『今度の土曜。付き合って欲しい』  
 
『今度の土曜日に病室移るらしいんだけど……、い、一緒に行かない?』  
 
『とうまとうま、今度の土曜日にかおりが来るんだって』  
 
「ああぁぁぁぁーー!!」  
早朝と言うにはやや過ぎた感もある時刻、突然真横で発生した雄叫びにインデックスは安らかな眠りを妨げられた。  
「ひゃい!?な、何かな?」  
かぶっていた毛布からもぞもぞと這い出ると、目の前には上体を起こして固まっている上条の姿があった。昨夜はあのまま眠ってしまったので、当然裸である。  
「わ……、朝から元気だね、とうま」  
と言ったインデックスの視線の先には、朝の生理現象を高らかに誇示している上条の分身が。  
「って、どこ見て言っているっ」  
「そんな、朝からなんてケダモノだね、とうまは」  
「話を聞けっ!」  
 
閑話休題。  
 
「それで?何でいきなり叫んだりなんかしたのかな?とうまは」  
朝餉の席で、インデックスはお茶碗を差し出しながら半眼で安眠を妨げた不届き者の顔を見やった。  
「あー、いやたいした事じゃないんだけど」  
インデックスから茶碗を受け取り、三杯目のご飯をよそいながら上条はインデックスに一つ確認を取る。  
「昨夜さ、今度の土曜に神裂がこっちに来るって言ってたよな。何時ごろ来るかとかって書いてあったか?」  
「え?うーんとね、夕方の6時くらいにお伺いしますってあったかも」  
ご飯が盛られた茶碗を受け取り質問に答える。  
この少女には完全記憶能力と言う異才が備わっていて、一度見たものは決して忘れないという特技を持っている。  
幸せそうにお米を頬張るその姿は、ただの大飯喰らいに見えるのだが。  
「……なんか不遜な事を考えてるかも」  
「いや、別に?」  
視線を手元の塩鮭へと逸らす。  
今日の朝食は純和風。塩鮭・玉子焼き・蜆の味噌汁(インスタント)・ホウレン草の胡麻和え・沢庵と言うメニューが食卓には並んでいた。  
ちなみにインデックス分のおかずは既に無く、今は沢庵だけが彼女の友達だ。  
「でもなんで急にそんな事を聞くのかな?昨夜は承諾してたのに」  
沢庵をぽりぽり齧りながら当然の疑問を投げてくるインデックス。  
「あぁ、ちょっとうっかりしてた。まー、午後だけで済むと思うから夕方なら間に合うだろ」  
鮭を箸で切り分けながら、上条は答える。  
「ほほう。それは一体どんな用事なのかな?」  
握り箸で器用にご飯を掬いながら、更に疑問を投げかける。  
「んー、どんな用事と聞かれると……一つはお見舞いだけど」  
「一つは、って事は複数約束があるんだね。どうしてとうまはそうやってあっちこっちへふらふらしちゃうのかな」  
憤懣やるかたなし、と言った感でご飯を掻き込む。  
「ふらふら、ってなぁお前」  
「ふんだ。私と出かけてくれた事なんて数える位しかないのに、とうまは他の人とはよく外で遊ぶんだね」  
ここまで来て、どうして彼女がこうも突っかかってくるのかに感づく。  
要するに。  
「ひょっとして、拗ねてるのか?インデックス」  
「!?」  
ピタリ、と箸の動きが止まった。  
「そーかそーか。確かにお前と一緒に出かけた事なんて数回位しかないけど、それはお前の立場が微妙なものだと言う事実に起因する事柄であって、決して俺の本意ではって何で音も無くゆらりと立ち上がってちょっとまギニャー!!」  
怒りに身を任せ噛み付いてきたインデックスの気を静める為には、上条には日曜は一緒に出かける約束をすると言う選択肢にプラスアルファを加えるしか術はなかった。  
 
 
怒りの化身を鎮めている内に、時刻は既に学校に遅刻してしまうレッドゾーンに突入していた。  
「あぁー!もうどうしてこうなるかなー!?」  
ある意味、自業自得かと。  
脱力したインデックスをベッドの上に寝かせてからダッシュで寮を駆け出す。  
スクールバスは選択肢から除外済、電車に乗れば間に合うが今日に限ってダイヤに乱れが生じている模様、と朝のニュースでやっていた。  
残された選択肢はただ一つ。自らの足で駆け抜けるのみ。  
そんな益体もない事を考えながら走る上条の横合いから、併走する様に寄ってくる人影が現れた。  
よく見なくても見知った顔だ。と言うか昨日も会っている。  
平たく言えば、人影は御坂美琴だった。  
「ん……、なんだ御坂か」  
なんとも既視感を感じる光景である。  
「よーす、なんつーか朝から元気だなぁ」  
「それはお互い様なんじゃない?て言うか、アンタまた電車のトラブル?」  
「そうだよ。つぅか前の話なのに良く覚えてるな」  
「べ、別に良いじゃない。話が早くて済むでしょう!?」  
なお、この会話中全く速度を緩めていない。  
「あぁ、そう言えば昨日の話なんだけど」  
此処で会ったのは好都合とばかりに、上条は先程インデックスにした物と同等の質問を美琴にも投げかけた。  
「今度の土曜日の事だけど、何時ごろに見舞いに行くつもりなんだ?」  
「……それは、電話でって言わなかったっけ」  
少しのタイムラグの後、美琴は昨日の別れの台詞を再度口にした。  
「まあそうだけど。でも、丁度此処で会ったんだから今聞いても支障はないだろ?」  
「……私から電話するってば」  
「何だ、まだ何時かも決めてないのか。だったら昼過ぎとかでも良いか?」  
「だから!私から連絡するから!それまでアンタは待ってなさい!」  
上条からの提案に、突如語気を荒める。  
どうでもよい事だが、たいした肺活量である。  
「何だよ。何か気に触ること言ったか、俺?」  
突然の美琴の気の高ぶり様に、困惑する上条。  
「何でも、無いわよ。とにかく、今日中に電話するからそれまで待っててよ」  
「あー、うん。わかった」  
この会話を最後に、お互いの学校へと別れるまで二人が言葉を交わす事は無かった。  
 
結論から言えば。  
「上条ちゃんも廊下に立ってるですー!」  
遅刻しました。  
ついでに先客もいた。  
「おはよう」  
「おはよう姫神。……なんでお前も遅刻してんだ?小萌先生と一緒に学校に来れるだろ」  
一緒に住んでるんだし、と続ける上条に、  
「昨夜は遅くまでお説教。二人して寝坊した。それに。小萌先生の車は一人乗り」  
一緒に住んでいるからと言って贔屓をするほど小萌も甘くは無い、と言う事か。  
「説教、って?」  
「昨日。午後の授業丸々サボった事」  
姫神の返答に上条は赤面した。脳裏には昨日の映像が生々しく蘇えってくる。  
「多分。後で君もお説教されるかと。覚悟は出来てる?」  
言われて気付く。遅刻したから廊下に立たせるなんてのは今まで一度もされた事は無かった。となると、今のこの状況は。  
「ひょっとして昨日のサボりも加味されてるのか?これ」  
「そうだと思う」  
 
「あぁ、そう言えば」  
天を仰ぐ事数秒、気を取り直すように上条は姫神へ質問してみる事にした。  
質問はもちろん。  
「今度の土曜に付き合って欲しいって言ってたけど、何時ごろに付き合えばいいんだ?」  
「言ってなかったっけ」  
「少なくとも俺の記憶には無いが」  
姫神は、右の人差し指で自分の頬をぺちぺち叩きながら、  
「そうだね。三時か四時くらいが良いかな」  
と、アバウトに答えてきた。  
「ふーん。で、場所は?」  
上条のこの問いに、姫神は上条たちの住む場所に程近い駅前のデパートの名前を口にした。  
「あそこか?」  
言外に、『何でまたそんな所に?』と言う雰囲気を滲ませて上条が疑問を口にする。  
「私服の買い物。新しいのが必要になったから」  
その上条の疑問に簡潔に答える。  
「……って、何でそれに付き合って欲しいと仰るのでせう?」  
「男の子からの参考意見は。貴重」  
少し頬を朱に染めて、俯きがちになりながら姫神は小声で答えた。そう言われると、断るに断り難いと言うか何と言うか。  
「あー、と。じゃあ四時ごろに駅前で良いか?」  
「君がそれで良いなら」  
二人の間にいい感じの空気が流れた所で。  
「こらー、二人ともー。何をぺちゃぺちゃお話ししてるんですかー?ちゃんと反省してるですー?」  
朝のHRを終えた小萌先生からお叱りの言葉が飛んできました。  
 
 
昼休み。  
昼食をとりに食堂へと向かう上条の胸ポケットから、誰かからの着信を知らせるメロディが鳴り響いた。  
携帯電話を取り出して着信番号を見るが、その番号に見覚えは無い。  
誰だこれ、と思いつつ電話に出る。  
「もしもし、どちらさんですか」  
『どちらさん、って電話するって言ったでしょ!?私よ、私』  
「えーと、新手のオレオレ詐欺か?」  
『アンタ、分かってて言ってるわね!?』  
「分かった。分かったから怒鳴らないでくれ御坂」  
電話の相手は御坂美琴だった。  
「んで?用件は何でございますか?」  
『決まってるでしょう。土曜日の事よ』  
「……えらく早いな」  
思わず率直な感想を洩らす。  
『きょ、今日中って言ってたじゃない。それにアンタが早く知りたがってたみたいだったし』  
何故か美琴の口調に焦りが混じる。  
「……まぁ良いか。それで、何時に病院に行くんだ?」  
出来れば他の約束と被らない時間にならないかなー、などと思いつつ尋ねる。  
『うん、病院の方に問い合わせてみたんだけど午前中に病室の移動をするみたい。だから、お昼過ぎに行けばあの娘も起きてると思う』  
「それなら昼過ぎに病院のロビーで待ち合わせ、って感じになるか?」  
『そうね、それが一番わかりやすいんじゃない?』  
「じゃ、そんな感じで」  
『ええ、土曜日に。あ、それと』  
電話を切ろうとした間際に、美琴が一言付け加えてきた。  
『これ、私の携帯からかけてるからちゃんと登録しといてよね。……それじゃ!』  
ぷつっ。  
「……これなら朝会った時に決めておけば、面倒掛けなくても良かったんじゃないかなぁ」  
何にせよ、三つの約束は全部こなせそうではある。  
「なんか出来過ぎのような気がしないでもないけど、偶にはこんなささやかな幸運が合っても良いよな」  
未だに己の体質が分かってないような事を口にして、上条は再び食堂へと歩き出した。  
 
 

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