「はー、きのうのウシ祭りはすごかったよー。
牛肉を甘辛いダシの鍋にくぐらせて、溶き卵に絡めて食べるあの料理が、まさかあんなにも美味だったとは!
日本の食文化が生み出したあの黄金律は、侮れないかも!」
この暑い夏の朝、熱気に支配される部屋の中でも、そのシスターは珍妙な修道服を脱いだりしなかった。
あの布きれは思ったよりも涼しいのか?などと、一応正式な部屋の主である、とある高校生上条当麻は、朝食代わりのソーメンをすすりながら目の前のシスターをぼんやりと観察していた。
上条当麻が、今朝、目を覚ますと、奇妙な違和感があった。
テレビをつけてみれば、曜日がおかしい。火曜日に眠ったと思えば、目を覚ませば木曜日だった。丸1日の記憶が飛んでいるのである。
しかも、寝ていたわりには、なんだか全身に疲労が行き渡っていて、なかなか起きあがれなかった。
こうして起きあがることが出来たのは、朝に帰ってきたこのシスターに、頭を噛まれたからである。
彼女の取り置きのアイスクリームをかってに食べた、とぬれぎぬを着せられたのだ。その不条理な仕打ちに、不幸だ、と朝一番の叫びをあげて起きあがる羽目になった。
どうやら、上条当麻が昨日一日中眠っている間に、その居候のシスターは担任女教師の家にお呼ばれして、すき焼きを食べていたらしい。
どうして俺を呼ばなかった?! と問いただしたところ、ちゃんと『でんわきー』で確認したもん、と反逆してきた。
上条当麻本人が、寝惚けたまま受けた電話で、すき焼きの誘いを断ったとのこと。
先ほどから、すき焼きの美味しさを自慢げに解説しているシスターを妬ましく眺めていたところ、上条当麻の携帯電話が着信を告げた。
『上条ちゃん、おはようございますー』
担任の女教師だ。昨日上条当麻をのけ者にしてウシ祭りを開いた、張本人である。
『上条ちゃんには申し訳ないのですが、今日一日、またあの子をお借りしたいのですよー』
彼女の用件とは、こうだ。
とあるホテルのバイキングの、オープニングセレモニーに招待されたらしい。有名なホテルで前評判も高く、そのバイキングレストランも古今東西の料理、
恐ろしいくらいのバリエーションを集めた、ものすごい規模なのだそうだ。そこに招かれた彼女は、1日無料で無制限に食べ尽くせる、らしい。
おまけに、ホテルの部屋まで用意されているという至れり尽くせりな招待状。
そして彼女は、もう一人同伴できる、と告げた。
上条当麻は、ぜひ、と同伴者に名乗り出たが、彼女は申し訳なさそうな声で、女性限定なのだ、といった。しかもそれが、『子供』と指定されているので、彼女は上条当麻の同居者に白羽の矢を立てたのだ。
不幸だ、と彼は、朝からいくらも時間が経っていないにも関わらず、2度目の叫びをあげた。
そうして、上条当麻は部屋に一人、取り残された。
心のどこかで奇妙な既視感を感じるが、あのシスターが来るまでは、おそらくこうやって一人で部屋に住んでいたはずなのだ。
訳あって記憶を失った彼は、その頃の記憶の混濁かもな、と適当に既視感を納得させた。
ぴんぽーん、とドアベルが鳴った。
だが、上条当麻は、部屋の熱気にやられ、立ち上がり応答する気力を失っていた。
(めんどうだ、パスしよう・・・)
上条当麻が来訪者を新聞の勧誘か何かと見当をつけて無視することに決めたとたん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、と、何度もベルが鳴った。
そのベルは何度もしつこく鳴り続け、しまいにはどこかのゲーム名人もかくやといった連打を披露した。
上条当麻は、これまた激しい既視感に襲われながらも、全力で無視することに決めたのだが。
ドアベルが止んだかわりに携帯電話が鳴り始めたとき、既視感が確固たる昨日の記憶にかわり、上条当麻はすべてを思い出した。
「なんだか嫌な予感がするんですけどとりあえず、もしもし・・・」
『報告通り、素直にドアを開けないのですねあなたは、とミサカは呆れて抗議してみます』
上条当麻は、今日はいったい、何人の御坂妹が来たんだ? と、部屋の暑さによる汗ではない冷や汗を、拳で拭った。
つづかない。