その日の四時限目が終わって、起立の号令に立ち上がろうとした上条当麻は、何故か自分が床へと転げ落ちていることに気が付いた。
「あれ……?」
なぜか平衡感覚もあやふやで、身体が言うことを聞かない。
数名の女子生徒が悲鳴を上げ、やはり数名の女子生徒が駆け寄ってきた。駆け寄った中には男子生徒もいたようだが、押しのけられてしまったらしい。
ともかくも、突然平衡感覚を失って倒れた上条を助け起こしたのは、通学途中にも声を掛けてきた吹寄制理だった。
「す、すまん吹寄、いや、大丈夫――」
「には見えないわね。色々言ってやりたいことはあるけど、今は保健室ね。誰かもう片方支えて」
近くにいた別の女生徒が逆の肩を支えた。
「お、おい…」
反論は許されないようだ。有無を言わさず教室の外に連れ出される。
教室からは、舌打ちのようなものも聞こえたのだが、けっこう朦朧とした状態の上条はそんな中の様子には気が付かなかった。
−*−
「なあツッちー」
昼休みの屋上。カツサンドを囓りながら青髪ピアスが傍らの土御門元春に声を掛けた。
「その呼び方には大いに違和感を感じるんだが、何かにゃー?」
もの悲しげに青髪ピアスが呟く。
「何で、ボクはモテへんのやろか」
唐突な質問に、土御門も応えるすべを持たない。しかし、尋ねた側も答えを求めていたわけではないのか、さらに言葉を続ける。
「カミやんみたいに倒れたとして、ボクのときには女の子が慌てて駆け寄ったりはせえへんのやろなあ」
「そうだな」
土御門の口から、思わず本音が漏れた。隣に座った巨漢が寂しげに土御門を見返す。
「彼女募集中って言うてんのがアカンのかなあ」
「そうかもな」
「女の子大好きジャンル不問ってのもアカンのかなあ」
「そうかもな」
「ギラついて見えるンやろか。そんなつもりあらへんのになあ」
「いや、それはない」
「なんでボクはこうで、カミやんはああなんやろか」
「考えても寂しくなるだけぜよ」
土御門がコーヒー牛乳のパックからずず、と音を立てている横で、青髪ピアスが盛大に溜息を吐いた。
空を見上げる友人に、土御門はやはり応えるすべを持たない。
−*−
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あたしが見てるから、と強く主張する吹寄に、上条を支えてきたもう一人の女生徒は、
「上条くん、お大事に、ね?」
と、ベッドに上げられた上条に声を掛けたが、上条は薄笑いで愛想を返すのがやっとである。それでもなぜかその女生徒は少し顔を赤らめ、名残惜しそうに保健室を立ち去った。
「ほら、これ」
そんな上条に、吹寄がアルカリイオン飲料を差し出す。
「顔もなんか脱水症状っぽいのよね。これ、飲みなさい。寝不足がどうとか言ってたけど。何してるの? 学校あるのは判ってるじゃない。月詠先生とかが余計な心配するから、健康管理くらいはちゃんとして貰わないと。それに――」
疲れた表情で渡されたアルカリイオン飲料、要するにスポーツドリンクのボトルに口を付けながら、上条当麻は自分に話しかける吹寄の顔を見上げた。
「あたしだって……」
その表情が、ついぞ見たこともないような心配そうな表情に変わっていることに気が付く。
「いや、不摂生は認めるよ、すまん。でも、吹寄がそんなに俺のこと心配そうに見てくれるなんてな」
上条の言葉に、吹寄の表情が一瞬、硬く強張った。そして、保険医を含め誰もいない室内をきょろきょろと見回すと、
「ちょっと、何? あたしが―――」
何かを言いかけて口ごもった。
「そうなの、やっぱり? でも、そんなのは……」
言いかけた言葉を飲み込んで俯いた吹寄は、自分自身に問いかけるようにぶつぶつと呟く。その表情は、上条からはよく見えなかった。
それから顔を上げると、無理に平静を装ったと判る表情で上条に再び話しかける。
「昼休みが終わるくらいにもう一度来るから。午後からちゃんと出られるなら、授業、受けなさい? 無理ならさっさと早退すること。いいわね?」
強い口調でそう言うと、吹寄も保健室を出て行った。
なにか、吹寄の態度とか、そんなものが微妙に変わったような感じを受けて疑問符を浮かべていた上条だが、とりあえずは言われたとおりに身体を休めることにする。
ベッドに身体を横たえた。
寝不足の身体にはすぐに眠りが入り込んできて、上条の意識は沈んでいった。