学園都市に夜が訪れた。
夜道は電灯で照らされているとはいえ大通りに比べれば薄暗いことこの上ない。
住民の大半が学生のせいかもう少しで日付けが変わろうというこの時間帯に外に出ている学生の数は少ない。
加えて冬という季節もあって屋外は寒く、全くといっていいほど人通りは無い。
「はぁ、はぁ……!」
その中を走る少女がいた。より正確に言うのならば少女以外にもう一人、男が走っていた。
「逃げても無駄なんだよ!」
いかにも不良ですといった風貌の男は下卑た笑いをしながら少女を追う。
能力者なのだろう、走りながら男が軽く手を動かすだけで少女の服や髪が不自然に浮き上がる。
「痛っ!ひっ・・・!?」
腕に痛みが走る、見れば服の袖の一部が裂けそこから赤い線の走った自らの肌が覗いていた。
怖いという感情が改めて湧き出してくる。
周囲はどんどん薄暗い道になっている。もうどこをどう走ったのかも分からない
なんでこんなことになっているんだろう。泣き出したい、しかし恐怖のあまり声が出せないでいる少女――――佐天涙子はつい先ほどのことを思い出していた。
「あ、シャーペンの芯切れちゃった」
自室で勉強をしていたら不意にシャーペンの芯が終わってしまった。
「あっちゃー…予備を買い足すのも忘れてた」
仕方が無い、ちょうどお腹も空いていたことだからコンビニに買いに行こう。
そう思って家を出て、近くにあるコンビニへと向かった。
「この道暗いなぁ…それに寒い」
家を出てしばらく行った所でコートを着てこなかったことを後悔する。
外は思いのほか寒く、長袖の上着を着ているだけではとてもじゃないが耐えられなかった。
だから、普段は通らない裏通りの近道なんかしてしまった。
案の定、半分行った辺りでいかにも不良ですといった男に遭遇し、現状に至る。
走り続けていた足が震え始めて限界だというのが分かった。
「た、すけ…だ、だれ、か…!」
息が切れているのと恐怖とで擦れる声で搾り出す。
体のあちこちは男の能力によって血が出ていた。そして捕まったら何をされるのかが怖くてたまらなかった。
「(誰か…誰か助けて…!)」
そんな希望も一瞬にして絶望に変わった。
「あ、ああ……」
目の前と左右には壁が、後ろには男がいる。
行き止まり。
「手間かけさせやがってよ…」
男が近づいてくるのに気づいて振り返り、後ずさったが直ぐに壁にぶつかった。
「や、だ…こないでよ…」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
男の手が近づいてくる。
誰か、助けて――――――――!!
もうだめだと思った瞬間。
「おい」
男が振り返った。その先には一人の男の人が立っていた。
助けを呼ぶ声に、彼は現れた。
「なにやってんだよてめえ」
時間は遡りここは不幸の避雷針こと上条の自宅
「うだー……」
上条当麻はだらけていた。
いつもならば腹ペコシスターが「とうまお腹減ったよ!」と騒ぎ立てているところだが彼女はいなかった。
夕方、隣人にしてスパイである土御門と赤毛長身の魔術師ステイルが訪れてきた。
なんでも禁書目録の知識が必要なことがあるらしく、直接目的地について来てもらわないといけないとのことだった。
よってドナドナの如く連れて行かれたため腹ペコシスターは現在上条さんの家にはいなかった。
ありていに言えば暇になったのだった。
「インデックスがいないだけでこうもやることが減るとはなー…上条さんは今することがなくてでろーんと垂れています」
宿題?期限までにやればいいので却下な上条さんにとっては暇=ごろごろしかなかった。
「……………腹減ったな」
思えば夕食を食べていなかった、立ち上がって冷蔵庫に向かった。
「さてなに食うか、昨日のセールで買ってきた材料でチャーハンでも―――――」
冷蔵庫を空けた瞬間、上条当麻は凍りついた。
ない
昨日のセールでの大収穫だった食材達の姿はなく、冷蔵庫は新品と見間違えそうなほどからになっていた。
「What!?なんなんでせうかこれは!昨日の上条さんの大奮闘した戦利品たちはいずこに!?」
一週間分の食料を買いだめしていたために財布の厚みを酷く失くして得た食材たち。
それら全ては消え失せた代わりに一枚の紙が冷蔵庫に入っていたのを見つけた。
おそるおそるその紙に書かれていたことを読み、上条当麻は再び凍りついた。
『とうまへ、れいぞうこのなかみぜんぶたべちゃった。 インデックス』
「あ、あ………あの暴食シスターがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
冬の夜に上条の悲痛な叫びが消えていった。
「はぁ〜………」
結局上条は外に出て買うことにした。
さすがにファミレスに入って食べるという暴挙に出る勇気はこれっぽっちも沸く事は無かった。
だって上条さんのお財布は(ry
近くのコンビニまでもう少しというところまで歩いた所で上条はピタリと止った。
「声…?」
視線の先には裏路地があった。嫌な予感がして、気づいたら走っていた。
走り続けてすぐに、中学生くらいの少女が不良に追い込まれているのを見つけた。
「おい」
後ろから声をかける。
男が振り向き、その後ろに腕に怪我をして泣きそうな表情の少女がいた。
「なにやってんだよてめえ」
「なんだお前は?」
「通りすがりだよ、俺はてめえにその子になにしようとしてやがったか聞いてんだよ」
不良が怪訝そうな顔をして今現れた男の人を見ている
「(助かった……?)」
視線の先にいる男の人はまっすぐ不良を睨みつけていた
「どうでもいいだろさっさと消えろよ、それともこの強能力(レベル3)の風力使いと戦うってのか?」
それでも男の人は動じない、もしかしたら白井さんや御坂さんみたく高位能力者の人なのかと期待をして――――
「そうか、俺は無能力者(レベル0)だよ」
即座に崩れた。
「だけどな」
強く拳を握って、その人は。
「てめえをぶん殴れる無能力だよ!!」
力強く走り出した。
一瞬の激突。
「………」
上条当麻は四肢から力が抜け落ちた状態で立っている。
そして不良は――――
「………………弱っ」
上条の拳を顔面に受けて倒れていた。
不良は走り出した上条を見て余裕たっぷりに風を使って攻撃を始めた。
しかし上条は見えない攻撃には魔術師との戦いで慣れているため容易に避けることができ、異能を打ち消す右手の幻想殺しがある。
不良はあっさり射程に入られ風で作った防御も消されてこれまたあっさり殴られて気絶した。
どこかでギャングスター志望の金髪コロネがあまりにもあっけない……と言ってる気がした。
どうでもいいけどバトル展開引っ張っておいてこの展開は読者なめて(ry
「………」
不良が完全に気絶してるのを確認してから少女に近づく。
よく見れば腕や足に傷がありそこから血が出ているのが痛々しかった。
「大丈夫か?」
そう声をかけた途端。
「ふ……う、うぇぇ……」
泣き出してしまった。
「うわ!?ちょ、な、泣くなよ!?」
「ひっ、く、うわぁぁぁぁん……」
泣き続ける佐天に困り果てる上条。
寒い冬の夜、こうして二人は出会った。
その後、遅れて駆け付けた風紀委員に事情を説明して不良を連行してもらった。
白井だったら後を任せて帰ろうかと思ったが見知らぬ男の風紀委員だったのでそうもいかない。
上条は泣きじゃくる少女の手を引いて近くの公園に行った。
「落ち着いたか?」
「は、はい、大分……」
ベンチに座って顔を赤くしながら少女は答えた。
あれからしばらくして落ち着きを取り戻し始めた少女は泣きじゃくるとこを見られて恥ずかしかったのか顔が真っ赤だった。
しかし、まだ恐怖があるのか、それとも寒いのか、はたまた両方か、少女の体は今だ小さく震えていた。
「………え?」
見兼ねた上条は自分の着ていたコートをおもむろに脱ぐと少女に掛けた。
「寒いだろ?俺は平気だから」
少女はさっきとは違った赤みを顔に浮かべて上条を見ていた。
「さて…ちょっと家に寄っていけよ」
「ふえ!?」
「傷、消毒しないといけないし」
「あ、は、はい……」
再び赤くなりながら少女は頷く。
上条は立ち上がって歩こうとしたが服の裾を引っ張られてるのに気付いた。
「あ…その……」
少女が上条の服の裾を小さく掴んでいた。
頭一個半程の身長差があるため自然と上目づかいになり、先程まで泣いていたため瞳は潤んだ状態で不安そうに見て来た。
不覚にも可愛いと思い、見とれてしまって一瞬反応が遅れた。
「あ、ああ、別にいいぜ」
お互い顔を少々赤らめながら上条宅に向かった。
「あ、そこに座っててくれ」
「は、はい」
上条宅に着いた上条と少女は中に入り上条が適当な場所に座るように促して暖房を点けた。
「ちよっとまっててくれ」
そう言うと部屋の一角にある戸棚に近寄り中をごそごそ漁りはじめた。
しばらくしてこちらに戻ってきた上条は救急箱手にしていた。
「それじゃあ、傷口を見せてくれ」
「(うわー!うわー!)」
顔を真っ赤にして佐天涙子は混乱の極みだった。
不良に襲われそうになってるところを助けてくれた。
泣きじゃくる自分を宥めて震える自分にコートを掛けてくれた。
まだ怖くて子供みたいに服の裾を掴むのを笑って許してくれた。
そして、今家に連れて来て手当をしてくれている。
まるで初春と読む少女漫画のような状況だった。
しかも手当のために上着を脱いでいるため上は下に着ていた薄手の服のみだ。
二の腕の傷を消毒液で消毒し、ガーゼを当てていくのは手慣れているようだった。
実は上条は毎日のように頭や腕をかじられて自分で手当をしているからなのだが、佐天には知るよしもない。
二の腕や膝辺りの手当で顔が近づいて来る度に動悸が激しくなる。
家族以外の年上の男性にこんな風にされるのは生まれて初めてだった。
「(ああ……初春、白井さん、御坂さんあたし緊張でどうにかなっちゃいそうです…)」
頭の中ではこんな時のお嬢様の対応を教えてくださいミコト神御坂様ー!!といった具合だ。
ちなみにミコト神御坂様もこの状況は対応できないので加護はあるはずもない。
「(はぅ、上条さんはひじょーに墓穴を掘った気がします………)」
少女の二の腕を掴み消毒してガーゼをあてる。
普通ならただこれだけのことでたいした労力ではないのだが、現状は少し違う。
少女の手や足に触れる度にその細さや肌のきめ細かさを感じてXY染色体持ち(じゅんせいだんし)の上条がドキドキしないはずがない。
「(しかも、なんか柔らかいしいい香りするし)」
触れるたびにその柔らかさにドキマギし、髪が揺れる度に香るシャンプーの匂いに赤くなる。
「(それに………)」
目の前で耳まで赤くしてる少女はかなり可愛い部類に入る。
おそらく白井と同年代くらいなのだろう。顔には若干幼さが残っており、長い髪と合わさって可愛らしさに拍車がかかっている。
こんな子を家に連れ込んで手当てをするなんて状況今まで無かったので少々どころでなくかなり落ち着かない
彼の頭の中ではこんな時の女の子への接し方を教えてくださいミコト神御坂様ー!!と言った具合になっている。
そしてミコト神御坂様が上条が他の女の子と接することを良く思わないので加護は上条当麻が不幸に遭うくらいの確立で得られない。
むしろ電撃が落ちるであろう。
「はい、終わったぞ」
落ち着きを払って(内心ドキドキで危うく声が上ずりそうになったが)手当てを終えた。
「あ、ありがとうございます」
いそいそ上着を着なおしながら少女はお礼を言って
「あの、そういえばお名前はなんていうんですか……?」
本当にいまさらな話題が来た。
「ああ、そういや教えてなかったな。俺は上条当麻、上条でいいぜ」
「あ、あたしは佐天涙子って言います!佐天でいいですよ」
「わかった、なあ佐天?」
「は、はい!なんでしょうか!?」
思わず上擦った声で返事をする佐天をなんかかわいいなぁと思いつつ。
「門限とか、いいのか?」
「へ?」
2人して部屋に置いてある置時計を見る。
時刻は1:04を表示している。つまり日付けは変わってから既に一時間経っているのだ。
当然、門限など超過している。
「あ…………」
急速に青ざめている佐天、その様は歯をむき出しにして跳躍して接近するシスターを目の前にした上条に等しい。
どうやら門限のことをすっかり忘れていたようだ。
「…………寮に戻れる?」
「ちょっと………無理です」
さすがに初春から伝え聞いた常盤台中学の寮ほど厳しくはない。
しかし、日付けが変わって1時間立っても平気なはずが無い。
今帰って見つかればお咎めなしではすまないだろう。
「あちゃー…初春寝てるだろうしなー…」
初春に口裏合わせてもらえればなんとかなるかもしれないがこの時間では夢の世界の真っ只中にいるだろう。
よって協力は得られない、帰還の術はない。
「そっか……どうするんだ?」
「明日になれば友人に連絡して口裏合わせてもらえれば何とかなるんですけど……」
当面の問題は今夜の宿だ。コンビニに行くだけだったのでどこかのホテルに泊まるほどのお金は無い。
かといって時間になるまで外にいるのでは寒い。
それに
「…………怖いし」
ポツリと、呟くように言った。
先ほど不良に襲われた恐怖は大分和らいだとはいえ今だ残っている。
暗い外に出るのはまだ怖かった。
その言葉の意味に気づいたのか、上条も気まずそうな顔で黙ってしまった。
「…………あのさ」
しばらくの沈黙の後、上条が口を開いた。
「よかったらさ、家に泊まらないか?」
「……………はい?」
まだまだ長くなる予感のする夜だった。