吐いた。  
「仕方がありませんね、とミサカは、強硬手段を執ることもやむなしと判断しました」  
「え!?」  
肩を揉んでいた浴衣御坂妹が両手で上条の頭の向きを固定。  
左右からうちわの全裸御坂妹が肩、腕に抱きついて束縛。  
スク水が足にしがみついて拘束する。  
「え?え?!えええっ!!」  
動けない上条当麻がうろたえていると、一人の御坂妹がソーメンをつゆ(葱投入済)に浸けてすすり始めた。  
ちゅるる。  
そして、めんつゆの滴が残る唇を上条当麻の顔に近づけたかと思うと、  
ちゅ。  
口移しで、  
ちゅるるん。  
ソーメンを流し込まれた。  
 
動転して、  
(・・・・・・キス、されちゃった!)  
などと乙女チックにショックを受けた上条当麻は、  
「まだまだ続きがあるので、早く食べてください、とミサカは次の分を準備します」  
と顔を真っ赤に染めた御坂妹にせかされて、  
「あむ、・・・・・ごくん。」  
よく噛むこともせずに飲み込んだ。  
 
 
しばらく、何度か、その口移しを繰り返し、相応の量のソーメンを腹に収めた。  
 
 
「ソーメン、ご満足していただけましたか?とミサカは素直な感想を求めてみます」  
耳元からの肩揉み御坂妹の問いかけに、  
「ボクのファーストキスは、めんつゆの味でした」  
うう、としょげる上条当麻。  
 
「ご満足いただけたようなので、次のステップに移りますね、とミサカはドリンクのキャップを開けながら宣言します」  
先ほどのソーメン口移しの御坂妹とは別の御坂妹が、小さなガラス瓶のキャップをカシュと捻って開け、中身を一気に口に含む。  
そしてさっきのソーメンの時と同じように、まだ滴の残る唇を合わせて、口移しで液体を流し込んできた。  
流し込まれた液体の、なにやら飲みなれない奇妙な味に疑問を抱き、頬をリスのように膨らませて口の中にためる。  
ちゅ、と湿った音を立てて唇を離した御坂妹は、まだ飲み込んでくれない上条当麻を上目遣いに睨んだ。  
口移しキスの名残か、ちょっと唇がとがっていてまるで拗ねているように見える。  
そういった、普段の無表情の中からたまに見せるちょっとした表情に、上条当麻はどきどきと胸を高鳴らせてしまう。  
ぐびり。  
そして思わず、口中の液体を飲み干してしまった。  
「げほ、飲んじまった・・・これ何・・・・って!!」  
問うと差し出される先ほどのビン。  
『強力!赤マムシ』  
「わたしのファーストキスは赤まむしの味ですよ、めんつゆの方がマシではありませんか?とミサカは舌なめずりをして唇に残る液体を舐め取ります」  
いくら上条当麻が駄フラグ立て逃げボーイでも、この後の展開はなんとなくわかってしまった。  
つうか、うすうす気づいてはいたもののあえて考えないようにしていたのと、奇妙な展開の連続で予測対応する暇もなかったというか。  
「えー、まさかこのまま、大人の階段を上ってしまうのですか?」  
「もちろんそのつもりです。とミサカは一切の迷いなく即答します」  
「衣(ハダカ、コスプレ)・食(ソーメン)・住(マッサージ、冷房)とくれば、あとは性欲です。とミサカは当然のごとく断言します」  
「実践はまだですが、知識だけはばっちりと仕込んできました。とミサカは誇らしげに宣言します」  
「遠慮は無用です。とミサカはあなたの了解を促します。」  
「まさかとは思いますが、これだけ据え膳が並べられているのに、逃げるのですか?とミサカは挑発します」  
 
上条当麻は悩んだ。  
確かに、女の子に求められてそれを断るのは相手を傷つけるだろうし、正直もったいないように思う。  
しかし、なんかこーゆーのってちがうくね? 体だけの関係ってのも、なんかドライな感じで、なじめそうにないし。  
いや、だからといって俺が御坂妹のことを嫌いかといえば間違いなく好きの部類に入るし、御坂妹たちも、  
俺のことを嫌ってたらこんなことはしてくれなかったろう。じゃあ問題ないじゃん。俺が「好きだ」とさえ思えば、全然問題ないのか?  
いやでもなんかそれって、プロレスだったらゴングがなる前に双方ドロップキックの応酬をかました感じだし、  
やっぱエッチに至る前のプロセスが大事だよ、つかそれこそが萌えなんじゃないのか?それをすっ飛ばしていきなり本番じゃあ、  
前菜を食い損ねているようでもったいないような気がする。しかし今日一日って言ってたっけ。時間ないじゃん。  
ぷしゅー、  
オーバーヒート。  
上条当麻は、その若さと青さのおかげで結論が出せないでいた。  
確かに理性と本能、青さゆえのせめぎ合いもあるだろう。なにせ上条当麻は若いのだ。  
しかし、オーバーヒートの熱が冷めるにつれ、それらの根っこにある、大事なものが見えてきた。  
「・・・なぁ、一つ教えてくれないか?」  
そして御坂妹たちに問いかける。  
「これって、報酬のつもりなのか? あの時俺が助けたことに対して、お前らが捻出した、見返りなのか?」  
目の前の御坂妹の一人が代表して、答える。  
「・・・当然です。とミサカは答えます。しかし−−−」  
「だったらここまでだ。俺は、お前らを『モノ』扱いするやつらに腹を立てたんだ。  
ここで俺が報酬として、見返りにお前らの体を抱いちまったら、俺までお前らを『モノ』扱いしたことになる」  
御坂妹の言葉をさえぎって、上条当麻が意思を決めた。  
「俺はまだ自分自身に愛想をつかせたくない」  
しばしの沈黙。  
「私の言葉も、続けてよろしいでしょうか、とミサカは確認を取ります」  
御坂妹から帰ってきたのは、上条当麻の結論に対する意見ではなく、遮られた自分の言葉の続きを発言する許可を求める問いだった。  
「私たちがあなたに体を差し出すのは、私たちの感謝の気持ちであり報酬です。とミサカは、  
・・・・・・説明しようと試みますが、うまく伝えられるか自信がありません」  
隣の御坂妹が、続ける。  
「ほかにして差し上げることがなくて、いろいろ考えた末で決めたことです。でも・・・、とミサカは、  
・・・・・・自信がなくても伝えなくてはいけないと決意しました」  
思いつめたような、御坂妹の表情。  
上条当麻は、目の前の御坂妹たちの様子に、少し変化を感じていた。  
いや、その変化は今始まったものじゃないことをうっすらと感じ始めた、というべきか。  
「私たちは、あなたに抱かれたい。」  
「私たちのことを『モノ』としてではなく、女の子として見てくれたあなたに、」  
「抱かれたい、と、」  
「・・・私たちすべてのミサカが、そう思うのです」  
これは、あれだ、御坂と御坂妹を助けた後入院して、見舞いに来てくれた御坂妹の、手を通して触れたココロの心地よさ。  
上条当麻が、御坂妹に取り戻してほしいと願った、彼女たちのキモチ。  
体を差し出されるよりも嬉しい。  
芽生えたばかりの、彼女たちのココロが差し出されたのだ。  
 
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