3rd Term:『もういちど、ここから I_miss_you』  
 
 
 放課後にはまだ数時間早いが、上条当麻は学生寮に向かって歩いているところだった。  
 サボタージュ……では、ない。  
 昼休み直前に教室で倒れ、保健室で休んではいたものの、結局は早退を申しつけられたのだ。  
「……過労だけどさ…、何で過労なのかバレたら、打ち首モノだよな俺……」  
 疲労と寝不足で重くダルい身体を、引きずるようにして歩く。それでも昼休みに少し寝ることが出来た(それも、ベッドで!)から、多少はマシになったのだが。  
 上条当麻の過労の原因―――それがまさか、女の子ふたりを相手の大立ち回り、要するに一晩中エッチしてたからです! ということなのだが―――を言えるはずもなく。  
 いやいやいや、それより冷蔵庫の中身、あったっけ…と、思考をやや強引に切り替える。  
 そうして周囲を見回して、上条は一人の少女が息を切らせて追いかけてくることに気が付いた。  
「あれ……? どうしたんだ? 俺は言われたとおりに帰るところだけど――まさか午後の授業、無くなったとか?」  
 追いかけてきたクラスメイトの少女に声を掛けた。  
「いいのよ。今日の午後は自主休講にしたから」  
 その少女、吹寄制理がサボタージュであることを事も無げに言い放つ。そのまま上条の横に並んだ吹寄は、数回大きな息をして呼吸を整えると言葉を続けた。  
「あたしがそうすることにしたんだから、貴様は何も言わなくていいわよ。それより、まともに何か食べたの? 寝不足とか言ってたけど、それだけじゃ無さそうだし。ウチ、来なさい。栄養つけたげるから。それに―――」  
 一気に言って、さらに続くかという段になって少女が言いよどむ。  
「あ、いや、でも……」  
 しかし、上条が答えようとしたのを見て、吹寄は濁した口を無理やり開いた。  
「いいから来なさい。……聞きたいこともあるから」  
 有無を言わせない口調、ではある。  
 とは言え、ほんの少し前に、情けなくも倒れた自分を保健室まで運んでくれたのも、早退して休めるようにと手筈をつけてくれたのもこの少女だ。言うことを聞かない、と言う道理もない。  
「あ、ああ、判った」  
 頭の片隅で、自分の寮の部屋にいる銀髪の少女(現在はプラス一人)の食事がどうとかと言った思考がよぎったが、断ってはいけないようなそんな気がして、上条は吹寄制理の言葉に大人しく従った。  
 しかし、なんとなくではあるが、真横を歩くのも少し気恥ずかしいと言うか、この少女が相手だと畏れ多いような気がするのは何故だろうか。そんなことを思いながら斜め後ろを連いて歩く。  
 ぼんやりと歩く上条に言葉が飛んだ。  
「なにしてるの? こっちよ」  
「あ、いや、悪い」  
 少女が道を曲がるのに気が付かず、上条は慌てて後を連いて道を曲がる。その上条に、少女が訝しげに視線を向けた。  
 ぼそ、と呟くように上条に尋ねかける。  
「……本当にぼやっとしてるだけ? 道、忘れたの? それとも…」  
「へ?」  
 記憶喪失、という事実があるにせよ、上条には吹寄がどこに住んでいるのか、ということは知らない。クラスでの吹寄の態度を見ても、記憶を失う以前には知っていた、というような雰囲気ではない。吹寄の言葉に、上条は首をかしげた。  
「…………」  
 そんな上条を、吹寄が訝しげに見つめる。見つめられて、少女の顔を見つめ返した上条のそれとの、二人の視線が重なると、少女はそこから逃れるように目を逸らした。そうして、すっと歩みを早める。  
「……さっさと行くわよ」  
 それからは、全くの無言のまま、どこか硬い表情のまま歩く吹寄に、何も話しかけられないまま上条は一歩後ろを連いて歩いた。  
 
「入って」  
 
 そうしてたどり着いた、一般女子生徒用の寮。  
 取り立てて上条たちの住まいよりも立派、というわけではないが、若干セキュリティ装置の類が多いように見えるその建物の、とある部屋の玄関ドアを開けて、吹寄が上条に対して入室を促す。  
 女の子の部屋など入ったことの無い上条である――オルソラの部屋は引越しの手伝いで、ほとんど片付いてしまっていたので除外する――、緊張の面持ちで靴を脱いだ。  
 背後で、吹寄が後ろ手にドアを閉める。振り向いて、上条は部屋の主に問いかけた。  
「なあ吹寄、どういう風の吹き回しなんだ? 授業サボってまで、俺なんかを自分の部屋まで連れてきてさ」  
 
 それに対し、少女が答えた。  
「俺なんかを、って、勝手知ったる、じゃない。何言ってるの? そりゃ、前はちょっと恥ずかしかったから通販で買ったグッズとかは片付けてあったけど」  
 その、吹寄の言葉に対し、少しでもそれらしいフォローというか、演技が出来れば良かったのだろう。しかし、疲労から思考も鈍った上条は、今の自分の頭の中にある情報だけで少女に言葉を返していた。  
「……? いや、あのさ、俺、ここに来るのは、というか、呼んでもらったの、初めてだろ?」  
 上条の返答を聞いて、昼の保健室で見た、あの強張った表情が吹寄の顔に再び張り付く。  
 そして、叫ぶような詰問の声が上条に浴びせかけられた。  
「いい加減にしてよっ! そうまでして、何も無かったことにしたいの? あたしのこと、そんなに邪魔になったの? あの、外人の娘がいるから? そうなの?」  
「えっ……?」  
 たじろぎつつも、上条はその言葉を浴びせた少女の顔を見つめた。怒りとも悲しみとも取れない表情に変わったその少女は、きつく睨むように上条を見つめながら言葉を続け、  
「ねえ、わざとやってるの? ここまで来て? もし、その気が無いなら……はっきり…」  
 しかし、問い詰めるように始まった少女の言葉も、続くにつれてその勢いを失い、聞き取れないほどに声が小さくなって、少女自身もその顔を俯かせる。  
「いや、その、吹寄? 一体、何の話―――」  
「じゃ、ないわよッ! もう、あたしのことなんかどうでもいいの? だからそうやって白々しくあたしを無視するの?」  
 さっぱり話が読めないままに問い返した上条に、こんどは怒りではない、明らかに悲痛と判る表情を浮かべて少女が詰め寄った。  
 辛そうに瞳を揺らしつつ、上条の目を覗き込む。  
 そうしてじっ、と上条の目を見つめて、ぼそりと言った。  
「嘘、吐いてる、顔じゃない、わよね……。ねえ、正直に言って?」  
 そこまで言って、吹寄はすう、と息を吸い込む。上条もつられてごくりと息を飲んだ。  
 
「夏休みの最初、入院してたでしょう? 怪我って聞いたけど、そのとき一緒に患ったのは記憶の混濁? それとも……記憶…、喪失?」  
 
 一言一言を紡ぐごとに表情が崩れて、今にも泣き出しそうな顔になって、それでも吹寄は目をそらさずに上条の答えを待つ。  
 訊かれて、上条の心臓が締め付けられた。  
 バレて、いた? でもどうして? しかし……  
 ぐるぐると混乱した思考が頭を巡り、あせりと恐怖に似た感情が背中を走って、それでも自分の目を覗き込む少女の瞳に、上条は―――  
「なんか事情がありそうだな…。すまん、正直に言うよ。吹寄の想像のとおりだ。記憶喪失なんだ。怪我もしたけど、特に頭をひどくやったらしい。  
実のところ、7月21日から以前の記憶は、まったく無い。回復の見込みも無い、らしい」  
 本当のことを口にした。カエル顔の医者以外は誰も知らない真実を、初めて、他人に話した。  
 インデックスにも話していない、事実を。  
「そっか…そう、そうなんだ…」  
 呆然と、と言っていい表情で少女が呟いた。  
「じゃあ、入学式の前の、初めて会ったときのことも、入学式のことも、一学期のことも、……何にも……、うう、……覚えてない……の、ね……?」  
 焦点のずれていく少女の瞳が上条の目に映る。  
 すまん、と最初に一言だけ付け加えて、上条はそういったことも全く覚えていないことを伝えた。  
 独り言を呟くように、少女がその口から言葉を漏らす。  
 
「最初はなんてお節介な奴、って思ったけど、でも、春休みのあの日、変な男たちにからまれた時、偶然にも当麻が現れてくれなかったら、どうなってたんだろう、って。  
ずっとそう思ってたら、入学式で見かけて。クラス分け、見て、教室で姿見つけて、すごく嬉しくて。その日の帰りに捕まえたら、『そんなことあったっけ?  
そうだとしても、なんかの偶然でそうなっただけだ』なんて言って。誰がとかじゃない、って。それが、キザったらしかったり、そんなだったらそれでおしまいだったけど、当麻は違って。  
上条属性、なんてクラスとかで言ってるけど、一番最初に捕まったのがあたしだなんて、みんな思いもしてないわよね。絶対落としてやるって、初めて当麻の名前を知った日に決めたのよ?」  
 吹寄制理はそこで息を吐くと、上条が何かを言おうとするよりも早く呟きを続ける。  
「俺が女の子にアタックされるなんてありえない、なんて言って逃げまくられて。帰るのを待ち伏せして、無理やり抱きついてキスしてやったのよね。  
そしたら、これって現実(マジ)? なんて言われて。でも、それが直接のきっかけで付き合うことになったのも、それからのことも、憶えてないのよね、当麻は」  
 
 呟く少女が自分の事を呼ぶのに、上条、ではなく、当麻、に変わったことに、上条も気が付いた。  
 この少女から下の名前で呼ばれる程度には、そして、その言葉を聴く限りでは、一学期、上条と吹寄は付き合っていた――そういうことに、なるらしい。  
「でも、当麻、すごくモテるから。クラスの男子連中がすごくやっかむ位には。  
あたしと当麻が付き合ってるなんてみんな知らなかったから、なぜか、あたしだけは上条に引っかからないオンナ、なんてことになってたのよね…。  
二人して、そのこと面白がって、じゃあ、自分たちのこと、秘密にしちゃおうなんて言って。連絡とかも目立たないようにしようって。  
でも、それで、そんなことしてるせいで、当麻が……、あたしの……こと、面倒に……なっちゃったのかと……」  
 記憶破壊の末に失われた過去の一部、それも、『普通の高校生』としての上条当麻にとっては、あまりにも重大な事実が吹寄の口から紡ぎだされていく。  
モテる、と言う部分には強く違和感を憶えたが、それでも上条は――吹寄が語る内容に対する言葉を持たない。無言のままで、少女の言葉を聞くしかない。  
「入院した、って言うのは聞いたけど、実家に帰ってたからお見舞いにもいけなくて。  
当麻の寮のボヤ騒ぎも知らなかったし、でも、帰ってきたら、当麻の隣には、銀髪の、まるで、お人形さんみたいに綺麗な女の子が、そうしてるのが当たり前みたいに居て。  
なんで、って思ったけど、大怪我して寝てた当麻のお見舞いもしなかったあたしには何にも言えることなんてなくって」  
 
 吹寄の口からインデックスのことが出て、上条も言わなければならない言葉が沸き起こってくるのを感じた。しかし、吹寄の言葉はもう少しだけ続いた。  
「あたしみたいな不義理な女、それに学校ではあんなだし、嫌になっちゃったのかなって。だから、自然消滅させたいのかなって。でも、それにしたって変じゃないって思って。  
でも、病院まで行ったけど、個人情報だもん、当麻がどういうことで入院してたかなんて、教えてくれるわけ、ないし。  
でも、やっぱりおかしい、頭でも打って、記憶の混濁でもあるんじゃないかって気もしてて。何度も入院してたのも、頭のことだからかなって。でも……、そう、想像した中では……最悪の、選択肢」  
 吹寄が俯く。何かを耐えるように肩が小さく揺れている。  
 
 上条も、ここまで看過されて、ごまかしなど出来よう筈もない。  
 本当のことを言わなければならないだろう。そうして語り始めた上条の言葉に、吹寄は神妙な表情で、一言も聞き漏らすまいと耳を傾ける。  
 上条も、『魔術』とか『魔術師の組織同士の対立』などいった、上条自身にも理解しがたい部分をぼかして話したほかは、極力正直に言ったつもりだ。  
 今の、インデックスとの関係のことも含めて。  
「じゃあ、あの子が、当麻の…今の、恋人…」  
「ああ、そういうことには……なる、な」  
 否定する材料はない。  
 記憶を失う以前の関係を――吹寄制理が、その性格から言っても捏造したりする筈はない。  
 第一、男女関係をでっち上げて損をするのは男ではなく女の側、つまり吹寄の方だろう、とも上条は思う。  
 このことも、自分が覚えていないだけ――何があったか、欠片すらも憶えていないのは自分だけ、他の皆は多少なりとも自分が何者かくらいの記憶はあるのだ。  
 むしろ、記憶喪失となったことを、隠していけると思ったこと自体、無理があったのだろう。  
 だからこそ、本当のこと話さなければならないのだ、と思う。  
 上条の言葉を神妙な表情で聞いていた少女は、寂しげに微笑むと、  
「おんなじ振られちゃうなら、自然消滅より…はっきり言ってよ、って、思ってたけど、治る見込みもない記憶喪失だなんて。でも、ふたりのこと、秘密にしたいばっかりに、貴様のお見舞いにも行かなかったんだから、こんなこと…」  
 言いながら、明らかに無理に作っている笑顔のその瞳から、涙がこぼれ落ちた。  
「あ、あれ?」  
 それでも笑顔を保とうとして、しかし止めどなく涙は溢れて。  
 少女は耐えることが出来なくなる。  
 
「嫌よ、やっぱり嫌」  
 笑顔が崩れた。  
 そうして、少女は隣に腰掛けていた少年にすがり付くと、嗚咽で発声もままならないのも構わずに言葉を絞り出す。  
「貴様のせいじゃないのは判ってる、でも、こんなのは嫌よ…」  
 上条は何も言えない。ようやく、名前を呼ぶことが出来ただけだ。  
「吹寄…」  
「記憶喪失なんだもの……。今までのこと、忘れちゃってるんだもんね、教室でもどこでも、あんな態度取られてたら―――あたしのこと、嫌な女だっ、て思うわよね、  
当然よね、でも、でも、あたしは貴様のこと、好きなんだもの…、あ、諦めなきゃ、駄目なの?」  
 嗚咽混じりの声を必死に紡ぎながら、上条の肩に顔を埋めて、吹寄は上条の胸元に抱きついた。  
 
 吹寄が上条の胸元に縋りついて、その顔を見上げる。流した涙の跡が、乾ききらずに頬にくっきりと線を描いていた。上条は掛ける言葉を持てない。  
 話しかけることも出来ないままに、その瞳を見つめ返した。  
「じゃあ、せめて―――」  
 一度、唇をかみしめてから、吹寄が呟く。  
「最後にもう一回、抱いてよ」  
 思わず肩を掴んだ。乱暴に扱うつもりは、上条には無かった。しかしそれでも、驚いて少女の肩を掴んだ腕を伸ばし、その身体を引きはがすような格好になってしまった。  
 上条の行動に驚いた様子の少女に対して、今度は別の意味で慌てた言葉がもつれて吐き出される。  
「ま、待て吹寄! どうしてそう言う方向に話が! 確かに記憶のことは、その、しかし、だからって女の子が言うような―――」  
 しかしその少女、吹寄制理は、肩を掴んだ少年の手を覆うように自らの手を重ねた。  
「他にどうしたら当麻とのこと、忘れられるの? ううん、忘れたくない、忘れない。でも、諦めるしかないのなら」  
 じっ、と上条の目を見つめ返す。重ねた手を上条の腕に滑らせて、その首を抱いた。え、と上条が問い返そうとする瞬間にも少女の顔が急接近して、  
 少女の温かい唇が上条の唇を塞ぐ。  
 驚く間さえなく少女の体重が覆い被さってくる。押し倒されるような格好で、上条の背中がベッドに埋まる。吹寄が唇を離した。  
「イヤとは言わせないわ。嫌な女ならそれでもいいわ。あたしだけの自己満足で良いんだもの。当麻は……、き、貴様は、犬にでも、噛まれたと思って我慢しなさい」  
 当麻、と呼んだのを貴様と言い直して、気丈そうな目つき(しかし、作っている、というのがすぐに上条にも判る)で少女が上条を見下ろす。  
 如何に鈍い上条でも、その本気が判らないはずがない。  
 目の前の少女の瞳を見つめ返して、とまどう自分の気持ちに鞭を打った。  
改めて思うのは、記憶を失ってからの僅かな間に見たその姿だけでも、この少女が嘘をつくような人間ではないこと、決めたことをたやすく曲げるような性格ではないこと、等々……。  
そうして上条は、脳裏に映る純白の少女の姿を無理に振り払って、目の前にいる少女の肩に置かれたままの自分の手をその首に廻し直すと、今度は上条から少女を抱き寄せる。  
「あとで後悔しても、知らないからなと言いたいんだが……俺、顔に出るぞ?」  
 少女が呟く。  
「……ばか。そんな心配、まだ早いわよ」  
 そうして、どちらからともなく少年と少女はもう一度、唇を合わせた。  
 
                     −*−  
 
「あたしが、したげる……。じっとしてて」  
 絡まる舌を離した吹寄が、熱くなった息を荒く吐きながら言った。身体を浮かせて上条の腰の方に移動する。  
「なんだ。もう、こんなにしてるんじゃないの」  
 ふふ、と含み笑いのような吐息と共に聞こえる吹寄の言葉に、上条が呻く。  
「無茶言うなよ……。そっちのコントロールが出来るほど、カミジョーさんは達観してもないし聖人君子でもないんだから」  
 上条のやや恥ずかしげな返事に、吹寄はさらにふふ、と息を漏らすと躊躇いもなくその手を膨らんだ上条のスラックスの上に伸ばし、撫でさするように動かした。  
 うう、と耐えられずに呻く上条の声を聞きながら、吹寄は手と同時に寄せていた口でチャックのタブに噛み付いた。  
 そのまま、ジー、という音を聞きながら口でチャックを引き下ろす。手を開いた隙間に伸ばすと、ごそごそとぎこちなく、だが、それ故に反って強い刺激を上条に与えつつ、吹寄はトランクスの隙間から上条の硬くなったそれを引きずり出した。  
「……や…、……こんなに、大っきかったっけ…」  
 吹寄のとまどうような声が聞こえた。上条は大きくなった分身をぎゅっと握りしめられ、恥ずかしいやら気持ちいいやら、どうにも吹寄の方を見られない。  
 唐突に、水っぽい感触が上条を襲った。  
「う、うあっ」  
 暖かいのか熱いのか、ぬるりと伝わるその刺激に、向けられずにいた視線が思わず走る。  
「ん……」  
 頬を染めながら、吹寄が上条の分身をその口の中に飲み込むように咥え込んでいた。  
 少女が顔を下ろす。深く飲み込まれると、にゅる、と舌と唇の感触が上条を襲い、喉から無理に絞り出されるように呻き声が出た。  
 吹寄は何度か頭をストロークさせてから上条のそれを離し、今度は舌先と唇でちろちろとその先端を責め上げる。  
「はっ、うう…お、おい吹寄、汚いって……」  
 上条のその呻きに、吹寄は声の方向を見上げると、  
「汚くっても、いいわよ……。当麻のだから」  
 そう言って、離した舌と唇をふたたび上条のモノに戻す。同じようなやりとりを数度繰り返し、そのたびに離すことを拒否され、反って少女から与えられる刺激が強くなり――  
「きゃっ」  
 吹寄が悲鳴を上げた。責められ続けて、上条も耐えかねたのだ。予告も出来ずに白濁した欲望が吐き出される。吐き出された欲望が、少女の口を、顔を、こぼれ落ちていた髪を汚した。  
「う、やっぱり、にが……」  
 呟きながらも、吹寄は口をその手で覆うと、こくん、と喉を鳴らして口の中に吐き出されたそれを飲み込む。飲み込んでから、紅潮したその顔を上条に向ける。少女もまた、興奮しているのだろう。上気してやや空ろになったその目で上条を見つめながら、荒く息を吐きつつ言う。  
「なんで、もう出しちゃうのよ……」  
「いや、その、そんなに責められたら――」  
 やはり息を荒くさせつつ答える上条に、吹寄はその手元に握りっぱなしだったものの感触を確かめつつ、  
「でも、もう大丈夫かな?」  
 と、いたずらっぽく瞳を輝かせる。そうしてずい、と上条の顔にその顔を寄せてぎゅう、と抱きつき、ベッドの上で転がって身体の位置を入れ替えた。  
 上条の下になった吹寄が、今度は視線を上に向けて甘えるような声を出す。  
「…ねえ…、……脱がせて?」  
 ごくり、と、興奮が上条の喉を鳴らさせた。上条の興奮を映し出した目を見て、吹寄自身も同じような色を浮かべつつ、もう一度、誘うように声を出す。  
「当麻が…脱がせて…?」  
 
 荒い息を吐きながら手を伸ばす。セーラー服の裾に手を掛けると、ぐいと上にずらした。  
「あっ…」  
 言いながらも実際に手を出されて少し緊張したのだろう、少女の露わになった白いお腹が、とまどうよう声と共にきゅっ、と震えた。それでも止まらない上条の手でずらされた制服の布地が、同年代の少女たちと比べても大きな乳房に引っかかる。  
 引っかかって、それでも無理にずり上げようとして、ぶるん、と白いブラに包まれたふたつの山が震えながら飛び出した。  
「――うむう……」  
 耐えきれずに、上条はセーラー服から手を離すと、そのスリークオーター・カップのブラに隠された、はち切れんばかりの乳房に顔を埋めた。離した手はスカートへと伸ばす。  
 はあはあ、と興奮の息を吐きつつ、上手く外れないスカートのホックにもどかしさを憶えつつも、まるでもぎ取るような不器用さでそれを外す。その下のジッパーに手を伸ばした。半ばジッパーが下りたところで強引にスカートを下ろす。  
 ブラに隠されていない肌に吸い付く。最初は軽くキスをするように唇を掠らせていたが、すぐに我慢が出来なくなって舌を這わせる。さらに、唇で強く吸い付いた。  
「…ふあっ、あふう……、ふくっ、あっ、やん…、もっと……」  
 吸い付かれて、吹寄がその声に艶を混ぜてくる。  
 むき出しになったお腹を撫でながら、唇を離して上条が呟いた。  
「イヤなのか、もっとなのか、どっちなんだ吹寄?」  
「……ひあ、う…っ、いじ…わる…」  
 上条自身も、悪ノリを始めた自分に気が付いている。もしかすると、記憶を失う前には、本当に、こうやってこの少女と肌を合わせたのだろうか。  
「いじわるなんてしませんよ、カミジョーさんは」  
 言いながら、少女が身もだえするうちに、カップの浅いブラの隙間からちらりと顔を出してしまったピンク色のつぼみに向かって、強引に舌を差し入れる。羞恥からか、興奮からか、やや硬くなり始めていたその先端が上条の舌の上でぷるりと震えた。  
「きゃんっ」  
 ピンク色のつぼみ、つまりは乳首を嘗め上げられて、吹寄が悲鳴を上げる。  
「おっきいのに敏感なんだな……。ううむ、けしからん」  
 言いながら、今度は視界の端に映るフロントホックに空いていた手を伸ばした。  
「ほ、ほんとに……、と、当麻…、やんっ、あふ、……なんで…」  
 胸に吸い付かれ、お腹や太腿を撫でられて、すでに艶っぽい喘ぎが混じる声で吹寄が上条に対して声を漏らした。  
「……前とおんなじ事、…言う、わけ……? 本性は…前とおんなじ、エッチな当麻、だから…?」  
 何故、初めて見るフロントホックをこうもたやすく外せるのだろうと思いつつも、指で外したホックを弾く。  
 白くつん、と大きくそそり立ったふたつの膨らみが、戒めから解き放たれて大きく揺れた。  
 その、思わず感嘆の溜息を吐くような双子の峰は、重力に引かれながらも強固に逆らい、ピンク色の三角点をしっかりと上に向けている。  
 ごくりと息を飲みながら嘗めるようにふたつを眺め、その持ち主の目に視線を移す。持ち主の少女は真っ赤に顔を染めながらも、まろび出た乳房を隠すことも出来ずに上条を見つめ返した。  
「……なんかえらいこと言われてるな…。でも、男の子の本性は皆エッチだと思うのですカミジョーさんはっ! それが、こんなにエッチなおっぱいを目の前にすればなおさらっ!」  
 言われてさらに真っ赤になった吹寄の顔を改めて、上条はその乳房に唇を戻す。  
「ああんっ、やっ、はっ、あうふ……」  
 ここまで来ると、もう少女の声も耳に心地よい。お腹に這わせていた手を、下腹部に伸ばす。つつ、とその割れ目を狙って指を這わせた。  
「きゃふっ」  
 
 喘ぎが耳を突く。  
 少女の下着越しの感触にも、もうぬるぬるとした感触が感じ取れる。その布切れをずり下ろそうとして、少し下にずれたところで、触りたい、という欲望が脱がそうという欲望に勝り、  
思ったより密な吹寄の下草の感触を乗り越えながら、指を直接その割れ目にあてがう。  
 奥から漏れ出していた蜜が、上条の指を濡らした。その指を上下に動かした。  
「はう、あ、くっ……、おね、がい…、久しぶりだから、もう少し、やさしく…して……」  
 嘆願するような喘ぎが聞こえる。気分的にはむしろ煽られたのだが、それでも指の動きが少しでも柔らかになるように、焦る気持ちを抑えて力を抜いた。  
「あっ…、とう、ま……、いい…」  
 しかし、はやる気持ちは抑えても抑えきれるものではない。  
 自らの快感を言葉で伝えられて、弾き出されるように欲望が溢れて体を動かす。両手で少女のショーツの両端を掴んだ。  
体を起こすと、ぐいとそれを引き抜く。少女の茂みが露わになり、足を合わせてその奥を隠そうとするそれよりも早く上条はその両足を掴むと、ぐっと両膝をこじ開ける。  
「あっ…」  
 少女のためらうような羞恥の声に、気持ちがさらに煽られる。開かれた両膝の向こうで、少女の花びらが自らの蜜に濡れてきらきらと光った。  
 ぐい、と顔を寄せる。舌を伸ばす。襞を掻き分けて、蜜を湛えた奥の壷を探った。吸うように唇を沿わせ、舌で襞の奥をかき回す。  
「やっ、だめ、汚いよ……」  
 喘ぎながらも吹寄が抵抗の声を上げた。体は――云うことを聞かないのだろう、上条になされるがままだ。  
「吹寄が俺のにおんなじようにしてたのに、吹寄のが汚いワケ、ない」  
「ああっ、ひっ、ひあう、うあ、ふっ、あ、あ――」  
 言われて、吹寄の口から漏れ出るのは、もう上条になされるがままに漏れ出る喘ぎばかりだ。  
 指を差し込む。きつめの抵抗を感じたが、それでもぬる、とその愛液が潤滑油となって奥へと導く。  
「ひゃあううっ」  
 少女がびくりと跳ねた。が、痛みによるものではなさそうだ。それを確認すると、上条は指で蜜壷の奥を丹念にまさぐった。  
「ひい、ふあ、ああ、ああん、あっ、やあん――」  
 上条の指の動きのままに、少女が面白いように体をくねらせて善がる。『ここ』も大分ほぐれてきた様だし、なによりもうそろそろ自分も我慢できない。  
 指を抜いて、シャツを脱ぎ捨てた。ビクビクと跳ねる分身を入り口にあてがった。  
 吹寄が涙目で上条を見上げる。喘ぐ息の中から声を絞り出した。  
「いいよ、来て……。あたしも、当麻が欲しいの……」  
 
「いいよ、来て……。あたしも、当麻が欲しいの……」  
 
 
 
 
「はっ、はあっ、あ…つい、当麻の、熱いのが……」  
 息を荒げて吹寄が呟く。腰にがっちりと脚を廻されて、吐き出してしまった欲望が少女の膣内で暴れているのだ。息を荒げられるたびにぎゅっと締め上げられて、入ったままの分身がびくびくと震えながら吐き出しきれなかったその残りを押し出す。  
「……あんっ…、あふっ…」  
 そうしてビク、と上条の分身が震えるごとに、艶めききった喘ぎと吐息が上条の耳を襲う。  
「やっ、あっ……、んん…っ、あ……っ?」  
 絶頂を迎えて力の抜けていた少女の腕に、少しだけ力が戻ってきた。その腕を廻していた上条の首が、ふたたび引き寄せられる。  
 瞳を潤ませ、未だ息を荒げながらも、どこか嬉しそうに吹寄が引き寄せた少年の耳に囁いた。  
「なか、で…、また、大きく、なってるわよ…? 当麻の…エッチ」  
「ばっ、ばか、あのな、その――」  
 慌てる上条を引き寄せる腕の力が、もう少しだけ強くなる。  
「……いいのよ。だって、あたしの…中で、だ、もの……」  
 囁く少女に顔を向けようと首を動かした。真横にある少女の顔が、同時に動いてお互いが向き合う格好になる。そうして顔が向き合った瞬間、  
「んっ……」  
 唇に吸い付かれた。吹寄制理の肉感的な唇が、貪るように上条の唇を吸う。その感触が、硬くなった分身にさらに血液を送り込んだ。  
 少女が唇を離した。  
「んっ…、や、もっと大きく…」  
 喘ぐように呟いて、大きく息を吐くと、吹寄は上条の耳元に唇を寄せてふたたび囁く。  
「ねえ、お願い……。その、……大きく……なっちゃったの、……すぐには収まらないんでしょ? あたしで……片付けて?」  
 そう言いつつ、恥ずかしさもあったのだろう。上条の目に映る、もともと上気して火照っていた吹寄の顔や首元がさらに赤くなった。背中がぞくっと痺れる。その痺れに小さく呻くと、同時に漏れた吐息に肌を撫でられた少女がまた喘ぐような小さな声を上げた。  
 
 返事をする代わりに、手を寄せて目の前の乳房を掴む。上条と吹寄の二人から、熱い吐息が同時に漏れた。  
 
                     −*−  
 
「ほんと、相変わらずタフ…って、憶えてないんだっけ。ごめん」  
 上条の真横で、枕に顔を埋めた吹寄が言った。  
「憶えてないのは全面的に俺が悪い気もするけど。でも、カミジョーさんだってクタクタよ? 結局、えーと、何回したんだ? タフって言うなら、それはふきよ――」  
 言いかけた上条に、寝ころんだまま吹寄が詰め寄る。上条の胸に半身を乗り上げると、裸の胸がぐいと押しつけられて変形した。  
「あたしじゃなくて貴様がエッチなの! いいわね? それから、名字で呼ばないで。憶えて無くても二人だけのときは名前で呼んで」  
 言って、少女は少しだけ思案げな顔になると、ふたたび上条の目を覗き込んで言った。  
「決めたわ」  
「……決めた、って、何を…?」  
 妙に真剣な顔つきになって自分を見下ろす吹寄に、上条が問いかけた。聞かれて、少女はさらに真剣な顔になる。  
「貴様の、当麻の記憶喪失は事故だもんね、今の今まで勘違いしてたけど、あたしが引っ込む理由なんて――そりゃ、勘違いしてたから、お見舞いとかしなかったのは悪かったけど――  
無いじゃない。聞いてた限りじゃ中学時代に彼女なんていないって言ってたし、あ、これも貴様の弁だから半分信用してないけど、でもそれならあたしが最初でしょ? だから、決めたの」  
 真剣な顔つきで、しっかりと上条当麻を見つめながら一気に言った吹寄制理は、ここでいったん大きく息をすると、  
 
「復帰のチャンスは狙っておかなきゃ。あの子に貴様が振られたら、あたしがちゃんと元のポジションに収まり直して上げるから。そうね、それまではあたしは貴様のセフレで辛抱してあげるわ」  
 
 目を輝かせながら、そう言いはなった。  
「ぶほっ! ふ、吹寄! ちょ、おま、」  
「反論は許さないから。それから、名字で呼ばないでって、さっき言ったはずだけど?」  
 相も変わらず名字で呼ばれることに気を悪くしたからか、それとも決意表明のつもりなのか、視線を鋭くした吹寄が両手を伸ばして上条の頬をつねる。  
「ぢょ、わがっだがら、いだい、いだいっでば」  
 ぎゅう、と両の頬を引っ張られて呻く上条を見て吹寄が笑う。笑った拍子に力が緩んで、上条は顔を振ってその手から逃れた。  
「この際だから、あたしがこいつの彼女です、って顔してても良いんだけどな。……そしたら、あの修道服の娘はともかく、他のコたちに、あたしが一歩も二歩も有利なトコにいるんだって見せつけられて……う、それ、良いかも……。  
でも、そうすると、また毎度のように上条属性がー、って叫ぶ連中が出てくるのよね…。どうしよ?」  
 外れた両手を上条の胸元で組み直し、そこに顎を置いた吹寄が半ば独り言のように呟く。  
「へ? 有利とか不利とか、一体何の話だよ?」  
 
 聞き返す上条を、少女がじとっ、と睨み返した。しかし、その表情もすぐに元に戻り、  
「ホント、無神経で朴念仁なところだけは一緒なんだから。事情を知らなくて、こっちは本当に不安で気が気じゃなかったのに。……まあ、いいわ。ところで、ねえ、あたしはやっぱり『カミジョー属性最後の砦』のふり、してたほうがおもしろい?」  
 勢いよく上条に声を投げかける。  
 不思議なほどに饒舌になっている吹寄の姿も、ここまで来ると、もはや上条に反論の言葉はない。  
 実は自分も、不幸だと叫びながら、吹寄のツンとした様子を見てほくそ笑んだりしてたんだろうか、でもそれって俺のキャラじゃないよなー、と思いつつ、  
「いや、好きにしたらいいと思う。俺としては従うだけです。でも、また記憶喪失になったって知らんのですよ、カミジョーさんは」  
 と、溜息。それでも、この溜息に(少しくらいふざけても良いか)などと言う思いが混ざるのが自分でも判って、唇の端が歪んだ。  
「ふーん。当麻も、結局連中からかって面白がってるんじゃない。じゃあ、前と一緒で。あ、でも、今度は記憶喪失やってる暇なんてないほど構ったげるから。大丈夫よ。簡単にバレるほど不器用じゃないし」  
 笑いながら吹寄が答える。この状況には、大いに問題有りなのかもしれないが、それでも少しは気が楽になったような気がする。  
「今のこの状態、俺にとっては浮気なんですけど。いつかそれがバレて、死にそうになるのは俺だけ?」  
 軽口を叩いてみた。それを聞いて、口元、というか表情全体では笑いながらも、ジト目を作って吹寄が答えた。  
「状況知らなきゃ、こっちこそ無視に放置の上、浮気されてたワケだけど? そのときは、半殺しにでもされときなさい。でも後で、ちゃあんとあたしが回収してあげるから」  
 吹寄が上条の頬を突きながら言う。上条、ふたたび溜息。  
 それを見ながら、吹寄は幸せそうに微笑んだ。  
「あ、そうだ、シャワーでも浴びる? 汗、かいちゃったし」  
 ようやく話も落ち着いたようだ。吹寄の提案に、ややじっとりする自分の肌を見返して上条は肯首でその返事をする。少女が胸の上から降りた。  
「タオル、出したげるから。あのドアよ、行ってきなさい」  
「そうだな、そうする―――あれ? なんか、目、回って――」  
 ベッドから降りて立ち上がろうとした上条を、猛烈な目眩が襲った。ふわっ、と浮き上がるような感覚と共に視界が混濁する。膝が砕けたときには、その、膝が砕けたことも上条の感覚としては伝わっては来なかった。  
 昼に倒れたときは辛うじて意識はあったものの、今回は意識を失った、という認識すら出来ずに上条は床に崩れ落ちたのだった。  
「や、と、当麻っ! ちょっと! やだ、きゅ、救急車っ!!」  
 吹寄の叫び声も、もうすでに聞こえない。  
 
                     −*−  
 
「いや、ただの過労、みたいだけどね? こうも定期的に入院する理由が出来る、というのも器用なことなんじゃないかと、僕は思うんだけどね?」  
 点滴の指示を看護士に出しながら、カエル顔の医者が言った。  
 どうもあの後、本格的に意識を失ってしまったらしい。気が付くと、上条はいつもの病室――いつもの病室、と判るところが情けない気もする――で朝を迎えたところだった。  
「あ、心配要らないよ? 君の入院は年中行事みたいなものだから、君の担任の先生に連絡するように言って貰ってあるからね? 夕べのうちに連絡ならしてあるからね?」  
 指示を終えたカエル顔は上条にそう言うと、今度は顔を上げて口を開く。  
「君も、退院したばかりだろう? 心配なのは判るが、あまり無理をするのは良くないんだけどね? 一度帰って休んだほうが良いんじゃないか、と一応は言っておくよ?」  
 その目線の先、上条のベッドを挟んで反対側には、吹寄が上条の手をぎゅっと握ってベッド脇の椅子に腰掛けていた。  
 上条が気が付いたときにはすでにそうしていたので、いつから居たのかは判らない。が、上条が汚してしまった髪もさらさらと綺麗に光を映しているし、一目見て、昨日の夕方の情事が判る格好でないことにだけ、上条はほっと息をついた。しかし、  
「まあ、夕方までは寝ておくんだよ? また見に来るから、あ、そうそう、過労は過労でも、若くして腎虚を起こすんじゃないか、というほどもお盛んなのは避けた方がいいと思うね?」  
 その言葉に上条がブッ!! と吹き出すその隙にも、カエル顔の医者が病室から出て行こうとする。引き戸に手を掛け、横にずらすと同時に―――  
「とうまっ!」  
 純白の修道服を着た少女が飛び込んできた。その背後で、アンデレ十字の少女が笑いながらひらひらと手を振る。  
 
「インデックス? 小萌先生とは会えたのか? 食事は……」  
 その姿を見て、上条が話しかけようとするのをインデックスが遮る。  
「何してるんだよっ! こもえは心配ないって言ってたけど、私、わたし……」  
「いやー、女の子に心配かけるのは感心できないと私も思うなあ、うん」  
 半泣きになったインデックスが上条に縋り付く。その後ろのテルノアも、口調は軽口を叩くような感じながら、目には心配しました、というような色が見て取れた。  
 しかし、その二人も上条の手を握るもう一人の少女がいることに気が付くと、  
「あら? ほんと、目を離せない男の子だなあ、上条くんは」  
 アンデレ十字の少女の呟きは、先と同じく口調は軽口のようでも、今度は鈍い上条にもそのトゲが判るほどにその色が変わった。そして、銀髪の少女が握る手の力がぎゅう、と強くなる。  
「……とうま?」  
 純白シスターから漆黒のオーラが立ち上る。一瞬にして険悪な表情に変わったインデックスは、ギリギリと上条の腕を掴む力を強めていった。  
「その子、なに? 誰か、じゃなくて。朝早くから、なに? 話すなら今のうちかも」  
「え? いや、その、あのね、これはそのインデックスさん? テルノアもその目はなに?」  
 上条が慌てて言い訳をしようとすると、反対側の少女――吹寄制理が口を開いた。  
「え、あの、朝早くから、じゃなくて、夕べから付き添ってたんだけどね」  
 へ、と上条が振り向く。吹寄の言葉は続いて、  
「上条の体調が悪いのを無理矢理連れてったのはあたしだし、あ、でも、本当はまともに食べてないみたいだったからどうにかしてあげたかっただけなんだけど、それなのに、あの、その、こっちが原因でまた倒れさせちゃったみたいだし、だから―――」  
 しかしその台詞も、後になるにつれて声が聞き取れないほどに小さくなり、最後の方に至って、吹寄は赤くなってごにょごにょと呟くだけになってしまった。  
 
「………とうま…、なにか、言い残すことは?」  
 
 どす黒い怒りのオーラを発していた純白シスターがぼそり、と呟く。その後ろのアンデレ十字を下げた少女がエイメン、と囁き、  
「ぎゃあああああっ! 砕けるっ! ダメになるっ! 上条さん死んじゃうっ!」  
 猛獣少女の噛み付きを受けてのたうち回る、上条の悲鳴が病院を揺らしたのだった。  
 

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