『大嫌い love_is_blind』(〜おっぱい紳士に捧ぐ〜)  
 
「なに言うてんねん! カミやん嫌やわあー!」  
 その台詞と同時に、青髪ピアスの巨体が上条を打ち据えた。たたらを踏むことすら  
叶わず、上条が吹き飛ぶ。  
 このときの上条の不幸だった点は3つ。一つめは、青髪ピアスがいつもより激しい  
ツッコミを入れたこと。二つめは、上条の身体がやや斜めを向いていて、いささか不  
安定な大勢だったこと。そして三つ目に――  
 吹き飛んだ先に、吹寄制理が居たことだった。  
「どわあっ! ってあっ! 吹寄危な――」  
 上条の叫びも虚しく、その身体が振り向きかけた吹寄を覆うようにぶつかり、二人  
がもつれ合うように倒れ込みざま、  
 びっ……ぶつり。  
 嫌な音が走った。  
 吹っ飛びつつも、なんとか吹寄に加わる被害を最小限に抑えようと努力したのだが、  
そのとき吹寄の背中に当たった上条の手が、その背中のブラウスの向こう側の布を  
引きちぎってしまっていたのだ。ブラウスの生地を破くとかボタンを吹き飛ばすような  
ことにならなかったのが不幸中の幸いだろうか。  
 とは言え、上条にとって不幸なことには間違いはないのだが。  
「か、上条……き、貴様ってば…」  
「よ、避けられなかったんだすまん――」  
 上条が吹寄に覆い被さったまま謝罪の言葉を呟こうとして、それを遮るように吹寄  
が上条を突き飛ばすように立ち上がった。  
 左腕で胸を押さえた吹寄は、突き飛ばされてさらに慌てる上条の二の腕を掴むと  
無理やり立ち上がらせ、  
「ち、ちょ、ちょっとこっちへ来なさいこのバカ!」  
 と、顔を真っ赤に染めて叫ぶと、掴んだ腕を引きずる。  
「え? 何? いや、悪かったよマジで、でも何、吹寄さん?」  
「うだうだ言ってないで来なさいったら来なさい!」  
 状況を把握できない上条だったが、吹寄は有無を言わせない。見るものが見れば  
怒りより羞恥の色が濃いことが判る紅潮した表情で、上条を拉致するように教室か  
ら出て行った。  
 さっきまで上条とふざけていたデルタフォースの残り二人、青髪ピアスと土御門元  
春が呆然とそれを見守る。  
「吹寄さん、どないしたんやろ……ちゅうか、カミやん、一体ナニさらしたんやろか」  
「何か尋常じゃない表情だったぜよ……まあ兎に角カミやんの冥福を祈ろう」  
 この際、上条の転倒が誰の責任かはおいておいて、上条の不幸をただ見守る心  
強き友であった。ああ、上条当麻、不幸なり。  
 
                     −*-  
 
 放課後。御坂美琴はいつかやって来たランジェリーショップ――いわゆる女性下着  
の専門店の中にいた。  
 今日は一人である。というか、むしろこういう場で白井黒子と一緒にいるのは避け  
たかったし、そうできて少しだけホッとしてもいた。  
 目の前には、シルクとレースのちょっとセクシーな下着の上下。  
 さすがに白井のものほど悪趣味(美琴主観)ではないのだが、逆に、その落ち着き  
が白井にも、美琴にも背伸びしている感が強いといったデザインだった。事実、胴体  
だけのマネキンに着せられている展示品は、出るべきところがしっかり出ていて、悔  
しいことに美琴には余りあるサイズである。  
 自分の控えめな胸を見下ろしながら、いつかのことを思い出した。  
(ううっ。なにが『胸がデカイと人生得するわよーん?』よっ)  
 頭の中で、思い出した母親の言葉を反芻して、やっぱり反撥を覚えてしまう。  
 しかし、それに続いて思い出すのは、『あいつ』が目を奪われていたことと、その直  
後、一緒にいたいつもの外国人の少女に『いっぱい食べたらいっぱい育つ、か。叶っ  
たら良いなぁって』などと発言していたことだ。あの言葉は直接自分に向けられたも  
のではないけれど。  
(やっぱり、小さいよりは大きい方が良いんだろうなあ)  
 目と手が同時に自分の慎ましやかな胸に伸びる。  
 はあ、と溜息を付いて、ふたたび眼前のちょっとセクシーな上下に視線を戻し――  
 と、いうところで、突然背後から声を掛けられた。  
「あ、御坂さんだ! こ、こんにちは御坂さんっ! あ、あの、こんなところで会うなん  
て奇遇ですねっ」  
「ちょ、飾利、抜け駆けっ! あ、あの、こんにちはっ」  
 振り向いた先にいたのは、白井黒子の『風紀委員』の後輩、初春飾利とその友人  
である佐天涙子である。  
 一連の不審な挙動を見られていたかも、と羞恥が美琴の頭に登る。それから、初  
春の顔を見て、白井がすぐ傍にいるのではないかと焦りが走った。  
「あ、……こ、こんにちは」  
 返事を返しつつもきょろきょろと周りを見回してしまう。  
「今日は風紀委員の関係で? く、黒子は一緒じゃないの?」  
 美琴の言葉を聞いて、初春はきょとん、と小首を傾げると、  
「違いますよ? 白井さんですか? 御坂さんと一緒じゃないのなら、当直でも当た  
ってるんじゃないでしょうか?」  
 美琴のひとまずの不安を取り除く答えを返した。  
 こんな店にいるところを白井に見つかったりしようものなら、いつかの大騒ぎの二  
の舞は目に見えている。そういった事態は――いやむしろ、また『あの類人猿!』な  
どと、白井が叫び出すことを特に――避けたい。  
(って、私なにあいつの弁護みたいな事考えてるのよっ)  
 
 ブンブンッ! と頭を振ったところで、初春たちがきょとんとした顔をさらにきょとんと  
させているのに気が付いた。慌てて体裁を取り繕う。  
「そ、そう。いや、別に黒子のことは良いんだけどね、こんなところで初春さんに佐天  
さんと会うとは思ってなかったから」  
 初春も佐天も、美琴に名前で呼ばれて気を良くしたのか、表情が明るくなった。  
「ここで良いの無いかなー、って二人で来たんですけど、ご、ご一緒させて貰っても  
良いですか?」  
 とは、佐天である。特に拒否する必要は無い、のだが――いつか、自分が良いな、  
と思ったパジャマを見て、この少女たちが『こんなのは小学生まで』といったようなこ  
とを発言していたのを思い出した。そうなると、少し気恥ずかしい。  
 白井にも(いつの間に覗かれているのか、そのことだけは思い出すと腹立だしいの  
だが)、自分の趣味は子供っぽいと切り捨てられている。  
 そうやって逡巡していた美琴だったが、二人はさっきまで美琴が見ていたシルクと  
レースの上下を見やると、  
「こんなのが似合うのって、どんな人なんでしょうねえ、あ、でも御坂さんなら――」  
 などと言い出した。今度も、美琴の勝手な不安を向こうから取り除いてくれたようだ。  
これなら、しばらく付き合っても問題はあるまいと胸をなで下ろした。  
 が、その途端、  
「ひょっとして、御坂さん、勝負下着?」  
「えっ! あ、そう言えば白井さんも御坂さんが不釣り合いな男子を気にしてるとか  
言ってたし、え、ええっ、そうなんですか?」  
 一体どこをどうしたらこのように話が飛躍するのであろうか。一瞬で話がとんでもな  
い方向へ飛躍していた。慌てて取り繕おうとする。  
「く、黒子ってばどこで一体何の話をしてるのよ? そ、それに佐天さん、勝負って何  
の勝負よっ」  
 しかし、取り繕おうとした言葉も、勝手に盛り上がり始めた少女たちには燃料にし  
かならなかったようで、美琴に対してさらに言葉を繰り出してきた。  
「だって白井さん、その話になると口、濁しちゃいますし、余計に信憑性が出てきち  
ゃうじゃないですかっ」  
「そうそう、それに『常盤台の寮の前で逢い引き』事件は結構有名なんですよ? や  
っぱり、お付き合いしてる彼氏がいるんですよね、良いなあ……。で、どんな人なん  
ですか? その人、こういうのが趣味で、それで見てたとか?」  
 二人の少女から次々と予想外の言葉が飛び出る。夏休み、やむを得ず、そう、あく  
まで『やむを得ず』取り繕った事件まで知られているとは。兎に角、反論くらいはした  
方が良いのだろうか。  
「私には『お付き合いしてる彼氏』なんていないし、それに大体あいつ――って、や、  
違ってっ」  
 ただでさえ慌てていたのに、さらに慌てて思わぬ言葉が口をつきかけた。しまった、  
と思う間も無く、二人の少女が目を輝かせながら美琴へと一歩足を近づける。  
 図らずも逃げ出したくなったその瞬間、店の入り口から結構な音量で男女の話し  
声が聞こえてきた。その男の方の声に、反射的に顔がエントランスの方を向いた。  
 
 上条当麻。  
 
 よく知らない女生徒に手を引かれている。その手がしっかりと握られていることに  
目が行った。無理やりに引っ張られて来たようで、それでいて決して迷惑そうな顔を  
してはいない。  
 手を引いている同じ学校らしい女生徒も、怒ったような表情を作ってはいるものの、  
その表情も表面だけのように美琴の目には映った。  
 思わずマネキンの陰に隠れる。が、上条からは目を離せなかった。  
「あれ? どうしたんですか、御坂さん」  
 佐天が御坂に声を掛け、返事を待たずにその視線の先を追う。  
「あ、あの人、爆弾魔の時の!」  
 佐天の目が、一瞬憧れを伴うような色を帯び、上条が女連れ、というか女の子に  
連れられてきたのを見て、少しだけ残念そうに溜息を付いた。  
「彼女さん、かなあ……。そ、そりゃあ、いてもおかしくないですよね、高校生だし…」  
 言いつつも、視線を美琴の方を戻すと口をつぐんだ。  
 美琴の表情をしばらく見つめ、しばらく考え込むような表情を見せた後、やや残念  
そうな表情を作ると、再び口を開く。  
「そっか、そうなんだ……。でも、そうなら私は御坂さんの応援、しますよ? でも、そ  
うならあれはちょっと許せないかも。解説の飾利さん?」  
 突然話を振られた初春が、慌てたようにキョロキョロとして、それでもいつもこんなノ  
リなのだろうか、佐天に調子を合わせる。  
「は、ハイ何でしょう実況の涙子さん」  
「今入ってきた高校生カップルですが、ちょっと不純な匂いがしませんか? 風紀委  
員としては見逃せないところもあるだろうし、追跡して実況したく思いますが」  
「む、あの男子高校生は以前遭遇したような記憶がありますね涙子さん。しかしあの  
時とは打って変わって不純異性交遊の匂いが確かにしますよ? 言うとおり少しカメ  
ラを向こうに集中させてみましょうか」  
 言い出すとやたらノリが良い。上条が自分の知らない女の子とこんな店にやってき  
て、混乱を覚えていたところに始まった突然の実況中継に、一瞬、唖然とした美琴  
だったが、ここは二人に乗っておいて、上条を監視することにした。  
 
「ここよ」  
 
 上条当麻がその不幸スキルでもって吹寄制理を押し倒したその放課後。  
 半ば無理やり吹寄に手を引かれて上条がやって来たのは、大型ショッピングモー  
ルにある女性用下着の専門店だった。その、いかにも男子禁制と言った趣と店構え  
に逡巡する間もなく、店内へと連れ入れられてしまう。  
「ちょ、吹寄、さ、さすがにここはちょっとっ!」  
 踵を返そうとして後ろを振り向く。と、両肩に吹寄制理の白い手が掛かり、肩口か  
ら上条の顔を睨む――とは言っても、悪戯っぽい笑みを口の端に浮かべているのだ  
が――吹寄の顔が現れた。  
「あら。貴様はどこへ行っちゃうのかな?」  
 その言葉と同時に、上条の背中に柔らかくも弾力のある何かの感触が伝わってく  
る。  
 その感触に、上条の動きがぴたりと止まった。いや、動けなくなった。  
「えーと、吹寄さん? なにかその、やんごとなきものが当たってるようなのでござい  
ますですが?」  
 自分でも言っていることがよく判らないが、とりあえずは状況を整理したい。  
 しかし、帰ってきた返答はといえば。  
「あら、わかんない? 当ててんのよ」  
 頭から湯気が立ちそうになった。誰かに見られているような気がして、周囲を見回  
そうと頭を巡らせたが、まったく周囲の状況に集中できない。そうやって慌てる上条  
に、吹寄はさらに言葉を続けた。  
「貴様のせいでこんな恥ずかしい状態になって、それでどんな詫びでも入れるからっ  
て言うのに、その詫びを蹴って逃げちゃおうとするバカがいるから、私がどんな目に  
あったか思い出させてあげようって言うんじゃないの」  
 今の状態、と聞いて、  
(ひょっとしてノーブ……あう、いやいやいや、)  
 背中から感じる感触を、頭の中で細かく分析しようとする。慌ててそれを止めた。と  
にかくも、ここは諦めるしかないようだ。  
 降参の意を示すべく両手を挙げて、がっくりうなだれると、無意識に溜息が出る。  
「なによその溜息? 私だってこんな恥ずかしいコトしてるのに、貴様、不感症? い  
や、それともひょっとして――」  
「違います違いますっ! そうじゃなくってっ」  
 上条が慌てて言い訳を始めようとすると、吹寄が笑い出した。  
「冗談よ。あ、でも、ほんとに何にも思わないわけ? こういうの嬉しかったりしない  
の?」  
 笑い出した吹寄を横目に見て、慌てながらも気が緩む。  
「い、いや、嬉しいですッ」  
 上条も思わず馬鹿正直に答えていた。  
 
「……………」  
「……………」  
 数瞬の沈黙。  
 ガバッ、と吹寄が上条から離れた。その顔が赤い。  
「き、貴様ってば、人に何させるわけ? あー、あ、もう! とにかくあれよ、言ったか  
らにはちゃんと約束は果たしなさいっ」  
 ここへ来てようやく人目があるかもしれないことを思い出したか、強い口調ながら  
小声で吹寄が言った。そのまま上条の手を取ると、店の奥に向かって歩き出した。  
 上条も、吹寄に手を取られたまま、その後ろを付いて歩く。この店の中に入ってき  
たことを、御坂ほか2名に見られていたことには全く気が付かなかった。  
 吹寄がやや落ち着いたのを見て、頭の中ではまったく別のことを思い出す。  
(デパートの女性下着売り場でも恥ずかしかったのに、よりにもよって専門店とは…)  
「デパートの? 誰と行ったの?」  
 ぼんやりと頭の中で(だけ)溜息をつきつつ独りごちたはずが、思わず口から漏れ  
ていた。やはりというか、こういうところが上条の上条たる所以なのだろうか、そのこ  
とには全く気付かない。  
 そして、それを聞き逃さなかった吹寄が、表情をやや引きつらせながら聞き返す。  
 しかし、上条はあくまでもこれが頭の中で考えていただけのこととしか認識してい  
ない。  
「ん? ああ、インデックスと」  
「……あ、あの外人さんね? ……なんで貴様が一緒に下着を見に来る必要が?」  
 吹寄の顔がさらに引きつる。  
「いやさ、あいつな、まともに下着も持って無くって、なんで俺が買ってやらないとダメ  
なんだ? とは思ったんだけどさ、まさかそのまま放っとくわけにも、だろ? それに  
インデックス、まともに買い物も出来ないんだぜ? 全部任そうとするのには参った  
よ本当に。判ってきたら判ってきたで、『とうまとうま、こっちが可愛いと思う? それ  
ともこっち?』ってーのにはもう何と言っていいか。レジも一緒じゃないとダメだし、し  
かも、なぜかこういう事は小萌先生と行くとは言わないんだからさ」  
 充分かと言えば、余りあるほど充分に語って、ようやく上条が我に返った。  
「へ?」  
 気が付くと、青筋を立てて笑顔を引きつらせた吹寄制理の顔が眼前にある。  
「……って何、俺全部――」  
「きっちり舌と声帯を使って音声で語ったわよ」  
 吹寄が、そのままの表情で上条に一歩詰め寄る。上条は――蛇に睨まれた蛙の  
ごとく動けない。  
「え、えっとコレはですね吹寄サン?」  
 さらに一歩詰め寄られる。足はやっぱり動かない。が、吹寄の顔と胸が迫って、若  
干仰け反るような姿勢になった。  
「貴様の爛れきった異性関係の数々については、後できっちり聴かせて貰うわ」  
 引きつった笑顔のまま、吹寄が有無を言わさぬ圧力で上条に言葉を放った。  
「た、爛れたって……カミジョーさんは…」  
「い・い・わ・ね」  
 その声に情けや容赦と言った色や響きはない。無言で頷くしかない上条であった。  
 
 さて、もちろんそんな様子も観察、というか監視されてしまっているわけで。  
 
「解説の飾利さん? 聞こえましたか?」  
「実況の涙子さん? 私には、彼女さんがいるのに別の子と買い物に行ってて、そ  
れが、その別の子に下着を買ってあげたって聞こえたんだけど」  
 隠れて覗いていた初春と佐天が顔を見合わせつつ、ぼそぼそと呟く。上条にとっ  
ては大いなる勘違いなのだが――少女たちにとっては刺激の強い話に聞こえた、と  
いうよりむしろその様に変換されたのだが、覗き見ていた初春と佐天はそれぞれ手  
を握りしめて興奮冷めやらぬ様子である。  
「下着をプレゼントされて受け取るのって、脱がされてもいいって……」  
「きゃーっ!!!」  
 あくまでも小声で、こういったときも小声のままで居られる辺りに末恐ろしさなど覚  
えてみたりもするのだが、妄想逞しく少女たちが嬌声を上げた。  
「だ、大胆な人だったんですね……」  
 初春が振り返る。と、  
 少し離れた場所にいる吹寄と同じ表情で、御坂美琴が電気火花を立てていた。  
(なに、何なのあの鼻の下伸ばしきった表情は? そんなに大きなおっぱいが好き  
なわけ? でもってあのシスターと下着買いに来て全部買ってやったって何? あの  
子とはそんなに進んでるってワケ? そのくせあの日――)  
 握りしめた拳で、爪が手のひらに食い込む。しかし、痛みを感じるよりもさらに力が  
籠もった。指が白くなる。頭の周りでパチパチと音が立っていることには気が付かな  
かった。  
 美琴としては、自分ではまだまだ冷静なつもりなのだ。  
 が、初春を脅えさせる要件はその表情その他充分に揃っていたようで、  
「ひっ」  
 小さく初春が悲鳴にも似た声を上げた。そこでようやく、美琴も初春に目が行く。  
「……そ、そうね初春さん、も、もうちょっと、様子見てみましょうか」  
 背後にパチパチと電気火花の弾ける音を聞き、背筋が冷えるのを感じながら初春  
が佐天の方に向き直っても、佐天は美琴の様子の変化に気付いている様子は無か  
った。  
 気付かなかった佐天を羨ましく思いつつ、初春も視線を戻す。  
 
 少女たちの監視に遭っているとも知らず、上条は吹寄への対応に四苦八苦してい  
た。  
「そ、それはそうと、なんで専門店?」  
 なんとか言葉が出た、といった風の上条に、吹寄はふん、と一瞥をくれると、  
「サイズが大きくなると、可愛いのがなかなかなくて苦労するって言ったはずだけ  
ど? ここがこの辺りでは一番品揃えが良いのよ」  
「いや、その、でもあれだ、確かに悪かったとは思うけど、やっぱりその、一緒に来る  
ってのは……」  
 続いた上条の言葉に、吹寄が今度は表情を悪戯っぽく変える。  
 腰に片手を当てて、もう片方の手で上条を指さした。  
「へー。じゃあ、一人で来て買ってきてくれたの? デパートでなら女性下着も買って  
きたって言うことだし、ちゃんと選んでくれそうかなあ? あ、それ良いわね。貴様、」  
 今度は上条が顔を爆発的に真っ赤にした。両手を前に突き出して、手と顔を激しく  
左右に振る。  
「そっ、それはマズイです吹寄さん! いくら何でもそこまでいくとカミジョーさん死ん  
でしまいそうですっ!」  
 その様を見て、吹寄が吹き出した。  
「ぷっ、じょ、冗談よ。ただ、お気に入りだったんだから、きっちりカタは取って貰うわ  
よ」  
 吹き出したせいか、それを見て呆けた上条の顔を見たせいか、吹寄の口が緩む。  
「でも、ちょっとキツかったのは事実なのよね…。結構必至になって探したけど良い  
の無くってさ、自分だってこんな成長が早いとは思わなかったし。ちょっと無理無理  
に着けてたのは事実だから、でもまさかアレで破けちゃうとは――」  
 そこまで言って、上条がなにやらもじもじと気まずそうにしていることを発見した。目  
をどこへ向けて良いやら、まったく視線の定まらない様子の少年に、吹寄も自分が  
喋りすぎたことに気が付く。  
「こ、この、な、何言わせるのって、ち、違うわね、勝手に言ったんだか…ら」  
 気まずそうに目を逸らす上条に相い対して、吹寄もまた顔を染めて俯いてしまった。  
「ま、また、なんで貴様にこんなこと言ってるの?」  
 
「飾利? 聞いた聞いた? あれ、どうしたのまあいいわ、ここは実況の涙子さんが  
っ! で、あの二人もどうやら訳ありっぽいですよ? 貴様のせいで、ってこのお店  
に来たみたいだったけど、その『貴様のせい』って、え、そういうことは、ええー、押し  
倒して無理やりはぎ取って破いた? ///////ちょっと、想像力の限界を超えちゃい  
そうです」  
 美琴の変化に気が付かなかった佐天が、舌の滑りも滑らかに、上条にとっては事  
実無根な事柄――その一部は真実だが――を想像したままに語る。  
「ちょっとちょっと飾利、なんで黙ってんの?」  
 隣の少女の袖を掴んで、佐天が横を向く。向いた先にあったのは、泣きそうになっ  
ている初春の顔と、自分たちの背後方向でパチッ、パチッと弾ける稲光と小さな破  
裂音だった。  
 ぎょっとして、背後に顔を向ける。半泣きの初春は、佐天に向けた泣き笑いの表情  
を変えることなくその様子を見守るだけだ。  
「ひ、ひえっ」  
 今度の小さな叫び声は初春ではなく佐天である。  
 美琴の表情は――その背後で弾ける火花に隠れて見えない。が、それがさらに  
恐怖を煽った。  
「ふふ、ふふふ、ふふ」  
 美琴の唇が奇妙に歪む。  
「ちょっと、そこどいて通してくれる二人とも」  
 声は小さい。が、有無を言わせぬ圧力が二人の少女の鼓膜を打って、  
「は、はいぃぃっい」  
 初春と佐天の二人が左右に飛び退く。  
 その間を、ゆらりと御坂美琴が通り抜けた。瞬間、髪の毛や携帯のストラップが帯  
電してふわりと靡いた。  
「あいつなんか……大っキライ」  
 最後に聞いたのは、美琴のそんな呟きである。そして直感。  
 
 地獄が。  
 地獄が舞い降りる。  
 
 挨拶などと言っているヒマはない。御坂美琴があの高校生――上条当麻とどんな  
関係なのかもよく知らない。が、とにかく、ここから、一秒でも早く、  
 
 立ち去らなければ。  
 
 
 その後のことはよく知らない。なにかモールで事件があったようなことを、初春も佐  
天も後から小耳には挟んだが、詳しくは聞かなかった。いや、聞けなかった。きっと、  
知りたくなることもないだろう。  
 おそらくは、それが良い。はずだ。  
 

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