黒い部屋があった。窓の無い壁も床も煤けて真っ黒、  
10メートル四方の中央に一部砕けたり焦げたりしている丸テーブルが置かれている。  
その周囲に並べられたパイプ椅子だけがくすんだ銀色を放っていた。  
「さて毎度毎度申し訳無いんだが、つかそもそもお前等が自重してくれたら  
 俺の仕事も減るんだが……まぁ、こういう火消しも俺の仕事だからにゃー」  
「……返す言葉が無いね。……?  
 そういえば『旗男』はどうしたんだ?姿が見えないんだが……」  
「ンな事ァ別に構やしねェがこいつ等は一体何なンだよ?  
 誰にも聞かせちゃなンねェんなら何で関係者増やしてンだ。馬鹿かてめェ」  
「あー、とりあえず順番に説明していくぜい、  
 『旗男』は呼んだんだがどうも来れないらしい。  
 それで急遽この『仮面男』と『扇風機男』に来てもらったんだが……」  
「心配は解りますが大丈夫ですよ『白髪男』。『旗男』に関しては貴方達と対立する事はありえませんから」  
「ま、運命共同体って事よな。件のシステムは声だけで判断するしか無いから  
 『煙草男』だけじゃ心許ないって事で呼ばれたワケなのよ」  
「一応言っとくが……『旗男』はアマチュアなんだ。決して責任を負うべき立場じゃない。  
 だから、こういう地味な裏方は俺らみたいなプロ連中でさっさと終わらせちまおうぜい」  
そして『スパイ男』はテーブルの中央にプレーヤーを置いた。  
「正式稼動に向けて装置の設置台数とデータの量も増えててな……  
 怪しいデータを片っ端から掻き集めて来たんで判別をよろしく頼むぜい」  
 
『「ええええっとっ!そ、それじゃ、い、いれますねっ!」  
 「いや、そんなに慌てなくてもいいから……」  
 「は、はいっ!」  
 「だから焦り過ぎだって。ホラ、力抜いて……」  
 「ふぁ……ぁ……はいぃ……」』  
 
「どうやらウチの関係者みたいなのよ。というかもうそこまでいってたのが意外よな」  
「……何かこう、慣れてきた感じの『旗男』の声が激しく不快だな。  
 『スパイ男』、次に行ってくれ」  
「これもアウト、と。了解だにゃー」  
 
『「あひゃぁっ!ひゃぅぅっ!――――――ふあああああああっっ!!!」  
 「……くっ……あァっ!」  
 「はぁ……あぁ……いっぱ、い出しても、らってうれしい、と  
  ミ カは、ミサ は、ちょ、うはつて、きにほ、ほえんでみた、り」  
 「……おィ、挑発って意味解って言ってンのか?  
  こういう事されても文句言えねェ――――――ぞ!」  
 「はひぃっ!?よ、四回戦はさすが―――――ふひゃあっ!?」』  
 
「……動じてないな。流石に慣れたか『白髪男』」  
『スパイ男』の言葉に、『白髪男』はつまらなさそうに溜息を吐いた。  
「つか、最近またアイツがおかしいんだよなァ……  
 やけに犯られたがるしよォ……しかも全部中に出せと来たもンだ……」  
「それはそれで男冥利に尽きるってもんよな」  
「……この声、どこかで聞き覚えがあるような……」  
「……?何か言ったか?『仮面男』」  
「いえ、何でも」  
「次いくぜい」  
 
『「ホラホラ情けないとは思わないんですか。  
  こんな足だけでもうイっちまいそうなんて」  
 「うぁっ!……た、頼む、も、もう限界なんだ……」  
 「駄目ですよ。私らシスターは全員あの方の妻なんですから、  
  不貞を働くわけにはいかないんです。  
  でも……まぁ、頼み方によっちゃあ考えない事もないですね」  
 「イ……く……さい」  
 「聞こえないですよ?」  
 「イかせてくださいっ!は、早くっ!」』  
 
全員が黙った。男の哀願なんて気持ち悪くて聞けたもんじゃないからだ。  
「……随分とマニアックなプレイを……相手は『旗男』として、もうひとりはどこの関係者ですか」  
『仮面男』の呟きに、そろそろと『煙草男』が手を上げた。  
「すまない。……ウチの関係者みたいだ」  
「あぁ、そうですか……何というか、えっと……頑張って下さい」  
「つか、アイツはアナルも足もアリかよ。どンだけ趣味の幅が広ェんだ……」  
「さぁさぁ気を取り直して次行くぜいっ!お前等ついて来るんだにゃー!」  
精一杯の空元気で声を張り上げ、『スパイ男』がプレーヤーのスイッチを入れた。  
 
『「……どうかしたのか?」  
 「いえ、えっと……ス  ルちゃんは、やっぱり胸が大きい方が嬉しいですかー?」  
 「……何を言ってるんだ貴方は……」  
 「ふぁっ!?いきなり触るなんて駄目です――――ひぅっ!?」  
 「そんな事、僕は気にしない。それに……こっちの方が可愛いしね」  
 「ぁっ!……そ、そうですかー?」』  
 
「…………何だその目は!『この異常性欲者』とでも言いたいのかっ!」  
大体あっていたので三人が目を逸らした。しかし  
「何だ『スパイ男』っ!無言で片手を差し出してくるなっ!にこやかに笑うなっ!  
 僕は決して君の同志じゃないっ!」  
それはもういい感じの笑みで『スパイ男』が『煙草男』へ右手を差し出していた。  
まぁまぁ、と大人の余裕で『扇風機男』が『煙草男』の肩を叩く。  
「趣味は人それぞれ、なのよな?」  
「違うっ!僕はっ!決してっ!断じてっ!ロリコンなんかじゃっ!  
 というかそれなら君はどうなんだ『白髪男』っ!」  
「うっせェ。俺はアイツがたまたま小さかっただけだ。  
 てめェ等と一緒にすンじゃねェ……おいコラこっちにも手を差し出してくンな『スパイ男』っ!」  
埒があかないと判断した『仮面男』がプレーヤーを手に取った。  
「次行きますよ」  
 
『「うああぁっ!」  
 「……愛撫開始から2分48秒……いけませんわっ!これではお姉様を満足させるには程遠い!  
  いいですかっ!お姉様と関係をもってしまった以上、貴方にはお姉様を幸せにする義務があるのですっ!」  
 「いや、俺は」  
 「問答無用!かくなる上は……私自身を持って貴方を鍛え上げる事にしますっ!」  
 「ちょっと待て!いくらなんでもそれはっ!」  
 「あぁ……今、名実共にお姉様と姉妹にっ!」』  
 
また全員が押し黙った。全員の理解の範疇を大きく超えていたからだ。  
「これは……どういう事なんだ?」  
結構ウブな『煙草男』が呟くと  
「あぁ、つまり姉妹というのは……『棒姉妹』を指してるんだろうが……」  
と、『スパイ男』が渋々解説をする。  
「『旗男』の相手の女性はどうやら学園都市の学生の様ですね。  
 何度か追いかけられましたから解ります。しかし……つまり、あの人と『旗男』は……」  
何やら思索にふけりだす『仮面男』。  
「『仮面男』、次行ってくれるかにゃー?」  
「……あ、はい」  
 
『「ホントに起きないじゃんよー。普通ここまでされたら大抵の人は気付くじゃん」  
 「ここまで眠りが深いのは何か理由があるのかしら?  
  研究してみたら面白そうなのだけど」  
 「……やっぱり……黙ってたら可愛い顔してるじゃん……」  
 「今何を考えたのかしら?」  
 「ふふ、ちょっとイケない事じゃんよ」  
 「そう?私としては学園都市首位の遺伝子サンプルにも興味があるのだけど」  
 「なら……食べちゃう?」  
 「食べちゃおうかしら?」』  
 
「何だこれはァァあああぁあァあああっっ!!!!」  
『白髪男』が自身の座っていたパイプ椅子を思い切り壁に投げつけた。  
加速されたパイプ椅子は壁に激突し、粉々に砕け散る。  
「最近いくら寝てもダリィのはこれが原因かよっ!」  
そのあまりの怒り具合に説得を諦めた『スパイ男』は『仮面男』に催促する。  
「とにかく次行け次っ!」  
「は、はい!」  
 
『「おめでとう、と言うべきなんだろうね」  
 「はい、とミ  は満面の笑みで応じます」  
 「きっと、これから色々な痛みと向き合わなければいけなくなる。  
  それでも……覚悟は出来ているのかい?」  
 「……はい、とミ  はもう一度満面の笑みで応じます」  
 「なら送る言葉はひとつだ。―――――――――おめでとう」』  
 
仮面男がプレーヤーをテーブルに叩きつけた。  
「……守れとは言ったが孕ませろとは言っていない……」  
「……………あァ、最近のアイツはコレのせいかよ……」  
「……まぁ、英雄色を好むと古来から言われてるのよ」  
『扇風機男』が一応『旗男』へのフォローの様なもの呟きながら  
テーブルに叩きつけられたあと床に落ちたプレーヤーを拾い上げた。  
「次、行くのよ」  
 
『「わ、私はメス牛ですぅっ!聖人なんかじゃありませんぅっ!  
  こ、これでいいですかっ!?は、はやくっ!」  
 「いいや、まだまだ足りないな……俺のこれが欲しいんだろ?」  
 「は、はいぃぃっっ!そうですぅっ!  
  私はっ!そのお ン  ンが欲しいんですぅっ!」  
 「じゃあ、来いよ……」   
 「お……お散歩ですか……?また……外で?」  
 「何だ、嫌なのか?」  
 「――――いえっ!嬉しいですぅっ!」』  
 
『扇風機男』がテーブルを思い切り蹴りつけた。ものすごい音が部屋の中に鳴り響く。  
「……何しくさってやがんのよ……」  
「まさか、こんな趣味だったのか……」  
『煙草男』がしみじみと呟いた。  
「あぁ……えっと……何だ、もう……次行くんだにゃー」  
 
『「んぐぅっ!?……と、  ま……き、きもちよかった?」  
 「あぁ……そうだな、まぁまぁだったよ」  
 「な、なら……明日はお肉食べさせてくれる?」  
 「でもなぁ……財布の中身が……」  
 「とうま!こ、こっちも使っていいよっ!」  
 「じゃ、明日は豚肉買ってこようか」』  
 
「君は……そうか、成程、よく解った」  
カードの整理をし始めた『煙草男』を見て、『スパイ男』は大きく息を吐く。  
「やれやれ……他のヤツももう全く聞いてないし、俺だけで判別するしかないのか……」  
プレーヤーのスイッチを入れ、次のトラックを再生する。  
 
『「今日はありがとなー、『お兄ちゃん』」  
 「あぁ、いいよ俺も楽しかったし費用はそっちもちだったしな」』  
 
「…………何?」  
もう一度今のトラックを再生する。  
 
『「今日はありがとなー、『お兄ちゃん』」  
 「あぁ、いいよ俺も楽しかったし費用はそっちもちだったしな」』  
 
どう聞いても義妹と…………『旗男』の声だ。  
 
『スパイ男』がテーブルを叩く。全員の視線がそこに集まった。  
「お前ら、ちょっと提案があるんだが……  
 行 か な い か ?」  
全員が頷いた。  
全員が自分の敵を理解していた。そして何をすべきかも理解していた。  
もうそこに言葉は必要無かった。  
 
扉が、開かれた。  
 

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