ぶっちゃけ、自分のやっていることは『ストーカー』、そう言うしかないのだろう、と初春飾利は
思った。
直接コンタクトを取るだけの度胸はなかったし――初春でなくても、面識のない年上の男子
生徒は少し怖いものだろうが――、聞いても白井黒子は詳しい話をすることを嫌がった。
それで、結局はこういうことになってしまったのだ。
もちろん、ストーキングがしたくてしたわけではない。が、客観的に見たとき、この行為がどう
映るかを考えれば答えは簡単だ。
しかも、最初はそうしようと思ったわけではなく、ただ単に腕章を外し忘れたままその男子生
徒のことを聞こうとして、相手が自分のしていることを『風紀委員』の聞き込み調査と勘違いを
したために、その後は自分が『風紀委員』に所属していることを濫用してしまった。
このことが知れれば、自分はもう『風紀委員』ではいられないだろうし、学校もどうなるか――
少なくとも今は中学生で、義務教育であることと、能力者であることから、学園都市に残ること
は出来るだろうが――拭うことの出来ないレッテルが自分に残るだろう。他からの視線よりむし
ろ、自分が嫌になるのでは無いか、そう初春は思う。
しかし、もう、事実を聞いてしまったのだから。
白井が洩らした、あの言葉。
『お姉様が――『セブンスミスト』で怪我人が出なかったのは自分の功績じゃない、と――でも、
それなら誰が? そう言えば、あいつが、あいつがと洩らして…。また、あの殿方…?』
連続虚空爆破事件、と呼ばれた事件は、確かに大規模ではあったが、それでもあの『幻想御
手』事件の内の一件でしかない。が、あの洋服店で自分が犯人のターゲットとなったとき、目の
前に幼い少女がいたからとっさに庇う行動が取れたものの――自分だけ、だったら。
本当は、怖かったのだ。
御坂美琴が助けてくれなければ、『風紀委員』を続けることも恐ろしくなっていただろう。
ところが、である。
自分を助けてくれたのは、御坂美琴では無いというのだ。
どういうことかと白井に聞いても、白井も詳しいことはわからない様子だし、結局最初に聞い
た以上のことは出てこない。憶測は言いたくない、という様子でもあった。
ならば、と思ったが、御坂には聞けなかった。何となく、気が引けたのだ。しかし、どうやら本
当の功績者らしい人物――御坂が気に掛けている『あいつ』、白井の言うところの『あの殿方
が、とある高校に通う男子生徒であることは突き止めた。
どんな人、なのだろうか。
その思いだけで、なぜここまで突き進んだのかは初春自身にも判らない。自分がここまです
るようなタイプとも思わなかった。しかし、追えば追うほど気になって――
(きょ、今日こそ、直接会いますっ!)
内心ビクビクしながらも、初春飾利はとある高校の門の前にやって来たのだった。
中学校のほうが、高校よりも少しだけ放課は早い。校門の前で終業のチャイムが鳴った。特
に変わり映えのしない聞き慣れた音のはずなのに、なぜかドキッとする。
あまり目立たないように、と気をつけていたためか、まばらに帰り始めた生徒たちが初春に注
意を払っていないのか、彼らが初春に気を取られる様子はあまりない。
しかし、逆にその方が目標の人物を待ち受けるには都合が良いというものだ。
(お、男の人、待つなんてなんだかドキドキします……)
そうしてしばらく、目標の男子生徒が生徒玄関から気だるそうに出てくるのを見つけた。
「あ、あの人! えと、上条、当麻さん!」
−*-
今日は久しぶりに居残りがなかったような気がする。
とはいえ、普通にやっていてもあまり頭がよろしいとは言えない上条当麻である。
かの『学園都市』に住んでいるのだから、こんな文句を言ってみたところでそんなものは無駄
な足掻きどころか愚か者の戯言にしか過ぎないのだが、普通に成績が悪いその上に『能力の
開発』などと称した奇術(上条主観)を授業に組み込まれたところでうまく行くはずがないので
あって――なにしろ上条は無能力者である――、成績の低迷はある意味必然とも言えた。
「……営業成績不振の残業パパが久しぶりに帰れるような感じ?」
はは、と思わず乾いた笑いとともに呟いてみせる。
上条の帰りが早いと同居人である純白シスターの機嫌が良いのだが、機嫌の良いその理由
について、上条自身は食事の準備が早くできるから位にしか思っていない。遅ければ遅いで、
そういう時は半々の確立で上条が何らかのトラブルに巻き込まれているということを、同居人
がうすうす承知していることにも上条は気が付いていない。
如何に同居人の少女が上条を心配しているのか、そんなことにも気が付かないから咬み痕
が増えるのだが、このことは今回の本題ではないので、この位に留めておこう。
さて、兎にも角にも久しぶりに補習のない定時の下校である。が、気だるいのはいつものこと、
ちょっと背中を丸め気味に校門を出た、そのとき。
「か、か、上条、当麻さん、ですよねっ!」
突然に声をかけられた。驚いて声の方向に振り向く。と、そこに立っていたのは頭の上を生花
でいっぱいに飾った女の子であった。
見覚えは――ない。
「へ? 俺? あ、そ、そうだけど?」
上条自身からすれば、突然知らない女の子から声をかけられる謂れはない。
「あ、あの…っ!」
少女がさらに声をかけて、上条に一歩近づく。
少女の制服はこの近辺でよく見かける中学校のものだ。しかし、上条にはその中学校に知り
合いはたぶん――たぶん、というのは上条が記憶喪失であるからだが――いない。
見るからにおとなしそうな女の子で、見れば、そこそこに可愛い。いったいこんな子が俺に何
の用…と見回して、その袖の腕章に目が行った。
(ジャ、風紀委員!?)
見つけてしまったその腕章に、上条の不幸回路が音を立てて回りだした。
(そういや魔術師やら何やらでとにかく街ぶっ壊れたときには必ずその現場に居るよな俺、と、
いうことは、この子はおとなしそうな感じの子を差し向けて油断させてノコノコついてくとしっか
り強面さんが待ち受けてて街の被害の責任がどうとかなんとか、後で酷い目に遭うとかそう言
うパターンですかそうですかそうですね、つまりこれは――)
思わず、声が出る。
「つ、美人局!?」
「え、え、あ、あのっ」
その呟きを発した上条の脳裏では思考の不幸回路がさらにぐるぐると回転して、回路のはじ
き出した結論に従って上条の身体が動いた。
「しっ、失礼っ」
踵を返して上条がダッシュ、突然――逃亡。上条自身にも逃亡の理由はよく判らない。半ば
パニックなのだ。
「えっ、え、ええっ、あ、あのっ!」
眼前で踵を返し、なぜか突然の逃亡を図った上条に驚きつつも、初春も風紀委員である。
見たところパニック状態で飛び出した風な上条の、ああいった逃げ方に対する追跡法、という
ものもきちんと頭に入っているし、実践する自信もある。むろん、今は風紀委員として上条に会
いに来たのではないのだが――勇気を振り絞ってやってきたのだ。ここで機会をフイにしたく
はない。
「ま、待ってくださいっ!」
自らも踵を返して、初春も上条を追う。
追跡自体は非常に簡単だった。
初春は知らないが、事件に巻き込まれ続けた上条の脚力は相当なものだ。
とはいっても、半ばパニック状態ではその脚力を生かすだけの論理的な逃走ルートが構築で
きるわけもなく、また、パニックになった相手の追跡方法を身に着けている風紀委員が相手で
は、逃げ切るほうが難しい。
路地を抜けようとして、上条の行くその先を少女の姿が塞いだ。
「うわっ」
顔をくしゃくしゃに歪めた上条が、驚きにさらに表情を歪めて初春を避けようとした。もちろん、
簡単に避けさせてはさらに逃げられるだけである。
それを止めようと思わず飛びかかるような格好になり、もつれ合った二人が転んだ。逃亡を
図っていた上条も、転ぶしかない、となればとっさに女の子の方を庇うような格好になった。
勢いが付いたまま地面に倒れこむ感覚に、初春は思わず目を閉じる。
そのままずじゃっ、と音がして、身体が横倒しになる感触。
しかし、地面に叩き付けられるような衝撃は無く――
上条を下敷きに転んだ初春が、おそるおそる目を開いて最初に見えたのは黒い布地――ま
ごうことなき、学生服のズボンの股間、それも上条の――であった。
まさか、男性の股間が目の前にあるとは。ビクッ! と体を震わせて、そこから顔を遠ざける
ように身体を後ろへ引いた。すると、今度は身体を引いた拍子に、ぽすっ、となにか生暖かいも
のがお尻に当たった。
その何かが、初春のお尻に押されて呻く。
「む、むが…っ」
呻きとともに、その呻き声と一緒に出た息がお尻をくすぐった。
明らかに生暖かい吐気と判る、むわっ、とした感触がお尻からその前方に向かって広がる。
「ひゃああああんっ」
さらに驚いて、今度は飛び退いて立ち上がった。
振り返ってみると、倒れたままの上条が何やら気まずそうな表情で赤面している。
「……み、見まし…た…?」
スカートの裾を押さえながら、おそるおそる尋ねる。上条が、ぼそりとそれに答えた。
「……え、あー、デンジャラス☆ビューティー?」
――おお、それは今日の初春のパンツのロゴですね。上条さん。