――最近、お姉様の様子がおかしいんですの。いっつもいっつもあの殿方の事ばっかり話して――  
 
 
私、初春飾利が正直トラウマに残りそうな顔を浮かべた白井さんに、そんな相談という名の拷問を受けたのはたしか昨日の事だったと思うのだけれども。  
「・・・うーん」  
どうして白井さんが、その件の『殿方』さんと、昨日の今日で並んで笑って歩いてるんだろう?  
 
 
○●○●  
 
 
〜恋する乙女はひとっ跳び:前編〜  
 
 
○●○●  
 
 
「全く初春の奴は・・・!話になりませんわね、全く!」  
 
某月某日。質よりも量を優先している、1学区に1つはあるファミレスの店員から、『3時間もいて結局ドリンクバーだけかよコノヤロウ』という笑顔のプレゼントを受け取  
 
った事を意にも介さず。周囲の通行人を一歩引かせる空気を纏いながら幽鬼のようにゆらりゆらりと歩いているのは、ご存じ我らが白井黒子嬢である。ちなみに先程まで彼女  
 
の不のオーラをたった一人で受け止めるという、悩み相談という名の一種の苦行を強いられていた花飾りが似合う風紀委員は、依然現在進行形でファミレスの座席にて轟沈中  
 
である。南無。  
 
そして、その花飾りが似合う彼女を撃沈させた、白井黒子の悩みとは。  
 
――常ならば馬鹿騒ぎをしながらも周りの事を気にかけ(『お姉様』が関連する事項の場合、その限りではないが)、学園都市の風紀を守る彼女が何故こんなに不機嫌なのか  
 
というと、だ――  
 
『あんの糞類人猿めぇええええ!今度会ったら・・・いや、見かけた瞬間ブッ殺ですわ!』  
 
曰く、恋の悩み・・・に分類していいのかは少しばかり躊躇するが、まあ大体、そんな感じの悩みだった。  
 
 
○●○●  
 
 
事の始まりは今日の朝である。  
今日は土曜日。サタデー。休日。そう、休日なのだ。  
学校が休みなのは勿論だが、彼女、白井黒子が所属する組織――風紀委員――も、緊急の『何か』さえ無ければ見回りもないという、彼女にとって久しぶりの、ほとんど自由  
な一日が、今日という休日、土曜日なのだ。  
そして白井黒子に休日をどのように過ごすのか。否。過ごしたいのか、と聞いてみれば、彼女の希望は一つだろう。  
そう、『お姉様と一緒にあんな事やこんな事やあまつさえ●●●や×××まで―――!!』で、ある。  
 
だが、まぁ、彼女にも一応は倫理やら道徳というものが備わっている。  
 
故に、一旦はほとばしる情熱と、劣情とその他諸々を胸にしまいこんだ白井は、とりあえずは美琴をショッピングや食事に誘おうと決めていた。  
又白井は、インパクトが大事。と思いつき、美琴を当日に誘おうとも考えていた。  
そして今朝。早朝4時に目を覚まし、入念にシャワーを浴びて髪型を整え、お気に入りの黒のレースの下着にブラをそろえ、鏡と1時間睨めっこしながら制服を整え、寮監の  
厳しい検査から逃れた、数少ない香水の中でも気に入っている物を少しだけ振りかけ、薄く化粧をして準備万端。完全無敵。白井黒子パーフェクトレボリューション改と言い  
切れるまで完全武装し、届けこの溢れる想いと言わんばかりに美琴を誘ったのだ。  
 
だというのに。  
 
『あーごめん。今日ちょっと用事あんのよ、また今度付き合ってあげるから、だからほら、そんなこの世の終わりみたいな顔浮かべないの!』  
 
なんて言われて、更にその用事について行く事も追加で拒絶された日には、流石の白井黒子もその日一日を石像となって過ごすしか道は無い。  
だが、半ば朽ち果てかけていた白井の耳は、確かにその言葉を――美琴の手元の携帯から漏れるその音声を――聞き逃さなかった。  
 
『美琴ー、おっそいぞー?なにやってんだよー』  
 
そう、その声はあの積年の好敵手改め、憎き恋敵。例の『殿方』の声だったのだ。  
その後のことは各人の想像通り、セルフ石化を解いた白井は美琴に事の次第を問い詰めるも、真っ赤になった美琴の前に絶叫。無理矢理ついて行こうとするも電撃(無論、手  
加減はされていたが)にて昏倒。目が覚めたら既に美琴は居なかったというオチでる。  
ちなみに初春が絡まれたのは偶然町で出会ったからであり、完全なる偶然であったりする(彼女の方も白井と同じシフトなのだ)全く持って不幸である。  
 
そして現在、白井黒子は一人町を彷徨っていた。  
 
確固たる目的の下に動いている訳では無く――最初は勿論美琴を捜しに飛び出したのだが、行き先も知らないのに見つけられる訳が無い、とようやく冷静になってきた頭が答  
える――ただ、なんとなくうろついていた白井だが、初春に鬱憤をぶつけたおかげでいくらか気分も収まってきていた。  
深呼吸を一つ。  
「まぁ・・・せっかくの休日ですし。こうしてうだうだと時間を潰してしまっては勿体ないですわね・・・」  
手元の時計をふと見れば時刻は既にお昼時である。  
よし、と気持ちを切り替えた(実際はまだ落ち込みオーラが漂っているが)白井は、とりあえず初春を回収しよう。そしてお姉様の劣化の劣化に劣化した代理としてウインド  
ウショッピングにでも付き合わせて気を紛らわせようと決め、今来た道を引き返そうとして、  
 
 
視界の端に、見覚えのあるツンツン頭を確認した。  
 
 
「・・・・――っな」  
視界の先でボーッと一人でつったているのは、あの『殿方』。そう、今日白井から愛しい『お姉様』との一日を奪ったあの糞類人猿だった。  
瞬間、視界が真っ赤に染まりかけ、その手は太ももに装備している鋼鉄の矢に伸びかけるが、  
 
 
今度は視界の端に、見覚えのある茶色く輝く天女の様な髪を確認した(黒子視点)。  
 
 
「――っ!?」  
冷静に。冷静になれーっと自己暗示でもかけそうな勢いで目をまんまるにする白井黒子。先程まで考えていた初春の事はもはや遠い記憶の彼方である。  
そしてよーく見てみると、美琴がなんらかの行列に並んでいる事が分かり――そしてそれがホットドックの屋台に続くものということも――そして、類人猿の方はジュースを  
 
購入しようとしているのだろう。自販機に並んでいることを理解する。そしてそれらの事を考慮し、思考する。  
 
 
『・・・【お姉様が屋台】に並び、あの【類人猿は自販機】に並んでいる。【時刻はお昼】。【手分けして購入】していて、なおかつ【二人の間】には【ビルが建っている】  
。お姉様達は【互いを視界に入れる環境にない】。この状況。今最も効果的な行動は何か考えるんですの、白井黒子・・・・!!』  
 
 
近くにいた通行人が目を背けている事も無視し、白井黒子は思考し、熟考し、そして。  
 
 
怖ろしい速度で駆けだした。狙いは無論――  
 
 
○●○●  
 
 
時は少しばかり遡る。  
 
白井が初春に愚痴をフルスピードでぶつけていた時、美琴達は白井達のいるファミレスから数q離れたブティックで、試着室にて何度もお色直しを繰り返し、上条がそれに対  
して笑顔を向けるという、ぶっちゃっけバカップル空間を作り出していた。  
 
上条当麻はその日、珍しく不幸では無かった。  
朝から何かを壊すことも無くすこともなく、数週間前から付き合いだした相手・・・御坂美琴とのデートに遅れる事もなく、お昼に至る今の今まで、美琴とのデートを楽しん  
でいた。ただあえて不満を上げるならば、彼女の買い物が長い事ぐらいだが、これのろけに入ってしまうと、上条自身も理解している。  
「おーい、美琴ー」  
「んー?」  
目の前で洋服を色々と試着している彼女に声をかける。彼女の通う常盤台中学では外出時も制服の着用義務ずけられている為、今日の様なデートの日でも、彼女の服装はいつ  
もと変わらない灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスとサマーセーターだ。だが彼女にとってそれは大いに不満であったらしく、おかげでデートの日の午前中は彼女のフ  
ァッションショーに時間を費やす事は、半ば二人の間では定例化したイベントであったりする。  
 
「そろそろ飯時だしさ、なにか食べに行かないか?」  
「えー・・・まだこのワンピースとあのジャケットとか着てないんだけど」  
むーっ、と頬をふくらませる美琴に上条は少し苦笑し、ほら、とレジの方を指さす。  
「店員さんの怒りゲージもそろそろマックス超えるんじゃないのか?」  
「う」  
美琴が上条の指の先を追って視線を向けた先には、営業スマイルの奥底に暗い何かを秘めた店員さんが、にっこりと微笑んでいた。顔を若干青くした美琴は一歩引きつつも、  
上条の方に視線を向け直す。  
「わ、わかったわよ・・・でも」  
「ん?」  
 
「これだけ、最後に着てからね。絶対似合うんだから!」  
 
そういって試着室のカーテンをシャッと閉めた美琴に上条はもう一度だけ苦笑した。  
「お前が可愛いってのはもうよーっく知ってるっつーの」  
呟いた瞬間試着室の向こうでガタンと大きな音が聞こえた気がしたが上条は気のせいだろうとスルーして、とりあえずこちらに冷えた視線を向けてきている店員さんの視線を  
スルーしなくちゃな。と、大きな冷や汗を流した。  
 
 
○●○●  
 
 
「しかし・・・」  
「ん?何よ」  
隣を歩く美琴が軽く上条を見上げるが、上条は後ろに手を組んで空を見上げる。  
「お前の着るパジャマって可愛いんだけどさ・・・どうにも」  
「だから、何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」  
美琴が手に持っている紙袋に視線を向けた上条に、美琴が眉根を少し寄せる。  
「少し子供っぽいんじゃないのか?ってなー」  
「・・・な!あんたにはこのパジャマにプリントされたカエルちゃんの可愛さが分からないの!?ゲコ太に少し似てる所なんて最高じゃない!」  
「はい、はいってね」  
「あ・ん・た・は〜・・・!」  
 
美琴がビリビリと電気を飛ばし、上条が幻想殺しでバキリと弾く。端から見れば危なっかしい事この上ないのだが、上条と美琴にとってこれは一種のじゃれ合いに過ぎなかっ  
たりする。その証拠に二人の顔は満面の笑みだ。  
「こら待て!待ちなさいって言ってるでしょー!」  
「待ったら黒こげだろうが!上条さんにそんな趣味はございません!!」  
「いいから止まれー!」  
「やなこったーい!」  
端から見れば迷惑なこの追いかけっこは結局かなりの時間続くのだが、後々この追いかけっこのせいであんな事が起こるとは、上条も美琴も予想だにしていなかった。  
 

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