昼休み。上条当麻が弁当をつついていると、傍らからクラスメイトの少女が話しかけてきた。  
「ねえ、上条くん」  
 声の方向に振り向く。  
 …えーと、誰だっけ…などと、記憶喪失の上条は新しく覚えようとしている脳内の名簿の検  
索をしつつも、当たり障りの無いように返事を返した。  
「ん? 何? 小萌センセーからの用事の指令だったら、せめてお弁当くらいは食べさせて欲  
しいなとお答えしますよ?」  
 イヤミのつもりではないので、軽く微笑んでみたりなどもしてみる。すると、その女子生徒は  
一瞬頬を紅潮させながらも平静を装って、言葉を続けた。その際、周囲から舌打ちなどが聞  
かれたのだが、上条は気が付かない。  
 
「ち、違うよ。あのね、みんなでケータイの占いサイトで遊んでてさ、でも女の子ばっかりじゃ面  
白くないし、男の子のも見てみたいよねー、って言ってたの。そ、それでね…」  
 
 おそらくはその少女の仲良しグループであろう数人のクラスメイトが、それまでも上条と少女  
の方をちらりちらりと伺っていたのだが――占い、という単語が出て、クラスの少女たちが静ま  
りかえった(得てして少女という存在は、大勢において占いという行為が好きなものなのだ)。  
 気付かずに騒いでいるのは男子生徒のみである。  
 クラスの少女の一人、姫神秋沙に至っては、食事の手を完全に止めて、上条の方を向いて  
一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてている始末だ。その向かい側では、最近姫神と仲の良  
い吹寄制理がまったく同じ行動を取っていたのだが、二人ともがお互いの行動には気が付か  
なかった。  
 
「上条くんの誕生日とか、血液型とか教えて欲しいなーっ、て思ったの」  
 
 ここに至って、声をかけたクラスメイトの少女は顔が赤く染まるのを隠しきれなくなっているし、  
他の幾人かの女子生徒がごくりと息を飲んでいたり、姫神秋沙の普段ならちょっと眠そうな目  
がカッと見開かれていたり、吹寄制理の力んで汗ばんだ右手のお箸が折れそうになっている  
事態に、周囲の男子生徒もようやく気が付く。  
「おのれ、上じょ…」  
 カミジョー属性の魔の手に立ち上がろうとする猛者もいたが、クラスの女子生徒全体のただ  
ならぬ雰囲気と、何より、自分の近くに座っていた少女たちの刺すような視線にすごすごと引  
っ込んでいった。  
 
「なんで俺? いや、いいけどさ」  
 上条の突っ込みに、質問した少女はますます赤くなる。が、何故少女が赤くなるのか、その  
理由に上条は気が付かない。  
「う、ううん、上条くんだったら聞きやすいかなー、って」  
「青ピなんか喜んで大放出しそうだけど。ってまあ、そんなの教えるくらい全然構わないけど  
さ」  
 その返事に、件の少女は手を胸の前で組むと、飛び上がる勢いで上条に近づく。  
「えっ、ほんとっ?」  
 その周囲では、携帯電話のメモリーに入力するのか、慌てて携帯電話を取り出してみたり、  
手帖とペンを探して鞄に手を突っ込む女子生徒の姿が数多く見られたのだが、やっぱり上条  
は気が付かない。  
 
 
 ところで、上条当麻は記憶喪失である。自分の名前も、そりゃあ両親の顔に至ってすら病室  
で知った。ここのところ、酷いときには数日に一度入院しているが、いつもの病室で、気が付  
いたときにはあらゆる手続きが終わっているから、自分では退院の時にサインをするくらいだ。  
 要するに、上条当麻は、  
 
 自分の誕生日も血液型も忘れていた。  
 
 
 慌てて、しかしなるべく平静を装って取り繕う。  
「あ、あー、おれ、血液型知らないんだ。今度調べとくよ。すまん」  
 手を合わせて頭を下げる。少女はちょっとがっかりした様子ながらも、めげずに質問を繰り  
返した。  
「あ、そう、そうだよね、血液型ってけっこう知らないヒト、居るもんね。でも、誕生日なら…」  
「あ、い、いや、それがさ、おれ、幼稚園とかの時から学園都市だから、親と一緒にいた時間っ  
てほとんど無くってさ、誕生日のお祝いとか記憶にないんだ。だから気にしたこと無くって…」  
 適当にでっち上げてみる。  
「あ、でも、水瓶座だったはずだから、その辺だな」  
 でっち上げが正解だったのは――上条のフラグ魔のフラグ魔たる所以だろうか。  
 目の前の少女が残念そうなと言うか、半ば泣きそうな顔になったのを見て、さすがの上条も  
焦る。鞄に手を伸ばして、中身を探った。  
「あれ、学生手帳…忘れてきちまった…。保険証も持ってないし…、あ、明日までに見とくから、  
それで勘弁な? だめ?」  
 盛大な溜息が周囲で起こる。が、上条の最後の言葉に、質問した少女もちょっとは救われた  
のか、笑顔で応えた。  
「え、いいの? じゃ、約束ね、待ってる」  
 
 しかし、納得のいかない者が一人だけいた。  
 
 バキンッ!!  
 力一杯掴んでいた箸が、その握力に耐えかねてへし折れた。その音をきっかけに、椅子か  
ら勢いよく立ち上がると、足早に上条当麻の元に歩み寄る。  
「何よ貴様はっ! ヒトを期待させといて、自分の血液型も、あまつさえは誕生日すら知らない  
ってどういうコト? 詳しく説明しなさいっ! それとも根本的にバカなの貴様はっ! 糖分足り  
てんのっ?」  
 意外や意外――いや、意外ではないのかもしれない――、それは吹寄制理だった。  
 大きな胸を揺らせて上条に詰め寄る。  
「ふっ、吹寄? なんでお前が怒るんだ? いや、だからその…」  
「ああああっ、だから、貴様のその煮え切らない態度がっ!」  
 大声で叫ぶ吹寄に驚いて数歩後ずさっていた、最初に質問をしたクラスメイトの少女がおず  
おずとその袖を引いた。  
「ふ、吹寄さん? あ、あのさ…」  
 その声に吹寄が振り返る。それから、クラスメイトの少女と、上条の顔を何度か見比べた。  
 はっ、と我に返る。  
 我に返った吹寄制理は、椅子からずり落ちそうになっていた上条と目が合うと、唐突に顔面  
を沸騰させた。  
 そのまま踵を返して、アンティークのおもちゃのロボットのような動作でゆっくりと教室の出口  
まで歩くと、扉を開いて廊下に出て、後ろ手に扉を閉め、  
 
 ダダダダダダーーーーッ、と派手に音を立てて走り去った。  
 
 呆然とその姿を見守る。  
 その、上条の肩を土御門元春がつついた。  
「なあカミやん、弁当、もったいないから早いとこ蓋して包んじまったほうがいいぜい?」  
 へ、何、と振り向こうとして、いつものようにクラスメイトの男子生徒たちが集まってきている  
のに気が付く。  
「ああ、なるほど…。皆さん、食べ物は無駄にしちゃいかんので、ちょっと待ってね」  
 達観した様子の上条の声に、クラスメイトも上条が弁当をしまうのをじっと待つ。  
 
「………………不幸だなあ、俺って」  
 それが開始のゴングだった。  
 

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