「朝なのでございますよー、朝食が冷めてしまいます」  
 カーテンを開けられ、窓から差し込む光に覚醒しかけた上条当麻の耳に、柔らかな声が忍び込む。  
 これはきっと夢か何かなのだろう。何しろ自分はユニットバスで、何とか足は伸ばせるけれど横に  
なって寝ているはずなど無いのだから。そうだ夢だ。  
 二度寝を決め込む。  
 そんな上条の耳に、再び声が忍び込んだ。息がくすぐったい。  
「本当に、朝食が冷めてしまうのですよ? せっかく腕を奮いましたのに。起きていただけないのです  
か?」  
 まったくもって、こんな幸せすぎる目覚めなど上条の現実にはあるはずがない。こうして寝返りを打  
つのも、夢の一環だろう。  
「……ううん」  
 スプリングの効いたベッドの上、良い匂いのする柔らかい枕を抱えて反対側を向いた。  
「あらあら。困りましたね。こうなったら、強硬手段なのでございますよ?」  
 ふにゅ。  
 上条の肩から上腕に、絶妙に柔らかな感触が覆い被さり、  
「起きてくださいまし、なのでございますよ?」  
 ちゅ。  
 ほっぺたに柔らかな感触。ここへ来て、寝ぼけアタマの上条もようやくこれが現実なのではないか  
と思い始めた。が、覚醒しきれない身体と頭がなかなか言うことを聞かない。  
「うふふ、ねぼすけさんなのでございますね、こんどは……くちびる……でも判らないのでございま  
しょうか?」  
なんとか、うっすらと目を開けた。瞼を開いた向こうで、フードとウィンプルを身につけた、整った顔つ  
きの少女が目を閉じて、上条の唇に迫って――  
「うわわっ」  
 這いずるようにして少女から離れると、慌てて半身を起こした。  
「あら。お目覚めですか、おはようございます。朝食の時間なのでございますよ?」  
 顔を真っ赤にして目を丸くした上条に、そのフードの少女・オルソラ=アクィナスがにっこりと微笑  
みながら(少し残念そうな表情をしているのは、きっと気のせいだろう)話しかける。  
 起こしに来たはずなのにしては、なぜかベッド脇に立っているのではなく、ベッド上に座った形に  
なっているのだが、それを見て、  
「え?」  
 と、頬を押さえる。あの感触は現実で、その感触は目の前で微笑むシスターさんの唇の……  
 上条の顔が、ますます赤くなった。  
 その赤くなった上条の顔を見て、オルソラはふふ、と柔らかく微笑むと、  
「まだ、お目覚めではございませんか? では、目をお覚ましいただきますから、あなた様は主の御  
言葉に従って、右の頬をキスされたら左の頬を差し出すのでございますよ?」  
 と言いつつ、上条に迫る。  
「ちょ、それ、違うし! 俺でもそれぐらい判るし! どうしたのオルソラさんそれにここはどこーっ!」  
 その言葉を無視して、オルソラの唇が上条の頬に迫って、  
 
「「「「「あああああーっ!!!!」」」」」  
 バタンッ! と部屋のドアが開いて、数人の叫び声が聞こえた。  
「とっ、とうまっ! 私がお祈りに行ってる間に、なっ、なに破廉恥なことをやろうとしてるかもっ!」  
「お、起こしに行くって言いつつ、遅いと思ったら何しやがってるんですかシスター・オルソラっ」  
「朝から気前が良いと思ったらこんなところでっ! チョ、チョコラータで釣ってもっ!」  
「あなたはしっかり釣られていたでしょう、シスター・アンジェレネ。と、違って! えらく張り切ってる  
と思えば、こ、こ、こんな事とはっ」  
 口々に、上条が寝ていた部屋に飛び込んできた少女たちが叫ぶ。その後方で、一緒に叫んでい  
たはずの神裂火織が口元を押さえてわなわなと震えているのが気になったが、兎に角この状況は  
いったい? と考える。  
 
 そう言えば、なぜか突然、学園都市との交流名目でイギリスにと言われて来ていたような、それ  
で、例によって例のごとく月詠小萌が『い、イギリスには先生は居ないのですよっ?』と涙目になっ  
ていたような、イギリスに着いたら着いたで突然ヒースローからシスター軍団に拉致されて、ホーム  
ステイ先が手配ミスで無くなっちゃったと言われたあげく、抵抗したのになぜかランベスの女子寮の  
一室に押し込まれてしまったことなどを思い出して。  
 
「あら、わたくし、ただ上条当麻さんを起こしに来ただけでございますのに。起こしに来る順番だって、  
夕べ皆さんできちんと決めたではございませんか」  
 
 にこにこと微笑みつつ、オルソラが平然と答える。  
 もっとも、乱入してきた少女たちはどんなセリフを聞いても騒ぎ立てるのだろうが。  
 上条の部屋が、少女たちの声で喧噪に包まれる。それを見ながら、思わず右の頬に手をやって、  
思い出した感触に顔が赤くなったが、それをきっかけにこの騒ぎかと呆然としてしまった。  
 こそこそとベッドから降りて、おずおずと少女たちに声を掛ける。  
「あ、あのさ、き、着替えても良い?」  
 イギリス逗留中、ずっとこんな感じなのだろうか。  
 なんで女子寮?考えても無駄なのだろうが、とにかくどこへ居ても平穏って無いんだなー、と、溜  
息とともにそんな取り留めもない思いが浮かんで消えた。  
 
 

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