その部屋には6人の男がいた。  
炎使い、光の槍でもって全てを分かつ男、道化。  
吊られた男、偽装と隠蔽の魔術師、そして―――――――白の少年。  
道化が口を開く。  
「ルールを確認するぜい?全員しばき倒して最後に残ったヤツがひとつ命令出来る……  
 オーケイかにゃー?」  
ルールの確認といいながら全く触れていない、つまり何でもありのバトルロワイヤル。  
部屋の中にいる全員が誰が最強かを理解していた。  
一度発動すれば、例え太陽を衝突させようが貫けない究極の守りの力を持つ者がいるからだ。  
しかしつけいる隙はあった。  
どんな能力も発動していなければ存在しないと同義。  
ならば……何としてもその力の発動前に一撃を入れ、何もさせずに終わらせればいい。  
その可能性も、部屋の中にいる全員が理解していた。  
「ンじゃ……行くぞ?」  
動く。歪んだ白さを纏う者の指が、己の最強を実現する為に。  
その瞬間、側頭部が弾かれた。  
「させんのよっ!」  
「させませんっ!」  
最強が、それを実現する前になぎ倒される。  
隠匿の魔術師が放った透明な塊が、少年の頭部を薙ぎ払ったのだ。  
と、同時に  
「もらうぞ」  
白の少年へ向けられる筈の光の槍を成す刃が宙を舞う。  
道化が足を振り上げていた。  
さらにその足で踏み込んだ道化の肘が、男の鳩尾に突き刺さる。  
 
道化は、本来なら自身の決定的な敗北を避ける為に誰もが最強へと向かうこの場で、  
その流れを裏切って最初から男に向かっていた。  
全く予想していなかった男はそのまま崩れ落ちる。  
隠匿の魔術師の動きから魔術の発動の方が最強の実現よりも早いと読み切り、  
自身の勝利の為に無防備な背を晒す男を突き刺す。  
道化に許された、そして道化が鍛え抜いた在り方。  
 
そして……己に許された在り方を貫き徹す者がもうひとりいた。  
「――――――――――来い!」  
 
熱が、空間を支配する。  
 
爆発的に体積を増加させられた空気は道化と隠匿の魔術師を壁に叩きつけた。  
暴風と、紅の光を伴って炎の王が顕現する。  
豪炎の塊は起き上がろうとした白の少年に、その煌々と光る腕を突きつけた。  
「……さて」  
紅の髪を持つ彼は、懐から煙草を取り出しながら周囲を睥睨する。  
「この状況から逆転出来るか?」  
彼は、まず最強を潰さなければならないという流れを裏切ったわけではない。  
それよりも自身の最強を信じた、それだけだ。  
己の名こそが最強であるという幻想を信じきったのだ。  
白の少年の最強が完成すれば敗北していた。発動までの無防備な所を狙われても同じだ。  
しかし、この結果が示すように―――――彼が信じる幻想をこの場にいる誰も殺せなかった。  
「出来ないなら」  
煙草に火をつけ、そして煙を吐き出す。  
「さっきのヘタレ発言を撤回してもらおうか」  
 
「あとロリコン疑惑も」  
「それは事実だろ」  
「事実だろォが」  
「事実でしょう」  
「事実なのよ」  
 
白い修道服を纏う長い銀髪の少女の前でボタンが光った。  
「え、次は私?」  
『そうだ、ミス・ライブラリー。そして君の相手はこのマスク・ザ』  
 
(マスク☆!この☆が重要なんだぜいっ!  
 交代してやったんだから渡したマニュアル通りにやるんだにゃー!)  
(その程度の事で邪魔をするなっ!馬鹿か君はっ!)  
 
「?……どうしたの?」  
『君の相手はこのマスク……マスク☆ザ☆レッドが勤めよう』  
「何で変わったの?私はさっきのマスク☆ザ☆カンチョーでも構わないかも」  
『まぁそう邪険にしないでくれ。さて、君への条件は単純だ。  
 僕の質問に答えるだけでいい。……準備はいいかい?』  
「…………覚悟は出来てるもん」  
『第一問だ。食事はちゃんととってるかい?』  
「え?」  
『だから、食事はちゃんととっているかと聞いているんだ』  
「……えっと、あんまり……いっつもお腹すいてるかも」  
 
(何をやっている『旗男』!君はあの子に食事も与えてないのかっ!)  
(首を物凄い勢いで横にふってますよ?)  
(いや……ただその子が異常に食うだけだぞ?  
 ちゃんと『旗男』は三食食べさせてやってるんだにゃー。  
 ちなみにウチに来ては義妹の手料理をかっさらっていくのもその子だぜい)  
 
『第二問だ。何か必要なものや欲しいものはないかい?』  
 
(はぁ……何を聞いてるんですか。流石に怪しまれるでしょう)  
 
「えっと……欲しいものは別にないかな?あ、でも  まと一緒の時間がもっと欲しいかも。  
 とう が学校に行ってる間はス   クス以外に遊び相手がいないし」  
『そうか……第三問だ。同居人は優しいか?』  
「う〜……優しくはないかも。あんまり構ってくれないし、  
 勝手にどっか行って勝手に怪我して勝手に入院してるし。  
 もっと、自分も心配されてるって事を自覚してくれたら嬉しいかな?』  
『成程ね。……じゃ、最終問題だ』  
マスク☆ザ☆レッドの喋りの調子が変わった事にミス・ライブラリーは息を飲む。  
 
『今の生活は、幸せか?』  
「……どうなんだろ……でも、と  がいてくれないと私は寂しいし、  
   まがいてくれれば私は嬉しいし……幸せ……なのかな?」  
 
(良かったじゃないのよ。ちゃんと幸せみたいで)  
(……あぁ、そうだな。……そう、だな……)  
 
「あ、でもようやくと  が私の魅力に気付いてくれたんだよっ!  
 今までは全然相手にしてくれなかったのにっ!  
 最近じゃほとんど毎晩、その……そーゆーコト、されてる……かも」  
『…は?』  
「あぁっ!あなたは信じてないっぽい気がするっ!ホントだもん!  
 私の胸をプニプニしてて気持ちいいって褒めてくれるし、  
 苦いの我慢して飲み込んだら優しく撫でてくれるし、  
 最後は決まって中にいっぱい注いでくれるんだもんっ!」  
 
(落ち着いて下さい『煙草男』!イ  ケン  ウスでナニを焼くのはやりすぎでしょう!)  
(大丈夫、大丈夫だ。きっと……きっとあの右手みたいに焼けないのさ……その筈だよ)  
(絶対そうは思ってない目をしてんのよっ!)  
 
「それで、終わった後はとう は優しく抱きしめてくれるんだよ?  
 と まは、私を愛してくれてるんだよっ!」  
『……………………よく解った。もう充分だ。信じるよ。  
 あぁ、そうだ。君の腕の力じゃそのボタンを押すのは難しい筈だ。  
 だからまずはボタンを床に置くんだ』  
「…………?これでいいの?」  
『そう。それで、思いっきりジャンプしてそのボタンに乗るといい。  
 そうしたらきっとそのボタンも作動する筈だ』  
「えっと……えいっ」  
ピョンっ……ドンっ!  
 
(おォ、何か海老みたいに思い切りそってンなァ『旗男』)  
(女の子が股間に飛び乗ったようなもんだからにゃー。……想像もしたくないぜい)  
(というかさっきから結構長い間硬直してんだが……ホントに大丈夫なのよ?)  
(知るか。当然の報いだ)  
 
 
 
『司会は再びこの俺、マスク☆ザ☆カンチョーだ。  
 この集まりももう残すことあと僅か……名残惜しいがしょうがないな』  
「こっちは全然そうは思ってないんですがね」  
『寂しい事を言ってくれるじゃないの、ミス・チョピン。しかしアンタの番だぜい?』  
「わかってますよ」  
そう不貞腐れた声で呟くのは赤毛のみつあみをいくつもたらしているのが特徴的な少女である。  
履物もまた特殊であり、チョピン、またはゾッコリと呼ばれる非常に高い厚底靴だ。  
「とは言え、あまり聞いて愉快な話とは思えませんがね」  
『面白いかどうかはこっちで判断する。お前は大人しく話しさえすればいいんだ』  
「はいはいわかりましたよ。  
 この前、いつかの礼にその方のお宅を訪問させていただいだんですがね?」  
 
(そういえば何発喰らったんだ『旗男』は)  
(現時点で金的が5発、肛門と乳首への刺激パルスが3発ですね)  
(そういやァ、『扇風機男』がアレだったせいですっかり忘れてたが、  
 あン時はコイツ泡吹いてたぞ?……うわ、服の上からでも解るくらい腫れてンじゃねェか)  
(あの方の一撃で気絶したトコロに更に金的で起こされたのよな?)  
(そろそろ折れンじゃねェのか?海綿体の強度にも限界があンだぞ?)  
(なら止めるかい?)  
(まァいいか)  
(そうですね)  
(右に同じ、なのよ)  
 
「何か非常に恐縮されましてね……一度は敵で、更に命まで救ってもらったってのに……  
 ホント、何なんですかねぇあの人は。  
 挙句の果てに『あの時は殴っちまって悪かった』ですよ?  
 そんな事言われたら……もうまいっちまうしかないじゃないですか」  
嬉しそうに肩をゆする。きっと仮面の下は満面の笑みなのだろう。  
『まるで聖人君子だな』  
「あんた如きがあの人を馬鹿にするんじゃねぇですよ」  
 
(おぉ……この子も随分いかれてんのよ)  
(『スパイ男』は『スパイ男』でノリノリですし。何で悪ノリしたがるんだか)  
 
「あの人はいっつも本気なんですから。  
 一度裸見られた事持ち出したら、大真面目に『責任は取る』ですよ?」  
『で、シスターのくせにそいつに抱かれたのか?』  
「だからうるせぇっつってんでしょうが。  
 えぇ、確かに抱かれましたよ。それのどこが悪いっつうんですか。  
 私の全てをじっくり観察されて、あの人の手で形を確かめられて、  
 そして一生使うつもりの無かった女の場所をあの人に貫かれて……  
 色狂いと笑いたいなら笑ってもらって構いません。  
 愛の為に全てを捧げる喜びの為なら、どんな罰だろうが耐えて見せますよ」  
『殉教者にでもなったつもりか。そもそもお前の所では異教徒との姦淫は獣姦罪だろう』  
「そこまでかっこはつけませんがね。  
 でも私は例え誰にそれをなじられようが、どれだけ軽蔑されようが一切後悔はしませんよ。  
 あの人がケダモノだってんなら私もケダモノに堕ちるまでです」  
『オーケイ、充分だ。……散々挑発して悪かったな』  
「いえ、私も自分の気持ちを言葉に出来てよかったですよ。  
 つってもアンタを見つけたらあの人を馬鹿にした分だけはきっちりしばきますがね」  
『は。たった一言の侮辱で根こそぎもっていかれそうだな』  
「そのつもりだって言ってんですよ」  
『……さぁ、ボタンを押してルーレットを回すといいぜい  
 女の子が手を痛めるワケにもいかないから出来るだけそっとな』  
ミス・チョピンは拳を振り上げた。  
そして、忠告を無視してギロチンのような勢いで振り下ろす。  
 
(おォ、今度はビクビク痙攣してンなァ。って事はまだ感覚残ってンのか)  
(あー、信用されなかったのはちょっと寂しいんだぜい)  
(あれだけ挑発したら当然でしょう)  
(とはいえ、複雑な気分ではあるのよ。  
 いくら『旗男』に悪気が無いとはいえ、これだけの女性に好かれてるってのはねぇ……)  
(僕等にどうこう出来る問題じゃないさ。いつか、彼女達とコイツが向き合うべき問題だ)  
(俺も……そうだな。アイツが好きなら、お前等みたいに送り出してやる覚悟を決めないとにゃー)  
 
『ラストの一歩手前、ブービー賞はあんただミス・ゴーグル』  
ボタンが光る。無骨なデザインのゴーグルをバンダナのように装着した少女の前で。  
「訂正を、とまずミ カは訴えます」  
『訂正?どういう事だ?このコードネームが気に食わないってのか?』  
「いえ、そこではない、と  カは否定します。  
 ミサ はもう  カひとりの身ではないのであんた達と呼ぶべき、とミサ は訂正します」  
盛大に女性陣がふきだした。その中のひとり、ミス・サードがテーブルを叩いて詰問する。  
「はぁっ!?アンタ……子供ってホント!?アンタいいとこ高校生ぐらいでしょっ!?」  
「はい、身体年齢は中学生程度です、と  カは正直に告白します」  
「……!それで子供って……相手の男は何考えてんのよっ!」  
「いえ、これは全て  カの独断であの人は関係ありません、と  カは事実を正確に伝えます」  
「なら何でアンタはそんな馬鹿な事したのよっ!」  
「馬鹿な事?とミサ は逆に聞き返します」  
「馬鹿な事じゃないっ!何で責任もとれないのに産もうと思ったのよっ!?」  
「逆説的に言えば責任を取れないから命を諦めるのですか?と  カは反論してみます」  
「普通そうでしょうがっ!」  
 
(何か変な感じになってしまったな)  
(そォか?当然の反応だろォが)  
(……まぁ、少なくとも笑える問題では無いですしね。  
 こうして言い合ってる方がまだ健全でしょう)  
 
「今から懺悔をします、とミ  はまず行動を宣言します」  
 
(すっかり蚊帳の外になってしまいましたにゃー)  
(今回の集まりの主役はあくまで彼女達なのよ。これが本来の我等の立ち位置よな)  
 
「昔、多くの命を諦めてしまった事があります、とミサ は当時の事を叙述してみます。  
 でもある人が……ミサ の目を覚まさせてくれた、と サカはその時を鮮明に思い出しながら呟いてみます。  
 あの人はどんな過酷な条件でも サカの命を諦めなかった、とミサ は言外に感謝を込めてみます」  
「だから……どんな命も諦めたくない?」  
「…………………実は、もうひとつ物凄く身勝手な理由がある、とミサ は懺悔します」  
「何なのよ、その理由ってのは」  
「ミサ はある理由で母という存在の温もりを与えられていない、  
 と サカは自身のコンプレックスを告白します。  
 だからせめて子供という存在の温もりを感じてみたかった、と  カはエゴ丸出しで答えます」  
 
「――――――――――それなら、いいんじゃない?」  
 
「……貴方の意図が解らなかったので、は?とミサ は若干無遠慮に尋ねてみます」  
「だから、さ。罪悪感とか、罪滅ぼしだとか、そんなネガティブな理由よりは、  
 いくら身勝手でも真面目に子供が欲しいって思ってる方がいくらかマシでしょうが。  
 どんな親だって子供が欲しいから作るんだし」  
「……そうなのでしょうか……と、 サカは己の不安を卑怯にも口に出してみます」  
「ま、ホントのとこはどうだか解んないけどね。  
 ……でもうちの母親は私を産みたくて産んだって言ってるわ。  
 ちなみに私は、幸せだって自覚してる」  
「…………ありがとうございました、とミサ はお礼を述べてみます」  
「どういたしまして、なのかしら。まぁ、何かアンタがほっとけなかっただけだから気にしないで」  
『……もの凄く好き勝手に喋ってくれたな……まぁいいか。  
 いい話が聞けてこっちは満足したからさっさとボタンを押してくれ』  
「はい、とミサカは渾身の力でボタンを押してみます」  
 
ディスプレイに映る白い部屋ではルーレットの様に赤い光が回転しているが  
勿論それに意味なんてない。  
最初からこの部屋で光るボタンの位置を操作している。  
この少女を最後に回したのは、彼の心の準備が整わなかったからだ。  
散々人をおちょくってみたが、しかしやはりまだ覚悟は決められない。  
しかし時は彼を待たず、ルーレットは止まる。  
マイク付きのヘッドホンを装着し、指示を出す。  
「とうとう最後だな。ミス・メイド、お前が話せばそれでこの下らない集まりはお開きだ」  
赤い光が灯るのは、黒のメイド服に身を包んだ少女の前だ。  
『とは言ってもなー……あの、ひとつ聞きたいんだけど何で私は呼ばれたんだー?』  
目の前には吊るされてグッタリとした『旗男』がぶら下がっている。  
「ん?どういう事だ?」  
拳を握る。  
今から彼が何をするかを解っている筈なのに  
『煙草男』や『扇風機男』、『仮面男』は止めようとはしないし、  
『白髪男』ははなから興味が無さそうだ。  
『私はー、まだ皆みたいな事は経験した事がないからー、幾ら聞かれても喋れないんだー』  
「なら、好きな人はいるか?いるならそいつについて語ってくれれば充分だ」  
テレフォンパンチという言葉がある。電話をかけてから出すと例えられるくらいの避けやすい大振りのパンチだ。  
『好きな人かー。それならいるぞー』  
彼は戦いの際にはそんな拳を振るわない。  
避けられないような姑息な一撃を、背から腸を抉るような卑怯な一撃を振るう。  
そうしなければ勝てないからだ。  
『その人はなー、駄目駄目で、全然かっこよくないんだー』  
そうまでして守りたかったものが、画面の中にいた。  
これは理不尽な怒りだという事を彼は承知している。  
画面の中の少女が誰を好きになろうが、この目の前の少年が誰に好かれようが、  
それは誰のせいでもないし、そもそも糾弾されるべき事ではない。  
だから、ここで怒るのは筋違いだ。明らかにおかしい。  
『ホント、私がいないとまるで駄目でなー』  
違う、と心中で呟く。  
この男にはもう大事な人がいるし、彼女がその大事な人に成れるとは、必要とされるとは限らない。  
だがそうならなかったら、彼女の笑顔は壊れるのだ。  
あぁ畜生、という声を噛み潰す。  
『服の趣味とかも駄目駄目でなー』  
右手を振りかぶった。既に拳は真っ白を通り越して充血し、赤黒くなるまで握り締められている。  
恐らく、自分の一生で最後のテレフォンパンチを  
 
『サングラスとかもう流行らないのになー』  
 
「は?」  
『アクセサリーも無闇に金色で大きくてー、あれじゃ下っ端のチンピラにしか見えないのにー』  
「……あ?……何を言っている?」  
『あ、でも凄いんだぞー!この前、学校の小テストで満点取ったんだぞー!』  
「……?何だ?誰の事を言っている?」  
『誰って……私の好きな人の事だぞー。アンタが喋れって言ったんじゃないかー』  
「いや、……違うだろ。ツンツンした黒髪でいつも『不幸だ』って」  
『んー?……違うぞー?私の好きな人は金髪だぞー?』  
思い返す。そう言えば先日の英語の単語テストは満点が取れていた。  
「……ほ、他には何か特徴は?」  
『……えっと、恥ずかしいんだけど、言わなきゃ駄目かー?』  
「…………」  
『言わなきゃ駄目かー。えっと……あ、手が長くて服のサイズが全然会わないんだぞー』  
「何だそれは。服の趣味が悪い上にサイズが合わないとは最悪だな」  
扉を開けて部屋を出る。  
『ホントになー。自炊もあんまり出来ないから私が行ってあげないと食生活ズタボロだしなー』  
徐々に歩みが速くなる。  
「そうだな。ソイツはお前がいないと確かに生きていけない」  
走る。  
『そうなのかなー……そうだと嬉しいなー』  
「あぁ、そうだ。俺が保障する」  
扉を、開いた。  
強烈な光が視界を奪おうとするがサングラスがそれを遮る。  
本来なら白い筈の部屋が、しかし彼には灰色に見えた。  
しかし、  
「―――――兄貴っ!?」  
その中に決して揺るがない黒があった。  
駆け寄り、  
「うわーっ!?」  
抱き上げる。渾身の力で、強く、強く。  
「兄貴っ!?何するんだ馬鹿ーっ!?」  
「―――――――あぁそうだ。俺はお前がいないと駄目なんだ」  
「…………兄貴?」  
おずおずと、メイド服の少女の手が伸ばされ、  
「……あのなー?」  
そして彼の背に回される。  
 
「……好きだぞー」  
 
ふたりはお互いの温度を確認しあう。  
潤んだ少女の瞳が、彼を捉えた。  
そのまま瞳に吸い込まれるように近づいていき…………  
 
「さて」  
と、唐突に背をつかまれた。  
そしてそのまま物凄い力で引っぺがされて二人が離れる。  
「……貴方の言葉がスピーカーからも聞こえる事について説明していただけますか?」  
彼が振り向くと、そこにはにこやかに微笑む黒髪ポニーテールの女性。  
右を向くとにこやかに微笑む体中に稲妻を帯電させた少女。  
左を向くとにこやかに微笑む奇妙な杖を構えた赤毛のシスター。  
というか360°どこを見ても囲まれていた。  
「……ねーちん達を助けにここまで走ってくる途中に!  
 天から降ってきたこのヘッドホンが偶然俺の」  
「連行しますか」  
「そうね、それがいいと思うわ」  
ズルズルと引きずられる。  
スティグマを解放した聖人の膂力の前には一般人である彼に成す術など存在しない。  
「ちょっ!人の説明は最後まで聞くってのが礼儀ってもんだぜいっ!」  
「では、一体何の目的があってこんな事したのか話してください」  
「謎の集団に脅されてるねーちん達を助けに」  
「あぁ、貴方達はここに残ってください。ここから先は少々刺激が強すぎます」  
そう言われて、銀髪のシスターと桃色の髪の教師、茶髪にアホ毛の少女がそこで止まる。  
そしてにこやかに笑って手を振っていた。  
きっとこう言いたいのだろう。  
『逝ってらっしゃい』と。  
 
そして、扉が閉じられた。  
 
 
 
「さて、あの男が何秒ここを黙ってると思う?」  
「0秒だな」  
「0秒ですね」  
「0秒だと思うのよ」  
「じゃ、今のうちに逃げようか」  
 
さて、ここはあるアパートの一室。  
白髪の少年が気だるそうに座っていた。何をするわけでもなくボーっとしている。  
と、扉が開かれ元気な少女が飛び込んできた。  
「あーっ!やっぱり来てくれてたーっ!と  カはミ  は全身で喜びを表現してみたりーっ!」  
その少女は広いソファーなのにわざわざ少年の上に座る。  
そして体をもぞもぞと動かし、自身の下半身を少年の下半身にこすりつける。  
上目遣いで目を潤ませて、少年の顔を伺う事も忘れない。  
「……今日はしねェぞ」  
「えーっ!?何で何で何で何でと  カはミサ は全身で不満を表現してみたりーっ!  
 ……はっ!もしかしてこれが噂の放置プレイっ!?とミサ はミ カは  
 貴方の愛の新境地に若干ひきつつもばっちこーいと無理してみたりーっ!」  
「うっせェ」  
少年が立ち上がる。少女は少年の上から落ち、床に転がった。  
立ち上がった少年は部屋を出て行く。その後を少女がとことこついていく。  
少年が繁華街に向かっているのは偶然なのか何なのか。  
 
 
さて、ここは学園都市のある一角。  
桃色のどうみても小学生サイズの女の子が歩いている。  
ちょっとセクシーな服を着ているが容姿が容姿なのではっきりいって全然似合っていない。  
と、噴水のある広場までやって来た。  
噴水の前には、煙草をふかす黒い奇妙な格好をした大男。  
開口一番、彼女はこう叫んだ。  
「煙草は駄目ですってばーっ!」  
それに気付いてその大男は吸殻を携帯灰皿にいれ、懐にしまう。  
「よくできましたー。  
 ……えっと土 門ちゃん経由で連絡があった時はビックリしたのですよー。  
 それで、今日は何の御用ですかー?」  
「あぁ、それはだね……け、ケータイを持ちたいんだが選ぶのを手伝ってくれないか?」  
「はいっ!そんな事ならお安い御用なのですよー!」  
この後メールアドレスや電話番号の交換はされるのかどうなのか。  
 
 
さて、ここは別のあるアパートの一室。  
先日ズタボロにされたボロ雑巾が何とか人間に見える程度に回復して  
ベッドの上に横たわっていた。  
「兄貴ー、生きてるかー」  
と、そこにメイド服の少女がやってくる。  
「……あぁ、何とかにゃー……  
 つか覚えてる限りで4回三途の川が見えた暴行って人としてどうかと思うんだが……」  
「ありゃ兄貴が悪いからなー。同情は全くしないぞー」  
義妹にも見放され、ボロ雑巾がさらに意気消沈する。  
「……ん?それはどうしたのかにゃー?」  
「あー、やっぱ気付いたかー」  
少女が着ているメイド服はいつも来ているメイド服とガントリットがわずかに違っていた。  
「それ前の制服だろ。何でそんなもの着てるんだ?」  
「…………これ、もう授業じゃ着ないからなー……汚したり、破いたりしても大丈夫だぞー?」  
その微笑は挑発なのか何なのか。  
 
 
さて、ここはある病院の病室のひとつ。  
「やれやれ……一体どんな目にあったんだい?」  
「聞かないで下さい……それはもう今までで一番の地獄だったんですもん……」  
ベッドの上に横たわるのはツンツンとした黒髪が特徴的な少年である。  
しかしその表情は非常に暗く、またコケている。  
「プロ野球のボールがぶつかったらかなり腫れるが……それの比じゃないよ?  
 それに直腸の粘膜だって異常にあれてるし……  
 暫くは下半身には何も着ない方がいいね。というか痛くて着られないだろう?」  
医師の言葉通り、彼は下半身には何もまとわず腫らした股間などを晒していた。  
「高校生にもなって下半身丸出しという羞恥プレイは流石にキツイんですが……」  
「まぁ三日後には服を着られるよ。安静にしていればね」  
それだけ告げて、医師の先生は病室の出口へと向かう。  
「あぁ、そうだ。言い忘れていた」  
「うぇ?何です?」  
「お友達がたくさんお見舞いに来てくれているよ?」  
扉を開く。少年の顔が青ざめた。  
「くれぐれも、安静にね?」  
それだけを言い残して部屋を出て行く。  
彼は医者だ。患者が必要とするものならば何でも用意する。  
 
(さて……輸血、包帯、テーピングに湿布)  
(もしくは静脈栄養、男性ホルモン剤にシルデナフィル)  
 
必要となるのは前者か後者か、両方か。  
 
(……多分、両方だね)  
長年の勘が、そう囁いていた。  
 
 
 
 

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