御坂 美琴は小部屋の化粧台の前に落ち着かない様子で腰掛けていた。  
鏡を覗き込んで何度目になるか分からない確認をする。  
別人のような信じられない姿がそこにある。  
薄く塗られた口紅とチーク、化粧はいまいち好きでなくて自分ではあまりした事が無かったが実際にしてみるとそう悪いものでは無いと彼女は思う。  
つい白い手袋で頬に触れてしまいそうになり慌てて手を膝の上に戻して重ねる。  
その拍子に鏡の中で透き通るほど薄い白布が揺れる。ささやかな刺繍の施された白布は美琴の頭を覆ってその顔を包み込むようにしている。  
彼女が身に纏っているのは純白の豪奢な衣装、まるで絵本に出てくる姫の着るようなドレスで当人の趣向かフリルがかなり多めに見て取れる。  
彼女の背中からはレース柄のトレーンが広がり、地面に長く伸びている。  
女性なら誰もが羨望を抱くであろう祝福される者だけが身につけられるドレス。  
初めて袖を通したので着慣れない、酷く動き辛いそれだが彼女を包むのは計り知れない幸福感だけである。  
ドレスを選びに行った時には試着をしなかった、今日という特別な日にだけ着るからこそ意味があるのだと彼女は考えていたからである。  
『彼』は別に気にせずに着ればいいのにと笑ったがこういう物は気持ちが大切なのだ、相変わらずあの男はデリカシーに欠ける。  
少しだけ一緒になる男の事を思って溜め息が出るが、顔は自然とにやけて止まらない。  
ああ、好きな人と一緒になるのだと。  
 
突然、乾いたノックの音が部屋に響き渡った。  
「は、はい!」  
気が緩んでいた所の来客で驚いた美琴が少し上ずった声で返事をするとスーツを着た女性が扉を開けて恭しく礼をする。  
「新婦、美琴様。準備が整いましたので式場の方までご案内致します」  
分かりましたと答えて席を立つ。  
重い衣装に少し苦戦しながら大きな扉の前まで行くとそこにはもう『彼』が待っていた。  
「よ、よう」  
『彼』の喉から出た声は少し前の自分以上に硬く強張っていて、あまりのらしさに思わず笑みがこぼれる。  
「ほら、堂々となさい! それと真っ先に言うべき事があるんじゃないんですの?」  
その時、彼から少し離れた所にいた黒子が『彼』の腹を肘で突付いて言った。音から察して多分アレは相当痛い。  
顔を少し歪ませながらも言われて気付いたのか『彼』ははっとしたようにして、それから少し頬を掻いて視線をさ迷わせてから。  
「すごい似合ってる、綺麗だ」  
気恥ずかしそうにそう言った。  
この衣装を着て何よりも彼に言って欲しかった言葉、こみ上げてくる喜びで顔に笑みが溢れて止まらずについ顔を伏せてしまう。  
「全く、いつまで経っても初々しいですわね」  
黒子がやれやれと言ったように、嬉しさと寂しさの入り混じったような吐息を漏らして美琴の後ろに回り込む。  
そしてトレーンの端を持ち上げて二人を強い視線で見据えた。  
「絶対に、幸せになってくださいませ」  
もちろん、という言葉が重なった。  
続いて笑いが3つ重なる。  
そして、扉が開かれた。  
 
滝のような拍手が周りから降り注ぐ。  
その中を静かに、穏やかに、同じように笑みを浮かべながらゆっくりと歩いていく。  
永遠のような、一瞬のような時間をかけて巨大な十字架の正面に立つ神父の前へとたどり着く。  
老齢の神父は柔らかな笑みを浮かべると先ほどとは一転静まり返った聖堂で聖書を開いた。  
「汝 当麻は、この女 美琴を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」  
「誓います」  
迷いの無い、決意を込めた声で上条 当麻は宣言する。  
神父は静かに頷き再び聖書へと視線を落とす。  
「汝 美琴は、この男 当麻を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」  
「誓います」  
彼女もまた、迷い無くそう答えた。  
「では、誓いのキスを」  
 
―――鼓動が跳ねる。  
 
二人は向き合い、当麻が美琴のベールを上げる。  
 
―――今まで何度もしたはずなのに、初めてのように心臓がうるさい。  
 
目を閉じて、二人は唇を近づけ。  
 
―――何度も?いつ?私は『あいつ』とキスなんてまだ一度も…。  
 
唇が、触れ合った。  
 
 
 
 
御坂 美琴は何が起こったか分からなかった。  
耳元に響く電子音。目の前に広がる白い天井。  
「………………え?」  
何だ、何だこの状況は。  
朝だ。窓から差し込む眩しい光も、さえずる小鳥の声も、デジタルの時計の表示も今が朝だと言う事を示している。  
周りを見れば当然常盤台付属中学の女子寮の自室だと一瞬で理解できる。  
「な、な、な」  
つまり、これは、そういうことか。  
 
「何て夢見てるのよ私はーーーーーーーーーーーーーーー!!!??」  
 
その日美琴は、朝から騒ぐなと寮長に怒られながらも同室の白井黒子が風紀委員の仕事で早くから部屋を出ていたことを神に感謝した。  
 

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