(どっかで見たよォな気が……?)
『残業』の帰り。
こう思って、ふと立ち止まったのがいけなかった。
『とある泥酔と一方通行』
夜の学園都市。
学園最強の能力者は今、汚い地面にうつ伏せに押し倒されていた。
能力では右に出るもの無しでも、肉体は鍛えられていない。その弱点を的確に突かれて横たわる自身の醜態に、一方通行は歯噛みする。
その華奢な肉体に覆いかぶさるように抱きつきながら、女は嫌な笑みを浮かべていた。
「ねぇー、さっきから聞いてんだけどぉー?」
間延びした口調で喋る女が、言葉の端々で吹きかける吐息は、
ものすごく酒臭かった。
「だーかーらあ、タクシーってどうやって捕まえるんだっけか美鈴さんは忘れちゃったんですよぉー」
「知るかァ! 脳髄の一片まで叩き潰されてェのか!!」
もう五回ぐらい似たような問答を繰り返し、当然ながら一方通行は苛立っていた。
通りかかった道で生き倒れていた、御坂美鈴と名乗る女に突然抱きつかれ押し倒され、支えにしていた杖は遠くに転がってしまい身動きがとれない。
おまけに、並みでないアルコールの混じった吐息をしきりに顔面に吹きかけられる。
酔った頭の女には会話が通じず、助け……もとい、面倒を押し付ける相手も夜の学園都市はただでさえ人通りが少なく、誰も近くを横切らない。
(クソが……ッ! バッテリー残量にはまだ余裕あったよなァ……?)
ストレスが溜まりに溜まった一方通行の頭には、遂に能力行使という最終手段が浮上していた。
こんな能力者でもない女一人相手に使う力ではないが、ケチッていたらいつまで経ってもこの聞く耳持たずな酔っ払いは動かないだろうと、
とうとう、理屈をつけて実行を決意した一方通行は、
首筋の電極スイッチに伸ばそうとした右手を、
「おーい、なーに黙っちゃってんのよ白いのー……」
酔っ払いの、酔っているわりにはやけに強い力の右手に掴まれた。
「さっきも言っていたけど、美鈴さんはこれからあ、断崖大学のデータベースセンターに行かなくちゃならないんですぅー。人にものを教える時は目を合わせて喋れって、お母さん何度も言ったでしょぉー?」
「ンなッ……!?」
そのまま右手を捻られ、一方通行は無理やり仰向けに寝かされた。
突き飛ばそうと伸ばした左手も手首を掴まれ地面に押し付けられ、下半身にもがっちりと両足が巻きつく。
両手を封じられてはスイッチに触れることもできない。今度こそ本当に身動きが取れなくなってしまった。
「んんー?」
『レベル5の能力者を封じる』という自分の成し遂げた偉業に気付かないままの一般人、美鈴は、殺意すらこもったメンチで自分を睨みつける白髪の顔を覗きこむ。
しばらく黙って目を合わせていたが、やがて彼女は口を開き、
「なーにぃ、この白いの、髪が白いと思ったらお肌もずいぶん綺麗な白じゃなあい? こちとら毎日努力してんのにいー、これだから10代ってのは憎たらしいわあーっ!」
「……」
ギリリ、と噛みあった歯を鳴らして一方通行はこれでもかと、融通の利かない女に目で伝える。
退け。殺すぞ、と。
しかし、お酒は偉大だった。
もはや怖いものなし状態の美鈴にはさっぱり効果がない。
「あぁーもーおっ、悔しくてしょおーがないから、これから美鈴さんはあ、あんたの若いエネルギッシュを吸い出してやろうと思いまあーす!」
臆した様子がないどころか、更に意味不明なことを口走り始める始末。
「……ハァ?」
いい加減に反応するのが馬鹿馬鹿しくなってきた一方通行である。
こうなれば目を閉じ口を閉じこのまま無視を決め込み、第三者がこちらに気がつくのを待つしかない……と、
らしくない気長な手段を決め、目を閉じた後で、
むちゅう、と、
唇に柔らかいものが触れた。
(……あ?)
その瞬間、一方通行は自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
ぷに、と自分の唇の上で何かが柔らかく潰れる感触……。
続いて、閉じた唇を割り、歯茎を撫でるヌルリとした何か。
「……ッ!? ン、ンぐゥっ!??」
もはや、観念して大人しくなるのも許されないのだろうか。
顔を逸らそうとした瞬間後ろ頭を両側から挟むように両手に固定され、またも逃げ場を失う。
「ん……ちゅっ……ぺろっ………ぴちゃっ…くちゅっ……。」
美鈴は合わさった口から舌を伸ばし、舌先で一方通行の歯茎や唇の裏に執拗に舌先を侵入させ、舐め回し始めたのだ。
これまで特別な暮らしでホルモンバランスを崩しており、まして俗な知識もない一方通行には、この卑猥な音と感触が理解できなかった。
そんなことより、
(手が……)
一方通行には、ようやく解放された両手のことのほうが重要だった。
決意は終わっているし、次はないかもしれない。だからこそ、能力行使のため、今度こそ首筋のスイッチに触れようと手を伸ばしながら、
目を開けた一方通行は、
(……ッ)
目と鼻の先にある女の顔を見た途端、動きを止めた。
腑抜けたような垂れ下がった眉と、眠ったように閉じた目、上気し赤く染まった頬(これは酒のせいだろうが)。
肉付きのよい全身に反して幼く見えるその表情に、机に突っ伏してまどろむ、ある少女の顔が思い浮かんだから。
記憶の中にあった少女の顔が、デジャヴのように美鈴の顔の表へと重なる。
そいつは、見た目も振る舞いも幼くて、時にウザくて、時に面倒で、時に油断出来ない奴で。
けれども、出会い、一緒に過ごす時間が日常にポツポツと現れるにつれ、傍若無人一辺倒だった自分が変わっていった。
彼女が危機に晒された時は、これまでにない形の『怒り』が芽生えた。
……違う。この酔っ払いは他人の空似だ。
と、改めて思い起こした記憶に、冷静に心で頷いた次の瞬間、
『何だか顔が熱くてフラフラするのです、とミサカはミサカは悪戯っぽく呟いてみたり』
一方通行は仰天して目を見開いた。思い浮かべ目の前の女に重ねていただけの『記憶の中の少女』が、突如話しかけてきたような気がしたのだ。
「……ッ!!????」
僅かに驚愕した途端、あっさりとそのデジャヴは消えた。
我に返った現実には、先程と同様、酔っ払い女の顔が鼻がくっつくほど近くにある。
(フン……気のせいか…………!?)
しかし、この場面で一方通行は更に追い詰められていることを知った。
ついさっき動揺した時、最後の防衛線を張っていた歯と歯の間が僅かに開いた。
その小さな隙間を美鈴の舌先が抉り、とうとう口内への侵入を許してしまったのだ。
(しまっ……!)
「んぅ……。くちゅっ………ちゅるっ…れろっ…」
互いの粘液が混ざる卑猥な音を立てつつ、美鈴の舌は確実に他人の口腔へ侵入していく。
「ぐっ……ぅごっ!?むぐぅぅっ!??」
この時一方通行がまず感じたのは、彼女の口内に残った酒の味。
続いて、口蓋や自身の舌すらなぞられて受けるくすぐったいような感触。
(チッ……い、一体な、何考えてンだコイツはッ……! そンなに噛み千切られてェか、このッ…!)
だが、真正面から見据えるたび、どうしても体がこの酔っ払いに対する暴虐を許さない。
(クッソ……違う、アイツじゃない、コイツはあのガキとは関係無……ッ!)
そいつを傷つけてでも拒絶しようと思うたび、『あの少女』を傷つけようとしているような錯覚に陥るからである。
粘った水音が、宵闇に響いては消えていく。
「ちゅぷ……ン、むちゅ……ぷちゅっ……」
数分にわたるディープキスの後、ようやく美鈴は唇を離した。
「うっはぁー、久々に美鈴さん頑張っちゃったなあー。 これえ、パパには内緒だかんねえー?」
けふー、と相変わらずアルコール臭い息をひと吐き、満足げに組み敷いた相手の赤い瞳を組み敷いた体勢で見つめる。
それに対して、酸欠とかカラカラになった口内とか、一方通行は色々なところが抜け殻だった。
もう、反撃の選択肢を選ぶ体力すら、この女の宣言通り奪われているようだった。
「それじゃ、そろそろ本番行ってみよっかなあー!」
ゴソゴソ、と美鈴は組み敷いていたところから少し後ろに下がり、
一方通行のスボンの、股間部分に手をかけた。
「!? あァ!??」
体力が吸い出されたとはいえ、ここまでされては流石に慌てた。
だが、本人が何もする間も与えられず、子持ちとは思えない肌ツヤの繊手が一気にそのチャックを下ろした。
そこにあったのは……。
開いたチャックからは、煮えたぎったように熱い男根が勢いよく飛び出し……
と、いうのがよくある流れだが。
「……を?」
夜の街の道端。
たった今無理やり、唇の純潔を奪われ、あげくのはて性器の強制解放までやられた一方通行。彼の目前には一見大学生だが実は家庭持ちという、若作りな御婦人(ただし相当分のアルコールを摂取済)、御坂美鈴が覆い被さっている。
要所要所で的確な肉付けのなされた美しい肢体の女性が、上気し頬を朱に染め二人分混ざった唾液で口元を濡らしているという光景、これを見て何の感想も抱かない雄のほうが気違いだろう。それほどまでに、今の彼女の発する色香は半端ではない。
……しかし、一方通行は一般の青年男子ではない。
下に履くズボンに開かれた本来は排泄用の窓口からは、何かが飛び出している気配がなかった。
そう、本能的に天を指そうと飛び出すべくアレが。
不屈の象徴が。
「あれぇ……?白いの、まさかアンタ……」
首をかしげる美鈴。
が、彼女は言い切らないまま口を閉じると、暗がりにあるため見えないチャックの中を覗き込む。
顔を近づけたことでそれの姿をはっきりと見た美鈴は、初めは少し驚いたように目を見開いた。
が、それは一瞬で、彼女の目はすぐに哀れむように弱々しく細められた。
「……?」
(今度は何だ?)
性器をまじまじと見られるこれ、いわゆる視姦と呼ぶべき事態である。
が、一方通行はそれが分からない。というか、知らない。
レベル6進化に捧げた身は、生殖機能を著しく損なっており、その歳に相応する強く成熟した反応を見せないのである。
……と、前書きを加えればそれなりに格好もつくが。
要するに、一方通行は所謂『不能』と見るべき状態に陥っているのだった。
「……ねーえ、ちょっと聞いていいー? 白いのー」
「あ゛ァ?」
酔っ払い暴走のピークをようやく超えたらしい美鈴が、少し落ち着きの戻った様子で口にした。
対する一方通行、更に苛立ちを募らせた感情のままに吐き捨てるように返答。
「あんたってさあ、何か病気でも患ってたりするの?」
「病気だァ?」
また意味不明なことを、とウンザリした心を包み隠さず声と顔に出す一方通行。
「どッから何を捻ればそンな話になるンだかサッパリなンだが? ッつーか、酔い醒めたなら退」
「だってねえ……」
「!?」
途端に美鈴の指先が撫でるように一方通行の茎に触れた。
皮に包まれ、歪なビール瓶のような形をしている青白い筒に、愛しむような手つきが這う。
この時、彼は根元の奥が一瞬疼いたのに気づく。痛みとも清涼感ともつかぬ、初めての感覚に。
「これ、どう見ても赤ちゃんのおちんちんだもん。小さいし、ちっとも剥けてないし……そりゃあパパのも立派とまでのモノではなかったけど…。」
再び顔を一方通行のモノに寄せる美鈴。
目の前のソレを凝視する瞳はとろんと潤みを湛えている。
(糞ッタレ、まだ相当酔ッてンじゃねェか)