これは、『もしも』の話。  
  現実には起こりえなくなった、もしかしたらありえたかもしれない、そんな『もしも』  
 の話。  
 
 
   聖人記念、あるいは菓子業者の陰謀 ―Lovery_Item―  
 
 
  2月12日、学園都市内のとある洋菓子店。  
  本格的なスイーツが手軽な値段で楽しめる優良店として知られているこの店は、スタッフに研究員崩れがいるという噂にも関わらず高い人気を誇り、  
 わざわざ他学区から定期的にやってくる常連学生も数多い。  
  喫茶店も兼ねる店内のテーブル席は平日だろうと客が途絶えることはほとんどないが、ここ数日はいつにも増して多くの女子学生でにぎわっていた。  
  二日後に控えた大イベントを前に浮き足立ち、誰に渡すだの義理は面倒だのと黄色い声が飛び交う、その最中。  
 
 「………………………」  
  男性、浜面仕上はとてつもない居心地の悪さを味わっていた。  
 
 「けっこういい味よね、このチョコケーキ。甘さもしつこくないし、生地もしっとりしてて」  
 「ホント? こっちのストロベリー・アンブレラとちょっと交代しない?」  
 「私は結局売り切れていた、このブラックモンブランというあからさまな商品が未だに超気になります」  
 「……レアチーズがおいしい……」  
  丸テーブルに四人で掛けて、わりと普通に(?)会話を交わす『アイテム』の面々。  
  紅茶片手にスイーツ談義に花を咲かせるさまは普通の女子学生と変わらない彼女たちだが、その実態は血生臭い学園都市の暗部に浸かりきった、  
 上層部に対する粛清部隊である。  
  今日も今日とてある研究所まで出向き『警告』してきたばかりだ。  
  浜面仕上は様々な経緯から彼女たちの下部組織の人間として働かされる事になり、経歴もあって危険な世界には慣れているのだが、  
 (…………帰りてぇ…………)  
  正直、この手の居心地の悪さだけは慣れそうも無かった。  
  世はバレンタイン直前。  
  スイーツショップなど女性密度の極限値を叩き出す最たる例だ。  
  何が悲しくてこんな場所に、女四人に引き連れられてやってこなければならないのだ。  
  しかもここはファミレスと違い浜面に任される仕事はなく、別テーブルに一人という現状も相まって場違い感倍増だった。  
  なので、  
 「あの、お客様」  
 「あん?」  
  声をかけてきた店員につい睨みを効かせてしまったとしても、きっと不可抗力だろう。  
 
  ヒィッ、と短く悲鳴を上げた店員が、おそるおそる用件を切りだす。  
 「あ、あの、えと、これを」  
  差し出されたのは球体五つ。  
  ココアが全体に塗されたそれは、まごうこと無きトリュフチョコレートである。  
 「……何だこりゃ?」  
 「えっと、キャンペーン中で、男性を含むお客様方にはサービスしてるんですが………」  
  なるほど、そういうことか。  
  基本的には意味の無い呼び出しをしない麦野が『車の中で待ってるのもつまんないでしょ?』なんて言い出した日には  
 すわ今日は電子線が降るかとビックリしたが、ふたを開けてみればなんのことはない、単なるオマケ要員<ひきかえけん>だったわけだ。  
  店側もそんな扱いに気付いているのか、この店員は実に申し訳なさそうに話している。  
  そこまで気を揉まれるとかえってやりづらい。  
 
 「あと店長からの伝言で、『シークレットキャンペーンだから君から渡したことにすれば好感度アップ間違いなしだ』と」  
  前言撤回、何だこの空気読めない店。あと隠してたらキャンペーンになんねえ。  
 
 「……………………………………………………どーも」  
  色々と言いたい事を飲み込んで、かろうじてそれだけを返す。  
  そそくさと戻っていく店員を眺めた後、浜面は手元のトリュフに視線を移した。  
 (どーすんだ、これ?)  
  1、五つ全て自分で食べる。そんなに甘いものに目が無いわけでもないし、もしまかり間違ってばれたりしたらブチコロシが確定しそうなので却下である。  
  2、店に返す。店員の説得が面倒な上に、そんな胡散臭い行動を見咎められたら台無しであり、またも四人の冷たい視線にさらされることになる。一応  
 美人に類する『アイテム』の面々に向けられる侮蔑の視線はそうそう慣れるものではない、というか慣れたくもない。当然却下だ。  
 (…………選択の余地なしじゃねーか)  
  店側の思惑に乗るのは非情に不本意だが、止むをえない事態と諦める。  
  一個つまんで口の中に放り込むと、甘くほろ苦いチョコが口の中に溶けていった。  
 
 
 
 「なあ」  
  テーブルまで進み、声を掛ける。  
  途端、会話を止めて一斉に視線を向ける『アイテム』の四人。  
 
 (うおっ)  
  変人ぞろいでおざなりな対応しかしない面々が何故か全員律儀に反応し、浜面は出鼻をくじかれてしまう。  
 「なに浜面、何か用事?」  
 「キモくコーヒーをちびちびすすってたと思ったけど」  
 「改めて見ると浜面はこのお店だと超浮いてますね」  
 「はまづら、退屈になった?」  
  バラバラに問いかけてくる四人にどう言うべきか色々と混乱しつつ、とりあえず浜面はさっさと用件を済ませることにした。  
 「ええーっとだな。とりあえず、これを」  
  持ってきたトリュフをテーブルに置く。  
  途端、目の色が変わる少女達。  
 
 「うわ、キモいだけかと思ってた浜面が気を利かせた!」  
 「物で釣ろうという発想はやっぱりキモいですけど、それとは別にこのトリュフは超気になります」  
  ひどい事を言いながらも目の前のチョコに気を取られているフレンダと絹旗。  
 「へえ。まあこれまでからすれば上出来じゃない?」  
  相変わらず偉そうな物言いの麦野だが、表情は満足そうだ。  
  そして、  
 「ありがとう、はまづら」  
  柔らかい微笑をたたえて、ストレートに礼を言う滝壺。  
  ……どうやらこの作戦、成功のようだ。それどころか浜面からすれば予想以上の戦果だ。  
  戦闘奇人集団である『アイテム』に対してはたして効果があるのかという危惧もあったが、まあ結果オーライだろう。  
  一度は罵倒したこの店のスタッフ一同に対し、浜面は心の中で感謝した。  
 

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