ふと気になった。  
 あの少女は日本の、しかも男子寮などという場所で生活をしている。それ自体はもうし  
ょうがないことだと理解しているし、何より現在彼女を預かっている少年のことを考えれ  
ば、十分以上のことを彼がしてくれているのは確かなのだ。  
 それでも、食生活は不規則かつ偏り気味のはずだろう。特にあの少年は、よくエンゲル  
係数について嘆いているらしいし。  
 だというのに。  
 
「なんであなたの肌は、こんなにツルツルなのでしょうか……」  
 
 元天草式十字凄教の女教皇の呟きは、思わずという響きでもって口にされたのであった。  
 
 インデックスがそれを尋ねられたのは、事件が片付いてほっと一息をついている時のこ  
とだった。上条当麻は例によって病室のベッドの上で呻いている。  
 インデックスと神裂火織は、そんな彼に付き添って病室の前の廊下で仮眠を取っていた  
のだ。ちなみにステイルはさっさと居なくなってしまった。  
「え?」  
 キョトンとした顔をしたインデックスに、神裂は思わず慌てて口をふさいだ。  
「す、すみません。ちょっと呆っとしていたものですから。……気になさらずに」  
 真っ赤になって目をそらした神裂に、インデックスはやはりキョトンとしたまま小首を  
傾げる。彼女の最も古い記憶の中では、神裂は自分を狙っていた「必要悪の教会」の魔術  
師だ。最近はなぜか自分に好意的な行動を取っているし、そもそも彼女たちが居なければ  
自分は上条当麻と出逢えなかったのだから、ある意味では恩人とも呼べるのかも知れない。  
 口に出しては絶対にいえないが、そんなことを考えていたインデックスは、再び神裂が  
口にした言葉を反芻する。  
 お肌がツルツル。  
 そうなのだろうか。別に自分のそういう面を気にしたことのないインデックスは、自分  
の顔を指で撫でてみた。特に変わり映えの無い感触だ。毎朝、顔を洗うたびに触っている  
のだから当然である。では、あちらはどうなのだろうか。じい、っと観察してみる。  
 神裂の顔は、別に自分を羨ましがるほど荒れた肌をしているわけではない。木目細かい  
肌をしていると思う。触ってみても、特に自分より劣っているとも思えない。  
「い、インデックス!?」  
 突如自分の頬をぐにぐにと触りだしたインデックスに、神裂の方も驚きの声を上げてし  
まった。そりゃ突然、他人に自分の顔をベタベタ触られれば驚きもするだろう。  
「別に、カオリの肌だって綺麗だと思うけど」  
 心底から理解できない、という雰囲気のインデックスの呟きに、ああ、と神裂は納得す  
る。先ほど思わず零した呟きを確かめたのだろう。  
 せめて一言断ってほしかった、とは思う。だが同時に、こうして彼女の手が自分に触れ  
ることを、心底から嬉しいとも思うのだ。もう過去のような親しさは得られないだろう。  
けれど、これから先に今よりも親しくなれる希望を持てるのならば。  
 それはとても幸せなことなのではないか。  
 それが例え、過去の絆が喪われていたのだとしても。  
 それはそれとして、神裂は首を振った。  
「――いえ。あなたに比べればやはり……その、張りですとか、瑞々しさですとかが」  
 なんだか具体的過ぎる言葉に、思わずインデックスの表情も固まってしまう。  
「……仕方が無いとは思っているのです。年齢と共にお肌の曲がり角が近づいているのは  
確かですし、修行やらなにやらでケアを疎かにもしてきましたし」  
 シスターがそんなことを気にする事自体、そうあることでは無いのだろう。ただ、神裂  
がそういう意味で神に仕える修道女とは違う、というのも確かだ。彼女は、そういう存在  
では無いのだから。  
 
「……んー。別に、普通だと思うかも。とうまからニューエキ?っていうのを貰って、つ  
けてるだけだし」  
「乳液ですか。……その、やはり学園都市の特製品なのですか?」  
 一般的な化粧品ならばイギリスでも手に入るだろうし、効果のある化粧品というのは国  
境すら越えて伝わるものだ。だが、この学園都市であれば、外部持ち出し禁止の品の二つ  
や三つくらいはありそうである。  
「特製……ていうか、とうまから貰うから」  
「はあ」  
 上条当麻が持ってくるから、出所は知らない、という事なのだろうか。神裂は小さく頷く。  
 
「うん。とうまがかけてくれるの」  
「はあ」  
「で、それを塗り塗りすると、とうま、すっごく嬉しそうになって」  
「はあ」  
 インデックスの目が、なぜだか陶酔してるように見えるのはどうしてだろう。  
 なんだか息も荒い。頬も薔薇色に染まっている。  
「……とうまの物なんだーみたいな。えっと、独占されてるみたいな感じがして」  
「……乳液で、ですか?」  
 なんだか話が凄い遠くへ向かっている気がするのは、どうしてだろう。  
 神裂はグルグルと頭の中で回っている疑念に背筋を寒くしながら、問いかける。  
「うん。あ、でもとうま、飲んであげるのも喜ぶの」  
「……飲む!?」  
 乳液って飲めるのだろうか。肌につけるものなら毒では無いのだろうが。いやしかし、  
あれって飲むことは想定外のはず――。  
「最初はちょっと苦くて変な味って思ってたけど、段々美味しいって思えるようになって  
きて」  
「……あの、インデックス?」  
「とうま、すごく嬉しそうだし、私もそれを見ると胸の奥がキュンってして」  
「い、いいい、インデックス!?」  
「とうまが目を細めて私の頭を優しく撫でてくれたりして、普段のとうまが嘘みたいで――」  
「か……上条当麻!? あなた、この子に一体なにを――――――――!!?」  
「そうだ! なんだったらカオリもとうまにお願いしてみたらいいかも!」  
「―――――はい?」  
 カア、と窓の外で朝の早いカラスの鳴き声が響いた。  
 
 

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