いつかのメリークリスマス Silent_Night_,_Holy_Night  
 
 終業式後の今年最後のホームルームが終わって、上条当麻は早々に教室を抜け出した。  
「さて、食いモンの買い溜めっと…」  
 決してそーっと抜け出した、と言うわけではないのだが、誰にも声を掛けなかったせいだろう  
か、あるいは割と遅くまで教室にいる――補習の常連、という不名誉からだが――ことが多い  
せいだろうか、上条が帰ったことに気付いたクラスメイトはいなかった。  
「25日過ぎるまでは街も煩いしな……。それにあのイベントで不幸がやってこないはずがない、  
判ってますよカミジョーさんは! それが判ってて騒ぎに混じったりはしませんよ、くわばらくわ  
ばら」  
 上条的には――お祭りはキライではない。が、記憶を失って以来の事件事件事件の生活で  
は、冬休み最初のイベント…つまるところ、クリスマスというアレなのだが、十字教の聖者のお  
祭り、という本来の性格にも何か不穏な響きを感じるし、とにかくその期間となる数日が過ぎ  
るまでは引きこもり生活をすることを誓ったのだった。  
 何か忘れているような気もするのだが。  
「おっと、携帯も切っとこう」  
 ボロボロの携帯を取り出して、そう言やあ、機種、換えたのにもうボロボロだなあ、などと思  
いつつ電源を落とす。電源を落として顔を上げると、もう目指すスーパーの前だった。  
「安売りなのがチキンとかばっかりなのはまあ、仕方ないよなあ――」  
 レジカゴの奥に張り出されたチラシを見ながら呟き、上条はスーパーの中へと消えた。  
 
                     −*-  
 
「よし、パーティーやるわよ……って、あのバカは?」  
「そういえば。どこにも」  
 クラスの親しいメンバーでクリスマスパーティーをすることになっていた。店は、今回も土御  
門が確保している。  
 『あのバカ』を確保していなかったのは、いつもいつもギリギリでないと何かとゴタゴタで捕ま  
らなくなることが多かったためだ。なんでいつもいつもゴタゴタしてるのアイツは、とは思ってい  
ても、それでも学校にはきちんと出てくるから安心していた――なぜ安心するのかについては  
深く追求しない――吹寄制理である。  
 いったん寮に帰る前に、件の『あのバカ』、上条を確保しようと教室を見回したのだが――上  
条はいない。思わず姫神のほうを振り返ったが、姫神もまた上条の行方を知らないようだった。  
「あれ、カミやんもう帰ったンやろか?」  
 青髪ピアスがきょろきょろと教室を見回す。  
「なんでこういう肝心なときには居ないのよ…っ!」  
 上条の不在にイライラする、その理由には踏み込みたくない吹寄である。  
 
 
 
「……なんで、電源まで落ちてんのよ…」  
 メールが届いてない、という事態がなぜか頻発したため、今回は間違いなく捕まえようと直  
接電話を掛けたにも関わらず、上条の携帯番号から帰ってくるのは電波の圏外もしくは電源  
未投入のメッセージだけであった。  
 わざと電源を落としているのかそれとも電池切れか、むしろ上条なら後者か――と思いつつ、  
御坂美琴は舌を鳴らした。  
 なにしろ、今夜はクリスマスイブである。  
 美琴は十字教徒と言うわけではないが、それ故に日本のクリスマスには馴染みきっている。  
「早く捕まえとかないと、誰にホイホイついてくか判んないのに」  
 日本のクリスマス――若者たちにとっては、恋人同士で過ごす一年最大のイベントだ。聖ニ  
コラウスが泣いているぞといっても、まあ、日本人ですから。  
 上条が好き、と言うことは認めたくなくても、それでも上条とクリスマスを過ごしたい美琴であ  
る。せっかく手に入れた携帯番号が何の役にも立っていないことに臍を噛みつつ、御坂美琴  
は上条の姿を求めて街を歩く。  
 今、通り過ぎたスーパーに上条が入っていく所だったのに気付かなかったのは、御坂美琴  
今年最後で最大の失態だったかもしれない――  
 
                     −*-  
 
 大量の食料品が詰まったレジ袋を抱えて、上条当麻は帰宅した。まずはこいつらを冷蔵庫  
に…と部屋に踏み込む。  
「とうま、おかえりー…って、どうしたのそんなにたくさん」  
 声を掛けられ、声の方向に振り返って上条は今思い出しました、とばかりに目を覆った。  
「あちゃー……。なんで、こういうときに限って同居人の存在を忘れてるんだろう…なんかやた  
らたくさん買ってるな、とは思ったけど…インデックスの腹の虫の分はもう意識しなくても計算  
の内ですか…」  
 上条の溜息という、いつもなら不機嫌を呼ぶその行為に、なぜか今回に限ってインデックス  
の心中には心配が涌く。  
「どうしたの、とうま? なにか困ったことでもあったの?」  
 インデックスに顔を覗き込まれて、ごちゃごちゃ言い訳しても仕方あるまい、しかし嫌なモン  
は嫌だしはっきり言っておこう、と上条当麻は覚悟を決めた。  
「いやな、インデックス? 今街に出るとクリスマス、クリスマスってすごい騒ぎでさ、不幸体質  
のカミジョーさんとしてはどこにも出かけたくないんで、このお祭り騒ぎが終わるまでは外出無  
し、で赦して欲しいんだが。これはその期間の分の食料」  
 バツが悪そうに言う上条に、外出したくない、何処にも行かない、ということには落胆を感じ  
たインデックスだったが、今日に限ってそのことが違う方向へと回路が繋がる。  
 辿り着いた思考に、上条に答えようとして言葉がもつれ、顔が赤くなるのが判った。  
 それでも何とか返事はする。  
「テレビで映ってた街がキラキラしてて見てみたかったけど、本来は厳粛にお祈りを捧げる日  
だし、とうまが出かけるのが大変なら私は構わないよ」  
 インデックスの返事に、安心しつつもやはり上条としては心苦しさもあるのだろう。  
「悪いな、インデックス。でも、何も起きないくらいの方が良いんだよ実際」  
 気遣いも感じるその表情に、さらに胸がドキドキしてくるのを感じたインデックスだったが、こ  
の少年の朴念仁ぶりはよく判っている。ここで一押ししておかなければ、と言葉を絞り出した。  
「そうだね、事件、ばっかりだったもんね…。だから、私は構わないよ。家で、ゆっくりしようよ。  
それに――」  
 何故か赤面して俯き加減に話すインデックスの態度に、どうしたんだろう上条がその顔を覗  
き込もうとすると、銀髪碧眼のその少女が顔をあげて言葉を繋いだ。  
「ふ、ふたりっきりで、居られるんだもんね、とうまと」  
 上条も、これを聞いて思わず赤面する。  
 普段は特に意識することもないのに――いや、女の子と二人暮らしという異常事態に対応  
すべく、無意識下で『意識しないように』コントロールしていたのだろう。  
 意識しようがしまいが、インデックスが結構な美少女であることに変わりはない。そして、そ  
れが意識の中で急浮上してきた、それだけのことだ。  
 が、『それだけのこと』でも思春期の少年には大問題である。  
 なんでこんなにドキドキするんだろう、と思いつつも、何とか言葉だけは絞り出した。  
「そ、そういうのも、たまにはいいかもな」  
 
 その後、夕食の準備に本格的に取りかかるまで、何をすればいいのか、どうしていればいい  
のかも見当がつかず、上条にも、インデックスにも長いような短いような気恥ずかしい――な  
ぜか、それでも満足感のある――時間だけが過ぎていった。  
 そして、スーパーで安かったもの、と言う基準だったためにチキンが並んで少しはクリスマス  
の雰囲気もあっただろうか、という夕食の後、唐突にインデックスが言った。  
 
「ねえとうま、日本のクリスマスは、恋人と過ごすんでしょ?」  
 
 『隣に行っても良い?』と聞かれ、なにも考えずに了解の意を伝えたため、インデックスは上  
条の真横に座っていた。  
 この質問の前に、少し距離を詰めてきていたようだ。  
 ぴったりと寄り添う形になり、少女の体温が服越しに伝わってくる。少し、ドキッとした。  
「え、あ、そう言う連中も居るみたいだな」  
 妙に真剣なインデックスの視線に途惑いつつ答える。  
「とうまは――私のこと、きらい?」  
 余程思い切ったのだろう、真剣な表情ながら目が少し潤んでいる。  
「嫌いなはず、ないだろ?」  
 嫌いではない。  
 嫌いなら、イギリス清教とか『必要悪の教会』といった組織がそうさせようとしている、という  
思惑など関係なくインデックスを匿おう、などと言う酔狂なことはしない。  
 何しろ、彼らと関わったがためにこれまでの事件の数々がある。インデックスは――本人の  
思惑とは関係なくても、その元凶の一つと言っても過言ではないのだ。  
 では、ただ守ってやりたいという以外に何か理由があるのだろうか?  
 
「……じゃあ、好き?」  
 
 今にも泣きそうな潤んだ瞳でインデックスが尋ねる。  
 そう聞くインデックス自身はどうなのだろう、と思い、その疑問を打ち消した。聞くまでもない。  
インデックスは――とっくに答えを出しているではないか。  
「んっ……」  
 インデックスが嘆息を漏らす。  
 これがクリスマスの魔力なのだろうか。インデックスの言葉に、声で応えることなくその少女  
を抱き寄せると、唇を塞いでいた。  
 唇を離すと、インデックスが満足げな嘆息を漏らしながら上条を見つめる。  
「ねえ、とうま…? わたしは、いいんだよ…?」  
 上条は抗えない。  
 再び、唇を合わせた。少女の被っていたフードをはぎ取って、銀髪に隠れた耳朶から顎、う  
なじへと唇を這わせる。  
「ふあっ…」  
 首筋を吸われて、インデックスが嘆息を漏らした。その甘い声音は、さらに上条を煽るだけ  
だ。  
 修道服の形を保たせている安全ピンに手を伸ばした。ひとつ、ふたつ、みっつ、とピンが外  
れる。こんなに器用だったっけ、俺…と思いつつも、指は止まらない。  
 インデックスが上条の袖を握ったが、拒否するような雰囲気は感じなかった。むしろ、身体を  
任せるような感さえもする。  
 はらり、と少女の身体を覆っていた純白の修道服が床に落ちた。  
 その下に隠されていた、絹布にも劣らぬ白く艶やかな少女の肌が顕わになる。  
「いいよ、とうま――」  
 
                     −*-  
 
「ほなら、次はボクが歌うで! けーだかきーあんですーかーけめぐるー……」  
 飲んでもいないのに――いや、もちろん彼らは高校生なので飲酒は不可なのだが――テン  
ションを上げまくった青髪ピアスが歌い出した。  
「薙ぎ払え」  
 いかにも不機嫌です、と言った表情をした吹寄制理がぼそりと呟く。  
「げふっ!!!!」  
 吹寄の呟きに、幾人かが跳ね起きると、青髪ピアスに対して思い思いの制裁を加えた。  
「こっ、これからがええとこやのにーっ!!」  
 叫びも虚しく、上座から引きずり下ろされる。  
 制裁を加えた数人が、いかにも哀れなものを見ています、と言った表情で青髪ピアスを引き  
下ろしながら、「吹寄の機嫌、どんだけ悪いと思ってるんだ」とか、「女の子の前であんなモン  
歌うバカが居るか」などとたしなめ――もとい、罵倒する。その言葉に、なんでやねんっ! と  
抵抗していた青髪ピアスだったが、姫神の前を通った際、  
「いっぺん。死んでみ?」  
 と呟かれ、抵抗はそのまま嘆きの叫びに変わった。  
 
「吹寄もだけど、姫神さんも機嫌悪いな」  
「上条くんが居ないからかしら――やっぱり?」  
 陰で囁きつつも、触らぬ神には祟り無し、を決め込んだ級友たちである。  
 
 
 
 結局上条は見つからなかった。  
 失意のままに寮に戻って、そのまま部屋に引き込んでしまおうとした御坂美琴だったが、白  
井ほかの寮生たちに誘われ――騒ぎたい気分ではなかったが――せっかくの誘いだし気を  
紛らわそう、とささやかなパーティーに参加した。  
 が、キャンドルに火を入れて部屋を暗くしてみると――やっぱり、上条を見つけられなかった  
ことに対しての悔しさ、いやむしろ寂しさが沸き起こる。  
「ううっ、あのバカ……。なんで、肝心なときには見つからないのよ…」  
 しかし、ここで挫けないのが御坂美琴の御坂美琴たる所以、である。  
「来年こそは…っ、来年こそは――見てなさいよ…」  
 キャンドルの炎を前に、決意を新たにする美琴であった。  
 
                     −*-  
 
 カーテンの隙間から見える風景に、ちらりと白いものが混じった。  
「インデックス、雪だ――」  
 上条の言葉に、銀髪の少女が毛布の中からはい出てくる。  
「ほんとだ…」  
 暖房のスイッチが入っていても、毛布から出ると肌寒い。  
 というのも、二人が何も着ていないからなのだが――それで、上条は枕元に置いていたシャ  
ツを広げると、インデックスの腕を袖に通させる。続けてボタンを閉じながら呟いた。  
「隠れちゃうな、名残惜しや名残惜しや」  
 聞いて、インデックスが笑う。  
「とうまのえっち」  
「……そりゃあ、カミジョーさんも健全な男の子ですから」  
 笑いながら出てきたインデックスの言葉に、冗談めかして答えながらボタンを閉じ終えると、  
上条は少女の膝に頭を乗せた。  
 膝枕の上で、煽り見るように窓のほうを向く。  
「綺麗だな……。ホワイト・クリスマス、か…」  
 突然膝枕をされて、一瞬だけ面食らったような表情をしたインデックスも窓の外を仰ぎ見る。  
それから、外を眺める上条を見下ろしながら、呟くように歌い始めた。  
 
 
――きよし…この夜  星は、ひかり  
 
   救いの御子は  み母の胸に――  
 
 
 ああ、こんな綺麗な声、してたんだなあ…、と、上条の耳に心地よく少女の声が響く。歌う少  
女を見上げた。  
 その少女――インデックスは、優しげな瞳で上条を見つめながら歌う。  
 
 
――眠りたもう  夢やすく――  
 
 
 歌い終えた少女に話しかけた。  
「そういや、まだだったな…。メリークリスマス」  
 少女は笑顔で答える。  
 
「メリー…クリスマス」  
 

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