何ともしがたい状況である。  
ここは女子寮、すなわち本来なら女の子しかいないはずの領域。  
その領域に上条という『異分子(だんし)』が混じり込めばハプニングの一つや二つ、起こって当然だ。  
だから、そのハプニングを起こさないようにの神裂の発言だったにも関わらず上条は着替えを覗いているし。  
事故ではあるが。  
「…おーい、神裂さーん…?」  
とりあえずかけた声もそのままスルーされる。  
うずくまったままだ。  
さてどうしたものかと頭を捻っていると、  
「一つ、お頼みしたいことがあるんですがいいですかね?」  
いつの間にか背後に陣取っていたアニェーゼが、上条の服の裾を掴みながら聞いた。  
「こっから一番近いんですよ私の部屋」  
言いたいことが理解できない顔で、上条はアニェーゼを見つめる。  
(…つーかさ…)  
ぽつりと思う上条少年。  
オルソラとアンジェレネはなんだかうずくまったまま動かない神裂を説得(?)しているし、ルチアはルチアで説教が長い。  
インデックスに至っては誰かから貰ったのであろう大きなキャンディ(渦巻いていて棒のついた通称ペロペロキャンディと呼ばれるあれ)を幸せそうに舐めていて周囲のことはほとんど眼中にないらしい。  
上条が何を言いたいかというと、  
(…このまま放って置いたらいろいろ面倒な気がするんだが…)  
こういうことであって。  
しかしアニェーゼは、  
「ちっとばかし高いとこにあるもんをとるの、手伝ってもらうだけですよ。すぐ終わりますって」  
だそうである。  
上条の心情が伝わるわけもなく。  
そうまで言われて断るのは如何なものか、特に大変そうでもないし部屋も遠くないのに無下に断ったらあれかなぁ、とか思ったので、頷いたら、  
「じゃ、早速」  
腕をがっしり抱え込まれ、そのまま引きずられていった。  
微妙に女性を感じさせる柔らかい何か(認識したら色々ヤバそうなので脳が認識を拒否したらしい)を腕に感じながら。  
 
 
さて、ここはアニェーゼの部屋である。  
問題の荷物は思いの外高い場所にあった。  
上条が手を伸ばしてもギリギリ届かない位置にある。  
何度かチャレンジしてみたがやはり徒労に終わる。  
結局届かないのだ。  
「………どうやって乗せたんだ?」  
もっともな疑問。  
上条が届かないのにどうやって載せたのか。  
投げた込んだ、というわけではないだろう。  
「…脚立で」  
納得。  
確かにそれなら一人で乗せられる。  
だが、  
「………………どうして今、脚立を使わない」  
「…見当たらないんすよ脚立。流石に同性に肩車してもらうのも癪じゃねえですか、だから上条さんがいるうちにちょっと、と思ったんですよ」  
確かに、頷けることではあるのだが。  
台詞の中に少々気になる単語が混じっていた気がする。  
肩車がどうの、と。  
「……ちょ、ちょっとタンマ! 何、俺がアニェーゼを肩車すんのか!?」  
言われたアニェーゼは、しばし間を置いて、  
「それ以外で、現状をどうにか出来ると?」  
小首を傾げた。  
うぐぐ、と言葉に詰まる上条。  
そもそも天井付近にあるそれは、ただでさえアニェーゼが届かない位置にある上、そこのさらに奥に置いてあるらしく、椅子か何かを使ったとしても奥まで届かない可能性がある。  
もし届いて引っ張り出しても、それが当たりとは限らない。  
そして現状で最も確実な方法は上条少年がアニェーゼ嬢を肩車し、彼女自身が探し物を引っ張り出すこと。  
「………むぅ…」  
こうまで言われては従わざるを得ない。  
 
アニェーゼは率先して足を開く。  
後はその間に上条が頭を突っ込み、ふとももを掴んで立ち上がるだけだ。  
「……………………」  
だけなのだが…。  
「何してんですか、早く早く」  
はっきり言ってこれは、  
(…ご、拷問だぁー!?)  
その場で頭を抱えてしゃがみ込みたい勢いだ。  
「…? いつまで突っ立ってやがんですか? ちゃっちゃとしないとみんな集まってく…ゲフンゲフン…みんなんとこに戻れないじゃねえでしょ」  
振り向いたアニェーゼが何か言っている。  
少しだけ引っ掛かるような言葉があったが、そんなことを気にできるほどの余裕、今の上条にはない。  
なんせ今から少女の股間に首筋をあて、みずみずしく柔らかいふとももをわしづかみせねばならないのだから。  
と、言葉にすると大分あれなのだが。  
ともかく、どうにもならない状況にいるらしい。  
「………いつまでこの世の終わりみたいなヤバい面したまんまこっち見てる気ですか?」  
「ハッ!?」  
その言葉で現実に引き戻される上条。  
軽く頭を振って意識をしっかりさせる。  
「……ともかく、手前から頭を入れんのが嫌ならしゃがんでくんねえですかね。このままじゃ埒あかないでしょ」  
「……………わかった…」  
確かにこのまま粘ったところで何の特も無い。むしろアニェーゼに迷惑をかけるだけだ。  
しかし、答えたもののやはり乗り気でないためかその動きは緩慢に見える。  
やっとのことでしゃがみ込んだ上条の側面に回り込んだアニェーゼは、身軽な動作で首を跨いだ。  
「……ん…お願いしますよ」  
自分で位置を調節したアニェーゼが少しだけ艶っぽい声で言う。  
「ぁ、ああ」  
ぐっ、と足に力を込めて立ち上がった。  
立ち上がって最初に感じたのは見た目以上に軽いアニェーゼの重み。  
ほとんど普通に立つのと同じ感覚だ。  
「寄ってください」  
指示に従って動く上条。  
頭上から早速、ごそごそと物をどかしたり引っ張り出そうとしている音が聞こえてくる。  
バランス感覚が良いのだろう。支えている上条が特に力を入れずとも自分でズレを修正したりしている。  
ある意味手持ち無沙汰だ。  
こうなってしまうと、別なところに向けていた意識が最も身近なそれに帰結してしまうのは致し方無いことなのだろうか。  
(…頬っぺたに当たる感触…すげーやらけー…)  
掴んでいる足は、よく言う折れそうなほど細いを地で行っているような感じだ。  
キメの細かい肌が身じろぎして、それを上条にこすりつける。  
(…ぅぉおおお!?)  
軽く浮き上がるように手を伸ばしているのか時折かかる弱めの加重。  
「………届かねえですね…ちっと靴を掴んでもらえますか? そうすればちっとは奥まで届くでしょうから」  
「………………………………了解……」  
すねの辺りを掴んでいた上条の手が靴の裏に移動し、押し上げるように掴んだ。  
「ども。……んー…よっ、と」  
やはりあまり重さを感じない。  
ちゃんと食事をしているのかすごく気にかかった。  
が、しかし。  
その心配は、さっきから後頭部に触れている何かのせいですぐに吹き飛ぶことになる。  
「…ん……ぅ…ち、ちっと届かねえです…押し上げてください…」  
不思議に思ったのは、指示を飛ばすアニェーゼの声に、妙な息遣いが混ざり始めたこと。  
「こうか?」  
掴んだ手を通じて、腕に力を入れる。  
「…よいしょっ、と…」  
一瞬だけ加重がゼロになったが、すぐにまた重みがかかった。  
「…ん、ッ……はぁ…無理でしたね…」  
どうやら乗り上げてでもそれを取ろうとしたらしい。  
「…うーむ…これで届かないなら諦めた方がよくねーか?」  
思わず呟いた一言に、アニェーゼは押し黙った。  
微かな沈黙が満ちる。  
「………もうちっと粘ってみますよ。お付き合いしていただけるでしょう?」  
 
その沈黙を破ったのはアニェーゼだった。  
「………………ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ…」  
嘆息気味に吐き捨てる上条に、  
「どうも」  
アニェーゼは短く、しかしそこはかとない喜びの感情が混じった声で答えたのだった。  
 
 
一方、こちらアニェーゼが抜けた女子一行。  
未だ説教を続けるルチアに、アンジェレネは恐る恐るといった様子で声をかけた。  
「あ、あの、シスター・アニェーゼが見当たらないんですけど…」  
説教を受けていたシスターを除き、その場全員がびくりと反応した。  
恥ずかしいやら何やらで落ち込んでいた神裂ですら、だ。  
「……………抜け駆け?」  
ガギン、という飴をかみ砕く些かには大袈裟な音が響く。  
「…どうでございましょうか…」  
オルソラは頬に手を当て微笑みながら(笑みのわりにはなんだか恐怖感を煽ってくる)首を傾げ、  
「…………」  
どこからともなく刀を取り出し、無言でそれを構える神裂。  
「あ、あれ? どうして皆さんこれから戦いに赴くような雰囲気を放ってるんですか?」  
そしてイマイチ状況が飲み込めていないアンジェレネ。  
「シスター・アンジェレネ。少し黙っていてください」  
ルチアがその頭をギリギリと押さえ付ける。  
本日何回目かもわからない攻撃だ。  
「……手分けして探したほうがいいかも。私、あっちに行くよ」  
かみ砕ききった飴の棒をそっと袖口にしまいながらインデックスは言った。  
「では、お付き合い致します」  
オルソラもその後に続く。  
「………………」  
何故か無言のままの神裂きは一人でふらりとどこかに行ってしまった。  
「シスター・アンジェレネ、行きますよ」  
「は、はい! で、でもどこに?」  
そして、やっぱり状況を把握できていないアンジェレネと、彼女を引き連れて移動を開始したルチア。  
なし崩し的に(?)上条捜索が始まるのだった。  
 
 
「…ンー、りゃぁぁぁ!」  
何だかアニェーゼにありえない叫びを上げながら強引に目当ての箱まで手を伸ばす。  
ギリギリで指が掠ったが届かない。  
「…もっと押し上げてくださいよ」  
それに従い上条が腕を少し上げる。  
こうやって腕を固定されたままだと相当体力を使うらしく、そろそろ腕がヤバイと脳が警鐘を鳴らしていた。  
「…………ッ……ぁ!」  
ぐぐ、っと足に力がこもる。  
もう何度目かもわからない筋肉の強張り。  
箱の蓋にわずかだけ指がかかり、指の摩擦だけを頼りに強引に箱を引っ張った。  
 
つ、つぅー。  
 
ゆっくり、背伸びしていた背を戻すように後退していくアニェーゼを追い掛けるかの如く箱が移動してくる。  
ここまで来れば後は普通に掴めるだろう。  
「……っ、とと…取れましたよ……………ぇ…?」  
瞬間、のけ反ってバランスを崩したアニェーゼと、予想外の動きに足をとられ転ぶまいとした上条の動きが、悪い方向でシンクロした。  
「うお、ちょちょちょっ!」  
せめて床にぶつけないように体を捻り、ベッドの方へ不安定なポーズのままダイブする。  
 
ぼふ。  
 
軽い衝突感。  
そしてみぞおちに突き刺さる肘。  
「ぐぉ!?」  
 
もはや肩車というより手で支えていた状態に近かったため、自分を下敷きにしてアニェーゼを助けようとしたのだが、  
「大丈夫ですか!?」  
ありえない奇跡…まあ、不幸と言えなくもない具合にダメージを被ったわけだ。  
因みに。  
心配して上条の顔を覗き込んだアニェーゼは上条を跨いで、まるで覆いかぶさるよう状態になっている。  
端からみたらまるで『アニェーゼが上条を襲おうとしている』ように見えたり見えなかったり。  
そしてこういう誤解を招きそうな時に限って、都合よく人が現れるのだ。  
特に見られたくない人間が。  
 
 
インデックス達がそのことに気がついたのは寮内を大分走り回ってからだった。  
『一緒にいなくなったのがアニェーゼで、その上あの場所からアニェーゼの部屋まで距離があまりない』  
となればまずそこに捜査のメスを向けるべきだったのだ。  
急いでそこに集合する面々。  
インデックスが率先してドアノブに手を伸ばし、勢いよくドアを開け放った。  
 
 
バタン!!  
思いの外大きな音と共にアニェーゼの部屋の扉が開かれた。  
思わず二人、同じ動作でそっちを見る。  
入って来た途端、驚愕の表情で固まるインデックス。  
オルソラはまたしても恐怖を煽る笑顔で、ルチアとアンジェレネは顔が引き攣っていた。  
神裂は…言わずもがなである。  
さて、その微妙な表情で佇む彼女らにアニェーゼはとんでもない爆弾を放り投げた。  
 
『いいところだったのですから邪魔しないでほしいですね』  
 
刹那、ビギリ、という空気の軋むような嫌な音が聞こえた気がした。  
上条にその言葉の意味はわからない。何せ放たれた言葉は日本語ではなかったのだから。  
「………ナニ?」  
恐る恐る呟く上条。  
その呟きに押されたみたいに軋んで止まった空気が動き出した。  
「…とうま? 最後のお祈りは済んだかな?」  
言いながらインデックスのプリチーなお口がじわじわと開いていく。  
凶器とも言える煌めく歯(やいば)を見せながら。  
ルチアはどこからともなく車輪を引っ張り出して来た。本当に一体どこから持ってきたのやら。  
その後ろにいたアンジェレネはいそいそと脱いだフードに硬貨を詰めている。  
不穏だ。  
オルソラに至っては笑顔で頬に手を添え、もう片方は無駄に力強く拳が握られている。  
笑顔がやはり怖い。  
神裂は……目がマジだった。持っている刀がゆらりと揺れた。  
『やる気満々ですか』  
言って、『司教杖』を水平に構えるアニェーゼ。杖はベッドの下に隠していたらしい。  
挑発するようににたりと笑う。  
ここまで来て、ようやく上条にも現状が些か不穏であることに気がついた。  
「いや、待って! みなさん落ち着いてー!」  
叫ぶ上条の努力も虚しく、女子寮の一室から巨大な爆発音が聞こえてきたのだとか。  
 
 
翌朝。  
なんだかんだで多大なダメージを一身に集めた上条少年。  
割り当てられた部屋でうんうん唸っていると、カチャリとドアが開かれ、誰かが入ってきた。  
 

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