某月某日・夜:上条宅  
 
 自分の他に二人(と一匹)も部屋にいると、それが女の子と言うこともあってか、中は結構賑やか  
なのだった。  
 テレビの前に陣取って、きゃあきゃあと騒ぐ二人の少女の声を背後に聞きながら皿洗いを終えた上  
条当麻は、手を拭きながら振り向いて口を開いた。  
「何かそんなに騒ぐほど面白いものでもやってたのか?」  
 上条の声に、少女たちが振り向く。  
 数日前から上条の部屋に潜り込んでいる、アンデレ十字を下げた少女が答えた。  
「ジャパニメーションの独創性に感心してたのよー。いやー、アレ、いいかも。わたし、呪文、唱え  
られないけど、呪文の代わりにこうやって……」  
 アニメに興奮する歳でもあるまいに、とちょっとだけ上条に思わせつつも、アンデレ十字の少女・  
テルノアがやや興奮した面持ちでポーズを取る。  
 弾指――要するに指パッチン――を両手に作って構えてみせた。  
「ほら、環境音楽が呪文に取って代われるんだから、こう、指を鳴らしてそのリズムで呪文を構成し  
て、群がる敵をバッタバッタと」  
 そう言って、パッチンパッチン指パッチンと指を鳴らした。上手いモンだ、あ、いや、そうじゃな  
くてと上条が口を開こうとすると、  
「弾指(たんじ)は不浄を払う意味もあるから、音階や音律を呪文に置き換えるにしても適当なのか  
も」  
 真面目な顔で語って見せたのはインデックスだ。  
「そ…そうなの?」  
 なんだか訳が判らない話になってきて、きょとんとした顔で上条が振り返る。  
「わかんないけど」  
 大まじめに語っておいて、帰ってきた返事がこれでは、いくら上条でもがっくり肩を落とすという  
ものだ。呆れたような、疲れたような視線を二人の少女に投げつけた。  
「あー。なによなによその顔ー。元魔術師としては、大まじめにやってるんだけどー」  
 上条の視線に、テルノアがむくれたような表情を見せる。  
「何て言ってもー、この子が言う限りでは危ないことにノコノコ足突っ込むのが上条くんのお約束の  
行動らしいから。もし、わたしが近くに居られるときなら、どんな方法ででも力になってあげたいっ  
ていう女心、理解して欲しかったなあ……」  
「……あ、いや、そのだな、あー、すまん、でもな、俺が危ないところにノコノコ、てのもアレだし、  
それを置いといたとしても、女の子にだな、危ないところに――」  
 テルノアの表情には、上条も少し慌てた。言われた内容に引っかかる部分が無い、ということもな  
いが、それでも相手の気持ちを蔑ろにしたことになるのなら、自分に非があるのではないか。  
 相手の機嫌を何とか取り持とうと、謝罪混じりの言葉を続けようとした。が、テルノアは上条がそ  
の台詞を言い切る前に口を開いて。  
「上条くんがピンチのときにー、このテルノアさんが颯爽と現われるわけ。それで、ぱちぱちっとや  
って敵をなぎ倒してー、こう、可愛くウインクなんか飛ばしながらさ、『わたしの上条くんには指一  
本触れさせないよ? そうしたかったら、この“素晴らしき”テルノアさんを倒して――』」  
 半ば反射的に、上条は傍らから引きずり出したバスタオルを少女たちの頭の上に落としていた。  
「さっさと風呂入って寝なさいっ!」  
 
                     −*−  
 
同日・同時刻:ロンドン  
 
「例の件だけど」  
 年季が入ってめっきり調子の悪くなったフィリップス製の洗濯機を前に、いっそ全部手洗いをする  
か? と頭を悩ませていた神裂火織の背後から、唐突に声がした。  
 声を掛けられた神裂が振り向いて見ると、寮内なのに珍しく手ぶらのシェリー=クロムウェルが、  
だらしなくドアの枠にもたれながら神裂を見つめていた。  
「おや。シェリーではありませんか。どうしました――いや、例の件、と言うと……」  
「ああ、そう。その件。やっぱり神裂、アンタが行きなよ」  
「しかし、それは最大主教から……」  
 何かの指示があり、それはシェリー=クロムウェルが果たすように、と言うことだったのだろう。  
そして、そのためにどこかへ行かなければならない様子である。  
 しかし、シェリーはその役目を神裂に譲りたいのだろう。聞き返そうとする神裂の声を遮る。  
「……まだ、あそこにノコノコ行けるほども割り切れてなんかないのよ。それに」  
 言いかけて、口ごもる。  
「いや、今行かなきゃ、ダメなのかもね。行くよ。でも、神裂、アンタにバトンタッチするかもしれ  
ないのは事実だから」  
 自分の言葉に、不思議そうな表情を見せる神裂を見て、シェリーが付け足すように言った。  
「自分の仕事はしてくるつもりだよ。でもね、一つ問題が起きてさ」  
「……問題?」  
「そう。問題。こないだやって来た、ローマの部隊長が姿を眩ましたのよ」  
 
                     −*−  
 
数十分後:ふたたび上条宅  
 
 バタン、と音がして急にユニットバスの扉が開いた。  
 上条が慌てて振り向くと、まだ水気をたっぷり含んだ髪から雫を垂らしつつ、バスタオルを乱雑に  
身体に巻き付けただけのテルノアと目が合う。  
「言うの、忘れてたのよー」  
 へへ、と笑いながら話しかけてくるテルノアに、上条の答えはとりあえずのところ一つしかない。  
「身体とか、頭とか拭いて、着るもの着てから言いなさい」  
 慌てて振り向いて、何ごとが起きたのか、とテルノアのその姿をじっくり見てしまっただけに、出  
る声にも気まずさが漂う。しかし、そんな格好で出てきた当の本人はそれを気にもとめないばかりか、  
「なによー。慌てて目、逸らしちゃってー。ピンからキリまで知ってるくせにー。もっと見て良いん  
だよ? うりうり?」  
 と、雫を零しながら上条に近づく。  
「ば、馬鹿っ、いい加減に――」  
「馬鹿はないわよねー。でも、真剣に話すか。実はさ」  
 器用にタオルをたぐり寄せて、そのタオルで頭を拭きながらテルノアが話し始めた。とある組織と  
の連絡が付いたこと。その組織の人間と、明日接触すること。それについて、上条たちに何か手間が  
掛からないようにしたかったので、一人で行くこと、など。  
「そうか。行く先、有りそうなんだな」  
「うん。連絡、付いたのよ。どうなるかは判らないけどね。でも、無言では居なくならないから。こ  
うしてられるのも、上条くんのおかげ、だしね。ちゃんと挨拶くらいは、してけると思う」  
 どこか不安を感じるのだろうか。それとも、里心でも付いてしまったのか。テルノアの言葉にいつ  
ものようなとぼけた感じは、無い。  
 それでも、ここで自分がノコノコと出て行けるような話では無いのだろうし、上条とすれば、冗談  
の一つでも言って送り出してやるべきなのだろう。  
「就職とか、バイトの面接みたいなモンだろ? ダメだったらカミジョーさんが残念会、してやるか  
ら。また来たらいい」  
「残念会? その前に、壮行会でしょー? たーっぷり、サービスしてよ?」  
 それまでの真剣な表情から打って変わって、にや、と笑ったテルノアが上条を押し倒した。その拍  
子に、もともといい加減に巻き付けていたバスタオルがはらりと落ちる。  
「こ、こらーっ! わ、わ、私の目の前でなにしてるんだよっ! とうまも鼻の下伸ばしてっ! い  
っ、いい加減にっ」  
 思わず叫び声を上げたのは、居候の先輩であるところのインデックスだ。それを見て、テルノアは  
露わになった身体を隠すこともせず、さらに表情を緩めると、  
「やだなー。さすがに貴女のこと蔑ろにはしないわよ? ほらほら混じって混じって」  
 押し倒されたまま真っ赤に染まった上条に覆い被さるように、インデックスの身体を引き寄せる。  
「ふふふ。覚悟して貰おうか上条当麻くん」  
 その夜がどんな様子だったのか、後から思い出そうにも、とにかく白人さんの肌のベビーピンク、  
しか上条の記憶には無かったりする。きっと、大変なことだったのだろうなあ、としみじみ思ってみ  
たりするのだが。人ごとじゃないのだけれどね、上条当麻よ。  
 
 そうして目覚めた翌朝、憶えたばかりだったのか、妙にぎこちない日本語で「ありがとう」と書か  
れた紙切れが、きれいに畳まれた布団の上で揺れていた。  
 

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