病院から駅へと、街中を駆ける。  
「あーもーどーして駅方面行きのバスがねぇんですか全くー!!」  
全速力、とまではいかなくともそれなりのスピードで走りながら上条は愚痴った。  
「走ったほうが速いってどう言う事ですか学園都市の交通事情っ!!」  
しかしこの独り言はかなり的外れである。  
第一に、病院から駅方面へ行く路線バスは少なくない本数が運行している。  
その中で最も早く駅に着くバスには乗り遅れ、次に来るバスは遠回りになる路線だった。相変わらず不幸である。  
第二に、走ったほうが速い、と言うのも場合による。  
上条当麻の場合、夏からこちら学園都市内を駆けずり回っていた為、結果として裏道事情に明るくなっただけの話で、一般の住人ならば次のバスを選択した方が早く目的地に着く。  
第三は、上条当麻の体力だ。  
如何に近道を知っていても普通の高校生なら走って行こうとは思わない距離であるにもかかわらず、その手段を選択できる程度には上条の体力は平均以上だった。  
(まぁでも、あの角を曲がればすぐだ)  
目前に見えた駅前通りへと出る曲がり角を、速度を落とさずに曲がる。  
 
 まぁ、あえて誤算を一つ挙げるとするならば――。  
 
開けた視界の中、待たせている相手の姿を見つけた瞬間、  
 
 ――さっきまで致していた行為によって溜まった疲労を考慮してなかった所であろうか。  
 
上条の世界は回転した。  
 
 
凄いスピードで走ってきたかと思えば、突然、勢い良く転げた上条へ、  
「…………君。大丈夫?」  
姫神秋沙は傍らにしゃがみ込んで、とりあえず、と言った風情で声をかけた。  
「……姫神さん。一つ質問があるのですが」  
何故か上条は姫神の問い掛けには応じず、顔を伏せたまま弱々しく挙手した。  
「何?」  
「その格好は何でございましょう?」  
「何って。普段着」  
その姫神の答えを聞き、上条はバッと上半身を起こして、  
「普段着って!いやまあ確かにお前の普段着と言えばそれしか記憶に無い様な気がしますけど!」  
と叫んだ。  
上条がこうも躍起になって騒ぐ理由。  
それは。  
「この人込みの中で巫女さんの格好した女の子が立っていたら、他人にナニ勘繰られるかくらいは考えていただきたい!!」  
姫神の格好、初めて会った時と同じく、いわゆる巫女さんルックと言うものにあった。しかも、  
「今日は。2Pカラー」  
「いや、聞いてないから!」  
常なら赤の袴のところを、今日は濃紺色の袴を着用していた。  
この場にいる他の人間は全て洋装の為、はっきり言って目立っている。浮いている、と言っても過言ではない。  
先程の転倒は、視界に飛び込んできた一種異様な光景に意識を取られてしまい、足が縺れてしまった事が原因だった。  
「ところで」  
なおも何か言ってくる上条をスルーし、姫神は手を差し出しながら今度は違う質問をした。  
「君の格好。制服のままなんだね」  
「あぁ、まぁ、そうだな」  
差し出された手を握って立ち上がりながら、上条は相槌を打つ。  
「授業が終わった途端に教室を飛び出たから。着替えとか済ませてくるかと思ってた」  
「用事があったんだよ。それに思ったより時間を喰っちまってな。着替えるヒマとか無かったんだ」  
姫神の質問に、制服に付いた汚れを掃いながら答える。  
「痛っ」  
掃った際に手の平に痛みを感じた。返して見ると、擦り傷が出来てしまっている。  
「上条ちゃん、大丈夫ですー?」  
「こんくらいならいつもの事ですから。……え?」  
突然聞こえてきた姫神とは異なる聞きなれた声に、上条は視線を下に向けた。すると、そこには。  
「小萌先生?何でここに!?」  
上条達の担任兼姫神の居候先の家主である所の小萌先生の姿があった。  
「何で、はひどいです。今日は姫神ちゃんが上条ちゃんと買い物をするって聞いたですから、監督に来たんですよー」  
予想外の言葉に、上条は言葉に詰まった。なおも小萌先生は言葉を紡ぐ。  
「最近二人とも生活の乱れを感じるのですよ。こないだなんか、上条ちゃんはともかく姫神ちゃんまで授業をサボっちゃったですし」  
なのでお目付け役ですー、と締めて小萌先生は言葉を切る。上条は困ったような視線を側に立つ姫神に向けるが、姫神は呆、と言った感じで立ち尽くしているだけだった。  
その瞳は、何も映してないかの如く、虚ろ。  
「姫神?」  
上条の問い掛けに姫神はヒクッ、と体を震わせて一言こぼした。  
「……においが」  
「におい?あぁ、走って来たからな。そんなに臭うか?」  
「さぁ、先生には分からないですけどー?とにかく上条ちゃん、一応消毒とかしなくちゃダメですよ」  
そう言って小萌先生は上条の手を取った。  
「とりあえずどこかで休憩して、そこでしてあげますです」  
「先生、それ凄い微妙な発言に取られます」  
そんなやり取りをしている二人を傍目に、  
「………………フゥ」  
姫神は一つ大きな息をついた。  
まるで、体内に籠った熱を吐き出すように。  
 
三人は、まず一階にあるコーヒーショップに入り、そこで上条の傷の手当てを行うことにした。  
飲み物を購入してから四人掛けのテーブルに上条と小萌先生が並んで座り、上条の向かい正面に姫神が腰を下ろす。  
「手当てして貰っておいてなんだが、こう言うのって、いつも持ち歩いてるものなのか?」  
手の平の擦り傷を小萌先生に消毒して貰いながら、上条は対面の姫神に尋ねた。この応急手当キットは姫神の私物だ。  
「乙女の嗜み?」  
「何で疑問系なんだよ」  
小首をかしげて答える姫神に間髪入れずに突っ込む。  
「姫神ちゃんは色々持ち歩いてるですからねー」  
小萌先生の言葉に、上条は夏の日のとある一コマを思い出した。  
(そう言えば殺虫剤持ち歩いてたっけなぁ)  
もしかするとあの袖は四次元に繋がっているのかもしれない。  
そんな益体も無い考えを思い浮かべながら、上条はこれからの事を問うて見ることにした。  
「で、これからだけどって言うか小萌先生来るんだったら私めが来る必要はあったんだろうかなんて疑問が脳裏を掠めて行くんですが」  
「二人きりの方が良かったですかー?」  
上条の言葉に小萌先生がニコニコしながら答える。  
「今日のことはお昼過ぎに聞いたんですよ。お邪魔虫だとは思ったですが、さっきも言ったとおり最近二人ともだらしが無いですからー」  
と、ここでイチゴ・オ・レを一口飲み、続ける。  
「それに上条ちゃんの意見を取り入れたら何を買うか分からないですからね。ナース服とか」  
「……普段着を買いに来たんですよね?」  
 
 
「女性用衣類の売り場に足を踏み入れるなんて、人生の内ではもう無いと思っていたんだけどなー」  
コーヒーショップを出た後、三人は目的地である女性用衣服の売り場のあるフロアまでやってきた。それから小萌先生が、  
『それじゃあ上条ちゃんはその辺で待っててくださいねー。まずは先生が適当なのを選択しておきますですから。上条ちゃんの出番はそのあとなのですよー』  
と言って、姫神の手を引っ張って売り場の中へと姿を消していってしまった。  
そして今、上条はエスカレーター横に設置してあるベンチに腰を掛けお呼びがかかるのを待っている状態となっている。  
「と言うか実際問題、一人でこの場にいるって言うのは凄く目立っているような気がするのは上条さんの気のせいでせう?」  
韻を踏みつつ自問自答してみる。はっきり言ってしまうと、暇を持て余し気味だ。  
「あーもーいっその事ついて行った方が良かったかなー、でもそれだったら今よりも針の筵のような気もするし」  
などと言いながら左手で頭を掻き毟り、手当てしたあと絆創膏では塞ぎきれなかったのでそのまま外気に晒しておいた傷口を髪の毛で擦ってしまい無言で悶絶する。  
女性用衣服売り場の脇で無言で悶絶する男子高生。  
端から見ていると、かなり怪しい。  
そんな怪しげな通行人Aへ声を掛けるというのは勇気が要りそうなものだが。  
「……何をやっている上条当麻」  
どうやら勇者が通りすがったようである。  
「え?あ、吹寄」  
勇者は上条のクラスメイトの吹寄制理だった。下から上がって来たばかりなのか、エスカレーターの降り口の脇で仁王立ちをしていた。  
「こんな所で一人で怪しげな動きなどして、さては毒牙にかける新たなターゲットを物色している最中か!?」  
いつものように「上条当麻に好印象を持ってませんよ」と言う空気を醸し出す台詞を投げかけてくるクラスメイトに、  
「何処をどうやったらそんな素敵な結論に到るのか、その思考ルーチンを教えて欲しいものだけど」  
と、嘆息を一つ入れてから、  
「そんなんじゃなくて、ただの買い物の付き添いだよ。そう言う吹寄も服を買いに来たのか?」  
「いや、あたしは八階で行われる予定の実演販売を見に……って何を言わせるのよ!これも貴様の策略なの!?」  
「だからそんなんじゃねーっての!」  
きゃいきゃいと言い争いを始める二人。端で聞いてるとただの痴話喧嘩にも聞こえなくも無い。  
その光景を注視しようとする者など、普通はいないであろう。  
普通なら。  
 

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