上条当麻は戸惑っていた。  
 なぜならば、事情もよく分からないままイギリス清教の女子寮に拉致されて、一夜を明  
かしてしまったからである。  
 自分を連れ去ったのは顔見知りばかり。その時点で誘拐だとか身代金だとかテロだとか  
の物騒な言葉は除外できたが、だからといってこの状況を説明できているわけでもない。  
 たとえば、朝からオルソラがベッドまで優しく起こしに来てくれただとか、その後に部  
屋になだれ込んできた顔見知り連中が喧々諤々と何かよく分からないことを言い合ってい  
ただとか。彼女たちの会話が基本的に英語であったせいで、上条には彼女たちが何を言っ  
ていたのかは半分以上理解できなかったのである。  
 当初は日本語を使ってくれていたようだが、途中から議論が白熱したのか、それとも当  
麻に聞かせたくなかったのか。少しだけ寂しさを覚えたのは、気のせいだと信じたい。  
「えーと」  
 そして、今。食堂へと通された当麻は、準備されていたらしい席へと座らされた。  
 なぜか周囲に知り合いのシスター達が囲むように座る。まあ、まったく見知らぬイギリ  
ス清教のシスターさんの横に座るよりかは、何倍も気が楽であるのは確かだが。  
 そして目の前に並ぶのは塩鮭の切り身に、タマネギとジャガイモの味噌汁。白いご飯に、  
香の物。おまけに味海苔まであった。見事なまでの日本の朝食が並んでいる。周りにいる  
のが修道着に身を包んだシスターさんたちばかりで無かったら、日本のどっかの食堂にい  
るのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。  
「ひとまず日本の朝ごはんを作ってみましたのですよ。さ、どうぞ召し上がってください  
ませ」  
 いつもと変わらぬほんわか微笑みを浮かべたオルソラに促され、当麻は恐る恐る並んで  
いた味噌汁を手に取って口に運んでみる。  
「む……」  
「神裂さんからお味噌だとか、日本の食材を分けていただいたので、大丈夫かと思うので  
すけれど」  
 上条はオルソラの言葉を聴いていなかった。  
 なぜならば、今、彼は感動していたからだ。  
 学園都市は日本である。しかしながら、男の一人暮らし(実際はインデックスが同居し  
ているが、家事能力の欠如した彼女はこの際ノーカウント)では、食事の用意など適当な  
ものが精一杯。朝などシリアルで済ませられれば御の字。というか、まっとうな手作りの  
食事など、土御門義妹の創作実験料理以外で口にしたことなど、ここ暫く皆無ではなかろ  
うか。  
 そう。ぶっちゃけると上条当麻は、手作りのご飯に、飢えていた。  
「美味っ! なんですかこれ、俺は今日はラッキーデーですか! というか、これは夢  
じゃなかろうか!」  
 周りの目など気にした様子もなく、食事にがっつき始めた当麻は、オルソラがなぜか  
ガッツポーズを小さく決めたことにも気付かない。それほどまでに、当麻は目の前の食事  
に集中していた。  
「……か、上条当麻。これも、どうだろうか」  
 そして、そんな当麻を見ていた神裂火織が、おずおずと小さな小瓶を差し出す。  
「んぁ? お、おおー! これはまさか……」  
「た、食べてみると、良い」  
「いただきます!」  
 小瓶の中の小さな朱色の実。それを見た瞬間、シスター・アンジェレネの顔が引きつる  
が、それを気にした様子もなく当麻はご飯の上にそれを載せると、あんぐりと口を開いて  
中に放り込む。  
「お、おお……!」  
 そしてなにやら感動したような顔で、神裂を見つめた。  
 
「う、美味い……! これ、イギリスでこんなの売ってるのか!?」  
「い、いえ。これは、その、私の手製です」  
 手製!? それってつまるところ、神裂さんが手間暇かけて作った手作り!? 愕然と  
した顔をしている当麻に、神裂はわずかに目をそらしながらボソボソと答える。  
「そ、その。こちらでは満足のいく品が無かったものですから。……やはり食事は、体と  
舌に慣れたものを摂るべきだと思いますし。やはり私も、その、日本の人間ですから」  
「あー。そうだよなぁ。ずっと洋食だと、和食が恋しくなるって言うしな」  
 ガツガツとご飯を口に運び、味噌汁を啜りながら当麻。  
「いや、でもこれ本当に美味いわ。なあ、神裂。もう一個貰って良いか?」  
「え、ええ。どうぞ。……その、本当に美味しい、ですか?」  
「おお! そんな高級品を食ったことは無いけど、これまで食った中では一番美味いかも  
……!?」  
 なぜか途中まで喋って声が止まる当麻に、訝しげに神裂は首を傾げた。  
「あの、どうかしましたか。上条とう……まっ!?」  
 そこで、神裂の声も跳ね上がって止まる。  
 当麻を囲むように座っていたシスターたちが、なぜか自分と当麻を睨みつけていること  
に気付いたからである。  
 特に、上条当麻の隣に陣取っていたインデックスの目が、なんていうかヤバイ。ずっと  
昔、彼女の覚えていない時間に親友だった頃ですら、あんな顔をした彼女を見た記憶は無  
い。  
「ねー、とうまー。私もそれ食べてみたい」  
「いや、インデックスはやめとけ。お前、こういう日本食はまったく未経験だから。死ぬ。  
絶対」  
「なんでなんでなんでー! たーべーてーみーたーいー!」  
「わー、なんでそんな駄々っ子モードに!? 分かったから! 日本帰ったら買ってきて  
やるから! これは勘弁して! 神裂が手間隙かけた手製なんだし!」  
 小瓶をインデックスから守るように抱え込む当麻に、神裂の目元が一瞬赤らむ。  
 ――と、不意にその小瓶が横からするりと伸びた手にもって行かれた。  
「おお!?」  
「じゃあ、あたしも一個いただきますね」  
 シスター・アニェーゼがそう言って梅干を一つパスタに落とすと、ぐりぐりとフォーク  
ですり潰しはじめる。  
「あ、あああ! とうまー。わたしも食べたいー」  
「い、いや。だからお前は駄目だっつーの! というか、おい、アニェーゼ! お前それ  
……!」  
「あ、大丈夫っすよ。あたし、前にも食べましたから。いや、なんていうんですかね、結  
構癖になる味っつーか」  
 そう言いながら、乳白色になったソースをパスタに絡めて口に運び始めたアニェーゼ。  
それを見て、アンジェレネが諤諤と震えていたりするのだが、皆それには気付かないらし  
い。  
「……うん。さっぱりして美味しいっすよ」  
「……ありえねー」  
 当麻の呟きに、アンジェレネはウンウンと頷いていたのだった。  
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル