「それじゃあ、ボクぁ寝ますわ。あとよろしゅう誘波はん」
学園都市内にある、とあるパン屋。決して大きくない佇まいの店だが、学生たちの評判は悪くなかったりする。理由はお財布に優しいから。味は二の次なのが学生らしいと言えば学生らしい。
そのパン屋は店舗部分と住居部分に分かれており、扉一枚を隔てて分けられている。
住居部分のリビング・ルーム。十畳ほどの空間に、二対のソファーや絵画、テレビなどを詰め込んだ極一般的な部屋に、青髪ピアスと呼ばれる少年がいた。
ソファーに身を転がし、毛布を被って顔だけ出している状態だ。早朝の仕込みを手伝いってので、殆ど寝ていないからか、瞼は既に閉じかかっている。
「それじゃあ約束と違うじゃない。買い物付き合ってくれるんじゃなかったの?」
もう片方のソファーに座り、ココアを飲んでいた少女が苦言を呈する。
花柄のミニスカートに、青っぽいタートルネックを着た少女の名は、誘波という。数ヶ月前まで学園都市の教師、月詠小萌の家に居候していたが、現在は青髪ピアスと同じこのパン屋に住み込みで働いていた。
容姿だけ見れば幼いが、これでも自分と同じなのだから、分からないもんだと実感する。
強気な瞳に力を込め、うんと迫力を出しているようだが、可愛らしさを強調しているようにしか見えない。
「んー、じゃあ2時間だけ寝かしてくれれば……」
「嫌。折角のお買い物を遅らせたくないもの」
時刻は午前八時。デパートが開くまでは、まだ二時間以上ある。パン屋からは一時間程度で行ける距離だ。
腕時計を見た青髪ピアスは、しょうがないなぁと呟き、ソファーを降りる。
「それじゃ、軽く朝食とするかね」
出来立てホカホカの食パンを店舗から二枚持ってくると、間にハム、レタス、ベーコンを挟み込んで、さらにマヨネーズを多めに絡め、被せる。
それを見て、誘波は嫌悪を露わにしていた。
「相変わらず、貴方の味覚が分からないわ。マヨネーズなんて汚物をパンに挟むなんて、異常よ、異常!」
「うっせ。人の味覚にケチつけんじゃねーよ」
作者的にはマヨネーズなど滅んでしまえといった気分なのだが、それは置いておく。
数分もしないうちに、青髪ピアスは軽々とパンを完食した。テレビでも見ようかと視線を傾けると、映っているのは朝定番の占い番組。
「誘波。お前、いつも占いなんて見てたっけ?」
自分と暮らし始めてからは、この時間はいつも学校に行っているか、もしくは部屋で読書をしていたはずだ。こうやってテレビを見ているのも、天気予報かニュース程度だったはず。
「別に。たまには良いかなって思っただけよ」
仏頂面のまま返事をする誘波。ずっと変わらぬ態度の彼女に、青髪ピアスは苦笑するしかなかった。
(でも……ボクぁ嬉しいんだけどね)
同居し始めてから大した月日は経っていない。が、青髪ピアスの中で誘波という少女が占める割合が増していくのには、その月日すら必要無かった。
初めて会った日の、冷たい表情。ああ、コイツを笑わせたいなと漠然と感じた想い。
当初は満足に話しかけられることすら無かったのに、今では気軽……と言っていいのかは分からないが、とにかく話せるようになったし、感情を見せるようになってくれた。
「そっか」
彼女が見ているなら、それを邪魔する必要は無い。そう考えた青髪ピアスは、黙ってテレビを見る事にした。
……ほうほう、恋愛運はなかなか良いと。前から気になってた女の子を、思い切って誘ってみましょう? バーロー、あっちから誘われたよ。
そう。今日の買い物は、青髪ピアスから誘ったわけではない。誘波からの要請だったのだ。
表面上は冷静に返した青髪が、内心でどれだけガッツポーズをしていたかは、想像に難くない。
「私は着替えてくるから。9時には出るわよ」
誘波は占いが終わると同時に立ち上がり、リビングを出て行こうとする。
「その服で行くんじゃないのか?」
「……気に入らなかったのよ。いいでしょ、別に」
怒ったように肩を震わせて、誘波は二階にある自室へと去ってしまう。
「あちゃあ……怒らせちゃったか」
思わず溜息を吐く。好きな相手を怒らせるなんて、とんでもない不手際だ。悔いても悔い切れない。
結局、青髪ピアスは何をしようとも思わず、テレビを無感動に見て時間を潰していた。