7巻エピローグ。そのあと。  
 
 
「それじゃあ、じっくりと治療してもらって、早く帰ってくるんだよ?  
 あんまりとうまの帰りが遅いと、薄幸の少女がお腹をすかせて天に召されてしまうかもなんだからね!」  
 
そんざん彼のアタマをその凶器たる歯にて噛みつき倒した後、インデックスは退室した。  
ゆっくりして良いのか早く帰らないといけないのか、どっちなんだ、と、彼は突っ込みたかったが、彼女はもう去った後だ。  
訳あって自分の部屋に居候している彼女。とりあえず当面は彼女のことを知る担任の教師に世話を頼んだ。  
面倒見の良いその教師に頼んでおけば、自分が学生寮に帰ったときに、飢え死にした奇妙な修道服のミイラを目撃することもなくなるだろう。  
 
はぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・。  
 
上条当麻(かみじょうとうま)は、深く、長い溜息を吐いた。  
 
(今回も無事に・・・生きて帰れましたよ。・・・しかし、怪我をするたびに同じ病院に収容されるのは、まぁ仕方がないと譲ったとしても、  
 ・・・いつも同じ部屋なのが気にくわねーんだが。まさか今後もこの部屋が上条さんの予約で半年先まで埋まってる、とかないよなぁ?)  
 
彼は頭を振って自分の考えを否定した。これからも怪我で入院が確定なんて、そんな未来は悲しすぎる。  
 
・  
・  
・  
 
(・・・にしても、あれだなぁ、・・・硬いよなぁ神裂、アタマが。最初の出会い、・・・は、  
今の俺の『記憶』にないから、昔の俺が持つ『知識』から察するに、昔っから、ああだったんだろうか)  
 
ふと、上条は、先程自分を見舞いに来てくれた一人の女性のことを考える。  
 
神裂火繊(かんざきかおり)。  
 
まずはその容姿。  
丹精に整った顔立ちに黒い髪。  
その長い髪は一房のポニーテールに結わえてもまだ腰までかかる。  
女性にしては身長も高く、無駄のない筋肉、骨格と、無駄に女性的な胸、尻をしている。  
大きな胸のために張り出したTシャツ、そのすそを脇で結んであるから臍が丸見えだし、  
左足だけ大胆に付け根からカットしたジーンズなんか穿いてるものだから、きわどいフトモモがまるごと露出している。  
 
これだけ容姿が整い、一見煽情的ともいえる衣服を身にまとっているのだが、  
腰から下げた日本刀と本人の持つ堅苦しい気質のため、少しも浮ついた雰囲気はない。  
 
容姿だけでなく、実力・肩書きも凄い。  
イギリス清教<必要悪の教会(ネセサリウス)>所属の魔術師。  
天草式十字凄教の、元・女教皇。  
そして、世界でも数少ない『聖人』、・・・らしい。  
 
詳しい状況を直接見たわけではないのだが、<天使>などという人知を越えた存在と対峙して、  
なおかつその、地球規模で破壊的ダメージを与える奴を足止めできてしまう、という、超絶な人物、・・・らしい。  
喪失前の記憶を補填するために後から得た知識によると、かつては彼女を前に敵として立ちふさがってしまったらしい。自分が。  
 
(アホじゃなかろうか・・・)  
 
自分が。  
 
それらのトンデモ特長に加えて、本日新たに加わったオドロキ情報。  
 
実年齢18歳。  
 
・・・なんというか。  
小学生の頃に、子供料金で電車に乗って駅員に高校生と間違われる神裂や、  
中学生の頃に、街でAV女優としてスカウトされそうになる神裂を想像してしまって、  
ついほろりと涙がこぼれる。  
 
(しかし、いまさら設定年齢18歳だとか言われてもなぁ。その年であのスタイルは、なんか反則だろ。  
 ・・・・・・・・・・・・・・・・イカン、海で見た全裸、思い出しちまった)  
 
自分の父が関わる海での出来事。そこで上条は半ば不可抗力で、神裂のシャワータイムを目撃した。  
そのときに見た彼女の生まれたままの姿は、普段の彼女が胸パッドなどしていないことを確信させた。  
青少年には刺激的すぎる思い出だ。鼻血が出てきそうになるのを、首のうしろをとんとん叩いてこらえる。  
そしてその全裸記憶を頭から追い出すように、思考を最初に戻す。  
 
(そうだ、神裂はアタマが硬い。こっちは恩を着せるためにやってんじゃねーのに、気難しく考えちゃってさー。  
 ・・・・・・でもまー、あの反則ボディにバカ水着を着ていただくってのも、捨てがたかったよなぁ・・・・・・って、やべ)  
 
何のために思考を切り替えたのか。ついついそのバカ水着姿を想像してしまい、また鼻血が出そうになる。  
 
この、とある思春期の青少年・上条当麻は、年上のおねえさんが好みなのだ。  
もちろん、同級生や年下の少女のスカートが風で捲れ上がったりすれば、それはもちろん嬉しいし、  
その女の子が自分に好意を寄せてくれたりすれば、ますます嬉しい。  
ただ、年上、年下、同級生と並んだ三選手に、あえて金銀銅の表彰台に登ってもらうとすれば、  
僅差で年上のお姉さんが金メダルを首から提げることになる、というだけのこと。  
そしてその金メダルの、年上のお姉さんという枠に神裂火繊はばっちり当てはまる。  
彼女はその容姿において、ほぼ完璧に上条の好みに直球ど真ん中。  
彼が一人病室に残されて、何もすることがなく、ただボーっとしていると、  
どうしても彼女のよからぬ妄想をしてしまうのはある意味仕方がないともいえる。  
 
(あそこで<土御門(あのバカ)>が乱入してこなかったら、神裂はどうするつもりだったんだろ・・・)  
 
もやもやもや・・・・  
退屈しのぎに、彼はぼんやりと妄想をはじめた。  
 
以下、青春真っ只中の青少年、上条当麻の妄想である。  
 
・  
・  
・  
 
こんこん。  
 
「失礼します」  
 
その病室に、神裂火織が入ってきた。見舞いとして購入した、なにやら高級そうな菓子折の袋を手に下げて。  
 
「どうですか、体の具合は」  
 
そういって、この病室唯一の患者・上条当麻に声をかけるが、・・・・・・返事がない。  
どうやら屍のように眠っているようだ。  
いくら彼女が魔術師で科学に疎いとはいえ、麻酔くらいは知っている。  
治療に使用した麻酔がまだ効いているのだろう、と判断した。  
 
 
彼女が本日ここにきた目的は、当然上条の見舞いである。  
そしてそれに加えて、オルソラ・アクィナスの処遇や、  
建宮を初めとする天草式十字凄教の面々がどうなったのか、等の報告も兼ねてきた。  
この少年ならば、事の顛末を知りたいと思っているはずだ、と確信に近いものを持っていたからだ。  
 
そして、最大の目的。  
 
(また一般人のあなたを巻き込んでしまいました。  
 それだけでなく、オルソラや、天草のために尽力してくれた。  
 わたしはあなたにどれだけ謝罪と感謝をしなければいけないのか。  
 いったいどんな罪滅ぼしと恩返しをしたらいいのか・・・)  
 
ベッドの上で眠る少年の顔を見ながら、立ち尽くす。  
暗く沈んだ表情で、右手をこめかみに当てるように、そして前髪を指に絡め、くしゃくしゃ、くしゃくしゃと弄ぶ。  
彼女が悩んでいるときの癖だ。  
 
神裂火織は昨夜からずっと悩みっぱなしだった。  
その悩みからの解放、自分を導く回答を求めて、この少年に会いにきたのだ。  
 
 
 
「上条さ〜ん、お熱を計りにきました〜」  
 
病院の看護士がノックと同時に入室してきた。神裂はそのノックによって、  
悩みに引きこもった思考から復帰を果たす。  
 
「あら、お見舞いの方ですね?」  
 
まだ若い看護士は、ベッドの傍らで立ち尽くす神裂を見て、部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子を勧めてくれた。  
神裂が律儀に礼を言って、パイプ椅子をベッドの脇まで引きずってきて腰掛ける。  
その間も、看護士は手馴れた様子で少年のシャツをはだけて、てきぱきと湿布や包帯を交換し、検温を開始する。  
 
ふと、神裂の視線が少年の胸板を捕らえた。  
湿布や包帯など怪我の跡が痛々しい。  
神裂の心も痛む。  
 
しかしそれよりも。  
 
少年の、意外にがっしりした『男の肌』に目を奪われた。  
自分よりも年下の男の子、という認識ではなく。  
 
自分とは違う、異性の肌。  
けっして、スポーツや格闘技のために筋肉が発達したマッチョではない。  
だが、男としての力強さが損なわれているわけではない。  
そんな、矛盾とバランスの綯い交ぜになった、男の身体。  
 
(・・・これが、・・・上条・・・当麻の・・・からだ・・・)  
 
目がその身体に囚われ、心までもが吸い寄せられる。  
彼女が生まれて初めて体験する、『魅せられる』という感覚。  
 
「お姉さんですか?」  
 
(え!?)  
 
 
看護士の声で我に返り、あわてて視線をそらす。  
 
(わ、私は、何を考えているんですか!? 男性の肌を見て・・・ぼうっとしてしまうなんて)  
 
「あ、違いましたか?」  
 
その看護士、先程は上条の世話をしながらの言葉だったが、今度は振り返り、神裂に向かって会話を続けようとする。  
 
「じゃあ、担任の先生とか」  
 
「い、いえ、そうではありません・・・・・・」  
 
まただ、また年長に見られてしまった・・・と軽く落ち込みながら否定する。  
神裂がそんな風に落ち込みながら、看護士に対する無難な答えを求めて戸惑っていると、  
 
「そうか!ごめんなさい、あなた、上条くんの彼女さんなんだ!」  
 
その戸惑いを勘違いして、一人合点した看護士の結論が返ってきた。  
神裂の顔が、驚きと、そしてそれ以外の、彼女自身にも解からないなにかによって赤面する。  
 
「なっ!えっ!い、いや、ち、ちが!」  
 
看護士の、確信に満ちた言葉を慌てて否定しようとするが、うまく舌が動いてくれない。  
そんな風にどもりながら否定しようとする神裂の反応を、看護士は自分の判断に都合のいいように受け取り、  
 
「大丈夫ですよ、これくらい年の差があっても。いまどきそんなに珍しくありません。お似合いですよ!」  
 
最後にそんな言葉で締めて退室する。  
 
「いや、違うんです!!」  
 
という神裂の言葉は、ドアに遮られて看護士に届かなかった。  
 
 
(・・・まったく)  
 
人の話を聞かない人間ばかりなのですか、<科学側(こっちのひと)>は、などと少々憤慨して腕を組む。  
その、むっとした様子も、さっきの看護士からすれば『照れ隠し』にしか見えないだろう。  
 
(だいたいこの上条当麻にしても。魔術のことは専門に任せて、一般人はおとなしくしていなさいと何度いってもいっこうに聞きはしない。  
 そしてそのたびに首を突っ込んで、そのたびに怪我をする。心配する者の身になって考えれば、もう少し自重しても良いでしょうに・・・)  
 
そこまで考えて、表情から憤りが消える。  
 
首を突っ込むような状況に巻き込んだのは、自分たち魔術側の人間。  
怪我をさせてしまったのも魔術側の人間。  
彼を護りきれなかったのも魔術側の人間。  
 
そして。  
 
オルソラやインデックス、天草、そして自分。  
その全てを救い、護るために尽力してくれた。  
 
それらは、本来自分が行うはずだったもので。  
 
組織やしがらみに捕らえられ、自分が望むこと全てを実現できない自分の状況と比べて、この少年は自由にやりたいことをやる。  
神裂にとっては、少年のその行動が危なっかしくもあり羨ましくもある。  
 
少なくとも今、自分は彼に文句を言える立場ではない。その文句全ては結局、ふがいない自分に返ってくるからだ。  
 
神裂は落ち込みつつも、ふと小さな物音に気づく。  
ベッドに横たわる上条の手が、端からはみ出してだらりと垂れ下がっている。  
先程の看護士が世話をした際に、手の置き場所がベッド脇に寄っていたのだろう。  
それが手の自重によってベッドからこぼれ出たといったところか。  
そのまま放っておくのも忍びない。神裂が、ベッドの中に戻してやるべく彼の手を取ったとき。  
 
瞬間、バチン、という電気ショックにも似た衝撃が体中を走った。  
 
(しまった!これは・・・右手)  
 
神裂が迂闊にも触れてしまった少年の右手には、<幻想殺し(イマジンブレイカー)>という能力が宿っている。  
この手に触れた魔術は、例えそれがいかなる術式のものであろうとも例外なく消滅してしまうことを、神裂はようやく思い出した。  
今、彼女がその右手に触れたため、彼女が普段からその身に施している天草式の警戒術式が消滅してしまったのだ。  
 
(消滅した術式は、また後でかけ直さなければいけません。私たち魔術師にとっては、なんとも厄介な右手ですね)  
 
しかしその右手は、相手の力をうち消すことはあっても、相手を倒す必殺の毒手というわけではない。  
だから一度触れてしまってその効果を受けてしまった後は、それ以上別に気にする必要もなく。  
単にこれ以上魔術がらみのものを触れさせなければいいというだけのことで。  
 
(これが上条当麻の右手・・・)  
 
興味の湧いた神裂は、またとない機会を得て、その右手を詳細に観察した。  
 
ひとまず重要な魔術アイテムをその身からはずし、腰から下げていた刀も壁に立てかけておく。  
右手に残る細かい傷痕や指紋、手のしわなどが魔術的な術式になっていないか。  
肉の付き方や爪の位置、皮膚表面の味やにおいが何かの魔術的シンボリックにかたどられていないか、等々。  
身の回りの品々や、普段の仕草などに呪術的意味合いを隠す『天草式』を使う魔術師である彼女は、  
そういった一見無意味なシンボルから上条の右手の情報を得ようとした。  
 
しかし、10分ほども集中して観察を続けたが、それらしき手がかりは得られない。  
結論としては、やや諦めがちに、『魔術とは関係がない』というところにおちついた。  
 
(やはりこれは<学園都市(ここ)>に住む人間の、『超能力』というものなのでしょうか)  
 
 
その少年の、不可思議な右手の正体を突き止めることを諦めたとき、彼女はふと我に返った。  
 
(そういえば、私はさっきから、男の子の手を触り、撫で回し、匂いを嗅ぎ、あまつさえ舌先で舐めたりしたんですよね・・・)  
 
急に恥ずかしくなってきた。  
そして慌てて、右手を戻してあげようと上条にかかっていたブランケットをめくったとき。  
彼女は衝撃的なものを見つけてしまった。  
 
(・・・・・・・・・・え、こ、これって・・・・)  
 
ブランケットの下にある上条の身体。  
その下半身、院内ウェアのズボンの前。  
一般的に、男性器のある部分。  
 
(すごい・・・・・・膨らんでいます・・・・・・)  
 
彼女が生まれて初めて凝視する男性のそこは、大きく膨らんでいた。  
 
(・・・これが・・・・・・勃起、ですか・・・)  
 
彼の右手を戻してやることも忘れ、彼女の目はその膨らみに釘付けとなった。  
 
 
 
 
空白の3分間。  
 
 
 
 
神裂は、指に馴染み始めた男の熱さを心地よく堪能していた。  
布地越しではあるものの、その男性器の熱さ、硬さが彼女の心を惚けさせる。  
早くこの性器を直接見たい。早くこの性器を直接触りたい。  
早くこの邪魔な衣服を脱がしてしまおう。  
 
・・・と、そこまで来たときに、神裂火繊の意識は、ようやく自分で思考が出来るところまで回復した。  
 
彼女の意識が空白となったのは、約3分弱。  
彼女は、始めて意識した男性器を前にして、瞬間的に何も考えることが出来なくなっていたのだ。  
そして気が付いた今、彼女は、上条当麻の股間に手を這わせ、顔を間近にまで近寄せて、さらにズボンを脱がそうとしていた。  
 
僅かの空白の時間、その間に彼女は無自覚で。  
 
心の中に芽生えた欲望に逆らうことなく行動していたということ。  
 
(な、なんでこんな状況になっているのですか?・・・まさか私が、自分で望んでこんな事を・・・・・・)  
 
彼女が戸惑うのも無理はない。  
 
彼女の欲望が、これほど簡単に表に出ることなどは過去に一度もなかった。  
男性と性的な交渉をすることもなく、かといって俗な知識を得ることもなく。  
今まで魔術師として『禁欲的』に生きてきた彼女。  
 
その『禁欲』という呪縛は、彼女自身の魔力をともなった、呪術的な自己暗示となっていた。  
 
そして、彼女を縛る魔術の枷は、上条当麻の<幻想殺し(イマジンブレイカー)>によって砕かれた。  
今はじめて、神裂火繊は自分の欲望と素直に向き合って行動しているのだ。  
 
 
(しかし、このまま勝手に、この子の身体を見てしまって良いものでしょうか)  
 
彼に対する罪悪感のようなものを感じる。勝手に他人の恥ずかしいところを覗くのは、モラルとしてよろしくない行為だ。  
しかし今の彼女には、さしたる抵抗ではない。  
 
(・・・そういえば海で、私の裸を見られていたのでした。つまり、おあいこと言うことで)  
 
そうやって簡単に自分を納得させると、上条のシャツに手をかけ、はだけていく。  
先程目を奪われた、彼の上半身が露わになる。  
 
(ああ、これが上条当麻の胸・・・)  
 
神裂は、その上条の胸に身体を預け、頬をすりつける。  
怪我人である上条の負担にならないよう、体重を加減しながら。  
少年の肌と自分の頬が触れ合う感触は、彼女の心を暖かく満たしていった。  
 
ちゅ、と肌にキスをする。  
そうすることが当たり前で、ごく自然に出た行為。  
自分の唇と彼の肌が触れる感触が心地よい。  
 
そうやって上条の肌を十分堪能した後、その胸から離れた。  
非常に名残惜しく思ったが、今はこれだけで満足するわけにはいかない。  
そして神裂は、いよいよ彼のズボンに手をかける。  
院内ウェアのズボンとトランクスを重ねて指を挟み込み、あわせて一気にずり下げた。  
 
ぶるん!  
 
(あっ!!)  
 
ペニスがトランクスに引っかかって大きく跳ねる。  
 
神裂の目の前で跳ねて揺れる大きなペニスは、まるで別の生物を思わせ、彼女の度肝を抜いた。  
同時に、中にこもっていた臭気が解放され、すぐ傍にいる神崎の鼻に吸い込まれていく。  
その臭気は、若い牡の秘部の匂いに、一晩死地をくぐり抜けジーンズの中で蒸れた汗がブレンドされた、強烈なものであった。  
神裂がはじめて意識する、若く強いオスの匂いは、彼女の鼻から吸い込まれて嗅覚を揺さぶり、肺を満たした。  
 
(ああっ、つよい、この、きつい、におい)  
 
ずしん、と、身体の芯に響く匂いだった。  
彼女自身が普段装っていた禁欲のガードが外れたことによって、  
抵抗力が伴っていないもっとも無垢な本能が、強い『性』の刺激に触れてしまった。  
 
(でも、このにおい、)  
 
肺に吸い込んだ上条の性臭と入れ替えるように、肺に元あった空気を大きく吐き出す。  
神裂は、自身が動くことも出来ずに身体を震わせ、下腹部に何か熱いものを感じるのを自覚した。  
 
(・・・嫌いじゃ、ない)  
 
またひとつ、自分の中にある自制心が剥がれてしまったことを意識する。  
 
(いや、好きだ。私はこの匂いが、好きだ)  
 
彼女の中の、メスの部分が目覚め始めた。  
 
鼻がペニスにくっつくほど近付け、目をつむったまま陶酔して匂いを嗅ぐ。  
新しい臭気を肺に取り込み、古い臭気を大きく吐き出す。  
頭の中が靄に包まれるように曇っていき、全身がこのペニスから発せられる匂いに支配されていくのを感じる。  
 
はぁーっ、はぁーっ、はーっ、はぁッ、はッ、はぁーっ、はッ、はーッ、はッ、はッ・・・  
 
鼓動がどんどん早くなり、匂いを吸い込み吐き出すサイクルもどんどん短くなる。  
次第に、心臓が深い呼吸を許さなくなり、短く浅い鼓動と呼吸が同期する。  
 
はッ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ、はッ、・・・  
 
どこかに犬が居る、と神裂はぼんやりとした頭で考えた。  
ああ、自分の息の音だ、と神裂はぼんやりと把握した。  
そうか、自分が犬なんだ、と神裂はぼんやりと理解した。  
 
いつしか神裂は、ベッドに身を乗り出し、眠る上条のペニスに顔を近付け、その匂いを嗅いで発情していた。  
 
この男のペニスの熱さが、自分を屈服させる。  
この男のペニスの味が、自分を陶酔させる。  
背中を、身体中を、ぞくぞくする強い電気が走る。  
気が付けば、頬と鼻の谷間にペニスをはめ込むようにして顔を押しつけ、  
伸ばした舌を滑稽に動かしてペニスを舐めていた。  
神裂は、自分が犬のように、この男のペニスに顔を押しつけて媚び、  
舌を絡ませて諂(へつら)っていることに、かつてない充足感を味わっていた。  
そこには、<必要悪の教会(ネセサリウス)>の魔術師や、天草式十字凄教の元・女教皇の姿はなく、  
ただ一匹の、無垢なメスが居るだけだった。  
 
(・・・・・・あ、もしかして)  
 
淫らな本能のままに吸い、舐め、擦りつける自分からわずかに遊離しかけた意識が、  
普段なら決してしないであろう短絡な思考を行い始めた。  
 
(もしかして、これが『答え』なのかもしれません)  
 
心臓が激しい動悸を刻む。自分の右手でそれを押さえるように、ぎゅ、と強く乳房を押さえつけ、掴み、握りしめる。  
下着の上、服の上からであることがもどかしい。  
改めて、シャツの下から手を差し入れ、下着を強引にズラして、ふくよかな胸を鷲掴む。  
指の間に挟まる乳首からも電気が走る。  
その電気に身体をびくびくと震わせながらも、その行為を止めることが出来ない。  
いつしか、心臓を押さえるのではなく、この刺激で身体を震わせるために胸をこね、乳首を捻るようになっていた。  
 
(私が上条当麻に対して行わなければならない、罪滅ぼしと恩返し・・・)  
 
ふと、自分の左手が、何かの行為を行おうと必死になっていることに、ようやく気が付く。  
その行為は、無意識で力任せに出来るほど容易ではないから、ひどくもどかしい。  
 
(ベルトが、邪魔・・・)  
 
遊離していた意識が身体に戻ると、自分がどういう訳かズボンのベルトを外そうとしていたことが分かる。  
ベルトを外して、自分はいったい、なにをしようとしているのか。  
今まで感じたことのない身体の疼きを、どうにかしたい。  
さっきまで無意識に、ジーンズの上から股間を触っていたらしいが、  
それではぜんぜん足りないから、ジーンズを脱いで直接どうにかしないといけない。  
 
なにが足りなくて、どうすればよいのか。  
 
下腹部に広がる疼きにせかされるように、左手だけでベルトを外し、  
ジーンズと、濡れてびしょびしょになったショーツを一気に脱ぎ捨てる。  
そしてそのとき、自分の左手が、ベッドからこぼれて下がっている上条の右手に触れた。  
 
(そうだ、わたしにできる、この男への罪滅ぼしと恩返し)  
 
上条の右手を取りその甲に自分の手を添えて。  
彼の手のひらを自分の股間にあてがい、押し付けた。  
 
それだけで。  
 
びくん、と激しく背をそらし、  
ひッ、とかすれた短い悲鳴をあげ、  
ひくひくと細かく身体を痙攣させた。  
 
彼の手が自分の性器に触れたことで生み出された刺激は、  
彼女が過去に一度だけ行っただけで封印した、自慰の刺激をはるかに超えるものだった。  
呼吸することも出来ずに、しばしの間、体中を走った刺激の残滓が消え去るのを待った。  
そしてようやく、深い呼吸。  
大きく息を吐き出すと同時に訪れる開放感、体が軽くなったような浮遊感に、  
神裂の瞳は意志を失いとろりと蕩け、硬く強張っていた全身がだらりと弛緩した。  
 
(・・・・・・すごい、きもちいい・・・・・・)  
 
今まで漠然と、浅い部分しか知らなかった女の官能を、いきなり深く体感してしまった。  
自分の身体の奥に眠っていたメスの部分を、いとも簡単に引きずり出したのは、この男の身体だ。  
 
上条当麻。  
 
彼の肌に触れていると、心が解放される。  
彼のペニスは自分を圧倒し、それに跪く心地よさを与えてくれる。  
彼の手は、自分を痺れさせ、恐ろしいほどの快楽を与えてくれる。  
 
自分が上条当麻に出来ること。  
自分が上条当麻にしなければいけないこと。  
その答えを、彼女、神裂火繊はとうとう導き出した。  
 
(上条当麻に、私の純潔を捧げよう)  
 
彼に全てを捧げ、自分が彼のものになってしまえばいい。  
そうすれば、彼の傍で彼を護り、彼のために働くことが出来る。  
 
しかし、そんなお題目としての『罪滅ぼしと恩返し』ではなく。  
自分が上条当麻にしたいこと。  
 
(上条当麻に、私の純潔を捧げたい)  
 
彼女自身がそう望んでいるのだ。  
自分の心を正しく理解した神裂は、『愛しい男のペニス』に、キスをした。  
そして、彼に対する奉仕と、自分の官能の愉しみを再開していく。  
 
・  
・  
・  
 
(おいしい・・・・。どうしてこんなに、男性器が美味しく感じるのでしょうか)  
 
いつしか神裂は、上条のペニスを真上からくわえはじめた。  
最初はペロペロと舌先でねぶっていたキャンデーの、次の楽しみは口に含んでしゃぶることだ。  
その意味では神裂の行動はごく自然なことだ。  
舌でねぶるだけでは飽きたらず、力一杯に張りつめたペニスを口いっぱいに頬張って、男のエキスをしゃぶり尽くしたい。  
彼女は本能の望むまま、なんの躊躇もなくその通りの行動をした。  
 
「んちゅ、ぷは、ふむんん・・・・」  
 
ぺちゃぺちゃと舌が唾液を跳ね上げる音。  
ちゅうちゅうとペニスを吸い上げる音。  
それらの湿った音と、彼女の荒い息が鼻から抜ける音が混ざり合う。  
そんなはしたない音が、よけいに彼女の官能をたきつける。  
 
「んんんん!!! ぷは、はあぁぁぁっ!!」  
 
こらえきれずに口からペニスを吐き出し、快楽の声を上げる。  
上条の右手を使った、自分の女性器への刺激を再開したのだ。  
彼の手の甲だけでなく、その指の上にも自分の指を重ね、ピアノの鍵盤を弾くように彼の指を操った。  
 
「ひゃ、あ、あ、ああっ、らめ、らめっ、こんなに、つよく、しちゃはあああっ!!」  
 
自分の唾液でぬるぬるになった上条のペニスに顔を押しつけながら、神裂が鳴く。  
彼女のその言葉は、誰に言っているのか。  
しいて言うならば上条の指を操る神裂自身にだろう。  
上条の中指は、彼女の操るまま、鍵盤のように押し込まれ、彼女の肉ひだの間に沈み込んだ。  
そして押さえつけられた人差し指と薬指が、女肉を左右に割る。  
ドロリと溢れる愛液が、上条の手と神裂の指を汚す。  
その愛液のぬかるみの中を、ぴちゃぴちゃと湿った音をさせてこねくり回す。  
 
「うそ、うそ、こんなに、きもち、いいなんて、おかしいですっ!」  
 
途切れる声を熱い息で繋ぎ、自身の体に起こる未知の感覚に溺れる。  
自分の中でわき起こる官能の波が、どんどん大きくなっていくのが分かる。  
彼女は再び上条のペニスを銜えなおし、思うままに吸い上げた。  
上条のペニスから滲む、男のエキスが溶けだした自分の唾液は、これ以上無いくらいに自分の官能を刺激する。  
 
(もっと欲しい、もっと飲みたい)  
 
こくこくと喉を鳴らして唾液を飲み込み、鼻で大きく呼吸を繰り返す。  
生理的なえづきで涙があふれ出すが、そんなものは彼女のブレーキにはならない。  
口の中の粘膜をペニスに擦りつけるように、吸い付いたままの神裂は自然と顔を上下させた。  
扱くように上下する唇からこぼれた唾液は、上条の陰毛の中で溜まり始める。  
右手は自分の乳房を揉みしだき、乳首を指が押しつぶす。  
左手は上条の右手を操り、でたらめな指の動きで自分のスリットを擦りあげる。  
 
彼女の身体は、もうすでに快楽以外のことを考えるのは止め、ただ快楽のためだけに動いている。  
その動きは、肉奥で燃える官能の炎にあわせるように、そして激しくなる官能を追い越すようにさらに激しくなる。  
 
その、高まる官能の果てになにが待つのか、彼女は知らない。  
ただただ、ブレーキをかけることを知らない彼女は、どんどんアクセルを噴かして駆け上がっていく。  
 
(ああだめだめもうだめもうもうわたしはわたしはだめにだめになってしまいます!!!!!)  
 
ぐるぐると回る言葉が塞がれた口から放たれることなく頭の中にあふれかえる。  
気が狂いそうな言葉の氾濫。  
しかしその言葉も、脳を満たす真っ白な光が飲み込んでいく。  
 
(あああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!!!)  
 
白い光が身体を、頭を、心を満たす。  
先程体験した絶頂の、何倍もの大きなうねりが光となって彼女を包み、爆発する寸前。  
 
上条のペニスが、盛大に射精した。  
 
びゅー、びゅーと吹き出す濃厚な精液を、神裂は出されるまま喉に流し込んだ。  
 
「んんーーーーーーーーーっっ!!!」  
 
苦しげなうめき声を上げる神裂だが、彼女の喉から鼻に抜ける精液の匂いが、彼女の光の爆発にとどめを刺した。  
 
「んんんんんんんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」  
 
男の精液を嚥下しながらの大絶頂。  
普段の彼女が持つ瞳の光は消え、わずかに白目をむいている。  
彼女は、はじめての大きなアクメの中、喉だけは男のザーメンを求めて蠢くという、淫靡な業を持っていた。  
 
・  
・  
・  
 
「男性は一度射精したら小さくなるもの、と聞いていましたが。  
 これは私の見識が浅いのでしょうか。  
 それとも上条当麻が精力に満ちているということでしょうか」  
 
彼女が呟く独り言。  
もちろんそれは、目の前で屹立する上条当麻のペニスに対しての感想。  
 
先程射精したばかりだというのに、上条当麻のペニスは、少しも勢いを失っていない。  
 
(あとは、私の準備。・・・これも充分、大丈夫だと思います)  
 
彼女も、爆発的に身体を襲った激しい官能に身を任せ、そして今ようやくその波が引いた。  
それでも、自分の鼻には、まだ先程流し込まれた精の匂いが残っている。  
その匂いは、彼女の身体に新たな官能の火を灯し始めた。  
神裂の顔は、汗と唾液と涙と精液でどろどろになっている。だがそんなことは気にならない。  
シャツは着たままだが、その内側ではブラジャーがずりあげられている。  
薄い布地のシャツが胸の形に盛り上がり、乳首がさらにシャツを突き上げる。  
へそを出しているのは普段通りだが、今の彼女はその下のジーンズと下着も脱ぎ捨てて、下半身の全てを露出している。  
愛液でびしょびしょになった性器は少しも乾いた様子が無く、今こうしている間も蜜が溢れ続けている。  
準備は出来た。  
 
あとは覚悟だけだ。  
 
「上条当麻、これから私はあなたに、私の心と体の純潔を捧げる。  
 それによって、あなたは私の主となり、私はあなたの僕になる」  
 
そう言って、眠る上条の唇にキス。  
言葉は誓い。  
そして魔術師の言葉は言霊。  
覚悟は決まった。  
 
彼女はゆっくりとベッドに上がり、上条の身体を四つん這いになってまたいだ。  
いよいよ、彼女の出した『答え』を実行するときだ。  
 
(準備は出来た。覚悟も出来た。・・・・・・なのに、何かが足りない気がするのはなぜなのでしょうか)  
 
上条のペニスを股のあいだに伸ばした手で掴み、先端の位置を固定する。  
そこに、自分の性器をあてがい、膣口に狙いを定める。  
 
(何かが足りない)  
 
あとは体重をかけるだけ。  
そして彼女は、そこでようやく、足りないものを見つけた。  
 
(・・・そうだ。上条当麻は眠っている。だからその瞳は閉じられたままだ。  
 つまり、私を見ていない。  
 私に言葉で応えてくれない。  
 自分自身の意志で、私を抱きしめてくれない!!!)  
 
ぽろり、と涙がこぼれた。  
いったい、自分はなにをやっているのか。  
 
自分の覚悟は本物だ。  
しかし彼の返事をまだ聞いてはいない。  
このまま、自分一人で進めてしまえば、自分の捧げた心の純潔は、  
上条当麻に受け取ってもらえるかどうかも分からないまま、宙に浮くことになる。  
なんて哀しいことだろうか。  
 
自分は、この、腕白な弟のような少年を、男として好きになってしまった。  
彼を形作る声、顔、体、心。自分にはないものをたくさん持つ男。  
その彼の真っ直ぐな瞳が、自分を映していないのはなんと寂しいことだろう。  
 
もう一滴の涙が落ちた。  
 
彼女は立ち上がり、ベッドから降りた。  
 
・  
・  
・  
 
神裂は、筆をとった。  
 
ベッドのサイドテーブルに備え付けられたメモと鉛筆を使って、伝言を書いた。  
『上条当麻殿  
 あなたが起きないので、私は帰ることにします。  
 あなたを巻き込んでしまったこと。  
 あなたに助けられたこと。  
 あなたには、どれだけ謝罪しても、どれだけ感謝しても足りることはありません。  
 ですから、私はあなたに、自分の純潔を捧げることで、それに報いることが出来たらな、と考えています。  
 退院されたら、その日にでも。  
 ×××−××××に連絡をください。  
                                    神裂火繊    』  
鉛筆を置いた。  
 
(これでいい・・・)  
 
神裂の顔は、実に晴れやかなものだった。  
目的を遂げることは出来なかったものの、思い悩んでいたことの回答が得られた。  
 
そして彼女は立ち上がり、帰り支度を始めた。  
湿った下着を再度穿くのは躊躇われたが、やむを得ない。  
ジーンズも穿いた。シャツの下のブラジャーも整えた。  
壁に立てかけていた刀を携え、魔術のアイテムを持つ。  
そしてふと、自分の顔が汚れているのを思い出し、手洗いに向かった。  
 
顔を洗い、洗面所の鏡を使って簡単な術式を自分にかけ直す。  
これで、いつもの神裂火繊に戻った。  
いつもの神裂火繊と言うことは、今さっきのような、熱に冒されたような神裂火繊ではなくて。  
 
いつもの自分に戻った神裂火繊は。  
 
上条当麻の病室に戻るまでに。  
 
(いや、ちょっとまちなさい、私。いくらなんでも、いきなり、純潔を捧げる、というのは、やりすぎのような気がしてきました)  
 
さっき決めたばかりの解答を、もう早速覆したくなってしまった。  
 
深夜に書いたラブレターを、翌朝目が覚めて読み返したときのような気まずさ。  
 
神裂は、さっき書いたばかりのメモをくずかごに捨てて、新しくメモを書き直した。  
 
純潔を捧げる、のくだりは書かないで。  
ただ伝えたいこと、オルソラや天草の処遇のこと。  
そして謝罪の言葉と感謝の言葉。  
直接お礼がしたいから、退院したらあいましょう、と連絡先も書いた。  
 
メモを二つにおり、テーブルの菓子折の側に置くと、もう一度上条を見る。  
さっきまでの、熱に冒された自分ではない、普段の自分として彼を見つめた。  
とにかく、彼の望むことをしてあげよう。  
このことを彼に伝えるのは、多分、かなりの恥ずかしさを伴うだろう。  
照れてしまって、まともに伝えることが出来るのか、自信もない。  
 
しかし、彼の行動には、何らかの形で報いたい。  
もしそのときに彼が自分の純潔を望むなら。  
自分が純潔を捧げたいと思うなら。  
 
それならばそれで良い。  
 
そして神裂は、立ち去る前に、ベッドで眠る上条の頬にキスをした。  
パイプ椅子に腰掛けたまま、彼の顔をのぞき込んで、彼の前髪を手でそっと撫でてみる。  
そうするだけで、心が優しい感情に満たされていく。  
昨晩、仲間の魔術師にからかわれたことを思い出した。  
神裂は、その行為を止めるのに、名残惜しいものを感じながらも、  
 
「土御門は腹を抱えて笑っていましたが、やはり、こういうものはいい事だと思います」  
 
そう呟いて、手を引いた。  
 
そして、ようやく上条当麻が目を覚ました。  
 
・  
・  
・  
 
「あ・り・え・ねー!!」  
 
上条当麻は、思わず叫んでしまった。  
さっきまで頭の中で行ってきた妄想は、自分を取り巻く現実と比べて、あまりにもかけ離れている。  
 
「いや、こーゆーのは、中学生までで終わりでしょう、上条さん!!」  
 
自分の、あまりにも都合良すぎる淫靡な妄想。  
そんなことを考えてしまった自分を猛烈に恥じている。  
 
おまけに、自分の息子さんは、おもいっきり元気になっていた。  
まだ麻酔が残る身体なので、あまり実感がなかったのだが、生理反応は問題なく行われていたようだ。  
 
さっき見舞いに来て、帰っていった神崎火繊さん18歳。  
せっかく自分を見舞いに来てくれたって言うのに、こんなスケベな妄想に使ったとあれば、  
なんだか彼女にも申し訳ない気持ちになる。  
万が一、こんな妄想をしていたとしれたら、自分は確実に殺される。  
 
無かったことにしよう。  
 
彼は、彼女の名誉と自分の身の安全のために、きっぱりと忘れることにした。  
 
「上条さん、検診に来ましたよ〜」  
 
ドアをノックする音と看護士の声。  
 
(やべ! こんな、おちんちんおっきした状態を看護婦さんに見られるわけにはいかない!!  
 ちいさくなれー!!! ちいさくなれーーーっ!!!!)  
 
「もうずいぶん元気そうだね?」  
 
部屋に入ってきたカエル顔の医者。  
彼の顔を見たとき、自分の息子が一気に萎えていくのがわかった。  
 
(助かった・・・)  
 
ホッと息を吐く上条を不思議そうに見ながら、その医師は診察を開始した。  
 
「まぁすぐに退院できるね。とにかくお大事に」  
 
そう言って医師は部屋を去った。  
お大事にね、と看護士も立ち去ろうとした。  
・・・が、用事を思い出したらしく、踵を返してきた。  
 
「ごめんね、夕べからくずかご、片づけてなかったみたい。いっぱいだから、捨ててくるね」  
 
そう言って彼女がベッド脇のくずかごを手に取った。  
そしてドアを開けたとき。  
 
ひゅうとドアから差し込んできた夏の風が、くずかごの中にあった1枚の紙片をひらりと舞いあげて。  
 
風に運ばれるままその紙片は、ふわりと上条の手元に届けられた。  
 
 
 
「上条当麻、行間を読む。」  
END  
 

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